ジャックと三月ウサギ

『出会いと始まり』



ジャックの提案に数秒悩んだ女王はやれやれとばかりに帽子屋と時計屋を見つめる。

「…仕方ないなぁ。…このまんまじゃ折角の料理も冷めちゃうし、…うん!じゃあ話が着いたら後から来る事♪先に行ってるから頑張ってね、時計屋に帽子屋☆」

切り替えの早い決断に「えぇ!?」と叫んだ帽子屋をスルーした女王は再度アリスの手を引いて歩き出した。
メアーリンは戸惑い、潤んだ瞳で時計屋を見ていたけれど最終的に女王の後へ続き、芋虫は呆れた表情をしながら苦笑う。

チェシャ猫は言うまでもなくアリスの傍で半ば予想通りの展開にジャックは内心で爆笑した。

「ちょ!!酷っ!!みんなっ僕がトッキーにあんなことやこんなことされても良いのぉぉっ!?」

半分見捨てられた心境で叫んだ帽子屋に白兎が嘲笑う。

「へぇ。良いじゃねぇですかソレ、身も心も時計屋のモノになってしまえば、もう俺に構わねぇでしょう。じゃあ俺も行きますよ。見たくねぇですしね そんなの」

きっぱりはっきり楽しそうに告げて白兎も行ってしまい、鬼畜だなぁとジャックは思いながら無言で歩き出す三月ウサギの肩を掴んで引き留めた。

「良いの?三月。」

息が軽く当たる位にまで近寄って耳元で囁けば、帽子屋の奇声が聞こえる。

「!!ちょ!ジャックくん!!?僕のみっつんに何し…」「黙らないか帽子屋。とりあえず場所を移すぞ」

喚く帽子屋を引きずって時計屋と共に何処かへ行ってしまったのを見送ったジャックは少しだけ帽子屋をかわいそーだなと思いつつ、三月ウサギに向き直る。

「…で、何が」

気にせずに歩きながら聞き返す三月ウサギに合わせてジャックも歩きながら続けた。

「え?いやぁ、だって三月さ、仮にも一応 帽子屋の騎士じゃん。離れちゃっていーのかな?って思って。マヂで時計屋にあんなことやこんなことされても良い訳?…っと」

からかう様に笑ったら三月ウサギが急に歩みを止めた。
つられる様にガクッと前のめりになりバランスを崩したが、持ち前の運動神経でこけるのを回避する。

「城の中で 何が起こるっていうんだ?別に平気だろ。時計屋も一緒なんだし」
「…ふぅん?そうやって、言い聞かせてんだ。本当は傍に居たい癖に。ムカついてんじゃない?」

分かりやすいくらいに安い挑発をするジャックに三月ウサギは息をついてジャックを見返した。

「別に。それよりお前こそ こんなに長く持ち場を離れていて良いのか?スペードのエースだろ」
「あはは!いや〜 それ言われちゃうと弱いんだけどね〜――まぁ 引きこもり相手に側に居て護れってのがそもそも無理な話っしょ」

逆に淡々と問い詰められてジャックは苦笑う。

城内。誰が聞いているとも知れぬ場所、しかも王直属の騎士である筈の彼はさらりと告げた。
声を潜める訳でなく普通に喋っているのと変わらない音量で。

「少なくとも、オレにはアンタみたいな忠誠心なんて 持ち合わせてないんだよ。残念ながら」
「…随分と大胆な発言だな。ヘタレは表面上の仮面だったとは知らなかった――それで、用件は終わりか?」

別段驚いた様子も、非難する素振りもなく三月ウサギは言った。ジャックは心外だとばかりにへらへらとした笑みを返す。

「や、一応オレはいつもと同じだぜ。ただメアリーと時計屋が居ないんなら いい機会だし二人でお話したいな〜と」

話?今更何の話をするんだと三月ウサギは冷静にジャックを見据えた。

「…普段は近寄りもしない癖に珍しいな。別に話くらい構わないけど、女王命令は良いのか。減給されるぜ」
「ん〜。それはちょっと困るか……じゃあ手短に済ませるからさ、付き合ってよ みっつん♪」

三月ウサギの言葉にジャックは情けないヘタレた声を上げて考える素振りで、あえて帽子屋の真似事をしながら言ってみたら、何事もなかったかの様に流されてしまう。

「…手短にな」

と 念を押すように息を吐いて告げた。ジャックはそんな三月ウサギにいつもの笑顔を浮かべながら「なるべくね」と返すのだった。

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そんなやり取りがあったとは知らず食堂に着いてから、アリスは三月ウサギとジャックの姿が見えない事に気付いた。

「あれ?ジャックさんと三月ウサギは…」
「奴等なら何やら二人で話し込んでやがりましたね。まぁ、すぐに戻ってくるでしょうが」

アリスの横を通りすぎながら白兎がそれに答えた。それを聞いた王女が席に着きながら声を上げる。

「えぇ?これで4人も抜けちゃったのぉ?!…むぅ〜…後でいぢめてやるぅ…」

可愛らしくも恐ろしい台詞を聞かなかった事にしながらそれぞれ思い思いに座っていく。
そんな中でアリスは、丁度近くにあった女王の正面の席に座った。

「本来なら そこは王の席なんだけどね。引きこもりだから滅多に座らない」

当たり前の様に隣に座ったチェシャ猫がいつもの笑みで告げた。

「…座ってから言わないでよチェシャ猫…」

王の席だと言われて気にならない方がおかしい。しかも今さりげなく妙な事を言われた気がして、思わずアリスはチェシャ猫を見返す。

気にした様子もなく真っ先にはぐ、とローストチキンにかぶりついたチェシャ猫と目が合い……
やっぱりいいわとアリスは質問を諦めた。

全員が席に着いたのを確認した女王はにっこりと微笑んで 口を開く。

「さて と♪命令違反なおバカさん達は放っておいて 早速お話 始めましょうか☆」

切り出した女王に自然と視線が集まる。
一部気にせず料理に舌鼓を打っている者もいるが、何だかんだで興味をそそられる話ではあるらしい。
アリスはようやく元の世界に戻れる(かもしれない)手掛かりにじっと耳を澄ませて頷いた。

「もう一人の<アリス>がこの世界に来たのは2年前の事」

アリス。そう聞いて何だか微妙な気分になるのは同じ名前だからか。
アリスは奇妙な符合に息を飲んだ。女王はそんなアリスを見て困った様に笑う。

「ん〜。緊張し過ぎだよぅ☆もっとリラックスして聞いてくれなきゃ話しにくい!!」

そう言いながらフォークに牛肉のアスパラ巻きなるモノを刺してアリスの口に入れた。
美味しいけど急に口に突っ込まないで欲しい。
咀嚼しながら女王にやや抗議めいた視線を送れば気にした様子もなく微笑んでいる。

「当時 この国を支配して絶対的権力をもっていたのが、あたしの母であり先代のハートの女王っていう事まではなんとなく理解できた?」

子供に言い聞かせる様に問い掛けた女王にアリスは頷いた。

「ちょっと複雑な関係性が出てくるからね。先に当時のワンダーランドについてお話しておこうか」

満足そうに微笑んで女王はチラリと視線をチェシャ猫に向けた。

「…むぐ。……俺が説明するの?芋虫の方が適正だと思うよ」

料理を食べる手を止めないままチェシャ猫は言う。あの細い体の何処に入っていくのか疑問に思う位の量を既に平らげていた。

「うーん。そうかしら?じゃあ、いーちゃん♪よろしく」

投げられた芋虫は暫し不服そうに眉をしかめた後 静かに口を開いた。

「…仕方ないわね……二年前の話は余りしたくないんだけれど」

嫌な思い出でもあるんだろうか。
初めて見る芋虫の表情にアリスは首を傾げた。


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