chapter2ー04『茶番劇だぜ』

終末アリス【改定版】



 
「……どうするの? 話を中断してそこの兵士の話を聞く? それとも私の話を続けた方が良いかしら」
「ん、そうだな……ジャックの話は後にして続けてくれ。その後の二年間はどこに居た?」
 ナナシの声に時計屋は冷静に告げて、そう。とナナシは話を続けた。
「主に閉鎖された部屋かしら。何度か移動はしてた気もするけど、気が付けば違う部屋になってたという印象かな。私の話はこれで終わり。手掛かりになったかは知らないけど、思えば不毛な時間を過ごしていたものね」
 締めたナナシに時計屋はこれ以上は何も知らないだろうと判断して、すまなかったな。と礼を言う。
 別に構わないわとナナシは視線をジャックに向けて、次は貴方が話すのが妥当かしら。と呟いた。
 そこで口を挟んだのは三月ウサギ。視線はナナシに向けたまま「閉鎖された部屋ってのは?」と詳しく尋ねる三月ウサギにナナシは無関心そうに言葉の通りよ。と返す。
「窓のない無機質な部屋よ。快適とは言えなかったけど、別段不自由でもない」
 そういえば、とナナシは呟いて「窓がないなんて思えば妙な部屋だったわね」と無関心そうに告げた。
「窓のない、部屋…」
 隣で聞いていたアリスはひっかかるものを感じた。
 仮にも逃亡していたのだから警戒してカーテンを締めるというのはあるだろうけれど、それでも窓そのものがない部屋など、あるのだろうか。
それではまるでー
「……地下室…、か?」
 アリスが答えを出すより早く、時計屋がそう呟いて、女王に視線を向けた。
「……この城内、あるいはどこかに地下に繋がる階段は?」
「あたしが知る限りでは、囚人用の牢屋しか……分からないわ」
「王様には心当たりある?」
「……なくもないな」
 時計屋の問いに女王が首を振り、次に帽子屋が駄目元で王に尋ねてみれば意外にも手掛かりらしき意見。
 本当に!? と食いつくような反応にやや眉をしかめながらも王はあぁ。と言葉を続ける。
「緊急用の逃げ道として地下から外に繋がる道があるという話を聞かされていた。まぁ、その場所を知るのは極限られた者のみで蜥蜴が知っているとは思えんが……」
「あたしは知りませんわよお兄様……」
 王の言葉にむぅと頬をふくらませながら女王が拗ねたように呟いた。
 仮にも一国を統べる女王でありながら知らなかったという衝撃と女王の気持ちを考えるならそれも無理からぬ話だとは思うが、王の反応は冷めていた。
「当たり前だろう。俺と違ってお前は正式にハートを継いだ訳ではないのだからな。あの女もあえて必要はないと考えて、必要最低限の旨しか伝えなかったとしても不思議だとは思わん」
 随分と複雑なよく分からない話だとアリスは感じた。会話を交わす様をひとつ取っても仲の良い兄妹とはほど遠い。
 しかしながら、この世界のルールでは女王が最上位に位置する地位なのではなかったのか。
 だからこそ女王である彼女が幼いにも関わらず女王を継がなければならなかったと聞いていた。
 けれど、こうして見るなら性格に難はあれど年齢的にも状況的にも王が代わりに役の代理を出来なかったんだろうか。
「……ふん。何か言いたそうだな女……言っておくが貴様には関係も関わりもない事情だ。検索染みた真似は止めておくんだな」
「……分かってる、それに今はそんな場合じゃないって理解してるもの…」
 挑発するような言い方にアリスは、つい言い返しそうになった言葉を飲み込んで、落ち着いた言葉を返した。
 そうだ。今は一刻も早く芋虫の居場所を。ひいてはトカゲのビルの居場所を突き止める事が先決だ。
 気を引き締めるアリスを横目にそれで、場所は知ってるのかよとダムが結論を急かす。
「知ってねーならこの話は無意味だし、勿体ぶるなら時間の無駄だぜ?」
「…むしろ、今更ながらに言っちゃえば半分に別れて捜索した方がより効率的だと思うけどね」
 身も蓋もなくディーがぽつりと続けて、それもそうだなと王は不遜に笑った。
「確かに俺はその地下に繋がる入り口を知ってはいる。だが、貴様等は知らぬ訳ではないだろう? 俺の意志がどうであれ、これ以上は役持ちの役割の範囲外だ」
 王の言葉に、空気が重くなる。双子は意味が分からないとばかりにはぁ? と声を揃えたけれど、隣に座っていた女王の表情が曇り、帽子屋から笑顔が消える。
 そしてそれまで黙っていた門番がどういう意味やと口を開いた。
「役持ちの役割は単にワンダーランドの秩序を守る為に決められた仕事をこなすだけなんやろ? 別に話したところで問題ないんとちゃうんかい」
 認識としてはそれで概ね正解だ。好きに言うがいいと王は立ち上がり、俺からの干渉はここまでだとドアまで向かう。
「……待って、下さい」
 それを引き止めたのは、アリス。どうして私はあの人を呼び止めたのだろうかと緊張しながら座っていた椅子から足を下ろした。
 王は意外そうにアリスを見返し、不快そうに睨み付ける。
「――何だ」
 威圧感に怯みそうになった。けれど、今、他に手掛かりもない状況で王以外には知り得ないというなら、
「おねがいします、その場所を教えて下さい!」
 頭を下げてアリスは頼み込んだ。役持ちの理由なんて知らない。それがどうダメなのかも分からない。
 だけど、自分が原因で芋虫が行方不明になってしまったというなら恥や外観なんて二の次だ。
「役持ちとして話せないというなら、あなた個人として……教えて、貰えませんか…?」
 元の世界に戻る為にという下心がないと言えば嘘になるけれど。責任を取れるとは言い切れない程に身勝手なお願いなんだろうけど!
「アリス、さん」
 どうしてそこまで、と困惑めいたメアーリンの声。
 何あれチョーみっともねぇんだけどというダムのせせら笑い。確かにねとディーが頷いて、チェシャ猫がアリスの隣に移動する。
「無駄だよアリス」
 面白くなさそうに、つまらなさそうにチェシャ猫は続けた。
「王はそういう役持ちなんだから」
 その言葉に不愉快だとチェシャ猫を睨み付けた王は、結局何も言わずにそのまま退室した。
 無情にも扉が閉まるのを見つめて、アリスは釈然としない気持ちを堪えながら再び他に手掛かりがないかと話始めた輪の中に座り直す。
「なんやよぅ分からん理屈やけどまぁえぇわ。ほんで? おどれは何を知っとんねや」
「ん、あぁ。オレが話すの?」
 同じく気にしたように扉が閉まる方に顔を向けていた門番が切り替えるかの如くジャックに話題を振った。
 ジャックは半ば気の抜けた声を出して、面倒そうにうーんと唸る。
「とは言ってもさ、確かに無関係じゃないかもってだけで手掛かりかは知んないよ? 
前にも言ったけど、オレが詳細を知ったのは数日後だったし、その時にしたってたまたま城の裏側で退屈しのぎしてただけで話しかけてきたのは向こう側。
つか二年も前の話を詳しく思い出せって言われたって意識すらしてねーのに無茶ぶりだと思うんだけど」
「そうは言ってもね、今は少しでも手掛かりが欲しいの。そこから重要ななにかが出るかもしれないでしょう?」
 やれやれとばかりに瞼を閉じるジャックに女王が申し訳なさそうに続きを促した。
 何度となく似たような事を聞かれれば流石にうんざりする気持ちは分かる。
「…あの、」
 不意にメアーリンがおずおずと手を上げて、気まずそうにごめんなさいと俯いてしまった。
 どうした? と時計屋が問えば、ジャックさんからの話は私が尋ねてはいけないでしょうかという申し出。
「メアリー…?」
「ジャックさんとは幼馴染み、だし……こんな風に話すよりは二人で…、差し出がましいとは思いますが……事情を聞いてみたいと、」
 驚いたようにジャックはメアーリンを見つめ、メアーリンは困ったようにだめ、ですか? と意見を窺った。
「なら、お前に任せる」
 そうだなと呟いて優しげな笑顔で了承したのは時計屋だった。メアーリンは嬉しそうに頬を染め、はいっ! とジャックの手を引いた。
 ジャックは時計屋を振り返り、気にした様子のない反応にマジかよと半笑いを浮かべる。
 そのまま二人が室内から退室したのを見計らって口を開いた帽子屋は良かったの? と時計屋に聞いた。
 時計屋は信頼してるからなと短く返して、悪かったなと告げる。
「俺の個人的な独断で勝手な真似をした」
「……時計屋はすごく男前だよねぇ。うんうん♪ あたしは気にしてないしメアリーが言うならあたしがOK出してたよ!」
「まぁ、僕もトッキーが良いなら良いんだけどさ」
 和む三人とは反対に、ダムが眉をしかめてどうすんだ? とそれを非難するように口を出した。
 見るからにイライラと落ち着きなくテーブルを指先で叩き、どこから出したのか最初に持っていた斧を構えている。
「茶番劇もイー加減飽き飽きだっつーの! 何だよてめぇら仲良しごっこしてんじゃねーんだろぉが」
「っ!?」
 ぐい、といつの間にか移動していたディーが変わらない表情で眠りネズミの首根っこを掴んで人質を取るかのように腕を首に回す。
 動こうとした時計屋と三月ウサギに牽制する為か、「動くなよ」とディーもまた武器を構え、眠りネズミの方へと刃を向けた。
「油断大敵ってかあんな程度でぼく達が諦めるとか思うなんてどうかしてるよね。トカゲに義理はないけれど面白くもない茶番劇に付き合うのは勘弁だ」
「そーゆう事で、」「「さようならってね」」
 それぞれのニュアンスを込めた別れを告げたトゥイードル兄弟はテーブルクロスを目隠しに消えてしまった。
 残された女王や帽子屋は何が起きたのかと茫然と、時計屋は油断大敵かと眉をしかめながら辺りを見回し、三月ウサギはうんざりしたようにとりあえず、と女王と帽子屋を正気に戻す為に声を発する。
 ナナシは言うまでもなく平然と、チェシャ猫は何事もなかったかのようにいつも通り。アリスはといえば突然の事に頭がついていかない。
 どうして冷静でいられるのか、ぼんやりと思考を巡らせて眠りネズミがさらわれてしまった事実に焦燥する。
「双子とネムに関しちゃ門番が既に動いてるから落ち着け……アンタも、いちいち気に病むな」
「三月、さん…」
 言われてからようやく門番が居ない事実に気づいたけれど、すぐには落ち着けない。
 目が合った時計屋は安心しろと短くアリスに言った。安心なんてどうやって出来るというのか。
「そのつもりなら容赦なく切っているだろうからな、多分……アイツ等は話してばっかりで進展しない状況に苛立ったんだろう」
「……いや、僕にはネムを人質に逃げたようにしか思えないよトッキー…」
 無言で帽子屋の意見にアリスと女王も同意した。好意的に見たとしてもそうとしか思えないのだから楽観する時計屋が分からない。
「それにしてもこんな時にしろたんが居たらあの凶悪兄弟をムチで一纏めに……」
 まぁトッキーだしと判断した帽子屋がやれやれとばかりにぼやき、ふと途中であれ? と目をぱちくりさせた。
「ねぇねぇ、そういえばしろたんは?」
 いつから居ないのかとキョロキョロする帽子屋に三月ウサギがジャックを図書室で見つけてから別れたっきりだなと淡々と答えた。
 自他共に白兎ラブな帽子屋は今の今まで気付かなかったらしい。とはいえ、気付いていながら何も言わなかった三月ウサギもどうなのか。
 因みにアリスと女王も言われるまで居ないとは気付いておらず、人の事は言えない。
「……白兎なら心配はないだろう」
 周囲を調べ終えたらしい時計屋が静かに告げたのを境に、あらかたの情報は出揃ったと判断した三月ウサギは
「じゃあ地下に繋がる入り口探しと行くか」と気にした様子もなく言った。

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 別室に移動していたメアーリンとジャックは、アリス達から伝えられた伝言を兵士から聞いて、何とも言えない表情を浮かべた。
「うん、まぁ待ってろたぁ言わないけどさ…」
「蚊帳の外って感じですね…」
 黙って行かない分だけまだマシかと判断し、ジャックはどうする? とメアーリンを向く。
 話はあらかたし終えた事だし、もうこれ以上は何も知らない。メアーリンも大体は事情を把握出来たので、聞くことはなかったけど。
「そういえば、ビルさんが最後に目撃されていたのは裁判が行われた場所でしたよね……行ってみませんか、ジャックさん」
「ん、あぁ。おっけ〜」
 軽いノリで答えたジャックにメアーリンがクスクスと笑う。何だか、ひさしぶりに会話をした気がします。と微笑まれて、何となくバツが悪い気分になった。
 メアーリンは嬉しそうに目を細めて、しんみりと最近はずっと、ジャックさんが違う人みたいで不安でした。と続ける。
「……オレは別に昔から変わんないつもりだけど」
「うん、分かってます。私もお兄ちゃんも、あなたが大好きですから。でも、やっぱり心配なのは一緒なんですよ」
 ずっと一緒になんて無理なのは分かってる。変わらないなんて、嘘だと知っている。立場が違えばいずれはどんなに大切な人でもー
「だから、ジャックさん」「ん、」
「私は出来る事なら、庭師の仕事以外でこの鋏を使いたくありません」
「…メアリー、優しいもんなぁ」
「優しくないですよ、だって、私は自分の身勝手な感情で誰が相手でも傷つけようと言ってるんですから」
 大切な人を守る為なら私は鬼にでも人でなしにでも何でもなります。そんな彼女の決意にジャックは考えすぎだよ、と言った。
 まぁ、時計屋は気にしなさすぎだけどさと続けていつものようにヘラヘラとした笑顔を浮かべる。
「大切な人を守りたいってのはフツーだろ」
 それが例えば常識や道徳的に見て間違っていようと、関係なく。だからこそ、価値観の違いでこんなにも人生は面倒なんだろうな。
 そんな内心の呟きを思いながらふとジャックはメアーリンを呼び止めた。
 裁判所までやや加速していた足を緩めたメアーリンは不思議そうにジャックを振り返る。
「どうかしたんですか?」
「あぁ、いや……ちょっと気配を感じたからさ…」
 言いながら曲がり角まで歩みを進めたジャックが左右を確認し、丁度左を向いた時、見つけた人物に絶句した。
 何を隠そう、そこには行方不明と言われていた芋虫が居たのだ。思わず顔を見合わせた二人に芋虫は珍しい組み合わせねと驚いた表情を向ける。
「そうそう、ちょっと聞きたいんだけど……ネムを見なかったかしら? 部屋に居ないのよねぇ、門番も何故か出払ってるみたいだし何かあったの?」
 まさかの展開にジャックは渇いた笑いしか出ず、メアーリンは女王達に知らせるのが先か芋虫に事情と経緯を説明するのが先かと考えた。


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