トカゲのビルと芋虫

『もう一人のアリス』



端で聞いていたアリスには何が何やらといった様子なのだけど、簡単にまとめるなら。

ジャックはその日、裁判が行われている場所の近くに迷い込み、たまたま《アリス》と出会ったのだという。
会話は一言、二言といった感じで アリスを迎えに来たらしいビルと会った。

何でこんな所に?とそう疑問に思ったジャックはビルに話かけた。その時にビルが言った言葉が、
「もう一人のアリスにも宜しくとお伝え下さい」だったという、それだけの会話。

「…でも、私はトカゲのビルなんて知らないし…ワンダーランドに来たのだってたまたまなのに…」

どうしてその人は、自分が来るのを知っていたかのように言ったのだろう。
考えれば考える程 分からなくなる。

「だからさ、ビルさんと一番親しかったのはダイヤだし、ダイヤに聞けば何か分かるんじゃない?っていうアドバイスだって」

話終えたジャックは白兎に早く手錠外してよと訴えながら言った。

「……とりあえずは芋虫に会いに行きますか。あと、鍵無くした。自力で脱出しやがれ。一応、剣は置いといてやりますから」

無情にも白兎はそう言い放つとアリスを連れて部屋を後にする。
えええええ!とジャックが情けない声を上げたけれど、アリスは聞かなかった事にしようと思った。

ちょっとは反省すればいいんだ。アリスがここに来て初めて白兎と気が合った瞬間だった。


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通りすがりのメイドさんに芋虫の居場所を聞いて、アリスと白兎はその部屋の扉を開ける。

「…あら?白兎にアリス。珍しい組み合わせねぇ…別に入るのは構わないけれどノックくらいはしなさいな」

お風呂上がりだったらしく、腰にタオルを巻いたまま髪をかき上げた芋虫にアリスは思わず目を逸らした。何故かドキドキが止まらない。
対して、白兎はだるそうに目を細めて構わず「質問に答えやがってくれませんかね」と単刀直入に聞いている。

「質問、ね。答えられる範囲なら良いわよ。とりあえず、服を着るから一旦出なさいな…見たいのなら話は別だけど」

呆れたように芋虫が告げると、白兎は舌打ちをして一旦部屋から出る事にしたらしい。慌ててアリスも続いて出る事、数分後。
どうやら部屋の中に居たらしい眠りネズミがアリス達を呼びに来た。

「…おはなし、いーよって芋虫が…」
「……っかわ…かわいいいい!」
「え、ちょ…落ち着きやがれですよ女」

眠りネズミに抱きついて暴走したアリスにぎょっとした白兎が止める。

「だって、こんなにかわいいのにっ!思わず頬擦りして抱き締めてなでなで可愛がりしたいくらいかわい―」
「…あぁ、確かに可愛いな。可愛いから落ち着けっつーか黙れ幼女愛好家ですかアンタは」

アリスの暴走っぷりにかなり引いて 白兎は何だかよく分からない突っ込みをした。
そんな三人にくすくすと笑って、芋虫は若いわねぇ等と傍観を決め込んでいる。

「っ…テメ…止めやがれってんですよこのオカマ!」
「相変わらず口の悪い子ねぇ…まぁ、このままだと話がすすまないのは確かだから」

白兎の暴言を軽く流した芋虫はアリスと眠りネズミの頭を撫でて、にっこりと微笑んだ。

「お話をしに来たのよね?ネムとは後でゆっくり遊ぶ事にしてお茶でも飲みながら話しましょう?」

ほんわかとした空気に我に返ったアリスは「はい」と頷くと大人しく椅子に座る。

「う〜。はずかしい?」
「…うん、かなり恥ずかしい」

眠りネズミに小首を傾げて聞かれたアリスは俯いて呟くものの、白兎にとってはほんのちょっぴりトラウマになった出来事となった。

「それで?聞きたい事っていうのは何かしら」

手際よく用意したお菓子とお茶を並べながら、芋虫は聞いた。

「…あ…えと、」

今更ながらにアリスは迷う。
聞かなければならないのは分かっていても、芋虫にとってのトカゲのビルという人物は気軽に話題にしてはならない様な気がして。

「……あの、芋虫さんは」
「トカゲの野郎について、知ってる事を全部教えて欲しいんですよ」

アリスの言葉より先に、白兎が尋ね、芋虫はきょとんとした様子で白兎をまじまじと見つめた。

「………何でソレを、アタシに聞くのかしら、ねぇ。確かにアイツとは同期だけど別段仲が良かった訳でもないし、知ってる事なんてたかが知れてるわよ」

物腰が柔らかい言い方だけれど、ほんの少し空気が冷えたように感じる。

「ヘタレがトカゲに女の元の世界に戻る為のヒントがあるとか抜かしやがったモンですからね。文句ならヘタレに言いやがって下さい」
「…ヘタレ、…あぁ。ジャックの事ね。ふぅん?興味深い話ではあるわね」

二人の間でヘタレ=ジャックという認識に、アリスは少しだけ妙な気持ちになった。
最初に会った時の印象が強くて、いまいち彼をヘタレとは思えないのだが、今は関係ない話だ。

「まぁ、良いでしょう。ビルに関しての話で貴女が元に戻る為の手がかりになるなら、話さないって選択はないものね」

やれやれと溜め息をついた芋虫はトカゲのビルについて、話す事を決めたらしい。
アリスと白兎は無意識に気を引き締めて、彼の言葉に耳を傾けるのだった。

「アイツとアタシの関係を一言で表すなら知り合い以下、って所かしら。同じ時期に役持ちになったって事以外はてんで気が合わなかったし、正に正反対だったわ」

淡々と、僅かに眉をしかめながら告げる芋虫の表情から察するによほど気が合わなかったんだろう。言葉の通り。

「正直、アタシ、役持ちなんて柄じゃなかったのよ。忠誠も、覚悟も。どうでも良かったし当時は遊べればそれで良いとさえ思っていた最低な奴だったの。恥ずかしながらね」
「……」

それはとても意外だ。
チラリとアリスが白兎を見れば彼も初耳だったらしく、驚いたように芋虫を見つめていた。きっと想像出来ないんだろう。

「それに比べて、トカゲのビルは真面目だったわ。仕事はきっちりこなすし、怒りもしない。アタシ、アイツが感情を乱した所なんて一度たりとも見たことがなかったもの。正に理想的な役持ちだったと言えるわね。女王にとっても、世界にとっても。……裏切るまでは、」

苦々しく吐き捨てるように芋虫は告げた。
裏切るまでは、つまり例の裁判でアリスと共に居なくなった二年前のその日まで、トカゲのビルは少なくとも役持ちとしての務めを果たしていたのだろう。だからこそ、

「どうしてアイツが、あんな真似をしたのか。それが分からないからこそ、アタシはこうもアイツが気に食わないのかしらね」
「いや、アンタの語り口から察するに、充分最初から嫌いだったってのは分かりました」

溜め息をついて呟かれた台詞に白兎は冷静に突っ込んだ。相当にトカゲのビルが嫌いらしい。現在進行形で。
それにしても話に聞く限りでは悪い人物とはとても思えない。確かに謎めいてはいるけれど、本当に彼は裏切ったのだろうか。

「……本当に、嫌味な位に嫌な奴だったけど認めてたのよ。実力は」

そこで、ようやく合点がいった。アリスは芋虫の苦々しさを押し殺した態度が本当に嫌な奴だからではなく、
認めていたからこその憤りなんだと気付いて。そして、分からなくなる。

「…どうして、その人は」

女王を、芋虫を、向けられていた期待と信頼を裏切る形になってまで『アリス』に味方したのだろうか。

「……そうね。それが納得出来る理由なら、多少はアイツが理解出来るかもしれないけど…何せ絶賛行方不明ですもの。話を聞くにせよ、捜すにしたって手掛かりが無いんじゃ難しいと思うわ」

芋虫はもうこれ以上話す事はないと言って、無駄だとは思うけれどと以前トカゲのビルが住んでいたという屋敷を教えてくれた。

「散々、兵士が調べ尽くしてあるから何もないとは思うけど、行かないよりはマシでしょ。白兎はしっかりこの子を守ってあげなさいよ?」
「……気が向けば。まぁ、一応あのヘタレも強制して連れてくんで何かあれば盾にでもしますよ」

芋虫の言葉に白兎は面倒そうだとばかりに告げて、妙案だと言いたげにジャックを強制連行する事に決めたらしい。
確かに、ジャックは強いけどいろいろ不安になるのはアリスだけなんだろうか。

「あの、出来れば時計屋さんとか三月ウサギも一緒だと心強いかな…なんて」

ダメ元で言ってみれば、白兎と芋虫はあぁ、と顔を見合わせる。

「そういえばそうね。確かにジャック一人よりは時計屋と三月が居れば下手にバカな真似は出来ないわね」
「…意外とよく見てやがりますね。時計屋が居れば必然的にジャックも三月も協力せざるを得ないでしょうし…………あぁ、まぁオマケはこの際仕方ない事として早速行きますよ女」

クスクスと笑う芋虫と納得した様子の白兎にアリスは少しだけ戸惑いながら「はい」と頷いた。


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