地下へと続く未知

『終わる為の真実』



中央に罪人が座る為の椅子。それを囲むように並べられた観客席。
罪人の目線から前には証人が語る為の腹の位置くらいまでの高さの台。
その先に全てを見下ろす為にある女王の為の席が一つ。
使用されなくなってから二年間、ほとんど出入りのないその場所はまさに袋の鼠という言葉に相応しく罪人に逃げ場は見当たらない設置であった。
門はたった一つ。罪人が通る道はそこから椅子まで。他に出入りの可能な場所は唯一女王が座る為の席の後ろにある入り口程度か。
観客に囲まれ、兵士が並び、逃げ場のないこの状況下でトカゲのビルはナナシを連れて脱け出した。

そして、誰も居ない筈のその場所に不快そうに佇んでいたのは、スペードの王だった。

「お前たちか…」

入ってきたジャック、メアーリン、芋虫に一瞥すると罪人の座る椅子に瞼を閉じて腰を下ろす。
どうしてここに、というメアーリンの問いにさぁな。と短く返した王は芋虫を呼んだ。

「なぁダイヤ。貴様は役持ちを何だと捉える」
「…あら、それはアタシよりもアナタの方が詳しいでしょうに」
「貴様の意見を聞いている。答えろ」

唐突に振られた問いに芋虫は考えるように前髪をかき上げ「少なくともなくてもあっても変わらないモノだとは思うわね」と告げる。
ただ漠然とした世界が狂うと伝えられてはいるけれど、実質上の証明はない。
欠けたら代わりが決められる、役持ちには役持ち以外の役割を求められない。

「そういう世界に対して、アタシの大事な世界に支障がなければ受け入れるわよ。それとも、アナタは今更でもそれを疑念に感じた理由でも考えたのかしら」
「…俺は、今の俺に不満も不服も劣等感もない。だが、概ね当たりだと言っておこう」

かなり俺様で上から目線だよ!とジャックが言ったけれどそれは無視して会話は続けられる。

「全く…不快にして愉快にも思えてくるな。異なる世界の小娘二人にこうも振り回され、狂わされ、それでも、何も出来ん」

言葉を途切れさせた王は、誰も居ない空席の女王が座る椅子に目線を向けた。

「貴様達がどうしたいかは知らないが、俺は干渉を制限された役持ちだからな。…だから聞くなよ」

これは俺の一人言だと前置きをした王は座っていた椅子から立ち上がると真っ直ぐに階段を上がった。
見下ろす為の場所へ。座る者の居なくなった席へ。
王さま?と口を開きかけたメアーリンを無言でジャックが塞いで人差し指を口元に当てる。

「蜥蜴が仮に知っていたとするなら、アイツはきっと母の座る場所へと向かい、ここにある入り口を使って脱け出したに違いないだろうな」

そして、おもむろに空席の椅子を蹴り飛ばした王はギチ、と歯を噛み締めて苛立ったように剣を突き立てた。
下に居る芋虫達を振り返る事もなく、背後の扉からその場を後にした王の姿が見えなくなったのを確認した芋虫は静かに階段を上り、その後をジャックとメアーリンも追いかける。
突き立てられた剣の下には床の赤と同じ色の入口らしきものがあった。

「…こんな所に、あるなんてね」

分からない筈だわと芋虫が呟いてメアーリンに目を向ける。
ここに入るのではないのかといった不思議そうな視線で見返せばジャックがあぁと察したようにメアーリンを呼ぶ。

「メアリーはここで見張っててくんない?中はオレと芋虫で行くからさ」
「え?でも…」
「万が一、入って出られなかった時の為と戻らなかった時に知らせる誰かが残るのは妥当だと思うのよ…
そして、この中ならアナタにお願いしたい…」

何かあった時に対処するだけなら芋虫が適任ではあるが、事情を説明する経緯を考えるなら彼女だろうと言うけれど。

「私が残るよりは芋虫さんが残った方が…ネムちゃんだって探してるんですよ?それに、私とジャックさんなら充分に強ー」
「分かってる、…でも…勝手だけれどねここにビルが居るならアタシが行きたいのよ」

オレが残るのは不安なんだってよとジャックが笑う。確かに幼馴染みのメアーリンもジャックに任せるのはやや不安なのが否めない。

「これはアナタを信頼しているから頼むの。お願い」
「…………、…分かり、ました」

真剣な芋虫の表情にメアーリンは困ったように笑んだ。気持ちは分からなくもない。
何が待ち受けているか分からない以上、確かに誰かが残るのは適切だ。それが、騎士であるメアーリンならば難しくはない。

「ただ、約束して下さい…無茶はしないで下さいね」

安心させるように微笑んだメアーリンはありがとう、と返して扉を開けた芋虫を見送る。
続こうとしたジャックをメアーリンが呼び止めて、ジャックはん?と振り返った。

「…いってらっしゃい」
「………ぶはっ!」

何故か吹き出したジャックにメアーリンは拗ねた表情で何で笑うんですかと不満そうに呟いた。

「あぁ、いや。びっくりしたぁ〜…急にどうした?」
「何となくです。無事に帰って来てくれないと泣きますからね」

そう言うメアーリンの頭を撫で、いってきますと声に発さないまま口先だけで笑んだジャックはふとヒントを示した王が行った扉を見つめた。
帰ってきたら、引きこもりの王に付き合ってたまには時計屋とも一緒に過ごしてみよっかな、なんて思いながら。


ジャック達がそんなやり取りを交わしている最中。
単独で行動していた白兎はうざったそうに冷たい石で固められた廊下を歩いていた。
一先ず女王とメアーリンを食堂へと呼び出した後、ふと思い至ったのは先代ー自分の前のハートの騎士の話。
『この城内にはね、代々ハートとスペードとそれに近しい者にしか教えられない地下に続く入り口があるんだよ』
彼は柔和な笑顔で語り、その場所を白兎に教えた。
ナイショだよと言う彼の言葉を子供騙しな嘘だなとしか考えていなかったが、仮にもし本当なら。確かめてみる価値は、あるかと試しに教えられた場所を探ってみたら大当たり。

半ば驚きながらもその地下に続く階段を降りていき、進んでみれば何とも言えない閉鎖的な空間。
罠の類いはないようだったが、どうやら一旦入ってしまえば戻れない仕様ときた。畜生、最悪だ。
まさか城内で迷子になる羽目になるとは思わなかったですねと一人ごちる。
まぁ、どうせいずれは出口にたどり着くだろうと白兎はため息をついて改めて辺りを見回した。

何せあの騎士の事だ。知っているという事は中に入って確かめたに違いないし、無事に生還出来たからこそ話したのだろうし。
仮に見つからなかったとしても、帽子屋やアリスは論外と考えて時計屋とジャックが居る。そして何より、三月ウサギ辺りが気付くだろうから。気に食わない野郎だが、実力と洞察力は認めているのだ。

あの馬鹿の騎士なんて勿体ねぇとは思いますがね。
しろたんとやたらうるさい幼馴染みの面を思い浮かべた白兎はうざったそうに眉をしかめて呆れたように笑んだ。


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