#05.
番外SS
壊れそうなのはきみが居ないから。
泣き出しそうなのは 手に入らないから。
セレナーデみたいに綺麗な感情にはなれない現実と 夢みたいな甘さにぼく達は、愕然とするんだろう。いつだって。
xxx
少し、痩せた。
久しぶりに見るしろたんはあんまり寝てないんじゃないかって位に疲れた表情をしていて。
「…何か用でもありやがるんですか帽子屋。だったら手短に言え」
……でも口は相変わらず悪かった。チェシャ猫くんにさっき言われた事を思い出す。聞いちゃダメだよ なんて言われたら余計に気になる。
でも、何か嫌な予感がするのもあって。
「しろたん。…あの、トカゲのビルって人と知り合い?」
なんて、半ば間抜けな質問をしてしまったんだけど。本当に聞きたいのはそんな事じゃないのに。
僕の質問にしろたんは眉をしかめて、だるそうに頭を掻いた。
「知り合いって程でもねぇですが………なんつーか、女王の腹心みてぇな野郎ですよ」
僕の背後に居たチェシャ猫くんに目を留めたしろたんは一旦言葉を止めて
「………奴の事が知りてぇならアイツに聞いた方が手っ取り早い」
と言った。チェシャ猫くんは相変わらず何を考えているのか分からない笑みのまま、矛先を向けられきょとんと首を傾げた。
…何だかはぐらかされてる気がするよしろたん。
僕はついチェシャ猫くんを呼ぼうとしたしろたんの腕を無意識に引いていた。
「…ッ!」
ばしっ。
しろたんが一瞬で僕の腕を振り払って。驚いた表情で 僕を見る。
…え なにそれ?
振り払われたと理解するのに時間がかかって
行き場をなくした手を、ただみっともなく宙に浮かせたまま僕も驚いた。拒絶されるのも 冷たくあしらわれるのも いつもの事なのに、痛かった。
「え…あ…ご ごめ…ッ驚かせた、かな。あ…あはは」
泣いてしまいそうになって慌てる。笑おう。しろたんが気にしない様に。いつもみたいに、やだなぁって 言って!!
「…ッ…」
「あれ?白兎と帽子屋じゃん!何してんだ?」
しろたんが何かを言おうと口を開いた時。タイミング悪くジャックくんが話しかけてきた。
「…っ…な 何でもない…よ☆」
わざとらしすぎると自分でも思う位 微妙な返答しか出来なくて。あああ…もう、ジャックくんのタイミングの悪さを呪う。
むしろ何で此処に居るんだよと思いつつ、しろたんを見れば呆れたようにジャックくんを眺めていた。
「……何か用でも?」
「ん?用がなきゃ知り合いに声をかけちゃいけないのかよ?」
へらり といつもと何ら変わりなく笑うジャックくん。空気読めないのが難点だけど それはそれで気に入ってはいるから 良いんだけどね。
「で 何でジャックくんが此処に?用事があったんじゃなかったっけ?」
「え 言わなかったっけ?城で騎士のセレモニーがあるからそれに参加するって。白兎もさっき出てたよな」
…初耳だし言われてないしむしろ 僕がしろたんLoveな事を知っていて何故黙ってたよこの野郎。
「言うなっつっただろうがヘタレ兵士が。コイツに知られるとうるさくて仕方ねぇんですから」
……僕の不満は数秒で理由が明かされて 凹んだ。
しろたん。口止めしてまで僕を来させたくなかったの。
「あはは、まぁ良いじゃん☆終わったんだし、流石に時間は巻き戻せないだろ。――あぁ そういえばビルさんだっけ?あの人さぁ、」
急に話を変えて、視界に移ったのだろう彼を見てジャックくんが呟いた。
「女に興味ないらしいぜ。好みは確か10代〜30までの男子だって意外だよな」
…………………………。
「ジャックくん。僕は君が割りと好きだけどさ、ムカつかない訳じゃあないんだよね♪」
シャキ。久方ぶりに握る針を手に僕はにっこり微笑んだ。
「…何ならテメェが慰み者にでもなってやったらどうですかねジャック。テメェも一応10代男子でやがりますしね」
しろたんは手早く鞭でジャックくんを拘束すると更に手首を縛り上げる。
「へ…ぅわッ!?ちょ…マジで止めてえええ!!」
必死に叫ぶけど 自業自得ってヤツだよジャックくん。諦めろ。
そして僕としろたんはジャックくんの素晴らしく縛られた姿を放置してその場を後にした。
「ふっ…久しぶりに気が晴れやがりました。たまにはヘタレも役にたちやがりますね」
喉の奥で黒い笑い方をしながらしろたんは軽く伸びた。
「…うん、だね☆」
僕は正直 ジャックくんなんかより しろたんが笑っている事が嬉しくて。
普通に話している事が楽しくて。そういう意味ではジャックくんに感謝していた。
不意に 会話が途切れ。少しの沈黙。
「…さっきは、悪かったですね。……別にテメェが触ったからじゃなく、ただ単に驚いたんですよ」
切り出された謝罪に一瞬なんの事か分からなくて記憶を巡る。
……もしかして、ジャックくんが来る直前に言いかけてたのは
「…大丈夫だよ しろたん。僕はきみが大好きだから 嫌いになったりしないよ」
そう告げたら 珍しく殴られなくて。驚いた表情でしろたんは僕を見つめていた。
「……相変わらずしつこい野郎ですねテメェは…………まぁ、好きでいたいなら好きなだけ俺を好きでいやがっても構わねぇですよ帽子屋」
呆れたような でも どこか照れたように返したしろたんに 僕は思わず抱きついて。
今度は間違いなくいつも通り 冷たくあしらわれた。
xx
しろたん。ぼくは一生きみを好きでいます。
だから、きみはそうやってたまにでいいから笑ってください。
それだけでぼくは 満足だから。
純愛セレナーデ。終。