お城の門前での口論

『出会いと始まり』



美味しかった。
普通に美味しくて家庭料理としてもお店の料理としても申し分ない。
三月ウサギの手料理は美味しかったのに。
アリスは何故か女子として悲しくなる。

「どんまい。アリス。オカマとホモに負けたって 甘党と無頓着には確実に勝ってるよ」

チェシャ猫が慰めてるのか地味にけなしてるのかよく分からないフォローをしてくれたけど。

「言い得て妙だな。お前が俺等をどんな風に見てるかよく分かる」

怒る訳でもなく 三月ウサギは受け流す。
因みにオカマは芋虫、ホモは三月ウサギで、甘党は言うまでもなく帽子屋。無頓着なのは時計屋の事なのだろう。

「……それは確か、この間来た時に白兎が言っていた呟きじゃなかったか 笑い猫」

時計屋は我関せずとばかりに茶を啜り、ぽつりと 呟いた。
……白兎?
まさかの名前にアリスは驚き、チェシャ猫を見る。

「そうなの?チェシャ猫…」

チェシャ猫は否定しないまま笑みを深くした。

「面白いから、つい。でも的(まと)を射た、分かりやすい揶揄(やゆ)だと思うよ」

確かに個性的なあの人達が一言で言い表せるけれども。

「白兎ってやっぱり性格悪いのね…」

甘党はともかく他は言われて良い気分にはならない。

「そんな事はどうでも良い。それより君は元の世界へ戻る事だけ考えろ…」

白兎への考えを遮るように時計屋はアリスを見た。

「どうでも良いって…」
「――昨日、あれから調べてみたが 記録に君の様な前例はなかった」

きっぱり告げて。時計屋は話を続けていく。

「手掛かりがないなら、やはり城へ行くしかないだろう。お前たちが彼女を連れていくのが嫌なら俺が共に行こう」

会ったばかりなのに調べてくれたのは素直に嬉しかったけど、唐突すぎる。
戸惑い視線を左右にやれば三月ウサギがアリスの肩を叩いて薄く笑い、チェシャ猫はいつもの笑みで告げる。

「赤信号。皆で渡れば怖くないって」

赤信号は例え大人数でも渡ってはいけないし、その例えは不安しか与えない上に意図が見えないよチェシャ猫。とアリスは思う。

(…あれ?…そもそも この世界に信号あるの?)

無論 声に出さない突っ込みに答えを発する存在は居ない。

そして、戸惑うアリスの意見を聞かないまま、三人と共に城へ向かう事が決定するのだった――


xxx

結局アリスの意見は無視で話が進み、なんやかんやでお城の門の前まで着いてしまった。

(……あぁ。せめてもう少しゆっくりしてから向かいたかったのに)

アリスはまた飽きずに喧嘩している時計屋と三月ウサギを眺めながら思い、背後を歩くチェシャ猫に聞いた。

「そういえば女王様と王様に会うのに、こんな格好で良いのかな私」

一応、昨日の夜に洗濯はしてもらったものの、学校の制服のままだったので気になった。
服装で見下す人もいるし何より一番偉い権力者なら尚更気にしそうだ。

チェシャ猫は意味が分からないといった表情を向けて、笑う。

「変な事を聞くね?会って話をするだけなのに着飾る必要はないよ。それに そんな小さい事を気にするトップなんて器が知れるというものだよアリス」

…さすがチェシャ猫だ。例え女王だろうと王だろうと気にしないマイペースっぷりは羨ましい。

「あー…面倒だけどな。多分アンタは気に入られる筈だぜ。そりゃもう大歓迎だろうな」

時計屋との喧嘩を途中に 三月ウサギが会話に加わった。

「三月ウサギはそう思うんだ?まぁ 女王は珍しくて可愛いものが好きだけど」

アリスが口を開くより先にチェシャ猫が答える。

「…何だか妙にらしくないな?女王に会わせるのが嫌か。無感情のお前がそんな風に思うなんて、珍し―」
「ねぇ三月ウサギ。女王に会いたくないのはお前だろ?何で来たの。そっちこそらしくないよ」

三月ウサギのからかう声を遮ってチェシャ猫が言った。何故か空気が重くなる。
………気まずい。

助けを求める様に時計屋を捜すと、門番らしき全身包帯巻きの髪の長い人と話をしていた。
だが構ってられないとばかりにアリスは時計屋の腕を引く。

がくん と、思った以上に時計屋がよろけ、アリスの方へ倒れ込む――かに見えた時、
いつの間にか薄茶色い髪の兵士が時計屋を支えていて薄く笑う。

「あっぶないなァ…ちゃんと食べてる?時計屋」
「……お前か…相変わらず行動が早いな…」

時計屋は無表情のまま兵士に呟くとアリスの方へ向いて「何だ」と聞いた。

「…っ…ごめんなさいっ!まさかそんなに よろけるなんて予想外で」

慌ててチェシャ猫と三月ウサギの事より優先にアリスは謝る。
そんなアリスから時計屋は沈黙したまま僅かに顔を逸らす。

「俺も予想外だったよ。チッ…」

小さな声でぼやいた言葉は時計屋を支えていた兵士にしか聞こえなかったが。

「…それで、何があったんだ」
「…っそうだ、チェシャ猫と三月ウサギが大変なんだけど…っどうすれば、」

時計屋に再び聞かれて、とりあえず状況を説明すべくアリスは言った。

「あぁ、チェシャと三月が喧嘩してんの?珍しい〜てか初めてじゃね?」

それを聞いた兵士は、アリスの背後に目を向けると時計屋より早く状況を把握する。
そして、何気ない仕草で腰の剣を抜くと笑った。

「え…?」

不意にアリスは視界から兵士を見失い、どこに消えたのかと思う間もなく時計屋が呆れた声で溜め息をつく。

「……また始まったか…」

何気なく時計屋の視線を辿ってみれば、さっきの兵士はいつの間にかチェシャ猫と三月ウサギの居る場所まで移動していて、
とても楽しそうに笑って剣を振るっている姿が見えた。

(…………っな!!)

あまり剣術に詳しくないアリスでも、兵士の剣の振るい方は明らかに相手を傷つける為のモノだと分かるのに、それを軽々と避けたチェシャ猫と狙いを定められた三月ウサギに焦った様子はない。

それどころか、余裕すら感じられる表情に絶句する。
これが彼等の日常なのだとしても、迷惑だ。

アリスは何とか止めてもらおうと兵士と三月ウサギから時計屋に視線を移した。直後。

ガキィィン

何かがぶつかりあったような大きな金属音が道に響く。

「わお。帽子くんまで来たんだ?ははっ楽しめそうだ」

ギギギギギと、嫌な音を鳴らしながら兵士は無邪気に笑った。
対するは長い針を手に、兵士の剣を受け止める帽子屋が(何故か)居て。

「あっはははー☆そう?だったら嬉しいんだけどねっ♪でも…僕のみっつんに斬りかかるのは戴けないなぁ〜。スペードのジャックくん」

笑っているが内心かなりご立腹な帽子屋は今にもキレそうだった。
アリスはもう何でここに居るのかと突っ込む気にもなれない。

何で話が進む度にどろどろと悪化していくのだろう。

「……っ時計屋さん…どうにか出来ない?!」

ワラにもすがる様にアリスが時計屋を見上げたが、時計屋は即座に無理だと答えた。

「ジャックは強いからね。伊達にスペードのエースと呼ばれてない。時計屋が割り込めば瞬殺だよ?」
「…確かに。あの間に割り込むのは自殺行為だな。面倒臭いし」

ひょこ とチェシャ猫が避難してきて言い、同じく避難してきた三月ウサギが続く。
主に発端の原因な二人なのに全くもって他人事の様に話をしているのはわざとなんだろうか。
それとも 殺伐とした空気に見えたのはアリスの気の所為だったのか。

いずれにせよ この二人は読めない。もう本当にアリスの常識なんて通じないところに位置する存在だ。

(…何でみんな こうも自分勝手で気儘に行動するんだろう…)

アリスは落胆して深い溜め息を吐いた。

「帽子屋くん やるねぇっ♪楽しすぎてヤバいんだけどオレ」

剣を振るう手を休めないままジャックは物凄く爽やかに言った。

「ヤバいって何が?余裕な顔して、良く言うね〜☆つかマジで僕を殺すつもりっ!?さっきからギリギリの場所ばっかり掠めるんだけどっ☆」

圧され気味な帽子屋が苦笑いを浮かべてジャックの剣を受け止めながら言う。
もはやファンタジーではなくバトル物と化してきつつあるなぁ。

なんて、アリスは投げやりに思考を巡らせた。



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