故に、傲慢

『もう一人のアリス』



王はそんな主従を一瞥もせず、鼻を鳴らした。

「……ふん。俺とて、貴様との関係で妹の妄想の餌食になる気はない。だが、俺はお前の主だ。大人しく俺の言葉だけに従え」

「……あぁ、うん。何かオレ、最近こんなんばっかじゃない?やだなー」

傲慢な王に、やる気のない騎士。対照的な二人を黙って見ているしかないアリスはどうしたものかと周りを窺(うかが)った。

白兎はトゥイードル兄弟を拘束している為に動けないし、時計屋は苦々しい顔で様子を見ている。
帽子屋は止めようと思ってるんだろうけど、三月ウサギはいつも通り読めない。
そして、隣に居るナナシは相変わらずの無表情で無関心そうに眺めていた。

(どうしよう、ここは様子を見守った方が良いのかな、)

それでも、いつジャックがあの時のように剣を振りかざすか分からないので警戒だけは緩めない。

重い沈黙が数分続いて、それを破ったのは拘束されてはいるものの話す事は可能なダムの罵声だった。

「あのさぁ、なぁんかゴチャゴチャんなってシリアスなとこ悪いんだけど。アンタ達に構ってる暇、ないんだよね。ぼく達は変態ドSに拘束されてっから一刻も早く解放されてーし、」

本人にしてみれば最もな意見に続き、第一さぁ。とダムは王を見据え、せせら笑う。

「てめえじゃ何にも出来ねぇ癖に、殺せだの排除しろだのって、すっげぇ格好悪ぃぜ?なぁ」
「……確かに、みっともないね。何様だよ。あ、王様だっけ?」

可愛らしい顔とは正反対な口の悪さで告げたダムに、ディーが拍車をかけるように嘲笑う。
何て凶悪な双子だろうとアリスは思いながらも内心同意だった。

「それから、黒髪の女はともかくアリスは殺せないだろうね。何せ、蜥蜴(トカゲ)のお気に入りなんだもん」
「……蜥蜴」

続けられたディーの言葉に、王は怒るでもなく、ただ。蜥蜴にだけ反応を示す。

「トカゲのビル、か。…成る程…どうやら不愉快な異端がきっかけで現れたか」

あの、母を裏切った男が。と呟いた王は何が可笑しいのか。クックッと喉を鳴らした。

「面白い。ならば望み通りに俺が手ずから殺してやろう。穢(けが)らわしい返り血が付着するのは堪らなく不快だが。あの『裏切り者』を誘き出せるというならば良しとするか」

赤い瞳が、明確な殺意と共にアリスとナナシに向けられ、漆黒の髪をした傲慢な王はゆっくりとした動作で剣を鞘から抜く。
アリスは咄嗟にナナシを庇うように動き、彼女の手を引いて逃げようとしたのだが、ナナシは不思議そうな不可解そうな表情でアリスを見返したまま動かない。

「ナナシさん…ッ」
「…貴女、何を慌てているの?殺せやしないわ。むしろ、殺せるものなら殺してごらんなさいなと格好良くキメルところだと思わない?」
「思わない!」

何て人だ。あんな殺意のこもった目を向けられて平然とそんな台詞を吐けるとは。

「とりあえず、逃げましょう…ケガしちゃいますよ」
「……逃げたければ一人で逃げれば自分は助かるのに、随分と非効率な真似をするものね」
「言ってる場合じゃないよ、それに例え誰だろうと目の前で危ない目に合うって分かってたら助けるのが普通でしょう?!」

ガキン、と直後に金属音がして。
アリスが振り返ればそこには王が振りかざした剣を刀で受け止めた時計屋の姿があった。

「……全く、きみは危なっかっしいな…」

ギチギチと嫌な音と、苦笑い気味に告げられた時計屋の言葉に、アリスは何も言えなかった。

「………時計屋。刀を引け。俺とて大事な騎士の友人を傷つけるのは好ましくない」
「…俺が傷ついて、妹の友人を守れるなら引けないのでね」

王はそんな時計屋にそうかと馬鹿にしたように鼻で笑い、ならば無理矢理退かしてやろうと剣を横凪ぎに振るう。
止めていた刀が弾かれる。時計屋は息を詰めて、もう片方の刀を抜刀した。
二人共に細身の体型でよくもまぁ、重そうな剣や刀を我が身のように振るえるものだ。

「…みっつん、珍しく止めないね?」

帽子屋はタイミングを見計らいながら、アリスとナナシを助ける為に腰を落とし、聞いた。
三月ウサギは時計屋と王に目を向けず、立ったまま動かないジャックに視線を止めたまま薄く笑い返す。

「時計屋はお前に任せるぜ、相棒。俺はアイツが妙な真似をしないか気になるからな」
「…わぉ☆期待されちゃあ応えないとね!オッケー、みっつんの大事なトッキーは僕の友達でもあるから。任せな」

そして。
そんなやり取りに呼応するかのように、事態は急変する。まるで嘲笑うかのように。

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「まるで神様に愛されているかのようだと言われた人達は、一見にして恵まれているのだと思いますよね。
神様に愛されて、回りの誰かにも愛されて、更に才能にまで恵まれて。いやいや。確かに何の努力もなくそれならば正に愛されているかのように見えるのかも知れませんが、実際はただ、適任だったというだけの話ですよ。
凡人は天才に敵わない?ならばその凡人は天才ではないのか。涙ぐましい努力をして習得したものを自分より早く習得出来たからといって、その凡人が天才ではないと誰が言えますか。
その凡人よりも出来ない人間は遥かに多いし、天才がどう足掻いても出来ない事が出来ればその人物は果たして天才と呼ばれるのか。
そもそも優劣をつけて、アナタはあの子より劣っているわねと言われた子供と優れていると言われた子供。
繰り返して教育しやがて大人になった彼等も優劣をつけて見比べていく。それに意味はあるのでしょうか」

長々とビルは一人で語る。誰に向けるでもない一人言を。
同室にはチェシャ猫も居るが、聞こえていないようにどうでもよさそうな張り付いた笑みを浮かべていた。

「何度考えても所詮はただの詭弁なのでしょうが。世界はやはり、《そういう風に出来ている》のでしょう。いつの時代も変わらず、無慈悲で唐突で理不尽な世の中であり続けるのですから。
さて、そんな青臭い子供のような酸いも甘いも中途半端にしか知らない上辺(うわべ)だけの言葉を幾ら列ね、考えたところで意味などありはしませんけれど。
個人が認識出来る世界なんて、狭くて当たり前なのですから。仕方ない話ですよね、そうでしょう。そうでしょうとも。
だから、個人の世界は狭く、閉鎖的で、そして他人に理解など出来はしないのですよ」

無機質な声のまま、ビルはまるで朗読をするかのように言う。

「そこで、神様が存在するのかと問われれば、私は少し考えてから居ると答えるでしょうね。何故なら、いないとは言い切れませんし。
まぁ。いるとも限らないのですが、夢はあった方が良いでしょう。それに、神がいないと言ってしまえば人間はこの世の全てを支配しようと神気取りで踏みにじる。
最早、手遅れかもしれませんが自分達より知恵を持ち、優れた神がいなければ食物連鎖は成り立たないではないですか」

「言いたい事が分からない上に支離滅裂だよ。要は人間より優れた存在があって欲しいのかい?俺達は人間ではないけれど、人間に劣るとも対等だとも優れているとも思わない。それぞれに個性や考え方があるから面白いんじゃないか」

欠伸をしてからようやくチェシャ猫もビルの一人語りに飽きてきたのか、耳障りになったのか、張り付いた笑みを浮かべたままで突っ込んだ。
そして窓を開け、ダルそうに伸びをしてから身を乗り出す。

「…おや、行くのですか」
「お前の一人語りは飽きた。そしてこれは、アリスの物語だよ」

振り返ることなく、窓から降りてしまったチェシャ猫を、やはり静かにビルは見送って本の続きを読み進めた。


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