番外【ガリオン=シュナイダー】

【勇者と聖女のとある物語】



 

 彼の人生を語るのは、然程難しくない。別に悲劇のキャラに有りがちな病弱の兄弟がいる訳でも、好きな女の子との約束を果たす為に勇者を目指していた訳でもなく、昔から自由に生きて、普通に母親を大事に思いながら建前は反発しつつ、父親とそれなりに会話するようなどこにでもいる少年だった。
 後に開かれる勇者を選ぶ為の試合に参加したのは、単に風来坊の旅を続けるのに楽そうだと思ったからで、魔王を倒すのだって、その辺りの魔物を倒すのと変わらない作業だろうとさえ考えていたのだから。
 正義の味方気取りは半分。それ以上に稼ぐには魔物退治に支払われる報酬と剥ぎ取った皮膚や角だったりが高値で扱われる故に。
 無理な相手には戦わない。自身の実力的に考えて勝てる魔物しか狙わない。それが賢い生き方だと知っていたし、恥じる事すらない。のらりくらりと美味しい場面だけを適度に命を懸けて生きていく。
 ガリオン=シュナイダーとはそういう青年だった。
 だから、そんな彼にとって、決勝を争ったライオン=レインハートという少年はとてもじゃないが好きになれないと感じた。実力は、確かに認めよう。人格も、性質も勇者として不足はないんだろうさ、とガリオンは語る。
 街に広がる疑念の声に、同じく不思議だと思い、独自に情報を集めていた彼女。セツナ=レイチェルに呼び止められたのは試合からおよそ二時間後。
「……きみは勇者候補を決める試合に準決勝まで進んだガリオン=シュナイダーだな? 私は王直属にして近衛兵のセツナ=レイチェルと言う。少し時間はあるか? きみと戦ったライオン=レインハートについて話を聞きたい」
 警戒も半分込めて、凛としたセツナを見返したガリオンはニヤケ面で座っていた椅子に両肘をかけて「話って?」と先に詳細を問い掛ける。彼女は失礼、と目を閉じ、優勝したにも関わらず、ライオンが勇者になれなかったと聞いてな。と切り出したところで興が湧く。
「アイツが勇者じゃなきゃ、誰が勇者に選ばれたんだよ?」
 因みに、勇者発表が出される前にガリオンは敗けた試合会場から抜け出していたので知らなかった。
「準決勝できみと戦った、クロス=アッシュタルトだ。覚えているか?」
 てっきり優勝したライオンが勇者になるんだろうと例外なく思っていたガリオンもそれを聞いて、へぇ? と口元を弛める。
「覚えてるぜ、どっちも強かったしな。ただ、不満はねーな」
「……何故だ。普通ならライオンが選ばれない、ならばきみが選ばれるべきではないかと思わないのか」
 それこそないな、と笑ったガリオンに対し、セツナはきみも他の彼等と似たような反応をするのだな。と困惑めいた表情で溜め息をついた。自らの実力も器もそれなりに知っている。他の連中にしても、ガリオンが勇者に相応しくないと思うのは当然だ。
「オレは勇者っていうよりパーティのメンバーその一って感じだしな。そりゃそうだろうさ。そんで、王の判断はライオンと戦ったヤツなら大体同意だろうよ」
 実際、対峙しなければ分からない。試合を見ていて、そう思ったならガリオンは素直に王に対して見る目があるなと感心する。
「強すぎるってか、才能がありすぎる奴ってのはさ、人知れず折っちまうんだ」
「よく分からないな。それは単にライオンが強すぎるからの妬みや負け惜しみにしか聞こえない」
 セツナの辛辣な答えに、ガリオンはまぁな、否定は出来ねぇと苦笑いを返した。
「確かに嫉妬なのかもしれねー。性格も良くて慕われて強くて顔も悪くない良家の息子、なんてのは何でか嫌みな存在だよなぁ……はは」
 他意はないにしても、誰もが憧れ、妬みや負け惜しみも言いたくなるのは自然だろうか。セツナは茶化すな。と短くたしなめて続きを促す。ガリオンは首を軽くひねって鳴らした。
「……あぁ。で、お姉ちゃんが知りたいのはライオンについてか? それともクロスについてか? 両方と戦えたのはオレだけだしな」
「まずは……そうだな、勇者に選ばれたクロスについて。それからライオンとの違いを大まかに聞かせてくれ。無論、きみの主観的な意見で構わない」
 それを聞いたガリオンは要するに勇者に選ばれなかった理由と選ばれた基準が知りたいんだなと判断して口を開く。簡潔に述べるなら、簡単な話なのだから。だからこそまた難しいのかも知れないのは、それこそ個人の問題だ。
「クロスにあるのは冷静な判断。ライオンにないのは配慮だな」
 簡潔過ぎる言葉に、セツナは僅かに眉をしかめ、自分が今まで聞いてきた情報と照らし合わせる。クロスに関しては確かに冷静な判断だと意見を聞いていたが、ライオンに関してはこうもハッキリした意見はなかったからだ。
「配慮がない。か……他の彼等は曖昧によく分からないといった様子だったが、何故そう感じた?」
「それこそこっちの被害妄想みてーなもんだが、怖いんだよ。オレにしてみりゃあ、ああいう無邪気な強さってのが一番怖い。アイツが勇者になるって言うなら、文句は言えないさ。誰もな。けど、あれが試合でなかったらオレは逃げてただろうってのは情けなくも本音だ」
 ガリオンは世間話のように語り、負け惜しみにしか聞こえないんだろうけど。と笑う。セツナは探るようにガリオンを見つめ、静かに続きを待つ。
「綺麗事じゃ世界は救えないってのは知ってても、振りかざされる正義は時に悪に見える。どうせなら背中を預けられるような相手なら安心出来るって話だよ」
 勿論、これはあくまでオレの主観的でかつ偏見だけどな。と話を切り上げて立ち上がる。セツナはガリオンに礼を告げ、ガリオンはどーいたしまして。と彼女に片手を上げてその場を後にした。

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 分岐点というものがあるのなら、きっとセツナと交わした会話の後だったんだろう。適当にふらりと立ち寄った店内で女性に囲まれている綺麗な顔立ちの男に、普段なら気にも留めないガリオンが耳を澄ましてみれば話題はクロスとライオンについて。
 どうやら話している主婦は幼い頃から二人を知っている人物だったようで、止まらない。
「親父さん、ありゃ何だ? えらく美人が居るじゃねーか」
 半分で聞き、相席になった中年に訊ねてみれば、数分前にお前さんと似たように女に話し掛けて話題の勇者について聞いてやがるんだ。と面白くなさそうにビールを煽った。
「そりゃまぁ、色男に女が色めき立つのはしょうがねーさ。綺麗なもんが好きになるのとおんなじでな」
「ほぅ? 綺麗な男は宝石扱いかい、兄ちゃん。気が合うじゃねーか」
 皮肉めいた言い回しに中年はガリオンの肩を抱いて、まぁ飲めよとビールを勧める。どうもとビールを受け取ったガリオンは一気に半分程飲み下すとそれで? と何だって勇者の話題なんか聞いてやがるんだろうなと美形の男に視線を向けた。
「あの風貌だと、魔術師だとかそんな感じのパーティー入りを狙う輩だろうさ。腕っぷしにゃあ自信がねーが、魔法の腕には覚えがあるって面だぜ」
 その意見にはなるほど、と思える説得力があったけれど、どうにも気になる。ガリオンは注意深く男を観察し、飲み掛けのビールを飲み干すと面白そうだなと笑んだ。
 あの優男が本当に勇者のパーティーに入るつもりなら、別に構わない。しかし、別の意図で動いているのなら、それを確かめるだけでも放っとく手はない。
 穏やかな笑顔と柔らかな物腰で立ち上がった男の後を自然な仕草で立ち上がり、相席の中年にじゃあ、ごちそうさん。と告げて追う。
 それを予期していたかのように、曲がった先の路地裏で出迎えられた時。好奇心は一気に警戒に変わる。気付かれていた事に対してより、その雰囲気の変化。
 第六感がざわざわと警報を鳴らすのに、足はその場に留まり、腕は腰に携えた双剣をいつでも構えられるように動く。
「やぁ、少年。誰をお探しかな?」
 柔らかな物腰で居ながら、見定めるようにガリオンを眺める優男に軽口を返しつつ、問い詰める。
「…そうやって臨戦態勢でオレを誘ってくれてるって事はやっぱアンタただの噂好きの野郎とは違うみてーな?」
 優男は肩を竦めて、怖いなぁ等と呟いたが次に続く発言に思わずガリオンは引いた。自画自賛。そして折角なのでいただかないと失礼だの何だの……ナルシストな男色趣味かよ、いや。この際この野郎がどんな性癖かはどうだって良い。
 双剣を抜いて、優男を見据えたガリオンに優男は恍惚に酔っていた表情から真顔に変わりふむ、と改めてガリオンを見返す。
「……人間にしては、それなりの手練れといったところかな。勇者の前に食べる素材としてはなかなか良さそうではありますねぇ」
 人間にしては? ……引っ掛かる言い方に眉をしかめて瞬時に行き着いた答えに、考えるより先に仕掛けていた。
「……ッ!」 首を狙った切っ先は避けられ、間髪入れずに心臓を狙った剣は掠りもしない。
 目を潰す為に、耳を削ぎ落とす為に、人間であれ魔物であれ失うと正気では居られない過所ばかりを狙う。しかし、ことごとく避けられてしまう現状にむしろガリオンはこの優男が人間ではないと確信を持った。
「《その姿、偽る者の本質を暴け。互いに向かうは虚栄の鏡、在るものは在るべき姿で偽る者は在るべき姿へー》」
 正体を強制的に暴く魔術の言葉を唱え、あと一息で発動する一瞬。ガリオンの左腕に鈍い痛みが走り、背中に衝撃が走る。
 綺麗な羽根が舞い、美しいと自賛する優男は確かに美しい顔でガリオンを見つめていた。その背中には異形な翼が。その細くしなやかな指には鋭い爪が伸び、掴んだガリオンの腕に食い込む。
「……は…やっぱり魔物かよ、」
 掴まれた腕とは違う右腕で武器を構え直し、正体を現した魔物を見据える。意外でしたと魔物はガリオンを見返し、鋭い爪でガリオンの首筋を引っ掻いた。
「正体を暴かれるような無様を晒すくらいなら自ら晒した方が良い。そして故に、きみは生きて返せないし帰せない。私に食われて美しい糧となる他なくなったのだから」
 首から流れた血に舌を這わされて、気持ち悪さが襲う。毒でも仕込まれていたのか、身体が思ったように動かない。
「一思いに殺しはしませんよ。いたぶって弄んで恐怖を骨の髄にまで染み渡らせてからじっくりと頂きますからね」
 甘い囁き、なんだろうな。女だったらとうんざりした気持ちでまるで女に対する愛撫のように傷口を啜る魔物から離れる為に動く部位を探す。
 まだ動ける足で魔物の腹を思いきり蹴飛ばして、僅かに離れた魔物の顔面を目掛けて蹴りあげた。しかし、手応えはない。忌々しそうにこちらを睨む魔物に、ガリオンは口角を吊り上げて笑う。
「これでも修羅場はくぐってきてんだ。アンタはここで、オレが仕留める」
 力の入らない握力を無理矢理握り締めて、双剣を構える。命を落とす覚悟は決めていた。
「私の美しさに大人しく見とれてひれ伏していれば良い思いを出来たものを……」
 嘲笑する魔物にはもう苦笑いしか浮かばない。そうかよ。どうせなら綺麗なオネーチャンに言ってもらいたかったぜ。殺し合いになる現状は正直に怖かったけれど。ただでは済まねぇだろうなと分かっていた事だけど。
 勝てない相手に戦わない主義なんだけど、逃げる場面でない事だけは確実にして確定している。
「一応、名乗った方が美徳かい? 美青年」
 何となく浮かんだ軽口を叩き、腰を落とすガリオンに魔物は意外にものってきた。
「良いね……相手に不足はあれど顔は悪くないからね」
 どういう意味だよ畜生。確かに魔物は美しいんだろうが、受け狙いにしか思えない。笑いを堪えて、ガリオンは息を吐く。アシッド、な。魔物の名前を確認して自嘲する。
 これから死ぬかもしれないというのに名など訊ねてどうするのかと思う半面で、やはり気持ちは昂るのだ。
 互いに名乗り、そして互いに動き出す。勝負の行方は呆気なく、無情にも着いた。貫かれた胸から鮮血が噴き出していく。石で固められた地面に鮮やかに滴り、苦しげに苦笑いを浮かべたガリオンは崩れて膝を折る。最期の走馬灯なんてものは意外となくて、ただ貫かれた部分が熱くて痛い。
 死にたくない気持ちしかなくて、本能が生きたいと叫ぶ。しかし、声は掠れて出ない。ガラガラと音を立てて地面に散らばった双剣の音すら聴こえない。視界に移ったそれに、ああ。と残念に想うのは、頑固な親父と心配性のお袋が買ってくれたモンだったのになぁという謝罪だった。
 ごめんな、せっかく買って貰ったモンなのに。親不孝だよなぁ、オレって。泣かせる真似して、先に死んじまって、悪いーー誰にも届かない声はそこで途切れてもう、伝える術を保てなかった。


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