02『魔物の正体』

【勇者と聖女のとある物語】



12【微かな違和感】

 
 様々な話題の中心。勇者になり損なった橙色がかった茶髪の少年。ライオン=レインハートは人助けに励んでいた。
 脚の弱い老婆を背中に背負い、道中で盗みがあればその犯人を捕まえる。彼のサポートに徹する幼馴染みにして勇者のクロスはいつものようにライオンが次にするだろう行動を先に読んで彼が動きやすい状況を作る。
「どうして人の物を盗んだりするんだろう? お金に困ってるなら働ける場所を探せば良いのに、」
 老婆を無事に送り届けたライオンは笑顔で老婆に手を振り返し、クロスと会話を交わす。犯人は病気の妹が居るんだという典型的な可哀想な子供で、それでも盗みは悪いだろ? と優しくいい放ったライオンにはやはり分からない。
「それしか、思いつかなったんだろう。子供だから許される、病気の妹の為に動くんだから間違ってないという思いがあったのが大半だ」
「まぁ、中には本当に救いようのない犯罪者もいるんだ。だっけ? ボクにはどんな理由があったって間違ってる事はしないよ」
「……あぁ。お前は間違ってないよ、ライオン」
 既に何度かは交わした他愛のない会話だったようで、いつものように続くクロスの発言をライオンは先回りをする。
 そんなライオンを誇らしく思うクロスは笑顔で視線を上空に向けた。もう夕暮れでもうじきに日が沈む時間だ。
「なぁ、クロス。ボクは今日思ったんだけどさ、お前が居たからボクはみんなに認められたんじゃないだろうかって」
「いきなり何を言い出す。お前がまっすぐで曲がった事が嫌いな良いヤツだから、お前がお前だからこそに決まっているだろう!」
 ライオンの言葉に、クロスは目を見開いて眉をしかめる。何でこの親友は自分を謙遜するのかとライオンはいつも思う。
 ライオンに出来ない事は実際に余りないけれど、クロスはその少ない出来ない技術を補うように出来ると言うのに。
「クロスは本当に良いヤツだよなぁ」
 素直な呟きに、クロスはそうでもない、と照れ隠しでライオンから一歩遅れた距離を取った。昼間に感じたあのモヤモヤとした感情はなくて、ライオンはやっぱりこの親友にして幼馴染みが大好きなのだと再認識する。
(……なのにどうしてあの人は)
 決勝戦。クロスに勝つ程に強いのかとライオンは楽しみにしながらあの赤毛の青年と対峙した。当然クロスが勝ち上がってくるだろうと思っていたライオンは試合を見ていなかったが、正直に言うなら拍子抜けする程にあっさりと、彼は負けた。
 武器を弾かれ、驚いたようにライオンを見返したその青年が弱かったのか、ライオンが強すぎたのか。勢い余って振り下ろした剣の軌道を当てない位置に向かわせて、手を差し出したのに、彼はその手を取らず、負けた。と宣言した。
 あれは負けたんじゃない。そしてライオンが勝った訳でもない。あの人は、戦わずして負けたと言っただけなのだ。
(あの人は、どうしてボクの手を取らなかったんだろう)
 それが何故だか、とても不思議だった。

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 城内。ある程度の報告書を整頓し終え、時間を確認した彼女。セツナ=レイチェルはこんな時間かと目を細めた。
 適度に睡眠をとらねばいざという時に動けない。しかし、まだやり残した事があった為、セツナは静かに立ち上がる。
「……?」
 弓矢を肩に担ぎ、部屋の取っ手に手を置いたセツナはふと、妙な気配に室内を見直した。特に変化はない。しかし警戒を弛めないままで廊下に出た彼女はギチリと弓の弦を握る。気配は、微かではあるが感じる。
 どこに居るのかと耳を澄ませ、いつでも弓を引けるだけの心構えを保つ。城内に入り込める輩が居るとは考えにくいのだが、セツナの部屋近辺に近付く者は居ない。
 報告をするのなら姿を見せない訳がないし、侵入者ならば騒ぎにならない方が可笑しい。なのに何かは居るとはどういう事なのか。セツナが冷静に廊下を半分まで進んだところで、広く上から街が見下ろせるテラスに、それは姿を見せた。
 僅かな月明かりと灯された蝋燭で見えた人影に弓を向け、何者だと低く問いかける。人影はゆっくりとセツナの方を向き、誰だと思う? とどこかで聞いたような声で返した。
「……っ、ガリオン=シュナイダー、か?」
 人を食ったような軽い笑みと声でセツナを見る人影は紛れもなく昼間に話を聞いた人物。
「何を、している……」
 警戒には僅かに困惑が混ざり、セツナは下ろしかけた弓を再び固定して訊ねた。知り合いではあるが、親しくはない。返答次第ではセツナとて弓を引く選択をせざるを得ないのだ。
 ガリオンはちょっと聞きたい事があったんだとセツナに告げて、何食わぬ顔で剣の切っ先を向けた。セツナは眉をしかめて弓を引き、距離を取る。
 遠距離支援とはいえ、近寄られて戦えないセツナではないが、近距離を得意とする相手に近距離で挑むのはただの無謀でしかない。放たれた矢は弾かれて床に落ちる。続いてギチリと弓を引いたところで、ガリオンは聞きたい事とやらを言う。
「アンタ、カイン=エンドレスを知ってるか」
「ーーな!」
 セツナは放とうとした弓を止めて、どういう意味だという視線を彼に向けた。
「何故、きみがその名を知っている!」
「……知っているのかどうかを知りたいんだよ」
 知らない筈がない。知らない訳がない。何故ならその名前は、世界を救う為に聖女を殺した勇者の名前なのだから!
「……きみの言う彼が私の知る彼とは、限らないだろう」
 僅かに動揺した気持ちを抑えたセツナは冷静に努めてガリオンを見据える。熱くなるな。惑わされるな。確かに予期せぬ展開だが、相手の意図が分からぬ以上は隙を見せてはならない。
「……はぁん、そう来るか。まぁ、このオレがソイツの名前を知ってるのは変だよなぁ」
 ガリオンは他人事のように呟いて、オレはとりあえずソイツが何処に居るのか知りたいだけなんだよ、と笑う。
「きみが知る必要はない。それに、彼が何処に居るのか等、こちらが知りたいくらいだ」
 思わせ振りな態度は取らず、セツナは偽りなく答えた。妙な違和感を感じるものの、彼がガリオンである事に間違いはないのだから、嘘をつくメリットも必要もない。
「そっか。アンタも知らないとなると……見つけるのは難しそうだ」
「一体彼に何の用があるというのだ、きみと彼に何か接点があるとでもいうのか?」
「あ? ないない。前の勇者さまとオレに接点がある訳ないだろ」
 考え込むような彼の表情から不意に「なら、」と別人のような表情に変わった事にセツナが気付くのは遅れた。
「これで聞きたい事は以上、ですかね」
 軽い声から艶のある声へ。赤毛の髪はキラキラと輝く金色に。逞しい体つきはやや細くなるその光景に、反応が出来ない。
「貴女を殺せ、と言われてましたがどうやらそう容易くはなさそうなのでこれで退散するとします」
 羽根を広げたその綺麗な人ではない者が闇に消えたのを見届けたセツナは、夢を見ているのかと渇いた笑みを浮かべる。話していた男は紛れもなくガリオンであったのに。変貌した男は見知らぬ魔物であるという有り得ない光景。更に驚いた事に、あの勇者の名前を知っている。
 これは、セツナにとって、捨て置けない情報だ。
「……一体、何が起きているというのだ」
 世界は聖女によって救われた筈なのに。セツナは行き場のない憤りを晴らすように眉をしかめて上空を見上げた。空は、憎らしい程に澄み渡った綺麗な月夜だった。

13【人を襲う魔物】

 
 翌日。勇者に選ばれた少年。クロス=アッシュタルトは幼なじみのライオンと共に旅の出発の準備を始めていた。
 まずは魔王の居場所を突き止める為。同時に、各地で暴れる魔物を退治する為に。有力な情報は彼女に聞くが良いと王に告げられたのは凛とした目をした一人の女性だった。
「ライオン=レインハートとクロス=アッシュタルトか、……話は聞いているが、参考になるかはきみ達の判断に委ねる」
 顔を見るなり切り出したその人の名前はセツナというらしく、王にも部下にも信頼の厚い人材だ。
「はい、よろしくお願いします」
 クロスはやや緊張しながら彼女の話を真剣に聞く。詳細は省かれたが、どうやらとある村の近辺である魔物が人を襲っているとの事。
「なるほど、その魔物が魔王に関係あるかも知れないんですね」
 ライオンが目をキラキラさせて尋ねれば、セツナはいや。と否定する。
「そう甘くはない。きみ達の実力なら問題はないんだろうが、私はそれを知らない。だから今回は何の収穫も期待するな。ただの退治だ。運が良ければ生け捕りにして魔王の居場所を尋問する事も出来るかもしれないが、何も知らない方が多い。
因みに私も同行するが、あくまで動くのはきみ達だ。質問はあるか?」
 魔物退治と聞いて、ライオンとクロスは望むところです。と真っ直ぐにセツナを見返す。例え何の手掛かりにならなくとも、勇者は人を助けるだけの力を持つのだから。
「それも誰かを助ける事に繋がるなら、俺もライオンも不満はありません」
「そうか。ならばお手並みを見せてもらう」
 セツナはそんな二人に一瞬だけ苦笑いを浮かべ、それだけを告げると目的地までの足を進めた。

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 人を襲う魔物。
 それは少女の姿をしていた。決して綺麗な容姿ではないが、笑うと可愛らしい。そんな素朴などこにでもいるような少女の姿を。
 魔物は、どうしてこうなってしまったのかと考える。どうしてこの指は、血にまみれているのだろう。簡単に人をズタズタに出来てしまえるのだろう。どうしてどうして、疑問は尽きない。
 悲しくはないのだ。けれど楽しくもないの。目的はなくて、いつの間にか人を殺している。確か大事な『誰か』の為に、どこかに帰らなければいけなかったのになぁ、なんてたまに思い出すのに肝心のそれが思い出せない。
 血溜まりの中心に佇んで、繰り返す疑問と出ない答え。あぁ、こちらに向かってくる人間が居る。少女の姿で魔物はゆっくりと足音のする方向へ向かい、殺す為にまた動き出す。獲物は三人。
 か弱い少女の姿なら、誰もが警戒を弛める。だからって、この姿を魔物が望んだのかと問われたら答えはいいえ。なのだけど。
「……助けて」
 ふらりとおぼつかない足取りで獲物の前に躍り出た魔物は弱々しく呟いて、牙を剥く機会を窺う。なのに、これは何の偶然だったんだろう。少女の姿をした魔物を見た獲物は、あろう事か驚いて名前を呼んだ。
「……カヅサ? …カヅサじゃないか?」
「………っ」
 カヅサ。それは確かに魔物の名前。しかし、魔物は魔物なのだから人間が知る術はないのに。目を見開いてその獲物を視界に写した時。何故か、視界が滲んでぼやけて見えた。
 知っている。私は、この太陽のようにキラキラとした髪の少年を知っている。
「……ライ…オン」
 よく笑う、1つ歳上の男の子。男の子? 何を思い違うのか。私は魔物だというのに。
「……やっぱり! こんなところで何をしてるんだよ!? おばさん、凄く心配してたんだよ!」
 手を伸ばすその手から逃れるように魔物は後ずさる。違う。違うのだ、私はこんな人間を知らない。不思議そうにこちらを見るのはただの獲物だ。ほら、早く殺してしまえ。
「……ライオン、あまり急かすな。きっと彼女も状況がよく分からず混乱してるんだろう、」
 静かな声に魔物は言い聞かせていた声を止める。いつもライオンの近くに居る、黒髪の少年。その顔を見たいと思いながら、視界は霞んで見えない。
 どうして、魔物は何度となく繰り返す疑念を心から叫んで、唇を震わせた。


 こんな姿を、見られたくなかったなぁ。
 

 歪な形に指が変化する。鋭利な刃物のように尖り、硬くなり、人間を切り刻むことも容易い、バケモノに。ギチギチと不快な音を鳴らす腕をクロスに向けてその身体を貫くより先に魔物の動きが止まったのは決して奇跡が起きた訳でもなく。
 ただの魔物に相応しく、真っ二つに胴体が分かれただけの結末。魔物が最後に見た光景は、人間だった時にほのかな想いを寄せていた愛しい人の姿だった。

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 何が起きたかを理解するのに、数秒かかる。クロスがそれを認識した瞬間、既に彼女の姿は禍々しい魔物になっていて、備えていた武器を構えるより先に真っ二つになっていた。
 離れろ! クロス=アッシュタルト! というセツナの声が聞こえ、弓矢が少女に刺さったのが構える直前。少女の腕から先が歪な刃物のように変化したのが直後。それから先は、もう既に誰より先に少女の正体に気付いていたライオンが早かった。
「大丈夫? クロス!」
 返り血すら浴びずに、魔物を切り裂いたライオンはクロスの無事を確認する。しかし、クロスは状況が認識出来ても言葉を次ぐ事が出来ない。
 セツナが冷静にどうやら、魔物には違いなかったようだが、きみ達の知り合いに似ていたのか? と言葉を選んで確認をとる。彼女としても、知り合いの姿をした魔物が現れたらあんな風にためらいなく射れる自信はない。例え、ほんの僅かでも本人でないという可能性がない訳ではないのだから。
「ライオン、きみは、いつ彼女が魔物だと気付き、確信した?」
「え? 魔物だって確信はなかったけど……クロスを攻撃しようとしたのが見えたから」
 あぁ、これはカヅサじゃないやって。爽やかに告げたライオンに対して、セツナはようやくガリオンの言葉の意味を理解する。確かに逃げたくなる。確かに、怖い。そして誰もが、認めざるを得ない。
「きっとカヅサはこの魔物に襲われちゃったのかな……」
「そうかも、しれないな。ライオン、この事は……おばさんには黙っておこう」
 悲しそうに呟くライオンにようやく冷静になれたクロスは魔物の亡骸を静かに抱き抱え、開いていた瞼を閉ざした。
 セツナはそれを横目に他に魔物は居ないかを警戒し、言い知れぬ気持ち悪さを堪えるように息を吐いた。

14【偶然の出逢い】


「おや。壊れちゃった。」
 そう呟いたのは白髪の髪をした少年。魔王その人。例の如く咳き込み、吐血する魔王の傍らには痛みを感じない少女にして魔女が笑顔で隣を歩く。
「何が壊れちゃったんですか」
「こないだアシッドが持って帰ってきた女の子。死んだばっかりの魔物と合成させて無理矢理いじくったんだけどさぁ、意外と発狂しなくて。発狂して死ぬ様は見られないみたいだから人間を襲うように神経を繋げておいたんだ。それが壊れちゃったみたいなんだよねぇ」
 人でなしにして最低な魔王の発言に、魔女は苦笑いを返す。
 そもそもこの少年に良心とやらを期待するのが間違いなのだと認識せざるを得ないのは何度か交わした会話でよく分かった。
 魔女と呼ばれる少女を助けたのだって、彼の部下に頼まれたからであって、彼女の為ではない。更に言うなら、単に痛みを感じない魔女が珍しかっただけなのだろう。
 それだけで、そこまでだ。
「どうやったらそんな事が分かるんです?」
 深くは突っ込まず、魔女は素朴な疑問を訊ねる。魔王は魔術師に頼んで、獲物を殺す時に視界を共有出来る魔術を施してもらったから。とあっさり告げた。
「まぁ、一旦その共有する為の目玉に呪文を書かなきゃいけないから面倒なんだけど。まぁそれはそれとして、興味深いなぁ。どうやってあの女の子を倒したのやら」
 結構えげつなく改造したんだよ〜、と間延びした声で言う魔王は既にその女の子とやらの様子を見る為に歩いていた最中で、望む望まずに関わらずその女の子の元へ向かうのだから実際に見て確かめたら良いのに。と魔女は笑顔のままで思う。
 趣味の悪い事に、この魔王の趣味は人間の死ぬまでの過程。いや、もしかしたら魔物でも植物でも死ぬまでの過程が知れるのであれば対象は何でも良いのかもしれない。魔女にはそれに何の意味があるのか理解出来ない。死んでしまったらそれで終わるだけだと言うのに。
「……それにしても、良かったんですか? 魔術師さんに黙ってお城を抜け出しちゃって」
「ん? あぁ、平気だよ。基本的に僕は僕の目的で。彼は彼の目的で動いてるからね」
 そういうものなのだろうか。よく分からない。魔女は視線を魔王からずらして、それからふと、久しぶりに人間を見掛けた。そちらもこちらに気付いたようで、三人の内の一人。凛とした目をした女の人がきみ達、ここで何をしている? と声をかけてきた。
「えと、」
 どうしようかと魔女は魔王に視線を向ける。魔王はいつもと変わらない薄い笑顔で迷子になったんだ。と告げた。
「お姉さん達こそ、こんなところでどうかした? ここは魔物が居るから危ないよって噂があるんだよ」
 ケホ、と咳き込み、魔王は可笑しそうに女性を眺める。女性は眉をしかめて、魔物ならばもう居ないと言った。
「先ほど件の魔物を倒したところだ。しかし……その噂を知っていてどうしてきみ達はこんなところで迷うのだ」
「……病気で苦しむお母さんの為に薬になる薬草をとりにきたんだよ、彼女が」
 自分はその付き添いだから、と言う魔王に予期せず巻き込まれた魔女は女性の視線がこちらを向くのを認識する。はい、そうなんです、と困惑しながら返した魔女の様子にそうか。と納得したらしい女性はどうする。と後ろの少年二人を振り返った。
「それなら、ボクたちも協力しない理由はないよな」
「あぁ。迷惑でなければ手伝わせてくれ」
 橙がかった茶髪の少年が笑顔で言い出し、青がかった黒髪の少年が続けた言葉に、いえ! そんな見ず知らずの人にそこまでは……と魔女は困惑する。
 迫害を受け続けた魔女にとってその申し出はとても慣れない優しさ。しかも、薬草なんて魔王の口からデマカセなのだ。にも関わらず、魔王はわぁ、嬉しいなぁと道案内がてらにデマカセなのだろう薬草の特徴を説明する。
「その薬草はこんな人気のない洞窟でしか生息しないものでねぇ、見た目は普通の草と変わらない。特徴を上げるなら普通の草とは違って僅かにギザギザとした不自然な棘が茎に生えている程度だから結構大変なんだ」
 親切な人たちに会えて良かったねぇ、と白々しく話を振ってくる魔王に魔女は苦笑う。
「そっか、薬草に詳しいんだね」
 そんな魔王に何の疑いもなくにこやかに言う橙色の髪の少年の声と、そうでもないよ。と軽い口調の魔王の声を他人事のように聞きながら、魔女は魔物さんはどうしてるだろうなと考えたのだった。

15【誤算と不確定要素】

 
 奇妙なパーティーを組んだ勇者と魔王の薬草探しが始まった頃。勇者を殺す為に情報を集めていた美しき魔物。アシッドは魔術師と共に勇者が向かったという村で会話を交わしていた。
「……それにしても魔術師殿。私が尋ねた質問は果たして何の意味があったのです」
 会話の話題は数日前。ガリオンの姿を借りたアシッドが弓使いに聞いた質問について。魔術師は何も答えないまま涼しい顔で運ばれてきた珈琲に口をつける。
「いい加減教えてくれても構わないでしょう? 美しき姿をあのような人間にわざわざ変えたのですから」
「……何ならずっとガリオン=シュナイダーのままで良かったが。しかしそれに答える義理はない」
 アシッドの相変わらず無駄にキラキラとした容姿に眉をしかめた魔術師は面倒だとばかりに視線を逸らす。確かにアシッドの『食べた人間の姿に変われる』という体質を利用したのは事実ながら、実際にそのガリオンを再現したのは魔術師の魔術だ。
 声から性格までを呼び起こす詠唱は少々時間をかけたものの、そうでもしなければあの弓使いから情報は引き出せなかった。何なら本気であの姿のまま勇者を殺す案も考えた。むしろアシッドよりは遥かにガリオンの方が魔術師的に都合が良い。
「……何ですか魔術師殿。その私では不満だという表情は。そんなにガリオンが気に入ったなら似たような容姿の人間でも適当にあつらえて好きなだけ扱えば良いでしょう」
「そうなるとお前の細胞を魔王に頼んで移植させた上で固定する魔術と動かすための魔力が必要だな……ふむ。何ならお前が死ぬか?」
「そこまで私がお嫌いですか……流石に傷付きました。しかしこの任務が終わればおさらばなのですから少しは優しくして下さいよ」
 冗談なのか本気なのか。魔術師とアシッドのやり取りはどうやら一方通行らしい。別段、本気で言っている訳でも思っている訳でもないけれど、魔術師としてはどうだって良い。
 反対にアシッドは仲良くしたい訳でもないものの実力は認めているのだから協力くらいはしろ。程度の軽口だ。
「しかしどうにもこんな場所にまで魔物退治とはご苦労なことですねぇ。ともあれ、行き先は掴めたのだから早めに叩くのが吉というものでしょう。ご安心して下さい魔術師殿、この美しき魔物――アシッドにかかれば容易く華麗に仕留めてみせましょう……では」
 そう言ってアシッドは魔術師と別れて勇者が向かったという場所へ向かう為の足を向ける。魔術師は無言でアシッドを一瞥すると激励も挨拶もなくこの後の予定を考える為に思考を巡らせた。
 実際のところ、魔王の暇潰しにつきあわされる魔物に多少なりとも同情の念はあるがどちらにせよどうでも良い。例え勇者が殺されようがアシッドが返り討ちにされようが、世界は変わることなく回るのだから。

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 互いの素性も知らぬまま出会った面々は、やはり正体を知らぬまま薬草を探していた。折角だからと最初に自らの名前を名乗ったのはライオン。
 白髪の少年は「ゼン」と名乗り返した。続いてクロスが告げ、躊躇いがちに名乗った黒髪の少女は「イシス」と言うらしい。
 セツナはその名前に僅かに眉をしかめたが、一瞬だけですぐにセツナだとそれだけを告げる。イシスは不思議そうに首を傾げ、よろしくお願いいたします。と穏やかに微笑んだ。
「そういえば、ゼンくんとイシスさんは武器とか持たずにここまで来たの?」
 そんなやり取りを横に、尋ねたライオンの言葉にゼンはあぁ。と思い出したように「僕はどちらかといえば魔術タイプだからねぇ」と他人事のように答えた。武器は持たないけれど、多少の自衛程度なら知識はある。
「そういうきみ達は結構戦えるみたいだね、……コホッ、ッは」
 咳き込みながら笑う彼に訊ね返されたライオンは大丈夫? と治癒魔法を唱えようと近寄った。
「……むしろそんな病弱で寝ていなくて良いのか?」
 クロスがそれを見つめ、最もな突っ込みを入れる。ゼンは平気だよ。と治癒魔法を唱えるライオンとクロスに告げて止めた。
「魔法とかさぁ、そんなので治る体質じゃあなくてね。昔からの不治の病みたいだから慣れてきたら案外平気」
「でも、苦しいのは変わらないんだろ?」
 尚も心配そうに聞くライオンに、ゼンは薄ら笑いを浮かべて口元の血を拭う。
「優しいんだねぇ、ライオンくん。いやいや、こんな僕に優しくすると、後で後悔するよ?」
 冗談めかしたゼンの言葉にライオンは不思議そうに見返して、そんなことはないのに。とクロスに話しかけていた。クロスは何とも言えない表情で笑い、少し後ろを歩くセツナに視線を向ける。
「どうした。敵なら今のところ心配はないようだぞ」
「あぁ、いえ。何だか俺たちのワガママに付き合わせてしまって……すいません」
「そんな事か。気にするな、これも仕事のうちだ」
 それより、と言葉を区切ったセツナは声をひそめてあの二人に怪しい気配はないか? と耳打ちした。クロスはいえ、特にはと返し、セツナさんは何か気になる事でも? と聞き返す。
「これはただの勘だが……あのゼンという少年の前で気を緩めるな」
 油断したら最後。何が起きるか分からない。クロスはそんなセツナの言葉に改めてゼンを見る。確かに変わり者だが、あの細い腕で何が出来るとも思えない。
 会話を交わしながらクロスはそう思い、その二人にやや視線を向けていたライオンは静かなイシスを見つめた。
 目があうと、微笑まれて、可愛いとドキドキする。照れながらライオンも笑い返し、彼女の為にも薬草を見つけようと決意した。



 運命という言葉を使うのは大変容易い。偶然というならまた同じく必然でもあり、また意図せず些細な切っ掛けが予期せぬ事態を巻き起こす。
 これが仮に運命だとするのなら、堪らなく滑稽で酷く不釣り合いな出来事だと笑える話だった。
「無事に見つかって良かったね」
「はい、…ありがとうございます」
 件の薬草はあれから数時間をかけて発見され、それを摘み終えた面々は元来た道を引き返していた。
 口からデマカセと思っていた魔女ことイシスとしても発見された事には少なからず安堵の笑みを浮かべ、まるで自分のことのようににこにことしたライオンと会話を交わす。
「……あの、さ。イシスはこの近くの村に住んでるの?」
「はい? ……あ、いえ、その」
 厳密に答える訳にもいかず、また嘘をつけるような度胸もないイシスは困ったように白髪の少年をみやる。ゲホゲホと吐血と咳を繰り返しながら彼女の視線に気付いた少年は一応会話を聞いていたらしく首を左右に揺らした。
「僕達は結構それなりに距離のあるところから来たからね。多分これきりじゃあないかな。最も君たちが会いに来てくれるつもりなら教えるのもやぶさかじゃないけどね」
「どうせその内あちこち回る身だ。もしかしたら会えるかもしれないし、まさか二人きりで旅をしている訳でもないだろう?」
 思わせ振りな少年ことゼンの言葉に冷静な視点からクロスが尋ねる。何が可笑しいのかゼンは「あはは、」と笑い吐血した。
「そうかいそうかい、また会いたいとか思ってくれちゃう訳かい! 僕にじゃないのは知ってるけれどもまぁ無理じゃないかな」
「……きみ、何が言いたい」
 セツナはそんなゼンに眉を潜めて警戒を強める。けほ、と咳き込んだゼンはだってさ。と笑う。その次の瞬間、彼女の身体は音もなく弓なりにしなり、ゴギ、と嫌な背中の軋む感覚と痛みに思考が真っ白になった。
「死ぬからだよ、呆気なく」
 何が起きたかも分からぬまま、まるで天気が良いねとでも言うかのような声は彼女には届かなかったけれど。


「…かは……っ!!」
 最早、声ですらない呼吸を吐き出した弓使いの女。セツナ=レイチェルは皮肉にも自らの身体を愛用する弓のように折られ、激痛と呼吸困難で崩れた。
 反応する暇を与えることなく彼女を襲った『何か』は反射的に武器を構える勇者に選ばれたクロス=アッシュタルトに向けて、綺麗に揃えられた鋭い爪で喉を潰しにかかる。
 二度目の教訓、という程でもないが余計な真似はさせないに限るのでだ。しかし流石は勇者に選ばれただけはあるようで咄嗟に距離を取ったクロスは倒れたセツナを気遣うように間に入り、コチラを睨む姿はどうしてなかなかに美しいと思う。
 通常ならば名乗りあうのも礼儀だろうし、自らが何者かと示すのもお約束にして敵の宿命でもあるが、生憎とそんな隙など与えはしない。
 殺す為に整えて排除して確実にスマートに仕留めなければ美しくない。翼を広げ、クロスの視界を羽毛で覆い、再び突きにかかる。
 喉、目、耳。足、利き腕、肩。奇襲は正当なる手段であり、また魔術師の協力で姿を見えなくしているのだから流石にさしものライオンとやらも対処の仕様がないだろう。
 見えない『何か』となったアシッド・シャドウホークの策は美しく、そして成功する方が容易かったのに、
「危ない、です……っ」「っ! イシス……ダメだよ!」
 あろうことか。最悪のタイミングでクロスを庇いに向かった少女を爪で貫き、致命的にもその血によって汚れた為に位置を知られる形になった。
 その時、アシッドの姿が見えていたならきっと驚きを隠せずに、そして信じられない口元をひきつらせた表情が浮かんでいただろう。
 完全なる誤算。不確定要素。血を拭うより早くライオンが振りかざした剣はアシッドの顔を斜めに切り裂き、止まらない出血にこれ以上は無理だと悟ったアシッドは早急に退散した。美しい顔を傷物にされた憎悪と殺意と憤怒を圧し殺しながら。


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