私の騎士だというのなら

『終わる為の真実』



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一方。女王を連れ出したメアーリンは途中で再会した眠りネズミと双子。そして門番に事情を説明していた。
恐らく全ての元凶が紅の騎士だという事を。そして、女王には耐えきれない現実を見せない為に席を外した事を。
探していた芋虫が無事であるという事も含め、あらかたの経緯を聞いた門番と双子は納得しかねるような微妙な反応を示し、どうするんだよと尋ねた。
メアーリンの返答は淀みなく、女王の安全の確保だ。勿論、それだけではないけれど。

「私は一先ず女王様を安全な場所まで連れていき、医療班を揃えてまた戻ります」

「はァん。そりゃまぁ模範な判断だなァ? で。安全な場所ってのはどこだよ」

「城内の部屋ですが、何か?」

しかしひねくれた双子の元門番。口の減らない方のダムは慎まずに挑発めいた口調で言った。
メアーリンは静かに返し、何があるのかと探る。
問題があるなら聞いておくに越した事はない。とにかく今は一刻も早く、そして静かな場所でこの幼い少女を落ち着かせてあげたかった。

ここで答えたのはダムではなく、彼の片割れであるディー。
ある意味でダムより口の悪いディーはやはり率直に意見をぶつける。メアーリンではなく女王に向けて。

「へぇ。目の前の重要な現実から逃げて自室で守られる訳かい。さすが女王様だね、まぁぼく達には関係ないけど」

茫然自失といった女王を見据えたディーの痛烈な皮肉。その声にびく、と女王の身体が震えた。

「ぁ、」
小さく、掠れた声が洩れた。そう言われてしまったら、それは確かに言われた通り――女王は逃げ出したも同然である。
耐えきれず、堪えきれず、決意をした筈の気持ちさえ投げ出して逃げてしまったのだ。

役持ちの意味を。それを背負う事の重さを、重罪を、知ってしまった恐怖と絶望に。
何も知らされなかった女王はただの飾りでしかなく、ましてや今でも彼女は知らない。
何も知らないまま逃げて、それでどうなるというのか。
虚脱しかけていた女王の意識はようやくここで戻り、なけなしの自尊心と責任感を振り絞る。

そうだ。逃げ出してどうする。例え仮にだったといえど自身が女王である事に変わりはなく、また決意も無為ではないのだ。
ならばこそ、

「戻らなきゃ、メアリー、下ろして」

「無理すんなや、お嬢ちゃん。おどれが行って何が出来る」

「でも、だけれど、あたしは、女王で、」

「女王様、落ち着いて下さい。一旦気持ちを整頓してから出直しましょう、ね?」

門番とメアーリンの宥める言葉にも、しかし女王は頷けない。こうしている間にもまた、おいてけぼりにされていくような焦燥。
正式に役を受け継がなかった女王にとって、事実は痛かった。何も知らない癖に偉そうにしていた自身が滑稽で哀れで情けない。
だが、譲れないものがある。

「嫌よ、無理なのメアリー、だって、だったら! 私は何の為に玉座に座るの、お母様の期待に応えられてすらいない、
ただの甘えた子供でしかないじゃないっ!!」

役を受け継ぐという意味が、呪いを背負うというのなら。女王もまたそれを母親から受け継がなければならない。
そして、唯一、母親の居場所を知る紅の騎士から聞かなければならない事がある。

「ーーー戻りなさい、メアーリン! 貴女が私の騎士だと云うならば、騎士で居てくれるならば、私の願いを聞いてちょうだい」

弱さを振り切った女王の声は、まさに女王に相応しく、凛としたものだった。
その迫力に馬鹿にしたようににやけていた双子は目を見開き、門番は感心したようにほぅと頷く。
そして、メアーリンは切なげに瞳を揺らし、承知しましたと瞼を閉じ、騎士としての自身を優先させた。

――――――――

死なない兎。死ねない兎。それが白兎であり、彼が背負う『役』である。
紅の騎士が告げたと時を同じく。
奇妙な空間から扉を開け、狭間の世界から抜け出した筈のアリスを待ち受けていたのは、裁判所ーー、ではなく。
ましてや、女王達の居る場所でもなく、最初に落ちてきた森の中ですらもなかった。

暖かな木漏れ日と心地よい静けさに包まれたその場所は時計屋と出会った時計塔の側で、あれ? とアリスは困惑する。

(ここって、時計屋さんの居た時計塔――よね? でも、何で)

ここからお城への道中も、消える以前に立っていた裁判所までの道も分からない。
闇雲に動けば迷うのは確実だと悟ってしまえたアリスはどうしたものかと項垂れた。
宛もなく歩き回るより時計塔で待つべきだろうか。
試しに扉を叩いてみたが応答はなく、鍵がかかっているのか開けられない。

誰かが居ないものかとぐるりと時計塔の周囲を回ってもみた。その途中でアリスは足を止める。
誰も居ないと半ば諦めていたが、窓から誰かが外に居る少年と話をしているのが見えたからだ。

中に居る人はアリスの立っている位置から見えないが、少年は白かった。
頭から足元まで白く、あどけない顔立ちをしている。そして、その頭には白い、兎の耳。

「しろ、うさぎ?」

思わずそう呟いたアリスの知る白兎とは、年齢が違いすぎていたけれど、似ている。彼の弟ーーにしても似すぎている。
アリスは少年を眺め、仮に血縁でも有り得ないと思った。
あんな純粋そうな少年が数年後は白兎のように嫌みで可愛げのない男になるとは認めたくはない。

よって少年を白兎によく似た他人の空似だろうと片付けた。大体、いきなりタイムスリップなんてそれこそ訳が分からないからだ。
楽しそうな会話に水を差すのは悪いと思ったが、アリスは思いきって会話に乱入する。

「あの、すいません!」
しかし、アリスの声に応答はない。
聞こえていなかったかと今度は姿の見える場所まで移動して同じ言葉を投げ掛けた。
反応はなかった。アリスの存在などいないかの如く、少年も。そして彼と話をしていた人物も、変わらなかったのだ。
まさか。そう思いながらもそれ以外にはこの状況に説明がつかない。

元よりアリスはここには居ない存在だ。
あの場所での選択が『元の世界』ではなく『ワンダーランド』を選んでしまったが故に、この認識されない結果だとするなら完全にバッドエンドである。
早速セーブポイントまで戻ってやり直したい。しかし皮肉にも現実セーブポイントなんてものはない。
リセットボタンも、イージーモードなんてものも存在しないのだ。
つまり、終わった。
永遠にこの認識されない結果を生きていくしかない。

「あんまりだ……」
後悔しないことを祈ると彼女は言っていたが、これがこの結果なんだと知っていればアリスもまた考えただろうに。
どうにかして突破口が見つからないかと目前で交わされるやり取りに耳を傾けてみれば、少年が中の人に勉強を教えてもらっているのだと知れた。
暫く見ていると少年はピョコピョコと兎耳を揺らして去っていく。

勉強会は終わったらしいが、どうして室内にしないんだろうと素朴な疑問が浮かんだ。
アリスは室内に居た人がどんな人物かと窓から覗いてみた。

その人はゆっくりと椅子に座り、一冊の本を読んでいる。髪は黒。うなじよりは長く、肩には届かない高さの位置。
前髪は綺麗に揃えられており、両サイドは耳にかけられていた。
切れ長の目にシンプルなシャツとスラックスという格好が似合うスッキリとした美貌の女性だった。

(うわ、頭良さそう。美人だけど凛々しい感じだし、何となく時計屋さんに雰囲気が似てるかも?)

だとすれば時計塔に居ることから考えて時計屋の血縁関係にあたる人なのだろう。
女性は少年を見送ってから読み掛けだったらしい本の続きを読み始め、暫くまた静かな時間が過ぎていく。

試しに何度か話し掛けてみたり、アクションを仕掛けてもみたが反応はなかったので、やはりアリスの存在自体が認識されない世界らしい。
しかし、完全に存在しない訳ではないようで意識はここにあるように、無機物になら触れる事も可能だった。
ただし、壊す、破る等の破壊や治す、しまう等の行為は出来ないので本当に触るだけだが。

いっその事なら建物を通り抜ける、浮上して幽霊のようにふわふわと移動などまで出来ればこの状態でも吹っ切れるのだけれど、
逆に言えば喉の渇きや気温の暑さ寒さ等は感じないので中途半端な不幸中の幸いと考える事にする。

とはいえ、だ。
手掛かりがない八方塞がりな状況に違いはないので、アリスが出来る事は限られていた。

(とりあえず、この女の人の近くに居ようかな)

ここに居たのも何かしら理由があるならと思い、暫くアリスは彼女と彼女に関わる人物についてを観察していく。
最初に会っていた兎耳の少年は週に二回くらいしか会わない事。
彼女が時計塔から出ない事。アリスには彼等が何を話しているのかを認識出来ない事。
既に何日間か経過しているようだが、それもいつの間にかという認識で、時間の感覚がない。

(………また、いつの間にか次の日になってる。何だろう――私が意識してるんじゃなくて、まるで誰かの記憶が切れ切れになってるような)

継ぎ接ぎした映画のように、積み重なっていく光景を3D映像で体感しているような奇妙な心地。
今日もまた彼女は時計塔に居る。アリスもどうしてかここから離れようとは思わない。
ありふれた穏やかな日常。そんな光景に変化が訪れたのは、些細な事だった。


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