過去と原罪

『終わる為の真実』



トカゲのビルが裏切り者なら、彼等トゥイードル兄弟は反逆者だった。
世界は常に退屈で、だから刺激的な楽しめる遊びなら断る理由もないし、
何より魅力的なビルのその話はトゥイードル兄弟にとって良い退屈しのぎになりそうだと思わせるに充分過ぎた。

女王や兵士を敵に回して世界に喧嘩を売る!まさに格好良い物語の主人公みたいだ!
彼女を助けたいのですというビルの誘いに便乗したのはそんな好奇心にして後先を甘く見ていた彼等にとって楽しい遊びでしかなかったのだ。
だから、裁判所の門番に指名された彼等はビルのいう通りに誰も出すな。入れるなという言葉を忠実に守り、女王以外はほとんど血に染め上げた。

幸いな事にか、或いはビルが予め仕向けたのか厄介な役持ちと騎士とやり合う事には至らなかったのも、双子としては実力だよと有頂天になる材料で。
そのまま指定された場所に向かうまでの過程に何故か、息を切らせた門番が居る理由すらどうでもよかった。返り血にまみれたダムとディーに門番は真剣な表情で「戻れ」と告げる。

「はぁ?何で戻らなきゃなんねーのさ。ぼく達に偉そうに指図すんなよ」
「えぇから、戻れ」
「従う理由がないよね、っていうか邪魔しないでくれないかな」

武器を構えて脅す。それでも門番は怯んだ様子もなく静かに何をやったか分かっとるんか?と尋ねた。
罪悪感なんてものはない。何故ならば全ては雑魚キャラで、今だって目の前に立ち塞がる門番も邪魔な敵でしかない。

「退けよ。じゃねーと切り裂くぜ」
「殺せないけどね」

ニヤリと笑うダムとディーは一気にカタをつける為に連携して刃先を門番に向けて降り下ろす。
それを避けた門番は軽やかに双子の地面に突き刺さった武器を掴んで遠心力を利用しての蹴りを加えた。
「…ぐっ!」
「…く、そ、」
打撃の痛みに顔を歪め、距離を取る。伊達に彼が自分たちの上司にして城の門番をしている訳ではないのだと思い知りながらも再び隙をみて武器を取り返した。
門番はそんな双子にやれやれといった仕草でどうやら、と声を出す。

「口で言うても分からんみたいやのぅ?」

ギロ、と双子を見据えた門番が次に構えた手にあったのは4つの大きな刃物が一纏めにされたような武器。
くる、くると指先で回転を加えられたそれにダムとディーは警戒を強めた。

「かかってこいや、…叩き直して教育し直すさかいな…」
「…ナメられたもんだぜ」
「後悔させてやる…」

余裕ぶった態度に苛立った双子がそれぞれの武器を本気で構え直し、また迎える門番にも油断はなかった筈だった。
しかし。ダムの攻撃とディーの攻撃は避けられず、また構えた武器で弾かれる事もなく門番の体を抉る。
三人が三人共に驚きを隠せないままで辺りに血が飛び散った。

「え?」

信じられないといった表情と、苦痛に満ちた門番の息が洩れる。
時間が止まったような錯覚から現実に引き戻されたのは追っ手の声。

「待、て」

苦しそうな門番を残し、逃げ出したトゥイードル兄弟は必死に走り、ビルやナナシと共に二年の間姿をくらませたまま戻らなかった。

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恨んでいるに違いない。あれだけの事をされて、仕返しを考えない奴が居る訳がない。
きっと門番は機会を狙っているのだと考えていた二人は何事もなかったかのようにしている門番に困惑していた。
振り絞るようなディーの叫びを聞いた門番は退屈そうにあくびをして、は!と笑った。

「おどれらがつけた、なぁ。確かに目ん玉掠めるわ腹ん中突き刺さるわで多少は傷付いたか知らんが…
これは…おどれらが行った後でやられたもんや」

そう言って、覆われていた包帯をしゅる、と一部。肘までまくった袖の下に隠されていた肌を晒す。
白い包帯がなくなったそこには、思わず目を背けてしまう程に幾度も抉られた痕跡があった。

「腕だけでこれや。明らかにおどれ等のつけた傷やないやろ。似たような跡が全身に、しかもご丁寧なことに致命傷を外してつけられとる訳や、
痛くて堪らんのに死ねへんねやから生き地獄。生き延びてもろくに武器も長時間は扱えへん中途半端さ!振り返った直後に目をやられたから誰かは分からんけどな」

残忍。まさに正気の沙汰とは思えない。
ディーとダムは予測すらしていなかった衝撃に目を見開いて、寒気に身を震わせた。

「な、に…それ、……だってあれで得をする奴なんてビルしかいないのに、ぼく達以外にトカゲに協力者が居たってこと…?」
「……オイオイ、冗談じゃねーって!胸糞悪すぎだろ」

自分たちを棚に上げるつもりはないが、トゥイードル兄弟にとっての門番は一応顔見知り且つ上司だ。
気に食わなくとも、師匠。恩がなくもない。
邪魔をするなら武器を向けるが、決して後遺症の残るような怪我を負わせるつもりはなかった。
適当に数日で治るような程度に痛ぶってやろうと思ってはいたから、悪いとは思わない。しかし、だ。

「……ダム」
「んだよ、キョーダイ」
「どうやら、ぼく達は何かの陽動だったみたいだね」

ディーの言葉にあからさまな舌打ちをしたダムは推測だけどな。と忌々しそうに吐き捨てる。

「オーケー、この眠り姫は先輩に返す。んでもってアイツ等に任せてらんねーから、ぼく達は二人で芋虫とやらの探索をしようと思ってる」

意図を明かし、どうすんだい?と門番を見返すダムにディーが並ぶ。そっと抱えていた眠りネズミがぱちりと目を覚まして不思議そうに門番を見つめた。

「…おどれ等だけやったら不安やからな、ワレも同行したる。そうやって最初っからちゃんと言うとったらえぇんや」
「?…門番、嬉しい?」

包帯を巻き直しながらぼやく門番に眠りネズミが尋ね、ん。と門番は言いにくそうに三人から背中を向ける。

「…手間のかかるガキ共に呆れてただけや」

二年前と何ら変わりのない門番に、トゥイードル兄弟は顔を見合わせてバツが悪そうな表情を浮かべた。
小さな小さな声でごめんなさい、と呟いた言葉にはいろいろな意味が込められていたんだろう。

門番は聞こえていなかったのか、聞こえていたのか。ただ黙ったままダムとディーにデコピンを加えた。
途端にいってぇ!と赤くなった額を押さえたダムが突っ掛かり、有り得ないんだけど…と不服そうに睨むディーにやかましい。と門番は笑う。

「また戻ったら鍛え直したるから、覚悟しとけや?」

彼なりのおかえりの意味を込めた台詞にむず痒く感じた双子は嫌そうな表情で冗談じゃないとぼやくのだけれど。
それを見ていた眠りネズミはふにゃ、と微笑んで、また穏やかな眠りに落ちた。

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それぞれが各々の行動を進めていく中で、アリスはチェシャ猫と共に先代の女王の部屋に居た。
主の居なくなった間でも掃除はされているらしく、まさに当時のままなのだろう。
居るべき彼女が不在のまま。
紅に彩られた室内をぼんやりと眺めながら、アリスはチェシャ猫に話しかけた。

「ねぇ、チェシャ猫…ずっと聞きそびれていたんだけれど」

チェシャ猫は何ら変わりのない口調で何だいアリスと聞き返し、何の遠慮も躊躇いもなくガサガサと探索を続けている。
アリスも躊躇いながらどこかに入口らしきものはないかと探しつつ、言葉を続けた。

「初めて会った時、白兎は死なないって言ってたわよね?それって結局はどういう意味だったの?」

あぁ。とチェシャ猫は声を上げて、その事かと呟いた。

「どういうも何も、言葉の通りだよ。白兎は死なない。いや、死ねないと言った方が正確かも」
「でも、不死身って訳でもないんでしょう?いくらファンタジーだからって、そんなの有り得ない」
「……自分の常識が全てに通じるなんて思い上がりだよ、アリス。有り得ないからこそ有り得る」

チェシャ猫はのらりくらりとした口調でゆっくりと笑う。張り付けられたような笑顔と無感情な声。

「だって、役持ちは呪いなんだから」
「っ?!」

その言葉にアリスが驚いて振り返る。しかし、計ったかのようにぐらりとアリスの体躯は揺らぎ、
気が付けば暗い闇の中を落下していく浮遊だけが支配していた。

アリスの消えた室内に残されたチェシャ猫はクルクルと回転する鏡を面白そうに見つめて、こんな所にあったんだね。とどうでもよさそうに告げた。


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