覚悟と取り引き

『もう一人のアリス』



ただ単にアリスが一緒だと心強いなぁと思う名前を上げたに過ぎないのだけれど、偶然にもベストな組み合わせだったようだ。

一先ずは一番頼みやすい時計屋の元へ行き、事の経緯を説明した上で同行を求めた。
時計屋は少しだけ悩んだ素振りをしたが、彼としても興味はあるらしく頷いてくれた。

「別に構わないが、…それより君。チェシャ猫は一緒じゃなかったのか?」
「チェシャ、猫」

あの時、別れたきり会っていない名前を言われて、アリスは僅かに眉をしかめた。
たった数時間なのに、もう何日も会っていないような気分だ。

「ごめんなさい、分からないわ」

気まずいながらも正直に知らないと首を左右に振る。
時計屋は少しだけ何か言いたそうにアリスを見返したけれど、そうか。とだけ呟いてそれ以上は何も聞かないままで居てくれた。

白兎に促され、次に事情を説明したのは三月ウサギ。どうでも良さそうに


「まぁ、帽子屋の許可が出れば付き合ってもいーけど」

と例の如く淡々と告げて、帽子屋はといえばこれまた例の如く白兎に激しく猛烈なアタックと共にOKを出した。

その辺りはアリス的には忘れたいので割愛するとして。

次は、ベッドに繋がれたままのジャックの元へ。
丁度手錠と格闘中だったようで、白兎の姿を認めるなりいつものへらへらした態度で「やっぱ無理なんだけど、マジで外してくれない訳?」と言った。

「さっきも言いましたがね。鍵は無くした。従ってテメェのソレを外すには壊すしかねぇんですよ」
「壊すったって、これ頑丈だし。両手が塞がってちゃ剣だって振り回せねーし……って、わお。時計屋に帽子屋くんじゃん」

手錠に夢中になっていたジャックは今、気付いたようで驚いた素振りをしながら時計屋と帽子屋に笑いかけた。
三月ウサギも居るのだけれど、どうして彼の名前だけ呼ばなかったのだろうか。

「何だ、そのザマは」
「あははははっジャックくんてば、何それ間抜けー☆」

時計屋は呆れた様に。帽子屋は明らかに楽しそうに告げて、繋がれたジャックを眺めた。
「言っとくけどオレの趣味じゃないからね。白兎だからね」と弁解して、ジャックはため息をつく。

「あの、ジャック。手錠、外して欲しい?」
「…まぁ、そりゃあ、ね。トイレに行けないとか辛いし。外してくれるならある程度は何でもするよ?」
「それじゃあ、付き合ってくれないかな。トカゲのビルって人の手がかりがあるところまで」

ジャックの顔を真っ直ぐ見据えて、アリスは言った。
その言葉に何故かジャックは目を見開いて、怪訝そうに口を開く。

「………それだけで、いーの?」
「え、…うん。だって、守ってくれるでしょ?」

当たり前のようにジャックを見返すアリスの返答は意外だった。
手錠を外すだけならまぁ、確かにその位は妥当なのかも知れないが。

「……どんだけお人好しなんだよ…あーあ。オーケー、了解。とりあえず、元の世界に戻る手がかりまでオレはアリスちゃん専用の騎士って事で、それだけは誓いますよ」

どこか不満そうなジャックの言葉にアリスはうん。と頷いて、三月ウサギにお願いしますと言った。
三月ウサギは欠伸を噛み殺しながら銃を構えてジャックの手錠に向ける。

「…………」
「…………」

しかし、三月ウサギは引き金を引かず、ジャックを静かに見下ろしたまま動かない。
見兼ねた帽子屋が「みっつん?」と声をかけたところで漸く三月ウサギが口を開く。

「…信用出来るとは思えないな。本当に連れていくのか?アンタ」
「…うん。ダメ、かな?」
「三月。ジャックは確かにいろいろとアレな男だが、信用は出来る」

三月ウサギの呟きにアリスと時計屋がフォローを入れた。

それでようやく三月ウサギはジャックに視線を移して淡々と言葉を続ける。

「……まぁ、そうだな。お願いします、くらいは言って欲しい所なんだけど…なぁ、ジャック」
「…………」

薄く笑んだままの三月ウサギの言葉に、ジャックの笑みが僅かにひきつった気がする。
この二人の仲が悪かった記憶がないだけにアリスとしては不思議でならない。

「無駄な時間が過ぎるなら最悪ヘタレは置いとくという選択肢が発生しやがりますが、放置プレイなお望みでやがりますか、騎士サマ?」

白兎が半ば本気の口調でジャックに向かって告げた瞬間。
ジャックは小さく「オネガイシマス三月サン」と思い切り棒読みの片言で黙っていた口を開いた。
何故だろう。アリスが三月ウサギの立場ならイラつくと思う。

「言葉がなってないな。お願いします、オレ、何でもしますから。位は言って楽しませてくれないと」

なのに、嫌そうなジャックの姿にドS心をくすぐられたのか。そう言って微笑む三月ウサギの笑顔はとても意地の悪い笑顔。

「それともアレか、俺に苛められたくてわざと言ってんの?手錠嵌められて動けない状況で苛められたいなんて案外いやらしい変態なんだな、アンタ」

「……」
「睨まれても苛められたくて潤んでるようにしか見えないな。無理矢理言いたくなるようにして欲しいのならそうねだれよ。望み通り可愛がってやる」
「…ッ…気色悪ぃんだけど」
「なら早く言えよ。お願いしますって」

淡々と続けられる嫌みに耐えきれず、ジャックは思い切り嫌そうな低い声で吐き捨てた。
それでも構わず三月ウサギは楽しそうに嫌みを続ける。そして数秒後。

背に腹は変えられないと判断したジャックはその言葉をあからさまに嫌な表情で告げ、解放されてから暫く時計屋にべったりと引っ付いている姿があったのだけれど。
確かに「…ッお願いします、三月、オレの手錠を外してくれたら何でもしますから…っ」と言ったジャックには少しばかり思う何かはあったけれど。

(…うん、とりあえず考えない事にしよう)

そう思いながら、揃った面々と共に元の世界に戻る手がかりを見つける為、以前トカゲのビルが住んでいたという屋敷まで移動するのだった。

xxx

深い森を抜け、芋虫から貰った地図通りに進んだところに、その建物は建っていた。
長年放置されていた様で(まぁ、住んでいる人間が居ないのだから当然といえば当然だが)壁や門に伸びた蔓が絡まっている。

この古い洋館にトカゲのビルが住んでいたのかとアリスは息を飲み、門に手を触れた。
その直後、何故か一気に後ろに引っ張られ、次いでいきなり目の前に降り下ろされた巨大な斧に固まる。

何があったのかを理解するより先に、白兎の「馬鹿ですかテメェは」と呆れた声が聞こえ、ただ門に手を伸ばしただけで何故そこまで言われなければならないのかと意を込めて白兎を見返す。

「素直に大丈夫かって言えないそんなしろたん萌えーっ!!」
「成る程、遠回しに心配しただろと言ってる訳か」
「いやいや、なかなかナイスなナイトっぷりだねぇしろたん」
「しろたん言うなヘタレ」

帽子屋が笑顔で言った言葉に納得したように時計屋が頷いて、からかう気満々なジャックがケラケラと笑うのを白兎が冷ややかに突っ込んだ。

そんな漫才コントみたいな彼等のやり取りに構わず三月ウサギは冷静な声で「次、来るぞ」と上空に向けて銃を発砲する。

ガキン、という金属音がしたかと思えば、三月ウサギが放った弾丸をその手にした斧で弾いたらしい少女の姿。
とん、と軽やかに地面に足をついたその少女は重そうな両刃状の斧を持ったままでピュウ♪と口笛を吹いた。


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