#03.
番外SS
きみはひとりで。
いつもひとりで。
ぜんぶ抱え込んでしまうから、ぼくはきみの苦しみを少しでも分かちたいとおもうんです。
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「聞いてないよ」
ある日ある時ある場所で僕は小さく呟いた。
隣で話をしていたジャックくんがへ?と間の抜けた声を出して僕の方を向いたけど、構ってる余裕はない。
「しろたんが 女王様に忠誠を誓ったなんて、聞いてないよ…」
「…あのさ。帽子屋?いまオレがそれを言ったんだけど、聞いてないってどういう意味?」
だって しろたんは僕が騎士に誘った時、《役持ち》に仕(つか)えるつもりはないとハッキリ言っていた。
なのに、同じ《役持ち》であるハートの女王に仕え忠誠を誓うなんて、
「シカト?……新手のいぢめ?てか、嫉妬してるならお門違いってヤツだぜ。クローバーとハートじゃ格が違う。同じ《役持ち》でもお前と女王じゃ重みが違い過ぎるんだよ」
あぁ、そうだよ。分かってる。女王の命令は絶対で逆らうなんて出来ないって事くらいは僕だって知っている。
(嫌だと思ったのは、そうじゃなくて。)
僕に何の相談も 報告もしてくれなかった事。
義務なんてないけど、話して欲しかった。
何も出来なかったかもしれないけど、何かを出来る限り出来たかもしれないのに。
「しろたんにとって、僕は――その辺りに居る奴と変わらないのかなぁ」
ずっと側に居たのに気付かなかった。話してもらえなかった。
悲しい。苦しい。悔しい。しろたんにとって、そんな価値もない自分が悔しくて情けなくて仕方なく思う。
「…んー かもな。違うって言えば 他の奴より鬱陶しい位だと思う」
「ジャックくんは 平気?もし時計屋くんが君に何の相談も報告もなく 知らない間に誰かに仕えると知ったら」
適当なジャックくんの言葉を聞き流して僕は問い掛けた。
「別にオレが止める権利はないし、時計屋のする事は間違いじゃないから」
良いんじゃないの と答えが返ってきた。表情は変わらず笑っていて、羨ましいと思った。
「帽子屋は難しく考え過ぎなんだよ。白兎に嫌われてるのは目に見えて分かってる現実だし、一応『クローバー』なんだから」
自分の役を見失うなよ。
釘を刺されてしまった。あぁ見えてジャックくんは 意外と鋭いから 嘘をつきにくいんだよね。
結局、僕は何も出来ないままその事実を受け入れる事しか出来なかった。
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月日は過ぎて、相変わらず僕はしろたんと擦れ違いの日々。
ジャックくんと何気なく話すのも楽しかったけど、しろたんと話は出来なくて募る想いは増すばかり。
「暗いなぁ〜。そんなに会いたきゃ会いにいけば良いじゃん。方法はいくらでもあるのに、行動しないのは逃げてるだけだろ」
ジャックくんにしては珍しく強気で それから面倒臭そうに言われた。
「……ジャックくんさぁ、繊細って言葉を知ってる?まるで僕を責めるみたいに言わないでよ 傷つくんだからねっ!」
「どこのツンデレだよ。」
ヘラリと笑って突っ込まれる。意外と馬が合うんだよね。でも、騎士になってとは言い出しにくかった。
(ジャックくんさえ良ければ、僕の騎士になってくれないかな。良いパートナーになれそうなんだけど)
なんて考えながら見つめていると、名前を呼ばれた。
「帽子屋の騎士はまだ決まってないんだよな?やっぱ、愛しのしろたんに操立ててんの?」
からかうように問われて言葉に詰まった。心の中を読まれた気分だ。
「………したいなぁって人は居るよ」
微かに期待を込めて、思わせ振りに答える。素直に君だなんて言ったら何か負けた気分になるからだ。
「…ふぅん。誰かな〜♪帽子屋が騎士にしたいと思う奴……」
不意に、ジャックくんの表情が止まった。いや 正確には口元に笑みを残したまま固まったと言った方が良いかもしれない。
同じく視線を向ければ、そこに居たのは三月ウサギ。
「…あぁ、ジャックと帽子屋か。相変わらず仲が良いんだなアンタ達」
たった今気付いたみたいで三月ウサギがこっちを見て言った。あれから何度か会って時計屋くんと同じ位には仲良くなったんだけど、何を考えてるのか分からない部分があって少し苦手。
「………うん。仲良しなんだよな〜オレ達!で こんなところに何の用なんだ?三月」
驚いていたジャックくんはいつもの調子で三月ウサギと話をする。
「…散歩だよ。まさか先客が居るとは思わなかったけどな。あぁ、でも。アンタが居ないなら時計屋の処にでも行けば良かったかな」
挑発するように三月ウサギが笑う。ジャックくんは嫌だなぁと笑いながら立ち上がる。
「どーして三月はそうやって、いぢわる言うんだよ。オレの事 キライ?」
「さぁな。少なくとも嫌いな奴には必要最低限、話し掛けない主義だけど」
二人の間には何かがあるらしく、僕は口を挟めないまま見守る。
この後、結局 騎士の話は出来ないまま 二人と別れて。
僕は、思いもよらない形でしろたんと再開する事になる。