双子の門番

『もう一人のアリス』



突然現れた少女はその細い体躯に似合わない武器を軽々と担いで笑う。

「相変わらず冷静かつ的確だよなぁ。気狂い。かっこよすぎて惚れちゃうぜ?ひゃはっ!」

可愛らしい外見に見合わぬ口調で告げた後、次いでアリスに目を向ける。思わず見惚れてしまいそうな笑顔で少女はその白いヒラヒラとしたスカートの端を摘んで軽くお辞儀をした。

「そしてようこそ、トカゲの変人の屋敷へと」

まるで芝居がかった仕草で少女が告げると、最初にアリスの前に降り下ろされた巨大な斧を地面から抜いて、少女とよく似た面差しの女の子が静かにアリスの前を通りながら続く。

「ぼく達としては直ぐ様。即座に引き返す事をオススメするけど」

赤い髪に白を基調とした服装の少女と同じ顔をしながら青い髪に黒を基調とした服装の少女。
赤い髪の少女は両刃の付いた巨大な斧を携え、青い髪の少女は身の丈よりも長い斧を構えた。
格好こそは対称的だけれど、恐らく彼女達は双子なのだろうとだけアリスは認識する。

「おいおい、折角久しぶりに来たお客様を追い返すようなコト言うなよ。人生は退屈しのぎが主だぜ」
「退屈しのぎ所か、三月とジャックを相手に五体満足で居られると思うお前の神経を疑うよ死ね」
「可愛い面して辛辣だよなぁ。ぼくと同じ面じゃなきゃバラしてるトコだぜ」

そして、いがみあう双子は仲が宜しくないようだ。
余りの濃いキャラの突然の登場故にうっかり目的を忘れかけていたアリスは恐る恐る白兎を見た。
ここはスルーして行くべきなのか、それともこの双子の少女に関わらなければいけないのか。白兎はアリスと合った視線を外して深い息をつく。

明らかに面倒だといった表情から察するにやはり避けては通れないんだろう。

「ふぅん。暫く姿を見掛けないと思ってたら、こんな所で門番かい?トゥイードル兄弟」

気がつけば白兎を庇うように帽子屋がそう言って愛用の細長い針を構えていた。
表情は変わらず笑顔だが、あのお茶らけた帽子屋が警戒している。
自然とアリスも油断しないように双子を注意深く見つめた。

「…おやおやおやぁ?やる気ですか、旦那。無理すんなよいくら《役持ち》でも戦闘能力低いアンタじゃ役不足ってもんだ」
「そう考えると不思議なのはジャックだよね。引きこもりの子守りはどうしたんだい?まぁ、同じく白兎にも言える事だけど」

先程の仲の悪さが嘘のように同時に臨戦体制に入った双子の片方は挑発。片方は怪訝そうに訊ねた。
白兎は吐き捨てるように「俺は成り行き。ヘタレは自業自得でやがりますよ」と簡潔に述べる。

「…自業自得、って…オレ無理矢理強制させられた気がすんだけどなー」

小さく小声でジャックは抗議していたけれど。

「まぁ、理由なんてぶっちゃけどうだっていーけどね。切り刻めればっ♪」
「同じく理由はどうだってよいとは思わないけど。一応門番だしね、許可なく入るつもりなら問答無用で切り潰す」

その言葉をきっかけに、この世界に来てから何度目かになるバトルが開始される。
というか、皆血気盛ん過ぎるんじゃないだろうかとアリスは遠巻きにそれを眺めて突っ込みを入れてみる。止まらないけど。

「あーぁ、ガキ相手にあんまりやる気ないんだけどなぁ」
「ガキだと思って手加減してくれる訳ぇ?いやん、やっさしーいぃ♪」
「手加減?まさか。手加減出来ないから言ってんだよ。オレの通り名くらいは知ってんだろ」

やる気のないジャックは白い少女の過激な攻撃を剣の鞘で軽くいなしながら笑う。
少女もまたこれは序の口と言った笑顔で彼の通り名を口にする。

「もちろん知ってるよ。スペードのエース、だろ」
「…残念。」

斧を振り上げた状況で告げた少女にジャックは口角を上げた。

「戦闘狂いのキチガイだよ」

その言葉と共に少女は正面からジャックの剣の餌食となった。
しかし、すんでの所で致命傷を避け、舌打ちをした少女は距離を取り無惨に裂かれた洋服に眉をしかめる。

「最ッ悪!割りと気に入ってたんだぜこの服!」

服より先に斬られた胸の傷を心配すべきではないのかと思ったが、少女にとってはそんな事より裂かれた服の方がショックだったようだ。

「服より自分の心配した方が良いんじゃないかな?君の相手はジャックくんだけじゃなくボクも居るって忘れてもらっちゃあ困るな☆」

その隙を逃さず帽子屋が背後から襲いかかる。
咄嗟に少女は斧を横凪ぎに帽子屋に向けて振るったがそれよりも先にジャックに首元へ剣を押し当てられて勝負はついた。

「…ぐっ…2対1とか大人の癖に卑怯じゃね」
「失敬な。立派な頭脳戦だからね!」
「服は諦めろよ潔く」

少女の文句に帽子屋とジャックは笑って流した。

一方でもう一人の少女は静かに捕らえられた片割れを横目に、面倒そうに時計屋に攻撃をしながら三月ウサギの弾丸を交わすという器用さで素早く動く。

「ネチネチとしつこいな。しつこい男は嫌われるよ」
「それに関しては同感だが、俺も含まれているのか」

少女の呟きに同意しながら時計屋が言い、どうだろうねと薄く微笑む。

「アナタ達は的確かつ正確だから分かりやすくて助かるよ。分かりやすく急所を狙って分かりやすく連携をつくる。だからこそ解せないんだよね」

目を細めた少女は軽やかに斧を軸に時計屋を蹴り上げた。
一瞬の不意を突かれた時計屋は息を詰めて体勢を整えようとするが少女は間髪入れずに第二撃目を加える。

「理性的で合理主義な癖に、どうしてこんな所まで来るかなぁ。解せない。アナタ達が来るとは思わなかった」
「…ッ」

三撃目は踵落としのように首に入れて、ミシと骨が軋んだ音を確認した少女は驕ることのないまま時計屋の手から日本刀を遠ざける。
三月ウサギへの警戒は解かない状態で、「これ以上ぼくに弾丸を撃つなら斧でコイツの首を切り潰すよ」と告げた。

「そしてもう一度忠告しようか。許可なくこの屋敷へ入るつもりなら問答無用で切り潰す―」
「へぇ。ヤれるモンならヤってみろよ」
「安い挑発だね。三月。動揺も油断もしないよ。これは取引だ」

少女は冷静に、そして脅しの意味を含め斧で時計屋の首筋を斬った。殺気がない状態で平然と。
まるで人形の手足をもぐ気軽さで少女は躊躇いなく時計屋の首を落とす。

「………取引?笑える話だ。応じようと応じまいと時計屋を殺すつもりだろ。お前」
「…。嫌だな。勢い余って手を滑らせてしまうかも知れないけれどそれは悲しい事故というモノさ」

誰も動けない。少女のまるで天気でも語るような台詞に寒気と嫌悪が襲った。
三月ウサギは僅かに眉をしかめて帽子屋に視線を向ける。

「みっつん…?」
「悪いな。俺は、今を持ってお前の騎士を止める」

淡々と、いつもの様に告げられた言葉に信じられないと帽子屋は固まる。アリスもまた、信じられなかった。
それでは、まるで。三月ウサギが、これから先、帽子屋の側に居られないみたいじゃないか。

「…ッ三、月」
「他の奴に殺される位なら俺が殺す。他の奴に傷つけられる位なら俺が傷つける。時計屋は俺のモンだ…気安く手ェ出してんじゃねーよ…」

薄く、底冷えするような笑みを浮かべた三月ウサギは愛用の銃を少女に向けて投げつける。

「意味が分からない。やっぱりアナタも狂った住人って訳か…残念、ッ」

少女の顔が強張った。投げつけられた銃。
それが意味する所は、無差別な暴発。ドコにどう放たれるか分からない正に無謀な真似だった。

「ッつあああああ――」

弾丸は咄嗟に本能として動いた少女の足を貫き、利き腕の右肩を貫いた。

他の弾丸はそれぞれアリスの横を横切ったり、帽子屋の帽子に穴を開け、ジャックの頬を裂いたのだけど、まるで計算していたかのように見事に傷を負ったのは少女のみ。

「俺は頭がイカれてるんだ、多少の犠牲はどうでもいい奴だって覚えとけ」

ニィと初めて見たその笑みは、本当に愉しそうなそれでいて冷ややかな、目的以外はどうでもいい笑みで。
三月ウサギが狂っているという理由を垣間見た気がした。気がしたっていうか、身を持って知った。

「……敵味方問わずなんて…怖い」

幸い、アリスに怪我はなかったけれど、
ジャックは掠り傷を拭いながら笑顔で三月ウサギを睨んでいるし、帽子屋に至ってはお気に入りの帽子がああああああと頭を抱えている。
そんな雑音を気にした様子もなく三月ウサギは時計屋に近付いて首の骨が折れていないかと確認をしていた。

「……の、馬鹿が」
「…助けてやったのに、その態度はないんじゃね?」

時計屋は動けないながらも思い切り眉をしかめて三月ウサギを睨み、三月ウサギはそれを確認すると安心したように苦笑いを返した。


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