無気力と無関心

『もう一人のアリス』




「……まぁ、ある意味で怖いかもな」
「…そうね」

返された返事は歯切れが悪く、アリスは何を間違ってしまったのだろうかと思う。
どうしようかと思考を巡らせていると、不意に三月ウサギが立ち止まった。

「?…三月さん?」

どうしたのだろうかと思った直後。勝手に一人で行動していたジャックが息を切らせてこちらを見ていて。
アリスの前に無言で振り返ったナナシに驚いた表情を向ける。

「アリス……何で、一緒に仲良く連れ立ってんの?」
「成り行きだ。お前こそ、何か収穫はあったのか?」

「……収穫も何も、三月の銃声が聞こえたから途中で切り上げてきた。…で、敢えて突っ込むけど成り行きってどんな成り行きだよ。何がどうなったらアリスちゃんとアリスが一緒に居て普通に会話してんだよ」

ジャックの最もな突っ込みにも三月ウサギはさぁな。と短く返して
「少なくともあの人が居ないなら今のコイツに害も用事もない」と告げた。

「だからといって仲間でもない。正しい判断ね。そしてアナタにも久しぶりと会話を交わすべきかしら」
「どれかって言えば初めましてが一番近いような気が……ってそうじゃなく!俺の質問に答えてるようで実質一つも答えてねーよ?なぁ」

冷静な二人に的確な突っ込みをいれ続けたジャックは呆れた様子で目を閉じてアリスを見つめる。

「…あぁ、面倒臭ぇ…マジで今日は厄日だわー……そんで。元の世界に戻る方法とやらは見つかったのかよ?」

ここまで来た目的を訊ねたジャックにアリスは左右に首を振った。
それを確認したジャックはそうかと呟いて三月に視線を移す。どうすんだ、という問いかけに三月は数秒沈黙を返した。

「とりあえず、帽子屋達と合流するか。……アンタは、」
「一緒に行くわ。木を隠すなら森。単独より群れていた方がアイツの目も多少は誤魔化せるでしょうし」

三月が聞くより早くナナシは告げて、一先ずアリス達は下で待つ帽子屋達と合流する為に来た道を戻る事にしたのだった。

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間幕。トカゲの屋敷。

沈黙を破ったのは無感情なチェシャ猫の声。

「…いいのかい」

問われたビルは本から視線を外さないままで「構いませんよ」と返す。

「所詮は意味のない行為です。いつものように彼女はそうやってわざと私の興味を惹こうと健気にも懸命に、でもきっと私が迎えに来てくれると信じているからこそああやって逃げようとするのだと知っていれば何とも可愛らしく愛おしい些細な我儘だと思いませんか」

「面倒臭いだけだよ。」

ビルの言葉を一刀両断したチェシャ猫は尻尾を揺らして窓の外へと目を向ける。どうやらジャックは無事にアリス達と合流し、下で待つ帽子屋達とも会えたようだ。

「……俺達の事は話してないみたいだね。相変わらず語らない男だよ」
「まぁ、ジャックくんですからねぇ。彼ほど意識せず重要な位置に居るタイプは貴重でしょうね」

「…ねぇ。残念かい」

脈絡もなく、チェシャ猫は笑みを深くする。それを見たビルは静かに、何がですかと聞き返した。

何がって、と含みを持たせたチェシャ猫の
「ダイヤが居なくて残念かい?」
という問いかけに初めてビルは眉をしかめて、懐かしい名前を口にした。

「……芋虫、ですか」

同期にしてかつての友―という程には親しくなかったが。顔見知りよりは知り合い。知り合いというよりは話し相手。それも他の誰かに比べて会話を交わした回数があっただけに過ぎない関係だけど。
少なくとも周囲はビルと芋虫を友人だと認識しているようだった。まぁ、あえて否定はしまい。肯定もしないが。

「残念…というよりは、来なくて当然という印象でしょうか。彼は困っている彼女にアドバイスはしても、自ら動く事はない。女王や、彼の名目上の騎士の為以外には動く理由がありませんから」

そうでなくては私の知るダイヤではありませんよと。ビルはチェシャ猫に返した。
チェシャ猫はその返答にさして興味も持たずそうかい。とだけ笑った。

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さて。ここで一旦、場面は変わる。
アリス達が帽子屋達と合流し、チェシャ猫とビルが他愛のない会話を交わしていた頃。

勇敢にして気丈な、幼い女王。そして彼女を護り彼女の唯一の騎士でもあるメアーリンは女王の自室に居た。

「…苦労をかけたわね、メアリー。ありがとう、ようやく冷静になれたわ」
「いえ、…それよりもう少しお休みになっていて下さいませ。まだ、本調子ではないのでしょう?」

ベッドから身を起こそうとした女王にメアーリンは眉をひそめて声をかけるが、女王は心配はいらないと柔らかく、しかし譲らない口調でそれをたしなめた。

無用な心配なのだと。

メアーリンは止める事は叶わず、ただ黙って言いたい言葉をつぐむ。役持ちに騎士は逆らえない。そういうルールでそういう世界だ。

女王はそんな何か言いたげなメアーリンに困ったように笑い、「貴女の言いたい事は分かっているのよ」と彼女の手を握る。

女王とはいえ。ハートの役持ちを継いだこの世界の支配者として、少女は幼い。
余りにも、幼い。少なくとも12歳の少女が担うには重すぎる役だ。
しかし、

「私は、女王なのだから。あの程度の事で取り乱してしまうなんて、情けない姿を見せてしまったわね、ごめんなさい。アリスにももう一度改めて謝罪しなくちゃ面子がグダグダだわ……いくら引きこもりでどうしようもなく厨二病な兄がしでかした事とはいえ、私の身内の失態には変わりない事だもの」
「……アナタは、悪くありません」

「それでもね、メアリー。ケジメはつけなくては、いけないものなの。私は――あたしは、ハートの役持ちでお母様の代わりに女王になったのだから」

いつものように笑った女王をメアーリンは泣きそうな瞳で見返して。
このどうしようもなく気丈な優しい女の子を護る為になら、と。
それでこの子がいつもの女王に戻れるのならばと、後ろ髪を引かれるような心境を割りきって。

「ならば私は、アナタを護ります。どんな相手であろうと。護りますから」

泣きたい時は遠慮なく泣いて下さいと懇願した。
女王はそんなメアーリンに驚いたような、はにかんだような表情を向けて、「そうね」と静かに頷いた。

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一方で、実の妹である少女と騎士の美しい主従関係とはまったく無関係に目を覚ました引きこもりことスペードの王は、不機嫌そうにベッドから起き上がる。
ジャックの姿を無駄に探してみるが、あのいい加減な男が常に自分の傍らに居た事など皆無なのだから、一応の確認だ。そして案の定、あのヘタレた面は見当たらない。

「…チッ」

役立たずがと吐き捨てるように呟いた一人言に返事は返ってこない。騎士といっても厳密に言うなら、役持ちと騎士との関係など曖昧なものであって当たり前なのだ。
他はどうだか知らないが、少なくともジャックと王にとってはそれが条件だったのだから異例とも言える。とはいえ、ジャックが王に逆らう事はしないし、王とて必要がなければ命じもしないから楽といえば楽。

しかしながら、こうも主の側を頻繁に離れて好き勝手な行動も…苛立つものだ。四六時中、とは言わないがせめて1日の二、三時間くらいは側を離れるなと言いたい。
ましてや、兄妹喧嘩―という域を逸脱してやり過ぎたとは思ってない―の後なのだから、尚更だろう。

「……ふん。まさか、あんな所で会うとは、な」

そこまで考えたところで王はあの、張り付いた笑顔を浮かべる猫を思い出す。
何度見ても不愉快で、懐かしい。もう二度と見たくもなかったというのに。


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