03『殺意と憎悪』

【勇者と聖女のとある物語】



16【奇襲の傷痕】

 
 突然の奇襲によって受けた被害は甚大だった。
 セツナは伏したまま目覚める気配はなく、クロスを庇ったイシスはライオンによって治癒魔法を受けている。庇ってもらった事はありがたくも心苦しいがライオンに任せておけば問題はない。
「……ゼン、少し手伝ってくれるか」
 セツナの治癒をする為に出来るだけ負担は少ないに限る。習得は難しいが治癒魔法は基本なので例え微弱でも構わなかった。ゼンはぼんやりとしていた表情から、あぁ。とどうでもよさそうにクロスとセツナをみやる。
「背骨が折れて肋骨が肺を貫いちゃってるねぇ。激痛で気を失ったのはむしろ運が良い方かな。かろうじて生きてるみたいだけど、このままだと時間の問題だ」
 ひょいとしゃがみ、セツナを見ながらそう推測したゼンは楽しそうに笑みすら浮かべてクロスを見上げた。
 クロスは眉をしかめて沈黙を返すと治癒魔法の中級を唱え始めた。いま使える内の最大だが、この時ほど魔術をもっと学んでおくべきだったと後悔しながら。
 ゼンはふむ、とその様子を見ながら立ち上がりライオンの治癒を受けているイシスの方へ向かう。
「まだるっこしいなぁ、こういうのは放っといて帰るのが後腐れないんだけど生憎と知り合っちゃった訳だし、僕にもあるなけなしの良心が痛まないでもないんで手っ取り早く済まそうか」
 けほ、と咳を軽くしたゼンはライオンの治癒魔法を遮り、大丈夫だからあの人の方を手伝ってあげなよ。と笑った。
「でも、酷い怪我をしてるのに――」
「あの、ライオンくん……私は本当に大丈夫ですよ。ほら、全然痛くないですし」
 穏やかに微笑むイシスは確かに平気そうではあったが、ライオンにしてみればやせ我慢をしているようで、落ち着かない。
 血を止める事は出来たが、内臓まではまだ治せていないのだ。見てるだけでも痛々しいその傷が、痛くない訳がないというのに。
「やっぱり、きみの傷を優先しないと傷跡が残るよ……」
「けほ、……ははぁ、お人好しだね。でも優先順位が違うよ? 彼女は別にあと一週間は生きてる保証は出来るけど、あのお姉さんはもって二日か三日だ」
 心配そうなライオンに嫌な笑みを向けたゼンはパチリと指を鳴らす。
「とりあえず、お城の近くの街までは転送してあげるから早急に医者か高等魔術師のところへ連れて行ってあげなよ。死なせたくないならね」
 いつの間にか描かれていた魔方陣が眩い光を発し、ライオンが何かを言いかけるのを待たずしてその場から姿を消した。残ったのはゼンとイシスのみ。
「魔王、さん……今のは」
「今の? 転送魔術の事かな、それとも見えない『何か』の事かな」
「両方、ですかね。魔王さんらしくないと言いますか、何の裏があるのかといった意味合いと、あの見えない魔物、でしょうか、あのような魔物が居るなんて知りませんでしたからこっちは好奇心です」
 穏やかに、自らを傷付けた原因を語っているとは思えないほどに彼女はやんわりと訪ねた。魔王は喉の奥でくつくつと笑い、
「僕も大概、人でなしだけど。なかなかどうしてきみも常軌を逸脱してるよねぇ」と口元の血を拭う。
「あの魔物は知らない。姿を消すだけならスライムが居るけどスライムにあんな鋭い傷を与えられるだけの殺傷能力はないよ。世界最弱のモンスターと称されるだけあってスライムの弱さは伊達じゃない。心当たりがあるとすれば突然変異かなぁ、
あぁ解剖したい……あ、それからどうして彼らを助けるような真似をしたか、だよね。それは単に薬草探しに成り行きとは言え付き合ってもらったお礼だよ。ついでに僕はこれでも部下思いの魔王だからね」
 そこで魔王は間を置いて、あの魔物が殺せるように手を出すのを控えたんだよ、と吐血した。

xxx

 とにかく一瞬で街まで着いたクロスとライオンは重症のセツナの治癒を優先させる為に一人の医師と二人の魔術師の元へと連れて行った。
 城下町であった為かセツナの顔は知っていたようで、彼女を見るなり驚いた医師と魔術師はとにかく最善を尽くせ! と手早く手を動かしていく。
 ライオンとクロスも洞窟で出会った二人の少年と少女が気にかかってはいたが、出来ることを手伝い、そしてすっかり夜が明けたところで容態は安定した。
「いや……助かったよ、ありがとう。俺達はセツナさんに何度も助けられている身だからね、本当に良かった……」
 ほっと息をついた医師がクロスとライオンに労いの言葉をかけて、疲れきった様子の魔術師は無言で温かいスープを手渡した。
「あ、ありがとうございます」「すいません」
 有り難く受け取った二人に魔術師は頷いて、もう一人の魔術師は何があったの? と事情を尋ねる。手短にクロスが答え、聞いていた三人はそれぞれで神妙な表情を浮かべた。

「姿の見えない魔物、か」
 眼鏡を押し上げた医師は考え込み、無言の魔術師はお手上げだとばかりに両手を上げる。
「何にせよ姿が見えない《だけ》ならセツナさんが遅れを取るとは思えないから、その魔物は相当に狡猾で厄介ね」
 尋ねた魔術師は嫌そうな表情で肩までの髪先を人指し指に巻き付けて「他には誰も居なかったの?」と続けて聞いていく。
「ボク達以外に居たのはたまたま一緒に居た女の子とその付き添いの人だけで、特には異変もなかったです」
 ライオンがそれに答えると無言の魔術師がライオンを見据えるように視線を向けた。本当に、何も異変はなかったの? そう問いかけるような真っ直ぐな目だった。
「……まぁ、その話は皆が休んでからにしないか。セツナさんの容態は俺とラインが交代で看ておくから君達は今のうちにゆっくり休んでいてくれ」
 困ったように話を切り上げた医師に無言の魔術師ことラインはこくりと頷いてベッドに寝そべる。
 ライオンとクロスも医師の言葉に従って隣の部屋で仮眠を取る為に退室し、残ったもう一人の魔術師は言われるまでもなく手をひらひらと振って外へと向かった。

17【ただの好奇心だけど】
※身体の一部欠損、痛い描写あり。


 魔城に戻ってきた魔王と魔女を出迎えたのは静かに一瞥しただけの魔術師の視線だった。
 何処に行っていた? という問いもなく、彼の視線は魔女で止まり。不思議そうに魔術師を見上げた魔女は困惑する。
「あの……?」「奥の部屋に魔物が居る。行ってこい」
 魔物と聞いて浮かんだのは彼女の知っている彼しか居らず、何か不穏な空気を感じ取った魔女は言われるがまま奥の部屋へ向かった。
「……何かあったのかい? 彼が何か問題を起こすようには思えなかったけど」
「……好奇心と野次馬根性は素直に感心するが別に面白い話でもない。詳細はどうだっていいが、魔物同士の下らん喧嘩だ」
 喧嘩、と言葉は可愛らしいが魔物同士が喧嘩とくれば、それはそれは壮絶だっただろう。魔王は残念だなぁとそれを見逃したことに残念そうに呟いた。
「で、死んだのかな?」
「いや。何とか死なずに立ち回ったらしいな。あのしつこい粘着質を相手にしても冷静に対処する辺り、お前が気に入るだけはある」
「あっはっは。貴方はそれを見てただけかい?」
 探るような視線が魔術師に向けられる。魔術師は興味のなさそうにそれを受け止めてそれがどうした。と返す。
「私が止める理由はない」
「だよねぇ、うん。それでこそ貴方だ。だからこそ聞いてみるんだけど」
 何だと魔術師は無言で目をすがめた。魔王は咳き込んで吐血した。けほ、と咳をし、息苦しそうにそれでもクックッと愉しそうに笑う魔王の姿はとても不気味だろう。
「善良で真っ直ぐな少年が唐突に偶然な事故によって家族を亡くしたら、どんな風に死ぬと思う?」
 その表情から単に興味があるからといった感覚でしかなく。実際に本当に好奇心から聞いているのだろうと魔術師は瞼を閉じた。
「その程度では死なんだろうさ」
 もし死ぬと仮定するならば。死ぬものがあるとするならば。きっと、心が死ぬのだろう。絶望とはそういうもので、そしてどうしようもないものなのだから。
 さりとて魔術師の返答を薄ら笑顔で聞いていた魔王には一生涯、理解できたものではないだろうけれど。
 その区切りを見計らったかのように何かが壊れた音が響き渡っても魔術師と魔王は慌てた様子もなく、魔女が向かった方向へと視線を向けた。

xxx

 魔術師に言われたように奥の部屋へ向かった魔女が目にしたのは、血塗れになり、左腕を失なって壁に張り付けにされていた魔物の無惨な姿だった。
「あれ?」
 場違いなほどに呑気な声が疑問符をつけて口から出ていき、おかしいななんて思考が浮かぶ。
 どうして彼は血にまみれていて、どうして抱き締めてくれた両腕のうち片方が無くなっていて、どうして壁に鋭利なガラスに突き刺されて固定されているのだろう。
 どうして、どうして?
「魔物、さん?」
 初めてだったのに。身内以外で産まれてから初めて、優しくしてくれて、抱き締めてくれて、守ってくれると泣いてくれた人なのに、
 ふらふらと魔女は魔物へと歩みより、途中にあったガラスの欠片を踏みしだく。痛いんだろうか。
 魔女と呼ばれた自分には、痛みを感じない私にはそれがどれほど『痛い』のか、分かれないけれど。
「……いや、ですよ、」
 魔物を壁に突き刺すようなガラスに手を伸ばした魔女は血が出るのも構わず握り締めて抜くために力を込めた。
 ぎちぎち、ブチブチと指の皮膚にガラスが食い込むがこの気持ち悪い感覚は置いておこう。ボタボタと自らの血が床を染めていくけれど掃除は後でも出来る。抜いたガラスは投げ捨てて次へ手を伸ばす。魔物の血が魔女にかかったけれど、それも後で拭おう。
 だから
「死ぬのは、いや、だから…」
 どうか、どうかどうかどうか! 生きてまた、お話をしてくださいと。血に濡れた姿で魔女は純粋にそう願った。


「だったらそれ以上は抜かないほうが賢明かなぁ。出血多量って知ってる?」
 それを遮ったのは、この光景にも何ら心を動かされない飄々とした魔王の声と、いつからか意識を取り戻していた魔物の渇いた笑い声。
「きみも意識があるなら大丈夫だくらい言ってあげたらどうなんだい? まぁ声が出ないなら仕方ないかも知れないけど」
「…………、」
 魔物は答えずにこちらをじっと見つめる魔女と視線を合わせた。安心しろ、と目を細めて口角を上げるだけの笑みを浮かべて魔王に視線を向ける。
「魔物、さん……」
「うん。彼の治療は僕より魔術師が適任かな。心配しなくても彼女のズタズタになった指は僕がまた縫っておくからさ」
 魔王は魔物の身を案じる魔女の腕を引いて、扉の近くにいた魔術師によろしく。と告げた。
 魔術師は無言で眉をしかめると入れ違いになった部屋へと足を踏み入れて、声すら出せない程に消耗した魔物と向かい合ったのだった。

xxx

 魔術師は指を鳴らして壁に突き刺さされたガラスを砕くと床に崩れ落ちる魔物の身体を一瞬だけ浮遊させ、衝撃を弱めた。
「痛むが、舌を噛むなよ」
 短くそう告げ、魔物の無くなった左肩の傷に魔術師は指をつき入れる。魔物は歯を食い縛り、ぐぢゅ、と更に奥に入ろうとする激痛に耐えきれず口を開いた。
「……、っ………!! ……っっ」
 しかし、叫ぶまでの声が枯れてしまった魔物にはただ息を吸って吐き出し、だらしなく唾液をたらすことしか出来ない。魔術師は無表情でそれを見つめ、目的の辺りまで指を伸ばすと詠唱を始めた。
『楽園へ向かうのが死と云うならば、我はそれを留めよう。肉体が死と思うより早く。強制的に未来の生を奪うかの如くー故に今、彼の者の肉体を癒し、治し、塞げー《禁忌魔術(デッドオアライブ)》』
 彼が唱えたと共に魔物の無くした左腕は有り得ない程に元に戻り、傷つけられていた傷は掠り傷程度にまで治っていく。
「……、これは」
「相手を強制的に活性化させ、肉体の限界まで再生させる禁忌とされる魔術だ。何せ、使われたヤツは今後もそれが自動で発動し、なかなか死ねない上に寿命を削っていくからな」
「……そういう意味か」
 魔術師は言っておくが。と前置きをして、私にも得手不得手がある。と告げた。
「解除する方法は知らんし、解けと言われて解けるものでもない。死にたかったと言うならそれは悪かったと思うが、生きて左腕まで元通りだ。その程度のリスクで済んで良かったじゃないか」
「あぁ、感謝する」
 魔物はそれを受け止めて、魔術師に深く頭を下げた。魔術師は変わらない表情でそれで? と疑問を口にする。
「……結局のところ、あのナルシストは何をお前に憤り、左腕を奪い、また出ていったんだ」
 魔術師の問いに、魔物は嫌そうに顔を歪め、聞きたいんですか。と聞き返した。魔術師としてはさして興味もないが、まだ勇者を殺せていないヤツが自分の邪魔をする可能性がゼロではないので、聞いておくに越した事はないだろうなと打算して続きを促す。
 仕方なく話始めた魔物の話を聞き終えた魔術師は事に至った状況を把握し、どうやら面倒事になっているなと薄く笑った。

18【ギルドの任務】


 翌日の朝。未だ意識を取り戻さないセツナの容態を見守りながら医者の手伝いをしていたクロスとライオンは他愛のないこれからについての話をしていた。
「とりあえず、セツナさんが元気になるまで勇者の仕事は出来なさそうだけど、どうする。クロス」
「……そうだな、ギルドにいって資金を稼いでおくのが良いかも知れない。今日は俺が行くからお前はこのままツヴァイさんの手伝いを続けていてくれ」
 了解、と頷いたライオンは視線をクロスからずっと無言のままの魔術師――ラインと、医者であるツヴァイが呼んでいた彼に移す。
「えーっと、ライン、さんは」
 彼は無言でライオンを見返し、好きにすれば? とばかりに目を細めた。
「そういえば、もう一人の方の姿が見えないが、彼女は帰宅したのですか?」
 クロスが今朝から姿を見ていないもう一人の魔術師について訊ねれば、ラインは目を伏せて首を左右に軽く振る。知らない、と言う意味か。
「まぁ、ツヴァイさんにはボクから話しておくからクロスはギルドに行ってきて手早く依頼を済ませてきてよ」
「そうだな、じゃあ、行ってくる」
 ラインに頭を下げ、ライオンに軽く手を上げて答えたクロスはその場を後にしてギルドへと向かった。

xxx

 ここでギルドについての説明はRPGをやった事のある人なら必要はないだろうけれど、知らない人の為に軽く記しておくならば。
 普通の町や村で暮らす、戦う力を持たない、或いは対抗する術のない人々がモンスター退治や用心棒としての依頼をまとめて受け付け、
その内容から難易度に応じて仕分けた依頼を受けてくれる腕に自信のある者へ紹介する場所である。とだけ認識してもらえれば良いかと思う。
 無論、様々な細かい決まり事や暗黙の了解はあるだろうが、ここでの細かいあれこれは関係のない事なので省略する。
 さておき、クロスがギルドにて自らの力量に合わせた依頼をいくつか受け付け、協力してくれる相手を探している最中。昨晩見たばかりでそして今朝は姿の見えなかった魔術師と出会う事となる。
「あら。こんなところで会うなんて意外だったな。もう一人とは一緒じゃないの?」
「手分けして出来る事を分担しているだけです。貴女こそ、ラインさんとパートナーだとばかり思ってたので、驚きました」
 予期せぬ再会ではあったが、悪くはない。クロスは受けた依頼を彼女――名前をセキネ=ガーネットと言うらしい――に提示し、共にやりませんかと誘った。
 セキネは内容を確認し、構わないわと頷いて互いの力量を計る為に軽い任務からやっていきましょうかと微笑んだ。
 軽いモンスター退治から始まり、届け物や所謂。初心者向けの依頼をこなし終えた頃、セキネはクロスに話しかけた。
「ねぇ、貴方。それなりに実力はあるのならもっと割りの良い依頼を受けたらどうなの。寄せ集めでも何人かと組めば中級くらい難なく倒せるでしょう」
 そう、勿体無いのだ。それだけの実力がありながらちまちまと初心者でも出来る依頼を受けていく方が手間であり無駄だと。
 クロスはセキネを数秒見つめ返すと、確かに、効率性を考えるならそれが良いんでしょうが。と眉を寄せた。
「俺はまだ、未熟者です。ライオンが一緒なら互いに助け合えるので難易度の高い依頼を受ける事もありますが、何も知らない相手と組む場合、或いは一人でこなさなければいけない任務なら受けない方が遥かに楽だし、なら最初から視野にいれない方が余計な体力を消耗しなくて済むじゃないですか」
「……! ……、」
 セキネは驚きに目を見開いて絶句する。確かに、言われてみればそれが無難で考えてみれば正しい。だが、どうだ? 16、7歳くらいの少年が考えたとするならば、大人びてらしくもないではないか。
「あぁ、なるほど。だからこそきみが勇者という訳か」
 恐れを知らぬ者に勇者たる資格はない。臆病では足り得ない。無謀では余りある。バランスで言うならこの少年は確かに相応しいだろう。クロスは納得したようなセキネの反応に首を傾げて話題を切り替える。
「そういえば、貴女の方の依頼がまだ済んでませんね。手伝ってもらったのだから、俺も手伝わせて下さい」
「……律儀だね。まぁ手伝ってくれると言うなら断る理由もない」
 穏やかに微笑んで、彼女が手渡した依頼内容はA級。魔物の討伐と荷物を運ぶ、手馴れた者しか受けられないような難易度の高い任務だった。
 クロスはその内容を確認し、迷わずに分かりましたとセキネに依頼書を返す。断る選択をせず、尚且つ自らの力量をちゃんと考えたクロスに好感を上げた彼女はふぅん? と笑みを浮かべ、久しぶりに面白くなりそうな空気を感じた。

xxx

 セキネと共に荷物を預かり、ルートを確認したクロスは元居た町から数キロ離れた位置にある山道を登っていた。
「さてさて、お手並みを拝見と余裕を見せたいところではあるけれど。何よりも任務が最優先されるから私は預かりものを守る事に専念したいから魔物の討伐は概ねきみ頼りとなる訳だ。
ある程度のサポートは可能だけれど戦力は期待しないでくれ。無理だと思ったらテレポーテーションくらい唱えられる私が一緒だからね」
「はい、無理だと思ったら迷わずに名前を呼んで助けを求めます。一応、ある程度のサポートの効果を聞いてもいいですか?」
 山道を歩きながら魔物討伐に関しての会話を交わす。事前に作戦を練るのが一番最善だが互いに早めに済ませたいという理由で道中にこうして進みながら対策を練っているという状況だ。
 セキネはクロスの問いに、若干素早さを上げて、地味に防御を高めるくらいかな。と返す。
「さっきも言ったが私は余力を残しながらきみをサポートする。従って治癒魔法なんかは期待しないで、理想はきみが怪我せず魔物を倒してしまえる事だけど、さすがに私もそこまで求めるのは酷かな、とも思ったり」
「酷かなと思う割りには楽しそうですが。大丈夫だとは思います、中級程度の治癒魔法なら俺も何とか使えますし、広範囲魔法も多少なら」
「はぁん。きみはなかなかに優秀だね、……となるとライオンくんが気になるところだな。彼は一体どれくらいの実力を有しているの?」
「……あいつに出来ない事は、ほとんどないんじゃないかと思います」
 考えるようにクロスは間を置いて、そう答えた。セキネはその意図するところが分からず、クロスを見返した。
「それはまた、どういった意味かな」
「ライオンはあの通り、昔から剣の腕も、魔術も、何でもやって出来なかった事がなかったヤツで、出来ない事はない代わりにあんまり執着しないんですよ。
今でこそ剣と攻撃魔法を中心としてますが、多分教えればある程度何でも出来るタイプです。
俺はアイツが選ばなかった方を必死になって勉強して、ようやくこのレベルまで来れた訳で」
 だから、ライオンは俺のライバルだけど親友でもあるんですよと。諦めたように笑うクロスに、セキネは何も返せなかった。
 その話が本気だったとして、またライオンがそれだけの実力を持つとするならそれは、居るかも知れない神に『愛され過ぎている』ではないか。
 聞かなければ良かったとセキネは思いながら目的の一つである魔物の住処の近くまで来たことを認識し、足を止めた。

xxx

 ー住処となっていた洞穴には、ギヂギヂと魔物が犇(ひし)めいていた。蜘蛛のように獲物を待ち構え、一度足を踏み入れようものならその瞬間に全身を噛み千切るだけの食欲を持ち合わせながら。
 クロスはまず、その洞穴に適当な石に火を灯し、素早く投げ入れた。魔物達は予期せぬモノに触れないよう一気にそれを避ける。そして火を消してしまうように砂をかけ、また元の位置へと戻っていく。クロスは静かにそれを観察し、暗がりで見えない中に居る魔物の正体を見据えた。
「………」
 これは確かにA級だ。と内心で納得すると同時にこれからこの無像に居そうな魔物を討伐する為に得意とは言い難い魔術を唱えなければならないのだから息を吐く。
「……どう? 何とかなりそう?」 セキネが小声で聞いてきたので、まぁ。と曖昧に答えた。何とかはなりそうだ。
「ただ、見ない方が精神的に良いかと思いますよ。特に貴女は」
「……ふぅん?」
「ここに居る魔物自体は多分、初心者でも倒せるくらいの魔物ですよ。それがこの中にミッチリ。しかも数十匹単位で天井から地面にまで蠢いてるって言ったら納得してくれますか」
 セキネの表情から笑顔が消えて、青ざめたようにクロスを見つめる。
「……スライム、とか?」「いえ、虫型です」
 ほんの少しの希望は即座に否定され、背中からぞわりと寒気が伝わったセキネは生理的嫌悪に端正な顔を歪めた。あぁ、とても納得した。
「なので一気に燃やします。使えてやっぱり中級なんで全滅は無理かも知れませんが」
「因みに何を使う気?」
「炎系第十二級の序列三十九位《炎蜥蜴(サラマンダー)》です」
 考えるようにセキネは目を細め、連続詠唱は。と尋ねる。クロスは出来て三連続です。と告げた。
「弱い、かな。仕方ない。余分な消耗は避けたかったけどこれは放っとけないしね。輪唱といこう」
「輪唱(りんしょう)、ですか?」
「ん、……あぁ、まだそこまで行ってないんだね。まぁ単純に私の言葉に続けてきみも唱えてくれたら良いだけだ。魔力の消耗も少なくて済むし」
「…分かりました、やってみます」
 セキネの案に頷いて、クロスは引き締めるように先の見えない真っ暗な洞穴を見据える。唄うようなセキネの声が響き、周囲を光の魔方陣が浮かび上がってきた。
『我が内に流れる熱さを知らず、』『冷ややかに体温を下げていくかの如く、彼の者は知らず、』
『その熱は一度と成らず、二度目も下がる事はなく』『三度目にして荒れ狂う』
『『轟けその名は《炎蜥蜴(サラマンダー)》』』
 赤く染まった魔方陣が宙を浮かぶと同時に洞穴には炎が暴れまわる。ゴウゴウと燃え盛り、その勢いは留まらず。これで全滅かとセキネとクロスは慎重に洞穴を見据えて反応を待った。
「…どうやら、これで決まったみたいね」
「だと、良いんですが。念のためその荷物を届けた帰りに調べてみましょう」
 そうね。とセキネは同意し、さすがに私もこの中に入るには時間を置くべきだとも思うもの。と洞穴を振り替える。そこには未だ奥の方で燻っている炎が確認出来た。



 クロスとセキネがその場から離れた数十分後。
 すっかり鎮火した洞穴へと足を踏み入れたのは麻のフードを目深に被った一人の青年だった。
黒く煤(すす)けた魔物達の死骸を遠慮なく踏み砕き、軽やかにその青年は洞穴の際奥にまで進み、そこに生き残っていた魔物を見つけると綺麗な笑みを口元に浮かべる。
 まるで鎖のように列なる身体とその身体ごとに脚が左右に二つずつ。それが全身で十二頭あるその魔物の姿は百足に酷似していた。
 怒りの為か、炎で熱された為か。本来であれば真っ黒な体躯をしているハズの魔物は赤く染まっていて、青年に気付くなり伝わらない咆哮を響かせる。哀しく泣いているようでもあったし、怒り狂っているようでもあった。
 とはいえ、虫型であるその魔物に人間や人型の魔物のような感情があるとは到底思えないけれど。
「喚くな、低級」
 その耳障りな音に青年は低い声で制止し、ゆっくりとした動作で魔物の足を一つもいだ。
体液が飛び散り、魔物は唐突に足を一つ奪われた事に体躯を揺らがせる。
 ガリガリと暴れようとした魔物を意に介さず、もいだ足を汚らしいモノを扱うように投げ捨てた青年は冷ややかな視線で魔物を見つめた。
「いいか。喚くな、騒ぐな、許可なく動くな。低級に、しかも虫に言っても無駄かも知れないが意味が分からない訳ではないのだろう?」
 その青年の声に魔物は僅かに動きを止めて、探るように青年の言葉に身を強張らせていく。言葉は確かに伝わらない。今こうして向き合っている現状、青年が何かを言っているらしいと認識しても、魔物には分からないし伝わらない。
 だが、これはどういった事なのか。分からないのに分かるのだ。逆らうな。コイツは魔物にそう命令していて、尚且つ従わなければ殺すと。そういう殺意を向けている。そういう類いの事を知らしめている。前触れもなく足を引きちぎったのも身体に教える為だったのだろう。
 しかし、しかしだ。同時に内から叫ぶように仲間を殺した者を殺せと本能が疼くのだ。この魔物にもそういった決意があるのだ。
「憎いのか? お前の仲間を殺したヤツが。虫にもその程度の感情があるとは驚いたが存外、知らないだけであるのかも知れないな。どうだって構わないが」
 青年はその気持ちを汲んだかのように言ったが、これはたまたま一致しただけに過ぎない。その証拠に青年は冷ややかな笑みを崩さず、そして言う。
「それを叶えたいなら死に者狂いで《生き残れ》」
 声と共に何もない空間に溢れだしたのは無数の魔物の群れー否、群れというのは正しくない。何せ、そこに現れた魔物達は皆、種族も大きさもバラバラで統一性などありはしなかったのだから。
 魔物は戦慄する。なんだこれは! 一体どうしてこんなにも、とあるハズのない感情が震えるように身体を震わせた。気が付けば先程まで居た青年の姿は見えず、生き残った魔物は再び生死を懸けた殺し合いに否応なく身を投じる理不尽さに涙するかのように千切られた足から体液が溢れていった。

xxx

 数多の魔物達の断末魔を聞きながら洞穴の入り口で綺麗な笑みを浮かべた青年はさて、と軽やかに呟く。
「美学に反するやり方をよもや私がするとは思わなかったが、それすらどうでもよくなる程に醜く浅ましいものだな。低級の断末魔というものは」
 青年――ことアシッド・シャドウホークは綺麗な顔に走った傷跡ごと顔を忌々しそうに歪めて誰もいない空間を睨み付けた。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -