最後の手掛かり

『もう一人のアリス』



集められた役持ち。

とは言っても芋虫を除けばもう女王と王、そして未だに姿を現さないチェシャ猫と帽子屋しかいない為、門番の元へ行けたのは唯一、帽子屋とその騎士である三月ウサギだけだった。
何の用だよとおやつの時間帯だったらしい帽子屋は不満そうに門番に尋ね、詳しい話を聞くなり真剣な表情で成る程、と考え込んだ。

「それは…確かに何かあったに違いないだろうね。…けど、手掛かりもないまま闇雲に探すのも得策じゃないし、
ネムは何か心当たり、ない?どんな些細な事でも良い。昨日の芋虫に変わったところはなかった?」

帽子屋は眠りネズミにゆっくりで良いから教えて欲しいと目線を合わせて聞いた。
眠りネズミは眠そうな目蓋を一生懸命にしばたかせ、昨日の事を思い出す。
変わった事はなかった気がする。けれど、

「…アリスと話をしてた」

いつもと違うとすれば、その位だ。勿論、眠りネズミが室内で芋虫の帰りを待っている間に何があったとて知りようはないから確証もないのだが。

「ネムが…覚えてるのは、アリスがトカゲの屋敷に行ったのと、何の手掛かりもない、…と…あと、ナナシ?っていう人と知り合った話くらいで、」
「……それじゃね?」

眠りネズミの話で大体把握した三月ウサギが断定した。芋虫の事だ。その話でおおよその事情は掴めただろう。

「って事はトカゲの屋敷リターン☆ってこと?」

よく分からないが、三月ウサギの事を信用している帽子屋は疑いもなく聞く。

「多分そうなるだろうな。面倒だけど…」

三月ウサギは途中で言葉を区切り、予想していたより最悪の展開だなとうんざりしたようにため息を吐いた。

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帽子屋から経緯を聞いたアリス並びにナナシ。そしてうざったそうにしていた白兎の心境はそれぞれバラバラだった。
アリスは驚愕と困惑で言葉を次げず、ナナシは誰それ。と冷めた表情。
白兎は意外そうに目を見開き、何でだよと聞き返す。

「芋虫だってガキじゃねぇどころか俺達より歳上の良い大人なんでやがりますよ?半日帰って来ねぇくらいで騒ぐ事ですかね」
「兎耳眼鏡に同意だわ。知らないけど、せめて最低2日じゃない?そういう捜索始めるの」

冷めた反応の白兎とナナシにアリスはでも、と抗議するように口を開いた。

「杞憂でも無事を確かめる方が安心できるよ、…ネムちゃんだって…そう思ったから相談したんじゃない」
「うん。今回は僕もしろたんでなくアリスちゃんと同意見かな☆無事だとは思うけど万が一って事態もありえる」

典型的な良い子の意見と珍しく真面目なちゃらけた男の意見。確かにそれはそうかも知れないが、いかんせん。
正直そこまで深刻ではないだろうに。と白兎並びにナナシは呆れた視線でアリスと帽子屋を眺めた。
それを他人事のように見物する三月ウサギと、眠さが限界に近いらしいが頑張って起きようとする眠りネズミの姿は何とも言い難い光景で。

「…よく分かんねぇけどよぉ、行きたくねぇヤツは無理に誘う必要もなくね?黒いのと帽子屋だけで芋虫探しに行けよもう」

面倒そうにダムが口を挟む。関係ない出来事に巻き込まれるのはごめんだ。
自分から飛び込むのはアリだが。

「むしろ更に手間がかかりそうな人選だよね、迷子になるんじゃないのこの人たち」

そんなダムの台詞にディーは信用なさそうにアリスと帽子屋に視線を向けて、捜索なら三月と白兎が適任だよ。と意見する。

「…何でまた三月と行動しなきゃならねぇんですか。別に帽子屋よりはマシだとはいえ、俺は忙しいんですよ。
そんなに心配なら時計屋か女王にでも頼んで協力して貰ったらどうです」

白兎は冷たく言い切ると、後はてめぇ等でどうにかしやがれと立ち上がった。
そんなしろたんも素敵ーっ!と言う帽子屋はこの際だ。スルーの方向で。

「私も興味ないし関係ないもの。下手に外に出て変態に見つかるくらいなら引きこもるわ」

好きにしたらとナナシも我関せずとばかりにあくびをした。
そんな二人に強く言う事は出来ないとアリスは残念そうに見返す。
不意に、退室する為に扉を開けた白兎の動きが止まって、頭に疑問符を浮かべた帽子屋がどうしたの?しろたんと聞いた。
その室内に居た全員の注目を浴びる中、ひょっこりと姿を現したのは昨日から姿を見せなかったチェシャ猫。

いつもと変わらない笑みを浮かべるチェシャ猫は注目など気にも留めずに
「どうやら面白くない展開になってるみたいだね」と無感情に告げた。
そんなチェシャ猫に何か知ってるのかと尋ねた三月ウサギに何も知らないよ。と簡潔に続ける。

「俺は何も知らないけど、ジャックなら何か知ってるんじゃないかな。何せ、昨日はビルと話をしてたから」
「…は?ちょっと待ちやがれ、あのヘタレがトカゲと会ってやがったなんざ初耳でやがりますよ」

先に反応したのは白兎。そして何で知ってるんだよといった三月ウサギの視線。

「仮に本当だとしても、何でチェシャ猫がそれを知ってるんだい」

帽子屋が困惑したように聞くと、チェシャ猫はあっさりと俺も一緒だったからね。と告げた。

「面白くなるなら俺はどうだって良かったんだけど、どうやらあのトカゲとは気が合わない」

確かにアイツと気が合うヤツは少ないだろうけど、と双子は心の声で合致してだったらとダムとディーが口を開く。

「お前は一体、どうしたいんだよ笑い猫。トカゲは粘着質で結構行き当たりばったりだぜ?」
「あの二重人格が何を知ってるのか知らないけど、何も変わらないよ」

どうするのか。何が変わるのか。
チェシャ猫は分からない。と告げて、でも。とアリスに視線を向ける。

「もう他にないだろう?アリス。元の世界に戻りたいなら、
そして芋虫の行方を探すなら一番手っ取り早いのは」
トカゲのビルの居場所を探して直接聞く事だ。

尻尾を揺らして笑うチェシャ猫はやはりとても楽しそうに、そしてこの物語はアリスの物語なんだからと笑んだ。
意外過ぎる急展開にアリスは戸惑いながら状況を整頓する。まず、鍵を握るのは予想通りトカゲのビルに間違いはない。
次に、昨日行ったトカゲの屋敷にて何の収穫も情報も得られなかった、筈だった。

双子の門番、トゥイードル兄弟とのやり取りを経て、屋敷の探索途中にナナシと遭遇。
その間に単独行動をしていたジャックが何をしていたのかは誰も知らない。

成り行きでナナシと共に城まで戻る過程でスペードの王とのあれこれ。アリスはそれを芋虫に話した。
その翌日にその芋虫が行方知れず。どうするのかと話し合う面々の中で現れたチェシャ猫による新たな情報。

「……何が何だかよく分からないけれど…、とりあえずジャックが関係してるのよね?」
「うん。またかと思う気持ちは分からなくもないけど、しょうがないよ」

久しぶりに聞く気がするチェシャ猫の言葉にアリスはうん。と頷いた。

「…ジャックのところに行くなら、俺も付き合うぜ」
「俺に嘘をつくとは良い度胸でやがりますねあのヘタレ。俺も行きます」

三月ウサギに続いて、気が変わった白兎が黒い笑い方で鞭をしならせる。それなら案の定、僕も行くよ!と帽子屋が同行。
ナナシは静かにそれを眺め、眠りネズミは眠さが限界らしく手を振って見送る。
トゥイードル兄弟はここで待ってるよとそのまま部屋に残る事にしたらしい。

ところで。とアリスは部屋から出た直後に四人を振り返る。

「ジャックはどこに居るの?」

それに対する返答は、誰も居なかった。


→第三章『終わる為の真実』に続く。


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