閑話番外ー07『お風呂といえば定番の』

終末アリス【改定版】



  
 城内。紅の騎士の提案により一先ずは一時休戦となった面々は雨に濡れた衣服を脱いで風呂へと向かった。
 生憎とナナシとスペードの王、そして芋虫は怪我のため医務室で安静にしていなければならない以上、不在だが。
 どうやら城内には日本人独自の文化である銭湯のような男女別に分かれた風呂場も設備されているらしく、白兎と共に戻ってきたアリスは女王に誘われるがままそれを知った。
 高い壁を隔てた隣では既に男性陣が入浴していたようで、声が聞こえる。
男女比率で言えば女子が圧倒的に少ないこちらと比べて、あちらは少し窮屈だろうか。
「はあ、疲れたわねアリス。ご苦労様」
「はい、でもあの、こんな時にお風呂とか、いいんですか?」
「雨に濡れて冷えた身体のままで風邪を引かれては困るのは全員よ。食事も摂りたいところだけれど、それは朝食まで待つわ。
欲しければ部屋まで運ぶから頼むのは可能よ、ってことで聞こえてるわよねえ男性陣!」
「了解ー、聞こえてる聞こえてる」
 アリスの問いに女王はあっけらかんと答えた。向こうからジャックのいつもの声が聞こえた。心なしかメアーリンも嬉しそうだ。
「因みに覗かねーから安心していいぜ」
「ジャックさん、一言余計です」
 茶化すジャックの冗談には即座に冷ややかな声だったが。アリスは苦笑いながらも身体を流して浴槽へ視線を向ける。
 そこには既にうつらうつらとしている久し振りな気のする眠りネズミの姿。思わず目が輝いた。可愛い。
「ね、ねむちゃん、可愛い! 抱き締めていいよね? いいよね? 女の子同士だもん、そのぷにぷにした柔らかそうな体をぎゅっとしても合法だよね! ふあああっ! 可愛いいい!」
「アリス!?」「アリスさん!?」
 癒されたいとアリスが優しく眠りネズミを抱き締めて叫んだ言葉に女王とメアーリンが衝撃を受けた。男湯からはジャックの爆笑が響いている。
 何とかアリスの暴走を止めようとした女王とメアーリンだったが、眠りネズミにすりすりと頬擦りするアリスには格好の餌食。
「女王と、メアリーちゃんも、可愛いよね?」
 にっこりと笑うアリスに身の危険を感じたものの、まとめて抱き締められては堪らない。
幸せそうなアリスが女の子ハーレムで癒されている女湯とは反対に、ジャックが腹を抱えて笑う男湯は和やかさなど皆無な殺伐とした空気で満たされていた。
 それもその筈。何故なら元凶の紅の騎士と蜥蜴のビルも共に入浴しているのだからそりゃ当たり前である。むしろジャック空気読めと冷ややかだ。
「女子は楽しそうで何よりだね」
「まあ、因縁とかもないでしょうから。ここは男子も華々しく恋バナでも致しましょうか。私が好きなのは私のアリスですけど紅の君はどなたが?」
「俺は女王しか愛せないなあ、あ。もちろん先代のね」
 その元凶×2が緊張感もなくふざけはじめた。むしろ答えが分かりきっていて面白くも意外でも何でもない。いや本人達が仮に真面目だったとしても話題が難題だ。
「成る程、それでは三月くんはどうです」
「え、時計屋だけど」
 続けてビルが三月ウサギに振ったら普通に三月ウサギは答えた。隣の女湯からは現ハートの女王が時計屋×三月萌えーっと悶絶する声が聞こえた気がする。しかし突っ込まれなかった。
「へえ、それじゃあ時計屋くんの好きなのは誰なのかなー」
「……あなたでない事は確かだな」
「あれ。俺はきみが嫌いじゃないけどな。ふむ、ジャックくんは誰が好き?」
「先代の女王さまとか綺麗ですよね」
「――は?」
 にこやかだった紅の騎士が低い声で殺気を出したのは一瞬だった。表情だけは笑ったままだが、目が笑っていない。
「でもナナシも捨てがたいよなー、あの冷たさが逆に可愛いし」
「おや、私のアリスに目をつけるとはお目が高い。ですが渡しませんよ?」
 続いてナナシの名前を出されたビルはジャックの挑発を流しながら独占欲を発揮する。
「あー、でも身近な女の子だとメアリーかな。ブラコンだけど俺も時計屋好きだし」
「お前だけはない」「メアリーは渡さないわよ!」
 メアーリンには時計屋と隣の女湯に居る女王が同時に反対し、そして三月ウサギの無言の視線が突き刺さる。だがジャックは言葉を止めるつもりはないようだ。
「うーん、でもネムも可愛いよな。抱き枕にしたい」
「芋虫に殺されんで」
「あんな寝てるだけのヤツのどこがいいんだよシュミ悪い」
「抱き枕になんてさせないけどね。可愛いのは同感だけど」
 眠りネズミには芋虫の代理で門番と何故かトゥイードル兄弟が反応した。ダムの発言にディーが「ん?」と見返したけれど。
「ああ、そういえば女王とはシュミが合うんだよ。からかうとすっげー可愛い」
「女王サマの方はきみなんか願い下げだろうけどね」
「あれ。帽子屋が噛みつくのは意外だな、てっきり白兎以外は興味対象外だと思ってたけど」
「ジャックくん、いい加減にしたらどうかな。ただでさえ居心地悪いのに敢えて悪化させるとかどういうつもりなの」
「オレは単に聞かれたから答えてるだけだし。文句ならオレに振った紅の騎士さんに言えば? まあ本命に一番近いのはアリスちゃんかなーとは思ってるけど」
 見かねた帽子屋とのやり取りでジャックは笑いながらあっさりと告げた。ゴン、と身体を洗っていた白兎が桶を落とした音と、へえ。とジャックの背後でチェシャ猫が呟いたのは同時。
「ジャック、あの女だけは悪趣味過ぎるでやがりますよ。即座に止めやがれ、割りと本気で」
「ねえジャック、アリスを好きだと言った以上は責任は取るんだよね? 冗談で言ったなら王に言いつけるよ」
「うわあ」
 ギギギ、と信じられない面持ちで本気の忠告をする白兎と、無感情ながら本気で実行する気のチェシャ猫にジャックは頬をひきつらせた。
「いや、まあ別に冗談でもないけど。
王に言いつけたところで王だってそれなりにアリスちゃんの事が気になってる筈だし、
むしろ――オレが名前を上げた女の子を好きで何の問題があるのか知りたいんだけど」
 この状況でも尚、挑発を重ねるジャックは多分、素だった。特に深い意味はなく、特に意図もない、ただの疑問。
 もし芋虫が居れば呆れながらたしなめてくれただろう場面。もしスペードの王が居れば鼻で笑って下らんと一蹴していた場面。どちらか一人でも居れば恐らくここまで悪化はしなかっただろう。
 だが、どちらも居ない。仲良くなかった男湯は更に険悪になった。
「ジャックくんのバカ。余計な事ばっかり言うから! 余計な火種を撒くから!」
「え? 何が」
「今の発言は、女の子なら誰でもいいと言ったようなものだな」
「だったら時計屋って言っても良かったの?」
「…………、せめて三月にしろ」
「え、やだよ。三月だけはない。有り得ない。三月を選ぶくらいならやっぱり時計屋がいい」
「……気になってたんだけど、ジャックくんてどうしてそんなにみっつんが嫌いなの?」
「オレの時計屋に近づくからだけど」
 沈黙。隣の女湯で女王が時計屋×ジャック萌えーっと弾けているがやはり突っ込みはなかった。
「つーか、アンタ達ってホモなの? 三月もジャックも揃って時計屋が好きとかなんなの? 時計屋って男にしかモテないよね」
「シスコンでホモとかすっげえ笑えるんですけど。あ、因みにぼくとディーはネタだから。フツーにノーマルだから」
 ニヤニヤと嫌な笑顔で茶化したのはトゥイードル兄弟。女装していた時点で説得力に欠けるが、少なくとも時計屋たちより性癖は歪んでいない。
 日頃からしろたんラブ! と公言している帽子屋は元より、男女問わずドSな白兎もノーマルとは言い難いものの、だからといって異性が好きな男が必ずしもまともな訳ではないのだが。
「好きになったのがたまたま同じ性別だっただけだもん。それをバカにする権利はないと思うんだけど」
「俺とジャックだけならまだしも時計屋に対して何か言うつもりなら俺も手段は選ばずにやり返すけどな」
 ここぞとばかりにいい連ねるトゥイードル兄弟に迎撃したのは帽子屋と三月ウサギだ。どちらも好きな相手の為なら平気で狂える主従である。
 ね、しろたん! と同意を求める帽子屋は白兎に嫌そうな顔をされていたけれど。
「……むしろ、何が可笑しいんだ? 俺は誰とも付き合うつもりはないが、好きなのは個人の自由だろう」
 ふと今まで思案していたらしい時計屋が真っ直ぐにトゥイードル兄弟を見つめて呟いたのは、そんな真っ当な意見。うっわ出たよ時計屋の天然、とディーが眉を寄せ、確かにそうだけどちょっとは焦れよつまんねえ、とダムがぼやく。
「さすがトッキー! もう惚れ直しちゃうよねーっ! 僕が女の子ならトッキーに抱かれたいくらいだよ!」
「白兎じゃないのか」
「そのまま差し上げますんで適当に可愛がってやればどうですか時計屋」
「あーでも分かるなー、オレも時計屋なら抱かれたい」
「俺はどっちでもいいけど、どちらかといえば抱きたい」
「抱くだの抱かれたいだの言ってないで実際に手を出してみたらどうだい? 面白そうだ」
 帽子屋がふざけて時計屋が返し、白兎が投げやりに告げてジャックが同意、三月が呟いた直後。悪ふざけ過ぎる台詞がチェシャ猫から飛び出した。
「ふざけんな、風呂場だし汚れるじゃん!」
「ちょ、まさかの展開なんだけどいいぞもっとやれ」
 対照的な野次が双子から。門番はやってられんわと既に風呂場から離脱しており、紅の騎士は若いなあとニヤニヤしている。蜥蜴のビルは冷静に観察していて、可能性としては一番最初にジャックくんが襲われそうですよね、と呟いていた。
 因みに隣の女湯は女王が幸せそうにのぼせてしまったのでメアーリンが慌てて退室、続いて刺激的過ぎる上にネムちゃんには聞かせられないとアリスが眠りネズミを連れて出てしまったので無人であった。
 それを知ってか知らずか、紅の騎士はゆっくりと立ち上がる。
「……ふむ、俺も交ざろうかな」
「おや。あなたが参加なさるとは意外です、因みに誰をからかうおつもりですか」
「王子が居たら即決だったんだけど、ここは人気の時計屋くんかな」
 言うが早いか、すっぽりと腕の中に時計屋を抱きいれた紅の騎士に、時計屋は固まった。誰かに抱き締められたのは分かったが、誰かと認識するのに5秒ほど。
 時計屋くん細いなー、ちゃんと鍛えてる? と紅の騎士の声も聞こえない。聞きたくない。何事にも基本的に頓着しない時計屋だが、こればかりは無理だと思った。
「…………っ」
「なあ、あんたオレの親友に気安く触んないでくれないかな」
「明日と言わずに今すぐその命を終わらせてやろうか」
 逃げ出そうともがく時計屋をかばうようにジャックが笑顔で牽制し、三月ウサギが淡々と吐き捨てる。見事な連携だ。
「だったら、俺の相手をどちらがしてくれるのかな」
 相手をしなければならない道理はないとジャックは笑う。いつもの薄っぺらい笑みで。三月ウサギも笑みを向ける。凍り付くような殺意を込めて。
 それを向けられた紅の騎士もまた、柔和そうに見える笑みを返す。互いに笑みながら腹を探りあっている光景は背筋が寒くなる。暖かい湯船に入っている筈なのに寒いとはどうなのだろう。
「……あのさあビルさん、一時休戦なんだよね?」
「そうでしたかね」
「紅のを止められるのはテメェでしょうが。あのダメな大人をどうにかしやがれ」
 離れた位置で帽子屋がやむなくビルに止めてくれと話し掛けるが、他人事でしかない。白兎も重ねて告げてようやくビルは仕方ないですねと立ち上がった。
「さて、そろそろ上がりましょうか紅の君。こんなところで気を緩めてしまっては明日のシリアスが台無しになりますよ。とはいえ、既に手遅れな気もしますけれどね、
え? 私はいいのか? 私も上がりますよ、城内は迷いやすいからあなたが居ないと牢屋までいけないじゃないですか」
「牢屋じゃなくて、重要参考人が押し込められる部屋だろう。俺ときみが牢屋なんかで過ごせば難なく脱獄できてしまうだろう?」
「…………脱獄できるのかよ」
 一応は見張らなければならない立場上、ジャックと三月ウサギとチェシャ猫が風呂場から出ていく二人に続く。
帽子屋と時計屋、白兎は何となくそれを見送り、やや疲れた様子で脱力した。
「ねえ、トッキー。しろたん。あの二人が黒幕で本当に間違いないんだよね」
「残念ながらそれで間違いないだろうな」
「むしろあの二人以上に相応しい黒幕なんざ出てきてもらいたくねぇですけどね」
 帽子屋の思わずといった問いに時計屋は真面目に、そして白兎はうんざりした様子で告げた。


お風呂といえば番のアレでしょう。終。
(例え裸の付き合いをしても相容れないものはある)


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