互い違いな二人

『もう一人のアリス』



三月ウサギが時計屋の無事を確認した傍ら。青い髪の少女は信じられないと小さな声でぼやいた。

「……っううう、あり得ない、あり得ないよこんなの。何で、何が悪かったんだ?あんな手でこのぼくが、負けた?」

怪我をした肩と足を庇いながら納得いかないと呟く片割れを見つめ。両手を上げた赤い髪の少女はやれやれとばかりに降参の意思を示す。

「……ぼく達の負けだよ。畜生、分かったよ。通りなよ。最悪だぜ、お気に入りの服は切り裂かれるわ相方は再起不能にされるわ。こんなザマじゃアリスに笑われちまうぜ」


何気なく告げられた名前にアリスは名前を名乗っただろうかと考え、次いでこの少女が言うアリスに違和感を感じた。

「アリス?…どうして私の名前を知ってるの、というか笑わないよ?」

少女の言葉に振り返り、首を傾げれば少女は思い切り驚いた目を向ける。

「はぁ?アンタがアリス?何を言ってんだか、アリスなんてワガママな女は一人で充分、」

少女は途中で自分が余計な事を喋ってしまった事に気付き、間髪入れずに三月ウサギが薄く笑んだまま「当たりだ」と白兎に言う。

「…どうやらコイツ、もう一人のアリスの事を知ってるみたいだな」

白兎は少女を鞭で縛り上げると短く「話せ」と告げた。

「いでっ…ちょっ…待てよ白兎!こぉんな可愛い子を鞭で縛り上げるとか絵的にヤバイぞこのロリコン」
「やかましいですよこの変態。大体テメェ等、男なんだから服がどうの可愛い面だのと女々しい発言してんじゃねぇですよ」
「男女差別してんじゃねーよ鬼畜眼鏡が!男だって可愛いけりゃ正義だぜ?むしろ最近ハヤリの男の娘――」

ぎゃいぎゃいと騒がしく白兎と少女の会話が続く中でアリスは混乱した。
男だと、聞こえたのは気のせいであって欲しい。あんな可愛い男の子が存在して良いのか。
いや、むしろ、おとこのこって?どこか通常とは微妙にニュアンスが違った気がする。

「おー、混乱してんなアリスちゃん」

ぐるぐると悩むアリスにへらへらと笑いながらジャックがその疑問に答えを示す。

「アイツ等はトゥイードル兄弟って言って二人とも男だよ。白くて生意気なのがダムで黒くて根暗がディー。何であんな格好してんのかは知んないけど」
「確かに昔は普通に無難なパンク系の格好だったよねー。行方不明になってた間に何があったんだろう、あぁでもしろたんに鞭で縛り上げられるならボクもフリフリの可愛い服着るよ☆」
「視覚暴力だ、止めやがれ」

とりあえず帽子のショックから脱したらしい帽子屋の発言に心底止めろと青ざめる白兎の突っ込みが入った。

「何で!?しろたんの為なら僕はどんなマニアックな格好だって出来るよっ☆」
「……寧ろ俺がそんなマニアックな格好を好むと考えてんじゃねぇと突っ込むべきか、テメェのそんな格好なんざ見たくねぇんですがと釘を刺すべきか。とりあえず死ねとまでは言わねぇから黙れ」
「そんな優しさに溢れたしろたんが大好きだよ☆」

感激する帽子屋が抱きつこうとしたところで白兎は無言のまま使えない鞭の代わりに蹴りを入れる。
そんなやり取りに耳を傾けていた時計屋が埒が明かないなと判断し、「とりあえず」と言葉を発した。

「手がかりはこれで増えた訳だ…俺の意見としてはここで二手に別れて話を聞く方と念の為に屋敷を探索する方と別れてはどうだと思うんだが」

それに対する異論はなかった。双子担当は白兎とやっぱり帽子屋で、時計屋はもう少し休むという事で残る。
しかしそうなると探索出来るのは三月ウサギとジャック。そしてアリスになる訳なのだけど。

(…どうしてかしら…今、猛烈にチェシャ猫が恋しい…)

行く先に不安を感じながらもアリスは屋敷に足を踏み入れたのだった。

xxx

トカゲの屋敷内廊下。
微妙な空気のジャックと三月ウサギの間でアリスは何とも言えない心境で居た。

「三月さぁ、気持ち悪いんだけど。何さっきの。時計屋はお前の所有物じゃないし、っつーかオレお前の銃で掠り傷受けたんだけど」
「助かったんだから良いだろ。掠り傷じゃ足りなかったなら一生消えない傷をつけてやろうか?」
「いらねーし。むしろ何でオレとお前しか動けないんだよ畜生。アリスちゃんを一人に出来ない以上は仕方ないけどさー」
「別に俺はお前と一緒でも構わないけどな」
「……いや、止めてくんない?妙なフラグ立てんの止めてくんない?嬉しくない」
「…嬉しくない、なぁ。じゃあお前が好きとか言ったらどうすんのお前」
「剣の錆にしちゃうかなぁ。あっはっはっはっは」

ジャックの笑い声と三月ウサギの喉の奥でクッと笑う声を聞きながらアリスは黙々と部屋を調べていた。
とりあえず、この二人の会話は深く考えずに聞き流しておいた方が良い気がしたのだ。

「それにしても殺風景な部屋だよなぁ。あの人らしいっちゃらしいけど」

適当にキョロキョロと見回しながらジャックが言う。一応、調べていたのは調べていたらしく、飾ってあった絵画の裏を覗いていた。

「俺にしてみれば殺風景過ぎる気もするけどな。世界の拷問器具図鑑は興味深かった」
「……それ、一体何の目的で?」
「好奇心じゃないか、多分。何でも読む人だったからな」

まぁ、幾らか譲ってトカゲのビルが何でも読むのが事実だとしても。何故それを三月ウサギが知っているのか。

「興味深かった、って事は三月ウサギはそれを読んだの?」
「あぁ、貸してくれたな。快く」

何でも読む人から借りた本がそんなおどろおどろしい本だという事実が怖い。そもそも何の為にそれを読もうと思うに至ったかが気になる。

「オレが知ってる限りじゃ、堅苦しそうな奴ばっかだったけど」
「へぇ。俺は逆に官能小説とか不健全な本が多かったけどな」
「……マジかよ、」
「マジだよ。アンタが好きそうなバイオレンス系もあったけど、知らなかったんだ。ふーん」
「…いや、そもそも小説自体に興味ねーから。」

三月ウサギとジャックがそれぞれ違う本を見ていた事について雑談を交わしていく。
本当に何でも読むらしいというのはアリスにも分かったが、同時にますますトカゲのビルという人物が分からなくなる。

「けど確かに、あれだけ毎日違う本読んでて、部屋に一冊もないってのは不自然だな……まぁ他の部屋に書庫とかあんのかもしんないけど」

ジャックは適当に調べ終えると一人でさっさと別の部屋に移動してしまい、アリスはそのあまりの自然さについ引き止め損ねた。自由だ。

「………」

ふと三月ウサギを振り返れば、特に気にした様子もなく。いつものアリスが知る限りの涼しい顔で「ん?」と薄く笑う。
こうして見ると冷静沈着で穏やかな人に見えるのに、時計屋に対する執着とそれ以外はどうでもいいと告げたさっきの彼が同一人物だとは思えない。それは同じくジャックにも言える事だけれど。

(…この二人を見ていると白兎や帽子屋がまともに見えてくる不思議だわ)

どっちもどっちだとは思うが。今は関係ない話だとアリスは割りきって次の部屋へと進む。
三月ウサギは何も言わずにアリスの後に続いた。


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