chapter2ー05『双子と門番』

終末アリス【改定版】



 
 数分後。メアーリンから話を聞いた芋虫は困惑気味にそう、と事情を把握し、脱力したようにそのまま額を押さえてしゃがみこんだ。
「まぁ、そうよね何も言わずにちょっと散歩でもと抜け出したアタシも悪いけれど、まさかあんな風にアイツと会うとは思わないじゃない? 
逃がす訳にもいかないし見なかった事にも出来ないし多少の無茶は承知でバトルと洒落(しゃれ)こんだわよ。戦うタイプじゃないけれど、しかたないと腹はくくったわよ。
でもまさか一瞬の不意を突かれて気絶しただなんて恥ずかしいと思いながら戻ってみたらこんな騒ぎになってるとは思いも寄らなかったわ……
気持ちはさておくとして心配をかけてしまった事はごめんなさい。ありがとう、ね。でもそれとこれとは話が別という訳で」
 芋虫の言い訳を聞きながら、眠りネズミが双子によって連行された話を聞いた途端。
 申し訳なさそうな態度から一変した芋虫にメアーリンとジャックは冷や汗を流す。
 とはいえ、二人も兵士から又聞きしただけなので詳しくは知らない。知らないが、普段から落ち着き払っている彼の目が据わっている事が怖かった。
「アタシの大事なあの子に何かあったらタダじゃ済まさないわよブラッディツインズ…」
 走りながら静かに呟かれた言葉を聞かなかった事にして、予定通り裁判所へと向かう。
 因みにブラッディツインズは双子の通り名でもなく、通称でもないのでただの芋虫なりの皮肉なのだろう。
「何だろうなー、芋虫とか三月見てたら帽子屋のしろたん激ラブ! が普通に思えてくるよなぁ」
「とにかく、ネムちゃんの無事を祈ると共にいざとなったら双子さん達の安全確保を優先ですね…」
 それぞれの心境を胸に、かくして始まりの場所。二年前にトカゲのビルとナナシが消えた裁判所へと三人は到着した。



 事態は巡る。時間は進む。 眠りネズミを連れ去ったトゥイードル兄弟は現在進行形で森の中を逃げていた。ひたすらに、必死に。
「…あぁ、もうっ、しつっっっけぇええ!」
「はぁ、…は…本当に、同感だ」
 喚くダムに息を切らせるディー。ダムに抱えられたネムはすやすやと眠っていて、起きる気配はない。
「ちっ…んな状況で寝てられるコイツが羨ましいぜ…」
「…そう言う割りに珍しく捨てていかないんだね。ぼくはてっきりお前が脱け出した後は用済みだとばかりにどこかに置いとくんだと思ってたよ」
「………」
 ディーの言葉にダムは何か言いたそうにディーを見返す。何? と言わずに見返せば目を逸らされた。
「まぁ、何でも良いけど……どうする? アイツを切り潰すのは骨が折れそうだし、ぼく達のルールに反するよ」
「……わぁってるよ。ぼく達のルールは破らねぇ。だからって退屈じゃあつまらねぇ」
 互いに告げて、沈黙した二人は尚も気配を感じる門番を警戒しながら逃げる足を止めない。
「けどよ、男の子は時に格好をつけたくなるんだぜ?」
 続けられたダムの言葉にまたお前はとディーは溜め息を吐いた。格好なんてつけなくて構わないから早く逃げ道を、と言いかけたディーの言葉は振り返った瞬間に止まる。
 前に踏み出す為の足を瞬時に後ろに切り替えたらしいダムが驚くディーの視線を受け止めてニッと笑んだ。
「ぼくに任せて逃げろや、兄弟」「…っば…、何やって…!」
 慌ててディーが戻ろうとするが、既にダムの背後に門番が居て、息を飲む。
「やっほぅ、センパイ。やっぱ鬼ごっこは疲れるわ」
「誰がセンパイやボケ……いい加減にしとけやこの性悪のガキ共が」
 ふざけた口調で振り返ったダムに、僅かに息を乱した門番が返した。
「……いやいやぁ、アンタの事は素直にソンケーしてんだぜこれでも。つーか頭おかしいのかよ」
「あ? おどれらのか?」「ちっげぇよ!」
 思わずオーバーリアクションで返すダムと門番の間に戻ってきたディーが入り込む。
「アナタの頭が可笑しいんじゃないのって話だよ……だって、今だってぼく達に襲い掛からないじゃない」
「……ワイにそないな趣味はないわ。勘違いと自意識過剰も大概にしとけや?」
 面倒そうに告げた門番に、今度はダムとディーのアンタ馬鹿か! という突っ込みが鋭く重なった。因みに、ダムに抱えられたままの眠りネズミはまだ起きる気配はない。
「アンタのその包帯が物語ってんだろぉが! それが何でかってのは他ならぬアンタが知ってんだろ?」
「言いたくないならぼく達が思い出させてあげるよ先輩…、アナタのその、目と服に隠された包帯のキズは…ぼく達が…
ぼくとダムがつけたんだから…」
 悲鳴を上げるような声が、静かな森に反響した。

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 トカゲのビルが裏切り者なら、彼等トゥイードル兄弟は反逆者だった。
 世界は常に退屈で、だから刺激的な楽しめる遊びなら断る理由もないし、何より魅力的なビルのその話はトゥイードル兄弟にとって良い退屈しのぎになりそうだと思わせるに充分過ぎた。
 女王や兵士を敵に回して世界に喧嘩を売る! まさに格好良い物語の主人公みたいだ!
 彼女を助けたいのですというビルの誘いに便乗したのはそんな好奇心にして、後先を甘く見ていた彼等にとって楽しい遊びでしかなかった。
 だから、裁判所の門番に指名された彼等はビルのいう通りに、誰も出すな。入れるなという言葉を忠実に守り、女王以外はほとんど血に染め上げた。
 幸いな事にか、或いはビルが予め仕向けたのか、厄介な役持ちと騎士とやり合う事には至らなかったのも、双子としては実力だよと有頂天になる材料で。
 そのまま指定された場所に向かうまでの過程に何故か、息を切らせた門番が居る理由すらどうでもよかった。
 返り血にまみれたダムとディーに門番は真剣な表情で「戻れ」と告げる。
「はぁ? 何で戻らなきゃなんねーのさ。ぼく達に偉そうに指図すんなよ」
「えぇから、戻れ」
「従う理由がないよね、っていうか邪魔しないでくれないかな」
 武器を構えて脅す。それでも門番は怯んだ様子もなく静かに何をやったか分かっとるんか? と尋ねた。
 罪悪感なんてものはない。何故ならば全ては雑魚キャラで、今だって目の前に立ち塞がる門番も邪魔な敵でしかない。
「退けよ。じゃねーと切り裂くぜ」
「殺せないけどね」
 ニヤリと笑うダムとディーは一気にカタをつける為に連携して刃先を門番に向けて降り下ろす。
 それを避けた門番は軽やかに双子の地面に突き刺さった武器を掴んで遠心力を利用しての蹴りを加えた。
「…ぐっ!」「…く、そ、」
 打撃の痛みに顔を歪め、距離を取る。
 伊達に彼が自分たちの上司にして城の門番をしている訳ではないのだと思い知りながらも再び隙をみて武器を取り返した。
 門番はそんな双子にやれやれといった仕草でどうやら、と声を出す。
「口で言うても分からんみたいやのぅ?」
 ギロ、と双子を見据えた門番が次に構えた手にあったのは4つの大きな刃物が一纏めにされたような武器。
 くる、くると指先で回転を加えられたそれにダムとディーは警戒を強めた。
「かかってこいや、……叩き直して教育し直すさかいな」
「…ナメられたもんだぜ」「後悔させてやる…」
 余裕ぶった態度に苛立った双子がそれぞれの武器を本気で構え直し、また迎える門番にも油断はなかった筈だった。
 しかし。
 ダムの攻撃とディーの攻撃は避けられず、また構えた武器で弾かれる事もなく門番の体を抉る。三人が三人共に驚きを隠せないままで辺りに血が飛び散った。
「え?」
 戸惑った声を出したのは双子の方で信じられないといった表情と、苦痛に満ちた門番の口から苦痛の声が洩れる。
 時間が止まったような錯覚から現実に引き戻されたのは追っ手の声。
「待、て」
 苦しそうな門番を残し、逃げ出したトゥイードル兄弟は必死に走り、ビルやナナシと共に二年の間姿をくらませたまま戻らなかった。

ーーーー

 恨んでいるに違いない。あれだけの事をされて、仕返しを考えない奴が居る訳がない。
 きっと門番は機会を狙っているのだと考えていた二人は何事もなかったかのようにしている門番に困惑していた。
 振り絞るようなディーの叫びを聞いた門番は退屈そうにあくびをして、は! と笑った。
「おどれらがつけた、なぁ。確かに目ん玉掠めるわ腹ん中突き刺さるわで多少は傷付いたか知らんが――これは……おどれらが行った後でやられたもんや」
 そう言って、覆われていた包帯をしゅる、と一部。肘までまくった袖の下に隠されていた肌を晒す。
 白い包帯がなくなったそこには、思わず目を背けてしまう程に幾度も抉られた痕跡があった。
「腕だけでこれや。明らかにおどれ等のつけた傷やないやろ。似たような跡が全身に、しかもご丁寧なことに致命傷を外してつけられとる訳や、
痛くて堪らんのに死ねへんねやから生き地獄。生き延びてもろくに武器も長時間は扱えへん中途半端さ! 振り返った直後に目をやられたから誰かは分からんけどな」
 残忍。まさに正気の沙汰とは思えない。ディーとダムは予測すらしていなかった衝撃に目を見開いて、寒気に身を震わせた。
「な、に…それ、……だってあれで得をする奴なんてビルしかいないのに、ぼく達以外にトカゲに協力者が居たってこと…?」
「……オイオイ、冗談じゃねーって! 胸糞悪すぎだろ」
 自分たちを棚に上げるつもりはないが、トゥイードル兄弟にとっての門番は一応顔見知り且つ上司だ。気に食わなくとも、師匠。恩がなくもない。
 邪魔をするなら武器を向けるが、決して後遺症の残るような怪我を負わせるつもりはなかった。
 適当に数日で治るような程度に痛ぶってやろうと思ってはいたから、悪いとは思わない。しかし、だ。
「……ダム」「んだよ、キョーダイ」
「どうやら、ぼく達は何かの陽動だったみたいだね」
 ディーの言葉にあからさまな舌打ちをしたダムは推測だけどな。と忌々しそうに吐き捨てる。
「オーケー、この眠り姫は先輩に返す。んでもってアイツ等に任せてらんねーから、ぼく達は二人で芋虫とやらの探索をしようと思ってる」
 意図を明かし、どうすんだい? と門番を見返すダムにディーが並ぶ。
 そっと抱えていた眠りネズミがぱちりと目を覚まして不思議そうに門番を見つめた。
「……おどれ等だけやったら不安やからな、ワレも同行したる。そうやって最初っからちゃんと言うとったらえぇんや」
「? …門番、嬉しい?」
 包帯を巻き直しながらぼやく門番に眠りネズミが尋ね、ん。と門番は言いにくそうに三人から背中を向ける。
「……手間のかかるガキ共に呆れてただけや」
 二年前と何ら変わりのない門番に、トゥイードル兄弟は顔を見合わせてバツが悪そうな表情を浮かべた。
 小さな小さな声でごめんなさい、と呟いた言葉にはいろいろな意味が込められていたんだろう。
 門番は聞こえていなかったのか、聞こえていたのか。ただ黙ったままダムとディーにデコピンを加えた。
 途端にいってぇ! と赤くなった額を押さえたダムが突っ掛かり、有り得ないんだけど…と不服そうに睨むディーにやかましい。と門番は笑う。
「また戻ったら鍛え直したるから、覚悟しとけや?」
 彼なりのおかえりの意味を込めた台詞にむず痒く感じた双子は嫌そうな表情で冗談じゃないとぼやくのだけれど。
 それを見ていた眠りネズミはふにゃ、と微笑んで、また穏やかな眠りに落ちた。


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