そんなもんだろ

『もう一人のアリス』



気まずそうにしているジャックに視線を移した王は僅かに口角を上げ、立ち上がる。
そしておもむろにジャックに向けて告げた。

「コイツに免じて気狂いと貴様のおねだりを聞いてやる」
「…えっと、それってどういう意味かな、王様」

「…ふん。聞こえなかったかクローバー。俺とて受けた恩を仇で返す程には冷徹ではない。
異世界の異端は気に食わないが、貴様達がそれ程までに庇うのであれば今のところは様子を見てやろうというのだ。
ただし、その女の目的が長引き、支障をきたすようであれば今度はない。この俺がここまで言ってやっているのだ。後は察して好きにしろ」

誰とも視線を合わせないままで、乗ってきた黒馬に乗った王は不遜に笑ってその場を後にした。

誰も何も言えず、数秒後にようやく口に出せた言葉は、

「……王がデレやがった…」

白兎のよく分からないながら多分的確な呟きだったのだけれど。

とりあえず好きにしろ。
そういう意味なんだろうとだけ認識してから改めてお城へと向かう面々だった。

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重い沈黙が続く。時計屋と白兎はもういつも通りな表情で黙々と進んでいて、
帽子屋は何も言わないジャックを気にしたように時折視線を向ける。トゥイードル兄弟は何やら言いたげではあったが、大人しくしていた。

三月ウサギは相変わらず薄い笑みを浮かべているが背後への警戒を怠らない。

アリスはあれから無表情で距離を取ったナナシに困惑しながらも彼女の近くを歩く。
気まずい。
王が何やら訳の分からない内に納得をしてくれたというのに喜べないし安心も出来ないのは、きっとジャックが笑わないからなんだろう。
そして、ナナシも何だかよそよそしい。

「…あのさぁ、」
「どうかしたのか帽子屋」

耐えきれなかった帽子屋が時計屋の服の裾を軽く引き、時計屋は僅かに振り向いて帽子屋を見返した。
帽子屋はチラとジャックに視線を向け、「僕にこの空気は耐えきれないよトッキー」と告げる。

「俺は別に気にならないが、そんなに嫌ならいつも通り白兎へ話し掛けたらどうだ」

時計屋はやはり無頓着にもそれだけ告げた。
帽子屋は素早くいやいやいやいや!と右手を左右に振りながら
「そんな空気じゃないからトッキーに相談してるんじゃないかっ」と切り返す。
そんな帽子屋を怪訝そうに見た時計屋は俺にどうしろと言うんだと目で訴えた。

そのやり取りを見ていたらしい白兎がツボにハマったらしく吹き出したのをダムが「笑うのかよ!」と突っ込んで、ディーが「意外だね」と続く。

「しろたん、僕はこれでも真剣だったんだけど…」
「何が可笑しい白兎」

肩を震わせる白兎に帽子屋は不服そうに呟き、時計屋は不可解そうに尋ねた。

「…っ…、テメェ等、わざとやってんのかって位の噛み合わなさでやがりますね…ふふ、は!」

笑い出した白兎にアリスは思わず何事かと白兎を眺め、ナナシは相変わらず無関心そうにそれを見つめた。

「言いたかねーけどさァ。白兎、笑うポイント可笑しくねぇ?」
「そう?ぼくは結構面白いやり取りだと思うけど」

呆れたようにダムは言い、同じように言葉を続けたディーは普通に共感したようで。

「えっと、何かあったの?」

アリスが思わず聞けば、「テメェには関係ねーですよ、女」と白兎の声。
相変わらず口の悪い白兎に不満ではあったが、確かに関係なく聞いた自分も非があるかもしれないと思い直す。

「白兎ってば冷てー、例え色気がなくても女には優しく接しなさいって言われてねーのぉ?」

そう言うダムは会って間もなくアリスを綺麗に切断しようと斧を振り下ろした訳だが。

「あれが女に見えやがるたぁ、節穴なんじゃねぇですか。テメェ」
「逆に女以外の何に見えるのか聞くよ白兎。貴方の目こそ節穴なんじゃない?」
「俺が言いてぇのはあの女が優しくするに値する女に見えんのかって意味でやがりますよ根暗」

黙っていれば好き勝手な事を言ってくれるなぁ、とアリスは眉をしかめながら双子と白兎の口喧嘩を聞き流す。
別に女の子扱いなんてして欲しくもないし、寧ろそんな真似をされたら気持ち悪くて仕方ない気がする。

「しろたんが女の子扱いしなくても僕とトッキーはちゃんとアリスちゃんが女の子だって分かってるからねっ☆」

直後、帽子屋がフォローしてくれたけど。何だかちょっとだけひっかかった。

「…うん、ありがとう」

まぁ良い。敢えて突っ込みはいれないでおこう。
お城まで無駄な気苦労は避けたいし、何より言っても無駄だろうし。

そんなアリス達のやり取りを少し離れた位置で眺めていた三月ウサギはやれやれと呆れたように笑んで、数歩前を歩くジャックに視線を移した。

何があっても常にへらへらと薄っぺらい男にしては、意外な事に王を守れなかった事を後悔しているのか。
或いは、逆に守られた事に対して思うところがあったのかは知らないが、らしくもないと思う。

何となくその背中に蹴りを入れてやれば、前のめりになりながらも倒れなかったジャックが漸く三月ウサギと視線を合わせた。

「……三月さぁ、喋れるよな。その気に食わない薄い笑顔についてる口は飾りじゃなく話す為の機能が備わってるよなぁ、
なのにどうして声をかけるより先に傷付いて落ち込んだオレを蹴るなんて選択肢を迷わず選ぶ訳」

「悪いとは言わない、足が滑った」

ついでに言うなら、ジャックも口元だけは笑みを形作っていたが、その目は笑ってなかった。
逆に三月ウサギは心底楽しそうではある。
互いに笑っていながら険悪な空気になるのはいつもの事ではあるけれど。

「俺も別にお前が沈んでようと傷付いてようと心配しないし、どうでも良いんだけどさ、
帽子屋と時計屋に心配かける態度すんなようざったい。俺にそんな悪態吐けるなら平気そうだし、いつも通りに適当に流せよ」

淡々と告げた三月ウサギの言葉に、ジャックは嫌そうに顔を歪めて三月ウサギを見返す。
お前にオレの何が分かる訳?と声に出さずとも伝わる程に。

「…あぁ、何か萎えた。やっぱ厄日だろ今日。何が悲しくて王に庇われた上にお前と会話しなきゃいけないの死ねばいいのに」
「それはこっちの台詞だ。…死ねばいいのに以外は、な。それで?」
「何が」
「王の事だけじゃないんだろ、お前が多少動揺したってあからさまに悟らせる位に余裕がない理由がある筈だ」

確信したように尋ねる三月ウサギにだから嫌いなんだよ、と呟いて瞼を閉じたジャックは面倒そうに首を鳴らした。

「…なぁんか、三月。オレの事が大好き過ぎるんじゃね?些細な変化を見逃さないとか気持ち悪いんだけど本気で。
けどまぁ、半分は正解だと認めるよ。こうも立て続けていろんな事が起こればオレだって余裕ないし」

因みに、アリスを含めた前を歩く白兎や帽子屋には二人の会話は聞こえていないだろう。
それも確認した上でジャックは「あの人に会ったんだよ」と切り出した。

「…あの人?」
「ビルさんだよ、ビルさん」

まぁ、チェシャも一緒だったんだけどと続けて屋敷で交わした会話を三月ウサギに語る。
思わず冷静が常の三月ウサギでさえ、ジャックの言葉にひきつったような笑みを浮かべて眉をしかめたのは致し方ないだろう。

「…お前、バカじゃねーか、っつーかバカだろ」
「バカ言うな。言い出す空気もタイミングもなかったし、実際には話しただけで別段収穫のない意味のない会話だったし」

軽くあっさりしたジャックは流石。自ら適当に生きる替えの利く存在を自称するだけあって、本当に適当だった。

「…あぁ、まぁ。ある意味で言い出す空気じゃなかったのは確かだ。だからって言い出すのが遅いだろ」
「…ぶっちゃけ王があんなタイミングで出てきて三月が聞かなきゃここで言わなかっただろうけど。
ついでに、言わなくてもお前なら分かったんだろ?アリスちゃんがここに迷い込んだ原因があの人だって」

それは言われなくとももう一人のアリス―
ナナシに会った時点で薄々は予想していたから確信になったと言った方が正しい。
それでも解せないが。今更言ったところで時間が巻き戻る訳でもあるまい。

「…あの人が絡むと面倒だな…理想の形は帽子屋や時計屋。女王と王に気付かれないで終わるのが一番なんだが…厄介なのは芋虫とナナシだな…」
「…話さねーの?意外な反応だな」

「…話してどうにかなるなら話す。けどどう考えたって帽子屋は必要以上に首を突っ込むし、時計屋は自分に無頓着だからまた怪我を増やす。
相手はあのビルさんなんだからな、悪化する上に手のひらで踊らされるだけで終わるだろ」

もう既に踊ってる気がしないでもないが。
とりあえず、現在の落としどころとしては無難だろうと締め括り、三月ウサギは薄く笑った。

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