chapter2ー03『ナナシの話』

終末アリス【改定版】



 
 図書館に居たジャックを見つけたアリス達は手短に経緯を話した。事の経緯を聞いたジャックは意外そうに、そして面倒そうに「あぁ、うん」と首をひねる。
「会ったよ。ビルさんに」
 あっさりと告げたジャックに白兎が素早く鞭で縛り上げようとしたが、それを予想していたジャックは落ち着けよと鞭を掴み、白兎をたしなめる。
「会ったけどさ、何の意味もない会話だったし別に言う必要性も感じなかったんだよ。チェシャも聞いてたんなら知ってるだろ? 何でオレが知ってると思うかな」
 軽い口調のジャックにチェシャ猫は本当にそうかい? と聞き返す。
「俺はお前が重要だと思うよジャック。だってあの時、お前は誰よりもビルの意図を把握してたじゃないか」
「……そうくるか」
「説明してくれるよね、ジャックくん」
 苦々しく笑うジャックに帽子屋は真剣な目で続きを促した。その表情に困ったような目を向けて、何だかなぁとジャックはため息をついた。
「オレだってあの人の思惑を把握した訳じゃねーよ。ただ、アリスちゃんがここに来た原因が白兎じゃなくて、ビルさんが噛んでたって事がまず一つ。
それから、何やらあの人がアリスちゃんとナナシを利用して何かを企んでるかも知れない。ついでにここに至るまでが多分あの人の筋書き通りなんだろうってのが予想。芋虫なんかはアリスちゃんの話を聞いただけで分かっちゃったんだろうな」
 だから一人でビルに会って、何かがあったからこうして戻ってきてないんだろう。とジャックは語った。
「因みに三月も大体の予想はついてただろうし、この辺りに関しちゃオレが言うまでもないだろ」
 ほら、別に重要でもないじゃんとばかりにへらへらと笑うジャックを殴ったのは意外にも帽子屋だった。
「……どうしてジャックくんは、いつもいつもそうやって何でも他人が分かると思うかなぁ! んなもん、きみが話してくれなきゃ分かんないよ!」
 胸ぐらを掴んでもう一発殴り付けた帽子屋は茫然とするジャックの胸元辺りに顔を俯かせ、…僕たちはそんなに頼りないのかよ…っと泣いた。
「……何で帽子屋が泣くわけ?」
 殴られた痛みと、帽子屋が泣いている理由が分からず、ジャックは困惑ぎみに呟く。
「昔から帽子屋は感情的過ぎるんだよ……もうちょい考えて喋ってくんない」
「きみに言われたくないよ…」
 瞼を閉じて呆れたような言葉に帽子屋はムスッとした様子でぼやいた。
 そんな帽子屋をジャックから引き剥がした白兎は「どっちもどっちでやがりますよ」と続けた。
「友達が自分を頼ってくれねぇと拗ねるガキは放っとけ。んでもってテメェがどれだけ人様に必要とされてる野郎かも分からねぇ馬鹿はいっぺん死んで生まれ変わりやがれ」
 吐き捨てるような白兎の言葉を帽子屋がしろたんカッコいいー☆ と抱きついて台無しにする。
 白兎は眉をしかめながらも面倒そうに息を吐いて、ジャックは不可解そうに殴られた頬を手の甲で拭った。
「しろたんカッコいいー。で、オレが知ってるのはこんだけだけど、これがどう繋がる訳?」
 帽子屋と同じセリフを吐いて、白兎に睨まれたジャックは軽く笑みを浮かべてチェシャ猫を向く。
「さぁ。繋がるかも知れないし、繋がらないかも知れない。トカゲをよく知る芋虫が居ないこの状況で次に重要なのは誰だい?」
 チェシャ猫はいつもと変わらない笑みで告げて、問い掛けた。テメェが考えるんじゃねーんですか。と白兎がぼやいたけど気にしていないようだ。
「……芋虫さん以外にトカゲの人に詳しい――なんて、」
 思い浮かぶのはたった一人。
「ナナシ、か。けどそれだけじゃ判断しかねるな…」
 アリスの言葉に続けた三月ウサギは静かに考え込んで、こうなったら女王や王も必要だな。と結論を出す。
「……時計屋とメアリーも呼んどく?」
 こうなれば最早全て流れに任せろとばかりに投げやりなジャックが溜め息と共に言った。
 白兎はそれに対して、ならそれぞれ分かれて食堂で合流する流れで構わねぇですねとまとめた。
 そして、終わる為の真実を知る事になる。

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 食堂の縦に細長いテーブルを、集まった面々が囲む。
 中央に、このワンダーランドを統べる幼いハートの女王。隣に、不機嫌そうな引きこもりのスペードの王。
 それぞれの左右にはハートとスペードの騎士であり幼馴染みのメアーリンとジャック。メアーリンの隣には時計屋が座り、それに寄りかかる眠りネズミの向かいには帽子屋と三月ウサギ。
 帽子屋の隣には緊急事態だからと強制的に連れてこられた門番が肘をついており、門番の前には面倒そうなトゥイードル兄弟。
 そして、女王の目前にアリス。その隣に王と向かいになるナナシ。チェシャ猫はアリスの隣で椅子に寄りかかっている。
「なるほど。経緯は分かったけど……あたしだけでなくお兄様や門番まで集める理由は何かしら」
 成り行きを聞いた後の女王の第一声は恐らくその場に集められたほぼ全員が思う疑問だろう。
 特に、一番来ないだろう王まで居る事は意外と同時に別の意味で有り得ない。
「芋虫が見つかるんやったら別に協力は惜しまへんけどな、……早よしてくれへんか。門番が門の番せぇへんとかどないやねん」
 早く終わらせろ。と門番の急かす声に続くのは双子だ。
 どちらもぼく達関係ないじゃんとタカを括っているがその意見に三月ウサギのトカゲに協力してただろ。と突っ込みが入る。
 黙りこんだトゥイードル兄弟は不満そうに舌打ちをするとそれで、とアリスとチェシャ猫を向いた。
「何を話し合おうってんだよ黒いのと笑い猫。ぼくもディーも何も知らねぇし、あのトカゲ野郎の考えてる事なんざわっかんねーだろ」
「そうだよ。こんな不毛な時間を過ごすくらいならまだ退屈な門の番をしてた方がマシというものだよ」
 そんな双子の文句を聞いているのかいないのか、チェシャ猫はふぁ、と欠伸を一つ。変わらない様子でトゥイードル兄弟を見返していつも通りに笑う。
「出ていきたいなら出ていけよ。別に俺は強制していない」
 無感情な声で告げられた言葉にその場の空気が変わる。これでいつでも退室できるというのに、誰も動けない。
「相変わらずの勝手さだな……ここまで巻き込んでおいて今更だろう。異世界の女はどうだって構わんが、元凶が蜥蜴だと言うなら俺が動かない理由もない」
 不遜に言い返す偉そうな王に、女王はどういう風の吹きまわしかしらと怪訝な視線で王を見つめた。
「引きこもってたお兄様の言葉に説得力はないです。素直にジャックの為だと仰ってくださればときめきますのに」
「……気色の悪い妄想に俺と俺の騎士を巻き込むな。蜥蜴の件は単に母の償いをさせる為だけに過ぎん」
 そんな実妹に軽蔑の視線を返した王は、不快そうに吐き捨てる。険悪な女王と王に咳払いをした時計屋は、とりあえずと前置きをして一つの見取り図をテーブルの上に広げた。
「昨日から俺も改めて調べていたんだが……いくつかきみに聞きたい事がある」
 立ち上がった時計屋は丁寧にナナシに向けて、例の裁判から二年間の間にきみはどこに居たのか。覚えている範囲で答えてくれないか。と尋ねた。
「……それなら私は既に知らないと答えた筈だけれど、そういえば具体的には話していなかったかしら。面倒……」
「おおまかでも構わない。森だったか、どこかの室内だったか、外の様子は騒がしかったか。どうやってきみと彼があの裁判から脱け出せたのか」
 続けられる問いに、ナナシは無関心そうな表情を向けて、私もはっきりは覚えていないけど。と口を開く。
「そうね。別に隠す理由もあの変態に対して義理もないのだから、いいわ。この面倒な状況が終わるなら語りましょうか」
 あっさりとナナシは言い、それぞれが思い思いの沈黙と視線を向ける中で二年前から現状に至るまでの話を語り始めた。

「私の生い立ちは省くわ。関係ないから。覚えてもないわね、気が付いたらここに居た事すらどうだって良い出来事だもの。とりあえず、アイツに会ったのはその時。
私を驚いたように見つめたかと思えばいきなりアリスと呼んだ。意味が分からないわ。
違うと否定するのも面倒だったけど、そのまま有無を言わさず城に連れていかれて女王と話をした――のは良かったのかしら、まぁ結果としては悪かったのかも知れないけれど」
 ナナシは目の前に並ぶ女王と王に視線を向けて、恨みたいなら恨んで構わないわよ。と微笑む。
「あのヒステリックな女王と私の気が合わないなんて、あの変態になら分かりきった事でしょうに……。これは今更ながらに私の主観でしかないけどね。
それで裁判にまで発展した、と言うよりはそうね。やっぱり今から考えても分からないわ。女王は何をそんなに激昂したのかしら。私はただ、聞いただけなのよ。
『首を切れ、と私に言うのだから貴女はそれで満足感を得るのかしら?』って。お前が気に食わないと面と向かって言われたのは初めてではないから別に構わないんだけど。
それが貴女の支配下でのルールならそれに従うのはそうでしかないのだろうけれど、気に食わないという理由で私の首を切り落として、貴女はそれで、楽しいの?」
 その表情は、変わらない無関心そうな表情でありながら嘲笑にも思える。
 さぞや女王の気に障っただろうが、アリスは女王にもナナシにも共感出来ないと感じた。当事者ではないのだから当然とも言えるが、やはり何かが違うとさえ思う。
「あの…、話が逸れるかも知れないんだけど……ナナシさんは、どんな話を女王様に?」
「どんな……さぁ、どうだったかしら。名前を名乗れと言われた訳でもなく、ビルが私についての話をしていたのは多分。アリスというのはお前かと確認された。私はどうかしら。と返した。
ビルがアリスと言っていたからアリスなのだろう? に対してはそう思いたいなら思えば良いんじゃない? とは思ってそれきりね。どうだって良かったんだもの」
 ナナシの言葉に、女王は何とも言い難い顔で頭を左右に振り、王は鋭くナナシを睨んでいる。
 メアーリンは女王に大丈夫ですかと声をかけ、ジャックは退屈そうに欠伸をして時計屋に注意されていた。
 きっと誰もが思うのは十中八九の原因がトカゲのビルではないかという突っ込みだろうか。
 ナナシと女王の相性の悪さもあっただろうが、それを差し引いてもどうなんだろう。
「裁判で判定しましょうと提案したのもビルだったかしらね。女王を無機質な声でたしなめて、女王が正しいかどうかを裁判で決めてはどうかと言ってた気がするわ。とりあえず、私も訳の分からないままで巻き込まれた、という点では変わらないと思うけど。
……あぁ、それで続きね。裁判は結局、知っての通りビルが裏切ったとやらで私を連れて行方をくらませた。陽動はあの双子に任せてるから安心しろと言われてもね、そもそもがどうなのよ。
頼んでも困ってもいないのにあの変態に連れ回されて巻き込まれてこの有り様よ。いくらどうだって良かったにしてもうざったいったらありはしない」
「……きみのトカゲに対する気持ちはとにかく、裁判を脱け出すにしても城の兵士が総動員する中で容易には脱け出せないだろう。一体どこを通って脱出したんだ」
 今まで黙って聞いていた時計屋の問いに、ナナシは少しだけ眉をひそめる。中断されたからではなく、思い出す為だ。
「地下……かしら。牢屋のような場所を通って、いつの間にか森に出ていた気がする……そこで、そう。貴方、中途半端なヘタレ兵士と変態が会話を交わしてたんだった」
 ジャックを指したナナシからジャックに視線が移る。そう、それがトカゲのビルの屋敷に行く切っ掛けになったのだった。
 それを聞いた王は不快そうに俺の騎士は関係ないだろうと言う。
「いや、関係あるんじゃね。面倒だけど」
「お前は黙っていろ」
「……悪いけど、もう白兎とアリスちゃんに言っちゃったんだよね。ビルさんに会ったよって。王が何でオレに口止めしたのか知らないけどさ、今更隠したって仕方ないじゃん」
 王の制止を遮り、ジャックは薄く笑うとチェシャ猫にイヤになるよな。と呟いた。
 帽子屋は不安そうにそれを見つめ、メアーリンもまたジャックさんと小さく呼ぶ。


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