閑話番外ー10『ジョーカーの引き継ぎ事情』※BL要素含むので注意

終末アリス【改定版】




 無気力。やる気がない。何事にも興味が持てない。そんな彼が役持ちのジョーカーに選ばれた時の心境は正直面倒でしかない。だった。
 当時のジョーカーは無表情だが真面目そうな青年だった。だるそうに青年を見返した彼はいきなり唇を奪われる。
 ファーストキスだった。さすがにショックだった。逃げようともがくが押さえつけられ、顔を逸らされないように後頭部を掴まれて舌まで絡め取られて
 抵抗は意味を成さない。むしろやればやるほど深くなっていく。くらくらと目眩がしてからようやく離された。
「…………っ、あ、んた、何のつもり」
「ふむ、まだ役持ちは引き継がれてないな」
「はあ!? 意味、分かんっぅ」
 再び唇を奪われた。何だこの変態。罵詈雑言は全て心の中で吐き捨てて、次第にどうでもよくなってくる。
 ファーストキスを奪われた。しかも男に。確かにそれはショックだっただろうがそれがどうしたのか。たかが人工呼吸みたいなものだろう。
 思考は冷静になって、逆にキスを仕掛けたジョーカーの方が欲に濡れたような表情をしていた。
「…………満足か」
「ああ、引き継ぎは終わった。同じ男でも欲情するのか気になっていてね、実に興味深い結果になった」
「そうか、そりゃ良かったな」
 このド変態。罵ってみたらどうなるのかと考えて止めた。多分、この先代には一つも響かない。しかしどうにかして仕返しはやってやりたいものだ。
「キスだけで、あんたはいいのか?」
 ニヤリと笑った。引き継ぐ前までは絶対に言わなかったであろう冗談と好奇心が沸き上がる。先代はまだする気はないなと答えた。まだなんだ。
「ジョーカーは詰まらないからな。どんな事をしてもこんなもんかと飽きる」
「……みたいだな。とはいえ、俺が役を引き継ぐ頃にはお互いにいい年齢のオッサンだろが。その俺を相手にする前提は諦めておけ」
「おや。つれないな、僕はこれでも一途なんだ。きみが男女どちらでも責任は取るつもりでキスしたんだよ」
 さっきは男でも欲情するのか試したかったと言っていなかったか。どこまで冗談でどこまで本気か分からない。とりあえず、好奇心は殺す。
 次のジョーカーへ引き継ぐまでの間は三十年。その期間は常にけだるい、何もかもが面倒で、何もかもが退屈で、生きてるのが億劫だった。
 次代のジョーカーはまだ14歳の少女だという。本当に役を選ぶ基準は分からない。
 そもそも誰が選んで、誰が決めているのか。それすらも分かっていない癖に、役持ちは本能で理解するのだ。
 成る程、次はこいつだと。
 お嬢ちゃんが次のジョーカーか。こんな面白味もやりがいもない役に選ばれちまうとは幸なのか不幸なのか。
 何にせよ、ジョーカーってのは退屈だぜ。刺激がない。刺激が足りない。中立で見てるだけ。感情が死ぬ。冷静に物事を眺めて判断を下さなけりゃならねえ。
 他人の不幸も他人の幸せも自分の不幸も自分の幸せも全部が他人事だ、と経験から少女に語ってみたのはその覚悟があるかという確認――ではなく、ジョーカーとしての引き継ぎの一部だ。
 目の前の少女を観察していると、少女から問い掛けがあった。寝不足なのですか、体調も悪そうですけれど食事は取られてますか。
 痩せぎみの体躯は元からで、目の下の隈も単純に寝ていないからだ。寝ても覚めても似たようなもので、寝なければ頭が麻痺して退屈が紛れるような気がするかと思ってみたがあまり変わりはない。
 引き継ぎの際に特性を語るかはその役持ちによる。どんな役持ちかはなれば分かると何も言わずに引き継ぐ者も居れば、ご丁寧に副作用を教えた上で引き継ぎをするかと尋ねてくれる者も居る。
 他の役持ちに話を聞いてみた結果、どうやら以前のジョーカーは前者だったようだ。
 そして、目の前の少女はそうですかと柔和な笑顔のまま。何だ、最初から壊れていやがる。気の毒ですねとはならず、身の上話に興味がないでもなく、単純にそうですか。とそれだけなのだ。
 少なくとも向いている。無気力なだけで全てが面倒な自分とは違って、少女は全部が他人事で、自分は見てるだけの存在だともう思ってやがる。
 ああ、いいな。面白い。久しくなかったそんな感情が沸き上がってきた時点で、ジョーカーの青年は察する。
 笑う。笑える。元から薄笑いを浮かべていた表情から、何十年か振りに笑い声を上げた。
 くはっ、という人を小馬鹿にしたような嫌な笑い方だった気がするが、もう随分と長い間に笑い方を忘れてしまっているのだ。こんなものだろう。
 恐らく引き継ぎは終わった。少女にそう伝えてから思い出したのは自分の引き継ぎだ。あれはない。普通にない。退屈凌ぎにからかわれただけだとは理解しても、あんな引き継ぎはやらない。
 先代に対する引き継ぎに関して、無意識に口を滑らせていたと気付いたのは、いつの間にか少女が自分にキスをしてきた瞬間である。
 しかも一瞬ではなく、そのままじっと数十秒。耐えきれなくなった青年は少女を引き剥がす。
「終わりましたか、引き継ぎ」
「俺の話を聞いてなかったかお嬢ちゃん。引き継ぎは終わったって言っただろ」
「確定でないなら意味はないでしょう。それともまだ足りなかったですか? あなたと先代が引き継ぎをした時の事を教えて下さい」
「……………いや、必要ねえ。あんたはもうジョーカーだよ、俺が笑えた時点で既に終わってる。以上だ」
 しかし、少女は尚も食い下がった。
 因みに青年は自分がどんな容姿かも自覚している。役持ちの影響か、外見や肉体は20代と代わり映えしないが、寝不足と不規則な生活をしてきた結果、冴えないのは明白だ。
 好みは千差万別とはいえ、妙齢の女性なら分からないでもないのに、目の前の少女はこんなオッサンに躊躇いなく唇を重ねた。しかも、だ。
「いいえ、あなたがどんな引き継ぎをされたのか非常に興味があります。つまり、これがまだ完了していない証拠だと思います」
 完了している。完全に引き継がれている。その好奇心こそがジョーカーの特性だ。そして、恐らく彼女が自由に好奇心を満たせるのは今だけだと青年は経験から察した。
 まだ14歳の少女に語るには屈辱であり、気持ちの悪い内容だろうが、話せば好奇心はとりあえず満たされた気にはなるだろう。そう思ったから青年は仕方なく簡潔に語った。
「ちょっと濃厚なキスをされた、だけだ」
「濃厚な、とは」
「あ? あー、と、舌を舐められたり?」
「具体的に」「……」
 何だこの羞恥プレイ。何とか逃れようとして、言いたくはなかったが相手が同じ男だったと告げた。
 だから異性でやっても意味はないんじゃないかと適当に言った。
 もしも次のジョーカーが女性ならその見知らぬ女性がとんでもない目に合うかもしれないが、それはそれだ。
「……興味深いです。では、私の指で構いませんから舌を絡めて下さい」
「お嬢ちゃん、いい加減にしろよ。気持ち悪いだけだろ」
「いいえ、むしろあなたがどんな表情を見せてくれるのかとワクワクしています」
 変態だった。変態だった! しかも寝不足が祟って素早い抵抗も出来ないまま少女の指が口の中に突っ込まれた。
「…………ん、く」
 仕方なく舐めてみる。少女の指が誉めるように舌を撫でた。奇妙な感覚に身体が強張る。情けない姿を晒している羞恥が襲う。
 少女にもう本当に勘弁してくれと目で訴えたが、恍惚な表情で微笑まれた。
「…………ふふ、あなたのお陰で新たな性癖を発見しました。屈辱に耐える殿方とは非常に色っぽいものですね」
「そーかい、俺は二度も変態に遭遇した衝撃と屈辱から死にたい気分だがな」
「私が思うに、あなたにはそういった変態をその気にさせるフェロモンがあるのやもしれません」
 そんなもんは欲しくなかった。それでは失礼しますと去っていった少女を億劫ながら見送った青年は安堵した瞬間、抱き締められる感覚に目を見開いた。
「確かにそれは言えている。その証拠に僕はあれからきみが忘れられなくてね、次のジョーカーへ引き継ぐのを待ち焦がれたよ」
 青年の前のジョーカーだった男がそこにいた。あれから三十年は経っているので少なくとも50代だろう外見は30代にしか見えない上に美形の部類に入る男前は健在のようだ。
 真面目そうな雰囲気はそのままなのに青年を抱き締めている行為と台詞は変態でしかなかった。
「いや、俺はもうオッサンなんでショタ好みなら他を当たってくださいお願いします」
「その心底から嫌そうな顔が仕方ないなあって諦めに変わって、とろけるのがいいんだよ」
「怖いんだが。あんたどっから入ってきていつから居たんだよ」
「ふふふ。最初からだなあ!」
 楽しそうな変態はあっけらかんといい放った。果たしてこれは何なのか。
 恋愛ですらない執着から逃れる術を寝惚けた頭で思案した青年だったが、やがてそれすら億劫になったので諦めた。
「…………ああ、もう好きにしろ」
 人生は諦めが肝心だ。ましてやこの変態に出会った時点で詰んでしまったなら責任は取ってもらおう。浮かんだ笑みは自嘲と皮肉に満ちていた。


【オマケ。使用人と蜥蜴】

 
 十二年後。使用人が次のジョーカーを蜥蜴のビルに引き継ぐ事になった。本に囲まれた室内でジョーカーである使用人は切り出す。
「ジョーカーへの引き継ぎはキスをしなければならないんです」
「嘘ですよね。」「あら、つまらない」
 あっさり論破されたという。薄笑いを浮かべる使用人と同じく薄笑いを浮かべる蜥蜴のビルを目撃した数人は生きた心地がしなかったとか。


【オマケ。使用人とチェシャ猫】


 蜥蜴の裏切りによってジョーカーを引き継ぐ事になったチェシャ猫は、先々代のジョーカーである使用人の女性の元へ訪れた。
「ジョーカーを引き継ぐんだよね。具体的には何をするんだい」
「同性とのキスが条件です」「へえ、それで」
「もしくは蜥蜴さんを探しだして無理矢理唇を奪うのが手っ取り早いかと」
「難易度上がったよね。実は面白いキャラだったとか意外性は必要なのかい?」
「……つまらないですよね。ジョーカーって」
 残念そうに呟いた彼女にチェシャ猫はどうでもいいと尻尾を揺らした。


【オマケ。使用人と幼き女王】
 
 では本日は読書の時間としましょうか。教育係を任されたフロッグはそつなく告げて、手持ちの本を広げた。
 幼き女王となる姫は真剣に取り組んでいる。とある日に、少女からお悩み相談なるものを受けたので、それに対する面を踏まえての学習だった。
どうにもこの少女は父親や紅の騎士に苦手意識を抱いているようだ。それを払拭するにはこの手の道に目覚めさせるのが手っ取り早い。
「――と、いう風に一見素っ気ない彼は明るい青年に惹かれていて、それを悟られたくない。つまりそういう事です」
 適当に創作した同性の熱い友情を通り越した恋愛未満の話は少女の心に響いたようだ。それ以降は偏りがないよう、性教育も取り入れる。
教育の甲斐もあって、今や少女は男子同士でも女子同士でも、男女でも偏見なく受け入れ、萌えられるオールマイティーさを身に付けてくれた。
 因みに兄の方は帝王学を学んでもらっている為、その辺りは導入出来なかった。むしろ教えようとしたら蔑みの視線を向けられたので笑顔で引き下がった。
 
 
「今から思い返せば先生のおかげで目覚めたといって過言ではないわね」
 そう語る幼き女王にメアーリンは生温い笑みを浮かべ、女王の兄である王は教育係である女に静かな殺意を新たにしたという。


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