女王と役持ち

『出会いと始まり』



芋虫は尚も静かに語り、アリスにも分かりやすい言葉を選んで続ける。

「…先代が支配してた国はいわば独裁国家。女王には逆らえないし逆らう者も居なかった、まぁ 誰もそれを間違いだとは思わないそれが当たり前の世界だったの」

アリスは息を飲んで芋虫の続きを待った。

「それで――、その時の《役持ち》もそのままで構わないかとアタシも含めて女王のやり方を静観してた訳だけれど」

若気の至りだったわ。と小さく呟いて芋虫が苦笑う。
ふと今いくつなんだろうと思ったがそういう雰囲気ではない為黙っておく。

「《役持ち》は基本的に死ぬまでその役目を背負う事になるからあまり変わってはいけないんだけど、とある事情で今と二年前とではメンバーが違うのよ」

何気無く告げられた言葉にアリスは何故か重みを感じた。
死ぬまで。死ぬまで背負うとは あまり良い響きではない。
アリスの納得出来ないといった表情に芋虫は目を伏せて続けた。

「……変わらないのがダイヤのアタシとクローバーの帽子屋。後はスペードの王。ハートは言うまでもなく先代でジョーカーは…」

ほんの僅かに芋虫は苛立った様に何処かを睨み押し込めた後でその名を口にした。

“トカゲのビル”と。

初めて聞く名前にも関わらず、アリスは何故か嫌な感じを覚えた。
芋虫が口に出すのを躊躇ったからなのか。その名前が出た途端に空気が凍ったみたいに冷たく思えたから。

「…あたしは、当事者ではないから詳しい事情までは分からない。だから これから話すことは全て終わった後から考えた推測」

そんな空気を振り払う様に女王が続けてすまなそうに芋虫を見た。芋虫は気にしてないと片手を上げていつもの優しげな微笑みを返す。

「と、遅ればせながら戻りましたよ女王様ーって…あれ?何か空気重い?」
「……あァ、タイミングが悪かったみたいだな」

そして。丁度、タイミングが良いのか悪いのか。ジャックと三月ウサギが戻ってきて一斉に視線を独占した。

「ぅわ!なにっそんな見つめないでヨ!恥ずかしい」

ジャックが帽子屋みたいにリアクションするのを三月ウサギが蹴ってさっさと席につけと促して、そんな二人のやり取りに女王がぽつりと突っ込みをいれる。

「……夫婦漫才でも覚えてきたの?」

「夫婦漫才、」
「え゛……あぁ、ソーデスね。愛しの三月と愛を育んでキマシタ☆女王様」

まず最初に三月ウサギが言葉を途中で止め、またこの人はよく分からない例えを出すなと無言で見返す。
次いで、物凄く嫌そうな声を上げたジャックが微妙そうに女王を見て、まぁそういう事にしておくかとばかりに同意した。

「…あぁ、激しく愛を囁かれたんでダーリンにメロメロですよ。ね ダーリン」
「あはははは。そーだねハニー♪オレもメロメロだよ〜。」

棒読みに近い淡々とした口調で三月ウサギが薄く笑みながら席に座る。
その隣ではなく向き合う形で座ったジャックと三月ウサギの間に何故かブリザードが吹いている気がした。

一体この二人がどんな会話をしてきたのかは知らないが、お陰で緊迫していた空気は僅かに和んだからある意味結果オーライと言えるかもしれない。
これで残る欠席者は帽子屋と時計屋だったが一向に戻ってくる気配はなく、女王はまぁ良いか。と呟いた。

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一方、アリスが先代女王ともう一人のアリスが起こした裁判の話を聞いていた頃。
途中で別れた時計屋と帽子屋は歩きながら会話を交わしていた。

「…お前はどう思っているんだ、帽子屋」

不意にそう切り出したのは時計屋で、それに対する帽子屋は心当たりがないとばかりに「何がだい?」と振り返る。

「…俺は知っての通り、基本的に世間などどうでも良いから知らなかったが、お前は知っていたんだろう。もう一人のアリスとやらの存在を」

そこまで続けられた言葉にあぁ、と納得した帽子屋は「確かに知っては居たけどさぁ」と自らの帽子を目深に下ろす。

「より詳しく知りたいなら芋虫に聞いた方が適任だよトッキー。僕は確かに知ってはいたさ。トカゲの人はしろたんと無関係って訳でもなかったし、一応《役持ち》でもあるからね」

それにトッキーだってトカゲの人が居なくなった事に今の今まで興味がなかったみたいだし。と言われて、事実には違いなかった時計屋は沈黙した。

「まぁ、そこが君の良いところでもあるんだけどねっ☆…と、そうそう。それで僕の意見を聞きたいんだったね」
「あぁ。…そのアリスを知っていながらどうして彼女をここまで連れてきたのか。いや、連れてきたのは俺と笑い猫だが、それでもそれくらいは想定出来ただろう」

真面目に問い掛ける時計屋に「やだなぁー」と帽子屋は微笑んで、「僕はそんなに難しく考えてやしなかったんだよ、ぶっちゃけ!」と言い放つ。
それも事実なのかも知れないというか、本気で何も考えていなかった可能性が高いだけに、思わず時計屋は静かに帽子屋を見返した。

「わぁ☆トッキーってばそんな蔑みの目で僕を見ないでよっ☆」
「いや…お前に深くを求めた俺が悪かったな。だが、そこまでバカだと思わなかった」
「てへ。まぁ、良いじゃないか♪最初にちょっと試した限り、彼女には悪意も他意もなく、ただ単純に巻き込まれて、元の世界に戻りたいってだけの無害な女の子だよ、トッキー」

穏やかに告げる帽子屋に時計屋は呆れたように溜め息をついた。
相変わらずこの男は甘いなと思う半面で、それでも時計屋には何かが腑に落ちない気分。明確に何がという訳ではない。

「だからこそ、尚更気にならないか?…彼女は確かに無害であるかもしれないが、白兎の反応を見る限り、アイツも予想外な出来事に戸惑っていたようだ」
「え、そうなの?」

きょとんとした表情の帽子屋に、コイツは本当に白兎が好きなのかと疑念を抱いた時計屋の心境はさておき。

「…俺の杞憂(きゆう)かも知れんが、な。ともあれ、笑い猫が側に居るなら問題はないだろう。それに、三月が居るからな」

何か問題があれば、あのチェシャ猫が傍らに居る理由もなく、また本当に何かがあれば躊躇いなく三月ウサギが動くだろうと判断した時計屋の言葉に、帽子屋はにんまりとした笑みを浮かべた。

「何だかんだでトッキーってば僕のみっつんを信頼してるんだもんなぁ〜☆妬けちゃうなぁーっ」
「…俺がいつ三月を信頼していないと言った?アイツのよく分からない嫌がらせは別として、実力も判断の正しさも認めてる」
「…、うん。でもトッキー、いつもみっつんに冷たくない?」

あっさりと返した時計屋にやや驚きながらも尋ねれば、思い切り怪訝そうに眉をしかめる時計屋の表情。

「?…そう見えるならアイツが俺を嫌っているからなのだろう。毎回毎回何がしたいのかメアーリンにちょっかいをかけるわ、起こすだけで息を止めるわどこかで怪我をしてくるわ…全く、よく分からない奴だ」

静かに列ねられた言葉に帽子屋はあぁ、うん。と珍しく低いテンションで頷いて、遠い目を時計屋に向けた。
どうやら彼の淡々とした時計屋ラブアピールは伝わるどころか逆効果だったらしい。

そして多分、それに気付いていながら敢えて構わない三月ウサギに改めて敬意を讃えながら格好良いなぁと苦笑いを浮かべた。



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