呪いなんだよ

『終わる為の真実』




「信じたくはなかったけれど…やはりアナタが原因なの、ビル…」
「…どうして、今になって」

悲しそうに問う女王。納得がいかないといった帽子屋の疑念。彼等だけではなく、ここに居る面々はそれぞれの複雑な心境でビルを見ていた。
それらの疑心暗鬼な視線を涼しげな表情で受け止めて、面白そうにビルはゆっくりと微笑み返す。

「逆に聞きましょうか。私が裏切りと呼ばれる行いをしたと知って、行方をくらませた二年間。何か支障はありましたか。
変わらない日常に馴染み、役を受け継ぎ日々を無為に過ごしていたのでしょう。彼女が来なければ、きっとこんな風に真実を知る為に必死にもならなかったでしょうに、いやいや実に可笑しい」

嘲笑でいながら、無機質な言葉をビルは告げる。
挑発であったなら短気な王が掴みかかっただろうが、彼はあくまでも冷静だった。

「世界なんて一人消えたところで何ら変化なんて起こり得ない。役は巡る。甘んじて受け入れて、変化を起こさない。
物語のような劇的な展開など有りはしない。誰かが起こさなければ物語にはなり得ない。だから私は思ったのですよ。
こんな退屈な一生ならば、退屈凌ぎに神様に喧嘩を売ってやろうと」

それは、意味が分からない発言であった。退屈な日常に飽きたならそんな事の為にと非難もあっただろう。
ましてや活字中毒である程のビルの頭が可笑しいのだと思えば済む話だ。なのに、

「…貴様は…、世界を変えるつもりだと言うのか…」

吐き捨てるように発された王の台詞で笑って終わらせるにも出来なくなった。

「…意味が分かりません。ビルの今の言葉でどうしてそうなるのですか、お兄様」
「そうだよ王様、ボケは僕と女王がちゃんとやったよー」

女王に続こうとした帽子屋を三月ウサギが止めて、とりあえず黙っとけ。と口を塞ぐ。

「ふん。悪足掻きで濁すなよクローバー。どうせこの男がそのつもりなら遅かれ早かれ知られる事だ」

ギチ、と歯を噛み締めた王は目だけが笑わない笑みを張り付けて自らの腕を強く握り締めた。


「俺達《役持ち》は云わば、呪いなんだとな」


誰かが嘘だろと笑ってくれたなら、どんなにか楽になれただろう。
重い沈黙がただただ、それを嘘じゃないよと物語っているようだった。

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ここで場面は切り替わる。
時間は巻き戻されて、アリスと白兎が地下をぐるぐると出口を求めている途中、同じく地下に潜っていた芋虫とジャックに会った。
互いに事情を説明し、何となく状況を把握した白兎はアリスにだから言ったでやがりましょうという視線を向ける。

「…なに」
「テメェの所為でややこしくなってるじゃねぇですか女。大人しく待ってりゃあ芋虫も俺もこんな分からない地下に迷う羽目にならなかったんですが」

確かにそうかも知れないけれど、とアリスも思う。しかしながら言わせてもらうとすれば

「…でも、白兎は自業自得だと思うわ…」

切っ掛けにはなったのかも知れないが思い出して試してみようとしたのは他ならぬ白兎なのだから。
言われて黙り込む白兎にジャックが吹き出して鞭でしばかれた。

「…ふふ、まぁ経緯はどうであれとりあえずはここにビルが居るのは多分、間違いない筈だからまずは進みましょう」

そんなやり取りにくすくすと笑う芋虫に無事で良かったとアリスは安堵する。
自分が原因で誰かが傷つくなど、考えるだけで心が痛くて苦しいものだ。
ごめんなさい、と頭を下げるアリスに芋虫は貴女の所為じゃないわ。と頭を振った。

「アタシは、個人的にアイツと因縁があるだけ。誰かの所為と言うならアタシも自業自得よ」
「でも、」
「貴女の目的は元の世界に戻ること、でしょう?アタシの問題はアタシが決着を着けたいの。心配は有り難いけれどね、これは譲れないのよ…ごめんなさいね」

そこまで言われてはアリスも何も言う訳にはいかなかった。そう。
仮に言える相手が居たとしてもそれはアリスではない誰かだ。

「いいえ、私こそごめんなさい…」

検索をしたつもりはなかったのだ。しかし不快にさせてしまったのなら素直に謝るしかない。
芋虫はほんの少しだけ眉を寄せて、困ったようにアリスの頭を撫でると静かにありがとう。とだけ囁いた。

「ん…でさぁ。さっきから一向に出口とか見当たらないんだけどマジで出られんのオレ達」

ガガガと手持ちの剣で矢印を壁につけていきながらジャックが軽く指摘する。
刃零れしないんだろうかと思ってしまうくらいに雑な扱いの剣を何ともいえない気持ちで眺めながらアリスは、出られるだろと言い切った白兎と何でだよと聞き返すジャックに視線を移した。

「何を根拠に戻れる確信があんの、白兎」
「…テメェはさっきの話を聞いてやがりましたか?あの先代ハートの騎士が自慢気に言ってやがったという事は自らが入って戻ってきやがった、に決まってんだろ」
「……あのさぁ、しろたん。ギャップ萌えは確かに大事だとは思うけど、バカだろ」

爽やかな笑顔で言い切ったジャックに白兎はあ゛?と睨み返す。構わずにジャックは薄い笑みを浮かべたままで続けた。

「確かにあの人はあんまり嘘はつかなかったけど、それって多分しろたんが試して泣くの見たかったからわざと確認してなかった可能性の方がでかいと思う」

さらりとした仮説にな゛っ!と声を上げる白兎。それに芋虫が追い打ちをかけるようにジャックに同意する。

「…そうねぇ、それにハートの騎士って言えば女王様のお気に入りだった訳だし、後に騎士になれと言われた白兎に嫌がらせしても不思議じゃないわ」
「………!」

そう言われると思い当たる節もあったのか、白兎は衝撃に項垂れた。
信頼していた人に実は嫌がらせをされていたらしい白兎に少なからず恨みを持つアリスでさえ、ちょっと同情してしまいそうだ。

「なんて冗談はさておき、王からの情報だ。こうして会えたんだから、やっぱり抜け道には違いないだろうな」
「…あの野郎の話を信じてやがるんですか」
「騎士が主君を信じないで、誰を信じんの?」

白兎の嫌味にジャックは普通に返して、まぁ気持ちは分からなくもないけどさとヘラヘラした笑みを浮かべる。

「別にどうだって良かったんだけど、それなりにオレと王も主従としての関係は長いからって感じ」

それに対してアリスはほんの少し羨ましいなぁと思い、芋虫はやや意外そうにジャックを見返した。しかしながら、白兎にとっては意外を通り越していたようで
「テメェさりげなく死亡フラグ立ててんじゃねぇ、撤回しやがるなら今のうちですよ」
と真剣な表情で言った。なにそれとジャックは苦笑いを返し、芋虫に視線を移す。

「…それにしても、妙な話だよなぁ。なんて言うかさ、今更ながらに気になるんだけど」
「あら、ジャックにしては珍しいわね。どうしたの?」
「白兎が先代の騎士がどうのこうのって言ってたじゃん。あの時はどうしてたのかなってさ」

そこで芋虫が目を見開いて止まった。
二年間もの間、芋虫は同期にして役持ちのビルが何故そんな事をしたのかという点にのみ気を取られていて、女王の危機にも関わらず。
どうして役持ちと騎士が動けなかったのかという理由を考えてすらいなかったからだ。

「…役持ちが動けなかった理由、」
「は?何を今更。裁判はトカゲの野郎が仕切ってやがったから役持ちには関係ない話でしょう。
それにその頃にはもう役持ちは世代交代済みで尚且つ騎士は俺になってたんだから、引退した奴らが動く理由はねぇでしょうが」

冗談は止してくれとばかりに白兎がうんざりした表情でそれを遮る。
同じような話を何度も聞かされていたからなのだろうが、それより芋虫の納得がいく理由ならあるのだと言いたげに続けた。

「第一、役持ちの顔合わせも済んでない。引退した奴らが仮に動くとしてもその日すぐには動けねぇ。
トカゲの野郎が裏切るとは誰も思っちゃいなかったんだ…それにアンタが知ってるかは知りませんがあの時、俺以外の騎士はハートの騎士だけですよ」
「?…どういう意味かしら、騎士を必要としないジョーカーや決まっていなかった帽子屋とアタシのネムはともかくも、王には騎士が居たハズでしょう」

白兎に怪訝な視線を向けた芋虫は意味が分からないとばかりに額に手を当てた。
端で聞いているアリスには何が何やらさっぱり状況が分からないので退屈そうなジャックにどう可笑しいのか訊ねてみる。


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