二年振りの再開

『もう一人のアリス』



ジョーカーを継いだのがチェシャ猫だという現状を元ジョーカーはどう思ったのか。

「公平で平等で真面目を強いられるとは、貴方には耐えられないでしょうに。ところで、女王はお元気でしょうか。挨拶もしないまま行方を眩ませてしまいましたから」

無機質な声音は変わらず、世間話をするかのように尋ねた。

「前の女王は発狂したよ。今は娘が継いでいる」

「……あぁ、そうですか。そうですね。あの女(ひと)はとにかく自尊心が高かったんでした。私がジョーカーとしての役よりも彼女を優先してしまったら、…それは耐えきれないでしょうね。失念しておりました。失敬」

それだけで、終わる。短くない時間を女王に仕えていた彼の感想を薄情だとは思わない。
トカゲのビルにとって、それは些細な出来事であり、それほど感慨を持てなかった。

ただ、それだけ。だからこそ、ジャックはここに女王やメアリー、そしてアリスが居なくて良かったと思う。
彼女達がもし、ビルの言葉を聞いていれば、平然と会話など続けられも、聞けもしなかっただろうから。

「それにしても、あの幼子が女王とは。この世界も酷なものです。役持ち、ですか…」
「…話ぶった切って悪いけどさ、どうしてアンタがここにいるのかがアリスとやらの付き添いとして。じゃあそのアリスはどうしたんだよ」

このまま問答を続けても埒が明かないと判断したジャックは単刀直入に聞いた。
ビルは1人になりたいとの事でしたので。と告げて、まぁ、屋敷のどこかには居るでしょう。と答える。

「…白兎を利用して、アリスを呼んだのはアンタだろ。ビルさん」
「…おや。君はもう少し気付くのが遅れると思っていたのですが…意外と抜け目ない性格になりましたね」
「いや、オレにヒント与えといてそれは無いだろ。こうしてここに来るまでは気付かなかった自分と最初から計算通りだったって事実に殺したい気分なんだって」
「君の欠点は、人の話を最後まで聞かない事ですね」

ビルは気を悪くした様子もなく、観察するようにジャックを見返し、ふと思い出したかのように眼鏡を押し上げた。

「今回のアリスはどうやら私のアリスに及ばない。しかし、異世界から来たモノはやはりこの世界の住人を強く惹き付けるようですね、ふむ。興味深い。そして頭も悪くはないようで何よりだ…そうでなくては、私のアリスの友達としても敵としても成り立たない」

その言葉と呼応するように、三月ウサギが発砲した銃声が聞こえ、
反射的に走り出したジャックを阻む事はなく、ビルは静かに読みかけの本のページを捲る。

「君は行かないのですか?君のアリスはか弱いでしょう」

動かないチェシャを見る事もないままビルは聞き、チェシャ猫はいつもの張り付いた笑みのまま、

「俺は面白くない事は見ない主義なんだよ」

と告げた。

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調べる予定であった最後の一室。その中央で、少女はまるで人形のように発砲した三月ウサギを見返した。

弾丸は、少女の真横のドアに小さな穴を開け、続いて発砲される第二撃目はきっと外さないだろう事が目に見えているというのに。
まるで景色でも眺めるように自身に銃を向ける三月ウサギを見ている。

「…………」
「…………」

少女は何も言わず、また三月ウサギも様子を見つめたまま何も告げない。
そんな三月ウサギの背中越しに、一体何が起きたのかを把握出来ていないアリスは驚いた表情のまま固まっていた。

「あ…の、三月、ウサギ?」

恐る恐る、呼び掛ける。目の前に映るのはただの少女とその少女に銃を向けている三月ウサギの姿。
一体彼女の何が不審だったのかすら、分からない。

「その子は、」
「黙ってくれ、気が散る」

短く。振り返りもしないで三月ウサギは告げて、少女の周囲に視線を配る。
少女は人形のように無表情なままそんな三月ウサギに「アイツなら居ないわ」と一言言った。

「…アンタの側を、あの人が離れる訳がないだろ」

「知ってるでしょ。私の言うことならアイツは何だって喜んで聞くんだよ。むしろ四六時中つきまとうから1日にこれでも頑張って減らした事を褒めて欲しいくらいだわ。」

どうやら顔見知りらしい二人の会話から察するに、三月ウサギが警戒していたのはそのもう一人の人物らしい。

「それに、側に居たなら貴方が弾丸を私に放った瞬間にアイツは私の前にナイト気取りで現れるに決まってる。あぁ、考えるだけで鬱陶しい。どうせ側を離れないのなら貴方が良かったわ」
「生憎と俺は帽子屋の騎士なんでね」
「知ってるよ。それから、貴女。」

不意に、無表情の少女に視線を向けられたアリスはえ?と戸惑いながら少女を見返す。
「そう、貴女よ」と少女は続けて「初めましてと言うべきかな。」と口を開いた。

「私は堂羽(どうわ)。堂々の堂に羽。下の名前はナナシ。この時点で分かりやすく言えば、招かれざる訪問者。アリスという事になっているわ」

話は聞いているんだろうけれど。と少女――もう一人のアリスは笑いもせずにまるで興味のない話をするかのように言う。

「さて、こうして対面してみればみる程に訳も意味も分からない。一体アイツは何をしようと言うのかしら。何の面白味も特殊能力もないただの小娘二人が会ったところで、世界が滅びる訳でもあるまいし」

言葉に覇気はなく。面倒そうだといった様子もなく。彼女はまるで無気力で無関心だった。

チェシャ猫のように感情のない声音。ジャックのようにどうでもよさそうな視線。三月ウサギのように淡々とした態度。
そのどれもがよく見知った人物に似ているのに当てはまらない。

「……あぁ、そういえば貴女。名前を聞いてない。忘れてたわ」
「………っ乙戯、アリス…です」

「そう。偶然にせよ必然にせよ、おめでとう。これで私がアリスなんて名前で呼ばれなくなれば良いんだけど。そうもいかない所がこの世界。いや、アイツね。まぁ…どうだっていいわ」

因みに、銃の照準は未だ彼女に向けられていて。三月ウサギはいつでも引き金を引けるというのに、気にした様子もなく一歩こちらに足を向ける。

「貴女がどういうつもりでここまで来たのか知らないし関係ないけれど、私は何も知らない。更に言えば私はアリスなんてどうでも良い。これでアイツが貴女に興味を示してくれれば願ったり叶ったりなのよ。だから、貴方のその銃が発砲されようが、何にも変わらないよ」

「……相変わらず、人形みてーだなアンタは」
「褒め言葉として受け取っておくわ。」

無抵抗で無関心な彼女に三月ウサギは戦意を殺(そ)がれたのか、薄く笑んだまま銃を下ろした。

改めてもう一人のアリスにして彼女。ナナシを見れば、白に近い白銀の髪を二つに分けて結んでおり、肌も日に当たらないのか透き通るように白い。
(白さで言うなら、白兎と良い勝負かもしれないと少し思う。)

服装は普段着なのだろうか、動き易(やす)そうな半袖に短い短パンとニーソックスだ。

想像していた人物像とは違ったものの、その印象的な容姿は忘れられそうにもない。

「あの、ナナシさんは…元の世界に戻る方法を知ってるんですか?」

沈黙が続く中で、意を決したアリスは訊ねた。目的を見失ってしまっては一体何の為にここまで来たというのか。
ナナシは僅かに眉をひそめて、「元の世界に戻る方法?」と不可思議そうにアリスを見つめる。

「貴女は…随分と警戒心がないね。もし仮に私がそれに答えたとして、馬鹿正直にありがとうございましたと信じるの?貴女の言う元の世界と私の答える元の世界とやらは違うものかもしれないのに」

あぁ、滑稽。と初めて笑みを口元に浮かべたナナシは知らないけれど。と言い切る。
…何だかよく分からないけど、少し不愉快だと思えた。

「…性格悪かったんだな、意外と」

後ろで三月ウサギが意外そうに呟いたのを聞いて、アリスは顔見知りじゃなかったの?と聞いた。
三月ウサギは「顔見知りは顔見知りだけどな」と返して、まんまだと笑う。

「顔は互いに知ってるさ。話したのはこれが最初だ」
「…話す事もなかったもの。当然と言えば当然よね」

言われてみれば成る程なのか。そう内心で呟いたアリスは、
今更ながらにナナシを先頭に自然とどこかに足を運んでいる現状に、一体どこに向かっているんだろうかと考えた。

「ところで、今俺達はどこに向かってんだ」
「出口。アイツから折角離れてる良い機会だもの。逃げるわ」

三月ウサギも同じ事を思ったらしく、口に出せば、ナナシはさらりと告げる。

「逃げるって…あの、さっきから言ってるアイツって…そんなに怖い人なの?」

逃げるという言葉にアリスはナナシが誰かに追われているのだろうかと疑問に思ったのだが、返ってきたのは三月ウサギとナナシ両名からの沈黙。


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