個性的な面々

『出会いと始まり』



帽子屋が出した細長い針はぶれなくアリスの真横を掠めた。
その冗談では済まされない行動に思わず冷や汗が伝う。

ヤバイ。この人 本気だ!

身の危険をヒシヒシと感じる。逃げようと考えるけど、一体どこへ逃げれば良いのか。

「随分と楽しそうだねアリス」

不意に、音もなく無感情な声がした。
声のした方を見るとそこにはチェシャ猫が居て。

「っチェシャ猫!!」

天の助けとばかりにアリスはチェシャ猫に抱きついた。

「うん?どうしたの」
「帽子屋の白兎気狂い病」

アリスの代わりに三月ウサギが告げ、アリスをよしよしと宥(なだ)めながらチェシャ猫は「うーん」と帽子屋に視線を向ける。

「あぁなると面倒臭いな。どうしようか」

がっちりと三月ウサギにはおい締めにされた帽子屋は、気が狂った様に何やら喚いていた。
「面倒臭い」で、済まされるんだろうか?アリスは帽子屋を見つめて思う。

「しろたんは僕の最大の萌えなんだよ?それを嫌いな人は殺すんだから放せよ〜みっつん」

口調は変わらないのに表情が合ってない。否、正確には瞳だけ笑っていない。

「帽子屋はね。白兎が好きで好きで好き過ぎて白兎の事になると ああやって気が狂った様になるんだよ」

動物の生態系を説明する様にチェシャ猫が言ってくれたが、あれを見れば誰でも分かると思う。

「…止めなくて 良いの?」

自然とチェシャ猫に聞く。
もう今は何処へ消えていたのかと聞いている場合じゃないし、とりあえず帽子屋を止めないと話が進まない。
しかし、チェシャ猫の返答は一言だけだった。

「…面白いのに?」
「…………」

アリスは相変わらず笑んでいるチェシャ猫をまじまじと見返していた。
まさかこうなる事が分かってて何処かへ消えたんだろうかと疑惑が浮かぶ。

「あー…鬱陶しい。ネム…芋虫呼んでこい」

その合間に、面倒そうにに帽子屋を抑えている三月ウサギが眠りネズミに言った。

いもむし?一体 この状況で虫に何が出来るというのだろう。
びっくりして三月ウサギに視線を向ければ、眠りネズミは何の疑念もなく頷いて、眠そうに歩きながら少女趣味丸出しな家に入って行く。

「聞き間違いかしら…今、芋虫って言葉が聞こえたのだけれど」

アリスの問いにチェシャ猫は笑う。

「聞き間違いじゃないよ。見てれば分かる。面白いから」

この人の行動原理は面白いか否かなんだろうか。

そう突っ込みたかったが、とりあえずは何も言わない。無駄だろうから。

数分も待たず、あの家から眠りネズミが背の高い黒髪の男の人の手を引いて出て来た。
黒髪の人はシンプルなエプロンをつけていて、かったるそうに帽子屋を見やる。
雰囲気と外見だけを一見するとヤクザかホストにしか見えないとアリスは思った。

「あァ、来たか。コレ、 どうにかしてくれよ」

三月ウサギがその人に言ったところで、アリスは違和感を覚える。

芋虫を呼んでこい。三月ウサギはそう言った。聞き間違いじゃないよ。とチェシャ猫は答えた。

眠りネズミが連れてきたのは、あの黒髪の人。

「……ねぇ。もしかして『芋虫』って名前なの?」
「何だと思ったんだい、アリス」

さも当たり前の様にチェシャ猫が言うけれど、

(……有りなの?それは)

アリスは信じられないとばかりに黒髪の人を見た。
白兎やチェシャ猫の様に耳や尻尾はなく(そもそも芋虫にこれといった特徴はあっただろうかと疑問はあるが、)帽子屋の様に分かりやすく帽子を被っている訳でもない。

「……百歩譲ってトカゲ辺りが妥当じゃないかしら」

ポツリとアリスは呟いてみたが答える者はいない。
とりあえず見物を決め込む事にして向かい合う帽子屋と芋虫を眺めた。

数秒間の睨み合いが続く中、先に口を開いたのは芋虫で前髪をうざったそうにあげながら溜め息をついて帽子屋に冷たい目を向ける。

「…懲りもせずまた暴走なんて、ナンセンスにも程があるわ。白兎狂い病は仕方ないし構わないけれど、その度にアタシを巻き込まないでちょうだい」

……………ん?アリスは芋虫の口から聞いた低い声に固まる。
気の所為だろうか。その人に凄く似合わない喋り方が聞こえたのは。

「だったら構わないでくれないか。僕は今しろたんを悪く思う子を殺さなきゃいけな―」ガコッ

帽子屋は最後まで言いきる間もなく、掴んでいた三月ウサギにぱっと放されて地面に突っ伏した。
追い撃ちをかける様に芋虫が口を開く。

「無様ねぇ…こんな格好を白兎に見られたら どうする?帽子屋」

妖艶な微笑みを浮かべながら芋虫はおもむろに帽子屋の帽子を外した。

「あっ ちょ!!止めて 帽子取ったら駄目だよ☆か〜え〜し〜て〜」

奪われた帽子に手を伸ばして帽子屋は子供みたいに言った。
いや、精神年齢はまんま子供に違いないと思うけど。

「他に何か言うことがあるんじゃないのかしら」

涼しい顔のまま芋虫はクルクルと帽子を玩(もてあそ)ぶ。

「…ふぅ 分かったよ…からかうのは止めにするから。返してくれないか?」

降参とばかりに両手を上げて帽子屋は何かに負けたようだ。

「からかう?半分本気で暴走しておいてよくほざけるわね」
「彼女の反応が余りに可愛らしいからね☆…しろたんがキライなのは可愛くないけど」

続けられる二人の会話に入っていけずにアリスはやや混乱気味の頭で整頓する。

(……つまりは どういう事になるの…?)

チェシャ猫が笑んだままアリスの顔を覗き込んで話し掛けた。

「帽子屋はアリスが気に入ったみたいだね」

無邪気過ぎるチェシャ猫の笑顔に毒気を抜かれる。
アリスは呆れて息を吐いた。

「私をからかうつもりが途中で本気になった…って解釈で良いのよね……」
「そういう事だな。大丈夫か?一応止めたけど怪我してたら駄目だからな」

ひょいと三月ウサギはアリスに手を差し伸べて問いかけた。優しさが堪らなく身に沁みる。

「怪我は、ないです…精神的には地味にアレですけど」

帽子屋に対する嫌みをさりげなく込めて、アリスは三月ウサギの手を取った。

「あぁ 流しておけよ。アイツのやる事にいちいち反応してたら面倒だ。無視しとけ」

淡々と変わらないテンションのまま三月ウサギは、やはり何事もなかったかの様に席に戻っていく。
素晴らしく動じない人だ…アリスは少し憧れた。

「失敬な。まるで僕だけ変みたいな言い方だな〜☆みっつんだって僕と類友な癖にー」

むぅと頬を膨らませて帽子屋も席に座ってぼやく。
次の瞬間やや強めに後頭部を眠りネズミに叩かれてへこんでたけど。

だんだん馴染んできている気がするがアリスは早く元の日常に戻りたいと改めて思った。



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