帽子屋VSスペードのエース
『出会いと始まり』
しかし、このまま放っておく訳にもいかない。
アリスは息を詰めて、身体を前に進めた。ジャックの絶え間ない攻撃に次第に帽子屋が追い付かなくなる。
(…っもう…こうなったら私が…)
怪我を承知で飛び出そうとしたアリスの腕をチェシャ猫が掴んで引き止めた。
「っ…放してチェシャ猫、このままじゃ帽子屋が」
「大丈夫だよ、アリス。」
何が大丈夫だというのか。このまま見ていろと!?アリスはチェシャ猫を非難がましく睨む。
「…はぁ…世話の焼ける男だな…」
傍観していた時計屋が不意に呟いて動いた。手には何故か日本刀が握られている(どこに隠し持っていたのか疑問ではあるがそこは敢えて聞かないでおく事にして)。
なにをと考える間もなく帽子屋を狙ったジャックの剣を時計屋がその刀で凪ぎ払っていた。
凪ぎ払われた剣を握り直したジャックがぴゅうと口笛を吹く。
「時計屋も交ざんの?丁度良いや♪少し物足りなかったし、二人まとめてオレと遊ぼっか」
「…ハァ…この戦闘快楽主義者が…いい加減にしろ。お前と遊ぶ気は更々(さらさら)ないがコイツが斬られると目覚めが悪い」
時計屋は面倒そうに告げていき庇うように背後の帽子屋を見やる。
呆然としていた帽子屋は時計屋と目が合うと、照れた様に顔を背けてむすっと頬を膨らませた。
「むぅ〜☆トッキーってば愛が足りない!ここは 嘘でも『俺の大事なモンに手ェ出すな!』位の盛り上がり台詞を言う所だよ?!」
「それでわざと少し手を抜いて、本気で追い詰められてちゃ世話がないな。」
冷めた笑みを帽子屋に向けると時計屋はスーツの中からもう一本の刀を取り出した。
「感謝しろ帽子屋。お前みたいな馬鹿を心配して止めようとした彼女に、な」
静かに抜刀する時計屋を見てジャックは楽しそうに笑みを深める。
「二刀流?…っはは♪時計屋と本気でバトル出来るなんて 今日はラッキー…っと?!」
キィンと突然飛んできた何かをジャックが剣で弾いて、アリスの居る方向を向いた。同じく目線を動かせば、三月ウサギが銃を構えていて。
平然と二発、三発と続けて引き金を引く。
ジャックは器用に向かってくる弾丸を避けるが、休む間もなく時計屋が両手の刀を振るう。
「げ。」
キィンと綺麗にジャックの剣は時計屋の刀により、弾き飛ばされて地面に刺さった。
そして、丸腰の状態で間髪入れずにもう片方の刀をジャックの喉元に向ける。
その手際の良さと、三月ウサギとの連携は見惚れる程に鮮やかで。
突きつけられた刀と、呆れた様子の時計屋を数秒見つめたジャックは何か言いたげに口を開きかけ、
困ったような笑みを浮かべると降参の意味を示し両手を上げた。
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「うん。だからさ、悪かったとは思ってるよ。つい熱くなって半分理性飛んじゃったのは…うん。ごめんなさい」
両手を合わせて必死に謝るジャック。先程まで笑いながら剣を振るっていた人と同一人物とはとても思えなかった。
「喧嘩 止めなきゃなーって思った以上に身体が動いちゃって、いや もう すんませんっした!!っあぁあ だから無視はしないでぇええ」
アリスは何も言えずに謝るジャックを眺めながらチェシャ猫に視線を移す。察したチェシャ猫はいつもの笑みで説明した。
「ジャックはね、剣を抜くと戦う事に快楽を求めるサディストなサイコになる性質を持ってるんだよ。簡単に言っちゃえば二重人格。普段はヘタレ」
…ぱっと見た限りでは爽やかな好青年なのにヘタレの二重人格って…。
人は見掛けによらないとよく言うが、この世界の人達はそれを軽く通り越している気がする。
「俺は別に許しても構わないけどな。掠り傷だし」
必死に謝るジャックを見かねた三月ウサギは溜め息を吐いて告げる。…大人の対応だ。
それに比べて帽子屋はツーンとそっぽを向いて三月ウサギにしがみついている。子供だ。
同学年に意地悪されて拗ねる子供だ。アリスは思わず保母さんと幼稚園児を頭に思い浮かべた。
「…正直。ジャックの暴走も帽子屋の暴走も似たようなものだろう」
「トッキー☆それ聞き捨てならない。ジャックくんは理性ぶっ飛んでるけど、僕はちゃんと理性あるもん」
どうでも良いとばかりに呟く時計屋に帽子屋が反論したがそういう問題じゃない。と アリスは内心で突っ込んだ。
直後。背後からパンパンと両手を叩く音。
びっくりしたまま後ろを振り向けば、存在がやや薄れかけていた門番らしき長身の包帯ぐるぐる巻きの人が立っていた。
「あぁ 居たんだ。門番」
アリスと共に振り向いたチェシャ猫が言った。
門番と呼ばれた人物は、腰まである長い黒髪で目元から首と指の第一関節に至るまでを包帯で覆っているので口元しか見えない。
だから、どんな表情をしているのか分からなかったのだけれど、
「居たんだ。や ないわ!!おどれら 天下の城の門前でぎゃあぎゃあ喚くなやっ…特にジャック!」
ドスの効いた関西弁(?)と大袈裟な程の身振り手振りで怒鳴った門番に名指しされたジャックはギクリと身体を強張らせた。
「は はは、判ってる。兵士が秩序を乱すな だろ?」
乾いた笑いでジャックは一歩後ろに後退(あとずさ)る。
「それがわかっとって ワレの前でチャンバラたぁ、 えぇ度胸やのぅ?」
……門番が怒っているのはアリスにも理解できたが関西弁はイマイチよく分からない。
「それより門番。中に入るぞ」
時計屋が会話の流れを完全に無視してアリスの手をひきながら門番に告げた。
「あぁ 入れ入れ。時計屋の同行者ゆう扱いでえぇんか。その娘」
「…それで良い。ついでに ジャックも借りるが 構わないか?」
淡々と交わしていく会話をアリスは黙って聞く。
「っトッキーの浮気者ぉっ!!みっつんと僕を差し置いてジャックくんとアリスちゃんを選ぶなんてっ」
帽子屋の戯れ言を見事に聞き流し、アリス達はあっさりと門を通っていく。
…………あれで門番が務まっているのだろうか、とふと疑念を抱いたけれど気にしても仕方がないので、そのまま前に進む事にした。
門に入って行ったアリス達を見送ると、門番はくるりと帽子屋と三月ウサギの方を向いて口を開いた。
「――で、クローバーはどないするんや?」
聞かれた帽子屋はう〜ん、そうだねぇ☆と悩む素振りを見せると、三月ウサギを振り返る。
「僕としては面白いから、もう少し彼女に付き合うつもりだけど。みっつんはどうする?」
「……行くんだろ。だったら付き合ってやるよ。」
後をつけてくるくらいだからな、と付け足した三月ウサギはニヤリと笑んだ。
「……まぁ、ちょっとしたお節介と愛しのしろたんに会うのも兼ねて!女王さまのご機嫌を伺うとしますか☆」
三月ウサギの言葉をさりげなく逸らして、帽子屋は門の方へ向かう。
「チャッチャと入れや。役持ちやからゆうて特別扱いせぇへんで」
門番はそんな帽子屋の背中を前触れもなく蹴ると、ベシャと地面に突っ伏した帽子屋に構わず門を閉めた。
そんな帽子屋を助け起こす気はないらしく、三月ウサギはスタスタと先に進む。
「ちょ!みっつん冷たいよ!僕を愛してないのっ?手を差し伸べてよぅぅ☆」
帽子屋は素早く起き上がるとそれを慌てて追い掛けた。
「愛してるから黙って歩けバカ」
漫才の様なやり取りをしながら彼等も、女王の元へと向かう二人だった。