台所争奪戦?

『出会いと始まり』



『この世界《ワンダーランド》において絶対の権力を持つ者が《ハートの女王》、《スペードの王》と呼ばれる』

『彼等の命令は絶対でありそれに背く事をしてはならないそれがここに居る住民のルールだ』

「…ここまでは理解出来たか?」

淡々と説明をしながら時計屋は聞いた。アリスは何となくと答える。

(簡単に言っちゃえば街含む全体が国家主義。みたいな感じかな?)

自分なりの解釈をして、アリスは話の続きを聞く。

『その次に権力を持つのがやや特殊な存在。侯爵(こうしゃく)や貴婦人より上に位置していて 女王と王に匹敵(ひってき)する権力者《役持ち》』

『唯一 絶対の命令に逆らえる存在で彼等は通称の<役>を与えられる。』

「その 《役持ち》は ある程度自由に出来るがその代わりに与えられる役目が大きい。例えば…そうだな」

時計屋は記憶を探りながら 三月ウサギに視線を止めた。

「…お前も《役持ち》と呼ばれる部類だったか…?」

「確か」と曖昧に呟く時計屋に三月ウサギが即座に否定する。

「いや 俺はただの騎士だ。帽子屋専用の な」

そして続けて言う。

「《役持ち》は全部で5つ。その内のハートとスペードは女王と王で、それ以外で《役持ち》と呼ばれるのは帽子屋と芋虫。それからチェシャ猫」

三月ウサギがすらすらと告げていくけれど。
アリスにはどういう仕組みなのかさっぱり分からない。

「…………似たようなモノだろう…」
「いや、全く違うから。」

生真面目そうに見えて意外と投げやりに時計屋がぼやく。
三月ウサギに突っ込まれても表情は変わらず無表情だった。

「…まぁ、大雑把に分ければ確かに似てるかもしんねーけどな。…まぁ アリスには関係ない話か」

いろいろ複雑なのだろう。三月ウサギはアリスの視線に気付くと言葉を止めた。気になったけれど。
確かに今たくさんの説明をされても頭がオーバーヒートして穴から煙が出そうな事も事実なのでこれ以上は突っ込まないで流す。

(…何だか主旨(しゅし)がズレてる気がするし。今は別に聞かなくても構わない かな?)

そう思い アリスは時計屋に礼を告げた。

窓の外を何気無く見れば空がすっかり暗くなっていて。
この暗い中、帽子屋の家まで戻るのかとアリスは思った。

「…すっかり長居しちゃったね…ごめんなさい時計屋さん。変な事ばかり聞いてしまって…」
「いや。別に君に対しての不満や文句はない。あるのは三月ウサギにだけだ」

謝るアリスに時計屋はキッパリ言って不意に眉をしかめた。

「こっちこそ 悪かった。苛ついていたとはいえ客人をもてなす態度じゃなかったな」

判りにくいけれど この人なりに申し訳ないって表情なんだろう。

「いえ それにしても…何で時計屋さんは三月ウサギさんが苦手なんですか?」

アリスは気になった疑問を直接聞いてみた。
結局よく分からないままだったし。

「………今日は泊まっていけ。外もすっかり暗くなったからな」

アリスの疑問を聞かなかった事にしたらしい時計屋は、出入口に向かって歩くチェシャ猫と三月ウサギに聞こえる声で言うと数冊の本を手に机に向かい作業を始める。

「うわ。珍しい。熱でもあるのか?時計屋」

ぴた と足を止めて三月ウサギが驚いた表情で聞き返す。
時計屋がうるさいと呟いて言い合いをし始める二人にアリスはきょとんとしながら見つめる。

「喧嘩する程 仲が良い」

ぽつりと呟かれたチェシャ猫の言葉を聞いてアリスはあぁ と納得した。

xxx

翌日。

二日目の目覚めは大量の本棚に占拠された時計屋の部屋の一室だった。

昨日は芋虫に甘えてしまったけれど、やはり泊まらせてもらったのだから
朝ご飯くらいは作ろうと アリスはようやく探し当てた台所に立った。

(何を作ろうかな…)

正直 料理が得意とは言えないが下手な訳でもない。レパートリーは少ないもののご飯と味噌汁くらいは作れる。

とりあえず材料確認と冷蔵庫を開けて

閉めた。

数秒 沈黙して気の所為だろうかと再びアリスは冷蔵庫を開ける。

(…………)

やはり 何もない。本来 当たり前に存在する筈の調味料もなければ卵や野菜もレトルト食品ですら見当たらない。

これは冷蔵庫の形をした置物なんだろうか。
と アリスは考え込んだ。

そういえば昨晩は結局あのまま三月ウサギと時計屋の言い合いが続いて晩御飯を食べていなかったと思い至り、

(…どうしよう。私もお腹すいてるのに…材料がないなんて)

自身の空腹に耐えながらあの人一体どうやって生活してるんだろう。
なんて、まだ寝ている家の主である時計屋が心配になった。
その時、ガチャ、と扉の開く音がして振り向けばそこに居たのは三月ウサギとチェシャ猫。

「あぁ アンタか。何してるんだ?こんな所で」

淡々と何やら荷物を抱えて入ってきた三月ウサギは肩を落とすアリスに聞いた。

「朝ごはん 作ろうと思ったんだけど…」
「あー…やっぱ何もない?相変わらず無頓着だな。まぁ そうだろうと思ってもう準備してあるぜ」

何故か楽しそうな三月ウサギが荷物を下ろす。時計屋が絡むと心なしか三月ウサギのテンションが僅かに上がる気がする。

ぴょこ と後ろからチェシャ猫が重そうな荷物を抱えていつもの笑みでお早うアリス。と言った。

「おはよう…どうしたの、チェシャ猫…その荷物」

「うん?三月ウサギの買い物だよ。俺も朝ご飯は食べたいから手伝ってる」

こちらも平然と告げて荷物を下ろした。覗いてみれば食材がぎっしり入っている。

(この辺りに買い物できる様な場所 あったんだ)

妙に感心してアリスはチェシャ猫と三月ウサギを見ながらふと、気付く。

一体誰がつくるつもりだったのか。
アリスの疑問点はちょうど台所に立った三月ウサギによって解消された。

「…三月ウサギ 料理できるの?!」
「ある程度は。つか 芋虫が来るまであの激甘党と二人だったから嫌でも覚えた」

手際よく三月ウサギは包丁で食材を切り刻んでいき鍋に入れる。
確かにあの帽子屋に任せていたら甘いモノを見るのも嫌になっていただろう。
毎日三食甘味三昧なんて 考えただけでぞっとする。

「…ねぇ 私も何か手伝うこと あるかしら」

ぶんぶんと想像を振り払ったアリスは思いきって聞いた。

「いや 別に。座って待ってれば?それか――時計屋 起こすか」
「…それは遠慮しておくわ。時計屋さんって 何となく寝起き悪そうだもの」

少し意地悪く笑う三月ウサギに何かを感じ取ったアリスは拒否をして三月ウサギの隣に立つ。

「……ふぅん 何となく俺の性格、把握してきてるなアンタ」

相変わらず淡々と笑いながら言う三月ウサギ。

「おかげさまで あなたがサディストだっていう事までは」

負けじとにこやかに笑い返すアリス。
それを眺めながらチェシャ猫は尻尾を揺らして朝食が出来上がるのを待っている。

「…………何をしてるんだアイツ等は」

ようやく起きてきた時計屋が低い声音で不機嫌そうに眉をしかめ、台所に立つ二人を眺めた。

「例えるなら、嫁と姑の台所争奪戦」

チェシャ猫が無感情な声で分かりやすく告げた。


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