chapter3ー03『女王と紅の騎士』

終末アリス【改定版】



 
 白兎と再会したのは、時兎が何年か振りに城へと赴くことになった日だった。
 これまでも定期的に顔を見せるようにという女王からのお達しはあったのだが、のらりくらりとその招待をやんわり断り続けてきた結果が今日の何年か振りになるのだが。
 今回に限って時兎が断りきれなかった理由は、単純に女王が来ないならこちらが出向くぞと言ったからに他ならない。
 女王だけなら時兎とて会いに行くのは構わない。そして来るならどうぞと返していた。
しかしながら女王にはなるべく関わりたくない紅の騎士が常に付き従っている。
 ハートの騎士に白兎が加わったとはいえど、あの紅が女王から離れる訳がない。だったら時計塔より人の多い城へと出向いた方がまだマシというものだ。

「……やれやれ、この門をくぐるのも何年振りかね。あー、門番くん、時兎だ。開門してくれないか」
「……時兎? ああ、珍しいやないか師匠。どないしたんや」
 門の前に立っている青年に話しかけた時兎ははて。と首を傾げる。門番である黒髪の青年は人懐っこそうな表情をしていて、尚且つ一度聞いたら忘れそうにない独特の口調だ。
 しかし時兎には彼と会った覚えはない。
「……………ああ、なるほど」
 時兎は初対面だが、時兎の祖父。つまりは先代の時兎と面識はあったようだ。
 先代のクローバーである帽子屋は時兎を継ぐ以前からの顔見知りであったので何とも思わなかったが、実際に会うのは初対面にも関わらず知っているという不思議な感覚に時兎は納得する。
「久し振りだね門番くん。そっちの双子くんは見習いかい?」
 すんなりと返した時兎は、門番の後ろにいる双子を見つけて尋ねた。
せやでー、クソ生意気なガキ共やわ言うことを聞かへんわで何回どつき回したろかとと愚痴る門番に覚える懐かしさ。
 時兎が死なない特性――呪いだとして、引き継ぎを終えれば以前の時兎に関する記憶は消えてしまう代わり、それが次代に共有されるのは蜥蜴に語った通りである。
 では、関わっていた人物全ての記憶から消えるのかとなると、答えは消えない、だ。
何らかの形で、記憶の隙間を埋められる。時兎という当人を忘れても、引き継いだ時兎に塗り替えられるのだ。
「なにお前、えらそーだけど」
「つーか、オバサン門通りたいんじゃね?」
 ドクロやら鎖やら、原色やらのドギツイ服装の双子は口が悪く、時兎と視線が合うなり暴言を吐き出した。勿論、時兎は即座に殴り倒した。
「礼儀がなってないなあ美少年×2。子供だから許されるなんて思い違いをしているならお姉さんが思い知らせてあげるからコッチ来い。みっちり教育し直してあげるから」
「いったいんだけど! 何すんのさ、いたいけな少年に暴力振るうとか信じらんない」
「若作りしてるけどオッサンの師匠なんだろ? だったら相当な年齢だろが!」
 双子だが、言ってる内容には食い違いがあるようだ。何で殴られたのかと怒る方、オバサン扱いに怒ったのかと睨む方。
「……門番くん。ちょっとだけこの双子ちゃん達に実力差を思い知らせてやろうか」
「マジですか。そりゃ師匠が手解きしてくれるんはありがたいですけど」
「いいや、私は見てるだけだ。きみなら二人相手でもあしらえるだろう? 武器の使用は禁止。互いに素手だ。
審判として不正はさせないし危なくなったら止めてあげるよ」
 時兎はそう言って、門番と双子を交互に見つめた。やめるかい? 勝負を受けないというのも手だけどね。
そう続けて逃げ道を塞ぐ。生意気なガキは勝負を受けるし、師匠の提案は門番も断れない。
 純粋に力を示すならこの方法が手っ取り早いのだ。
「じゃあ、さっさと終わらせようか。レディー、ゴッ」
 合図と同時に動いたのは双子。門番の足を払うべく動いた方と押し倒して身動きを封じるべく飛んだ方とでの連携はさすが双子といったところだが、門番はあえて攻撃を受け止めた。
 片腕でそれぞれの首根っこを掴みあげ、それで終わりだ。
「あっけなかったね。さすがは時兎の弟子だよ、よしよし」
「ちょ、ガキ扱いはやめとくれや師匠!」
「ふざけないでよ、まだ勝負着いてないでしょ」
「そうだぜ、まだぼくもディーも動けるじゃねーか!」
 ぶら下がったままの双子が文句を言うので、時兎は門番の頭を背伸びして撫でた体制から静かにそれぞれに視線を向ける。
「甘えた事を抜かすね。怪我をさせない範囲で捕らえてもらったんだ、きみたちは門番くんに痛い思いをさせて欲しかったのか? 
そもそも人を傷付ける行為より、如何に無傷で捕らえるかということの方が難易度は高いんだよ」
「……へえ、だったらあんたはどうすんの。ぼくたちに説教するなら実力見せてよ」
「無傷でとかそんなん綺麗事だろ。武器を持ってたら殺すのが手っ取り早いし、門の番人は許可されたやつ以外を通さないのが仕事だろが」
 ふむ。そうきたか。予想はしていたが、と時兎は微笑んだ。これでも時兎は先代ダイヤであり現行『時兎』だ。
愛用していた武器は時計塔に置きっぱなしではあるけれど、戦えない訳ではない。
「ただし、お姉さんは門番くんみたいに手加減はしてやれても優しくはないから、文句は言うなよ?」
 先に忠告はして、間髪入れずに時兎は双子を同時に殴り付けた。がっ! うっ! と同時に双子からの呻き声。
殴った拳を鳩尾までめり込ませ、門番に離すなよと視線で示す。
「さて、卑怯だと罵りたければ好きにして構わない。だけど大人は狡猾できみたちよりも経験があるからね、きみたちが思いも寄らない行動を取る。
反発するのは元気でいい事だけれどね、相手を見てから喧嘩は売る事だ。少なくともこんな風に痛い目を見るのが嫌なら、」
 そろそろ涙目になってきた頃を見計らった時兎は拳を離し、もういいよと門番に微笑んだ。
「この門番くんを追い抜く事から始めてごらん。手本で見本で壁としろ。そうやって経験を積んでから改めて私に喧嘩を売るんだね。
そして門番くんも追い抜かれないように頑張ってくれたまえ、私はこれでもか弱い乙女だからね、守ってくれないと困る」
「師匠がか弱いとか何の冗談」「ん?」
「何でもないです。手間を取らせてすんませんでした、開門します」
 茶番を済ませてからようやく城内に。双子が何かを言いたげに睨んでいたけれど、気にせず時兎は笑い返した。ふむ。将来が楽しみだ。


 女王が愛でる庭に広がっている薔薇を観賞しつつ先へ進む。見事に赤ばかりなのは、あの女王らしくはある。
「…………おや。きみは」
「あら、誰かと思えば時兎さんでしたか。これは懐かしい顔にお会いしたものです」
 ふと、目線の先に足首まで裾の長い使用人の格好をした地味な女性を見付けた時兎は、どこかで見た顔だと足を止めた。女性は時兎に気付くと会釈し、二つに結ったおさげを揺らす。
 僅かにそばかすがあるものの愛嬌のある笑顔。眼鏡の奥の大きな瞳は真っ直ぐに時兎を見つめていて、思い出す。
「……先代のジョーカーくんか」
「覚えていて下さったようでありがとうございます。今は王子の教育係として役目を勤めていますわ」
「なるほど、私は時計塔に引きこもっていたから世論には疎くてね」
「ふふ、女王様が待ち焦がれておりますよ。何せ貴女は唯一の友人らしいですから」
 友人だったのか。女王がそんな風に思っていたとは初耳だった。知ったところで時兎の対応は変わらないが。
「……友人ねえ、光栄だけど遠慮したい立場だ」


 ぼやきながらも彼女と別れて先へ。近くの兵士に時兎だと名乗り、謁見の間へと案内される。
 中央に鎮座する女王陛下は相変わらず、美しく麗しい。目を奪われる真紅のドレスを身に纏い、髪から瞳までもが見事な赤で彩られていた。
しかし肌は白く極細やかで、その美貌は同性の時兎でさえ率直に綺麗だと感じる程だ。
 プロポーションも完璧で出るべきところは出て、括れているウエストも無駄がない。嫌味だ。完膚なきまでに敗けを認めさせられる美しさだ。
 好きでカッターシャツとスラックスという格好をしている時兎ではあるが、やはり女王を前にしては何となく敗北したような気分になる。
「……時兎、お招きに預かり参上致しました」
「うむ、待っておったぞ時兎? よくも今まで招待を拒んでくれたな。しかしこうして会えたのだから不問にしよう、ほれ。もっと近くに寄って顔を見せろ」
 そう微笑んだ女王が手招きをするが、背後に控えている紅の騎士がそれを許さないとばかりに睨んでいる。すっごい睨んでくる。
「いいえ、お断りします。」
 背後の騎士が怖いので、とは言わないが。断ったら断ったで女王の言うことを聞かないとはどういうつもりだいと軽蔑の視線が突き刺さる。何なんだ、どうすれば満足なんだ紅くん。
 無言の攻防を交わしつつ、残念そうな女王との会話もこなす。
「相変わらずつれない女だこと。わらわはお前に会いたくてしょうがなかったというのに、意地悪」
「誤解を招く発言は慎んで下さいませんか。私があなたを嫌いな訳ではない事は存じておられるでしょう?」
 拗ねる女王に時兎は仕方なくフォローを入れる。何にせよ好かれて悪い気はしていないのだ。安心させるように微笑めば、女王は満足そうに頬を緩めた。
 同時に紅の騎士の殺気が増幅した。うん、だからね紅くん。殺気は隠せって言ってんだろうがと女王に気付かれないように牽制すれば、ようやく紅の騎士は静かに殺気を抑えてくれる。
 そして、反対側には見知った少年の姿。三月から聞いたように女王の騎士になったというのは本当らしい。
時兎の視線に気付いたのか、女王が思い出したように口を開いた。
「そうそう、お前に言いそびれていたけれど、わらわも騎士を決めたぞ。
お前に似て聡明で、お前と同じく兎という名前がついておる白兎だ」
「……それは良かったですね」
 紹介された白兎はどこを見ていたのか。それまで意識してもいなかった時兎をようやく見て少しだけ驚いたようだが、すぐに平然と頭を下げた。
 基準は私なのかと時兎は女王の言葉に頬をひきつらせたけれど、何とか言葉を返す。
 意図していなかったとはいえ、白兎に勉強を教えていたのは時兎であるし、白兎が意識してかどうかは知らないが、
少なくとも幼少時に関わった大人を見て育つのだから雰囲気も似ていて不思議ではない。
「では紅くんはあなたの騎士ではなくなった訳ですか」
 意趣返しとして時兎は聞き返してみた。
騎士を二人持ってはならない決まりもないが、基本的には一人の役持ちに一人の騎士だ。ジョーカーだけは例外で別に騎士を必要とはしないけれど。
「いや、引き続き兼用したいと紅が申し出たのでそのままだ。まあ、王はそもそも騎士も――周囲も必要としておらんからな」
「そうですか」
 王は干渉出来ない役持ちだ。それを知ったのは歴代時兎の何代目だったか。女王があの黒き王と時兎を重ねているのは察するが、だからといって時兎が彼の代わりに慰めるのも無理な話だ。
 呪いが解けない以上、誰の望みも叶わない。

「それで、私はそろそろ失礼しようと思うのですが」
「泊まって行け」
「時計塔の雑務もあったりなかったりしますし」
「泊まって行け」
「女王様が満足なさるような面白い話もないですし」
「……ならばわらわがお前に着いていく。時計塔に泊まる。暇になるまで待つぞ、いくらでも」
「…………」
 うん、拒否権はない。紅の騎士が柔和に微笑みながら断ったら切り刻むと目線で訴えているし、女王は本気で時計塔まで着いてくるつもりだ。
分かりましたと頷いてようやく解放された時兎は謁見の間を後にする。


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