番外【カヅサ=フラネット】

【勇者と聖女のとある物語】



 
  
 とある少女の話をしようか。彼女の名前はカヅサ=フラネット。
 平凡でささやかな幸せの日常を過ごし、時々お母さんのお店の手伝いをする。女の子らしい柔らかな笑顔で、感情表現も豊かな少女は年頃の少女らしく恋もしていた。1つ歳上の男の子。太陽のようにキラキラした髪の男の子の隣に静かに居る、海のような青がかった黒髪の男の子。
 知り合ったのは、お母さんの仕事を手伝う最中で、初めに話しかけてきたのはライオンだった。頼れる男の子だと思ったし、確かにみんなが好きになるのも分かるなぁ、なんて思いながら、自然とカヅサが目で追っていたのはクロス。
 会話を交わした回数ならそれこそライオンの方が多かったけれど、カヅサはクロスが好きだった。
 きっかけは、ほんの些細なこと。カヅサはお世辞にも要領が良いとは言えず、常に何かしらの小さな失敗をしてしまう。それが申し訳なくて、そんな失敗をしないように頑張っていたのだ。
「…ぅ、上手く出来ない…」
 売るための商品を上手に包めなくて、見兼ねたライオンとクロスが手伝ってくれるのは嬉しかったけど……やっぱり出来ない自分が恥ずかしくて情けなくて、
「大丈夫だよ! カヅサはやれば出来る」
 ライオンが簡単にコツを教えて励ましてくれる。何とか形にはなるのに綺麗に包めない。焦れば焦るほど、落ち着いてと言われても気持ちがダメだった。
「……上手に包もうとしなくて良いんじゃないか? きみの丁寧に落ち着いて、自分なりの包み方で包んでくれた商品の方が俺は好きだ」
 普段は口数の少ないクロスの言葉が、耳に入って。目から鱗が落ちた。自分なりに一生懸命やれば良いんじゃなくて、自分なりに丁寧に包んでくれた方が、好き。
 上手に出来なくても良いんだと言ってくれているように思うのはただの錯覚だったのかも知れないけれど。その言葉がとても嬉しくて、それからクロスを自然と目で追う内にどんどん惹かれていった。
 勿論、遠くから見つめるだけでほんわかと胸が暖かくなるような、そんな淡い恋心。カヅサはその気持ちが恋だとは思わず、憧れの気持ちからくるのだと思っていて、だから。クロスとライオンが勇者になりたいと知った時からいつか旅に出る二人の無事を祈る為の小さなペンダントを作っていた。
 お世辞にも、やっぱり綺麗には作れなかったけど。気持ちだけは込めたから受け取ってくれると良いなぁなんて、勇者になった二人の元へ届けに向かう。
 お母さんが病気で代わりに仕事を頑張って終わらせたら、そのままこれを渡しに行って。ライオンはありがとうって喜んでくれるだろうなぁ、とか。クロスも、きっと表情は変わらないんだろうけれど、受け取ってくれると良い。
 太陽みたいな橙色の石と、海のような青色の石と、こっそりお揃いにした自分の為のピンク色の石のペンダントを握り締めて、カヅサは照れ臭そうに笑った。
 この少女の恋の自覚と結末は、もっと少し後の事になる。

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 目覚めた時。視界に入ったのは暗い見覚えのない部屋。確か自分は何かを握り締めてどこかへ向かっていたのではなかったかと何も掴んでいない自らの手に視線を向ける。
 しかしそこにはやはり、何もなく、同時に歪な刃物にも似た指先に悲鳴を上げた。見慣れない自分の指が、気持ちの悪い事に自分の指だという感覚にそれは自らの姿を確かめる為に室内を見回す。
「おや、目が覚めたみたいだねぇ……うんうん。何せ初めての実験だから失敗するかもしれないと半分半分だったんだけど。さて、調子はどうかな? あぁ……ケホっ、それじゃあ自分の身に何が起きたか分かんないか……よし。ちょっと待ってて」
 白髪の少年が暗い室内の扉からこちらに入ってきて吐血した。かと思えばごそごそと白い裾の長い服から鏡を取りだし、こちらに向ける。
 しかしこれでは全身が分からないかと思い至った少年は何やら綺麗な人から全身が映る鏡を持ってこさせた。
 そこには、その姿が映っていた。顔から胴体までは、いつもの見慣れた自分であったにも関わらず、最早変わり果てた腕から先と下半身に悲鳴すらなく。
 かつて人間であったカヅサの意識は一気に異形に変貌してしまった現実に絶望する。余りの光景に涙すら出ない。悲鳴すら消える。
 何だコレは、
 何だこの鏡に映るバケモノは!
「どうかな、我ながら結構綺麗な融合だと思うんだよねぇー、少女と魔物の不釣り合いさは芸術! なぁんて。因みに神経は繋がってるから切り落としてもきみが痛々しいだけだよ。いや、やっても良いけどね。発狂して死ぬ過程も滅多に見られないから好きに死んでくれ」
 少年が何を言っているのかまるで理解出来ない。
 ニヤニヤと観察される自分は、もう人間でなくなった事だけは認識出来たけれど。いっそ殺して欲しかった。こんな風に生きるくらいなら、自らの命を絶った方がいくらか楽になれるだろうに、臆病な事にそうする勇気が出ない。
 こんな姿になってまで、死にたくない気持ちが邪魔をする。死にたいのに、生きたい。あぁ、何で私はこうもみっともないんだろうなぁ、なんて泣きたくなる。
 もうお母さんの元には帰れないのに。もう、あの二人に渡す為のペンダントはこの手にないのに。
 カヅサ=フラネットはもう既に死んだも同然だと言うのに!
 誰でも良いから、殺して欲しかった。自分で死ぬのが怖いから。死にたがりの癖に自分で死ねないなんて、情けない。

 人間だった魔物は、こうして殺戮人形と化して自問自答を繰り返した末に呆気なく消える運命だと、この時はまだ知らなかった。


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