chapter1ー21『手掛かり』

終末アリス【改定版】



 
「……こうなると、もう手掛かりはトカゲのビルしかない、って感じだねぇ…」
女王は息を吐くと一人言のように呟いた。
「あのさぁ、今更なんだけど。アリスちゃんが元の世界に戻るの諦めたら丸く収まんないの?」
 厳重に両手首に手錠をかけられた上に首輪までつけられたジャックが窮屈そうに声を発する。
 驚く三人と、見張りの兵士が「ジャック様?!」と制止の声を上げるのも構わず、ほら。といつものようにヘラヘラした笑顔を浮かべた。
「だって、オレ達がどんだけ手を尽くしたって結局はあの人が見つからなきゃ意味ないだろ。二年間も姿を眩ませてた奴を捜すのにどんだけ時間がかかると思う? 元の世界に戻りたいって気持ちも分かんなくはないけど、さっきもナナシちゃんが言ってたじゃん。
二年間もここに居るって。二年かかってもまだ戻れないって意味だろ? だったら諦めてここの住人になっちゃえば?」
「…、でも」
 アリスは困惑した表情でジャックの言葉に首を振る。それは出来ない。
「確かに、そうかもしれないし、気持ちも有難いけれど。私は元の世界に戻りたい。戻らなきゃ、」
「何の為に戻らなきゃいけないんだよ」
「何の為にって…、誰だって自分の過ごした場所に戻りたいと思うのは普通でしょう…? ジャックだって、突然訳の分からないまま違う世界に来て、そこで過ごすより、まず戻りたいと思わない?」
 そこまで言って、ジャックはあぁ。と納得したように成る程と続けた。
「確かにな。戻りたいのは戻りたいかも知んないな、……ふぅん。じゃあ説得は無理か」
「ジャックくん?」
「ん、あぁ。ちょっと気になったから。アリスちゃんがそこまで戻りたい理由なんてあんのかなぁーって確認だよ」
だって王が言ってたじゃんとジャックは笑った。
「時間がかかるようなら、いっそそういう選択もあるぜっていう。まぁ、別に丁度良い退屈しのぎにはなってるから構わないんだけどさ」
「……ジャック。あたしはお兄様の騎士のアナタにとやかく言いたくはないんだけど、もう少し発言は言葉を選びなさい」
 アリスは真剣なのだから、と女王は溜め息をついて緊迫した空気を変えるように手を叩いた。
「ごめんなさいね、うちのヘタレが余計な事を言って。後でいーちゃんにしっかり叱ってもらうから」
 まるで悪い事をした子供に呆れたようにぼやく女王は幼い姿にも関わらず既にお母さんのよう。
 アリスは「もう半分慣れましたから」と苦笑いを浮かべる。慣れるしかない、というのが何とも言えないが。
「……あれ、何かオレに対する認識がだんだん酷くなってない?」
「あれだけ好き勝手やっときながらいつも通りなきみに遠慮も配慮もしなくなるのは普通だろうね。僕も正直きみが好きだけどちょっとムカつく」
「マジかよー凹むなー、手錠かけられた時よりオレの心が冷てぇんだけど」
 帽子屋に絡むジャックを横目に、アリスはそこまで気にしていなかったジャックの手錠が気になった。
「そういえば、私はナナシさんと居たから知らないんだけど、どうしてジャックは首輪と繋がった手錠がかけられてるの?」
「ぉわ、今聞きますか。アリスちゃんさぁ、段々扱いがおざなりになってきてねぇ?」
 ヘラヘラと笑うジャックに抱きつかれた帽子屋が
「ほら、王様の命令とはいえジャックくん、よりにもよって女王様に剣を向けちゃった訳じゃない?」
と分かりやすく説明を始めた。
「んで、僕達も居る訳だけど暴れられたら面倒だし! 念のための保険としての拘束なんだよアリスちゃん☆ みっつんが見張ってくれたら一番なんだけど、ジャックくんが三月に見張られる位ならオレ、手錠を選ぶ。って言ったから」
「いや、だって手錠+首輪か三月と片手だけ繋げられるかって言われたら多少窮屈でも両手に手錠だろ」
「何だか分かるような、分からないような経緯だけど……ジャックって本当に三月さんが嫌いなのね」
 しみじみ。それだけは分かった。
その背後で女王が何やら三月とジャックの殺伐ラブも…☆ とよく分からない言葉を呟いていた事はこの際だ忘れよう。
「まぁ、これ以上はここに居ても仕方ないし。とりあえず好きに城内をうろつくも良し、誰かに会いに行くも良し。扉に居る兵士に聞けば連れていってくれるから好きに過ごしておいて」
 女王の締めくくった言葉で一同は一先ず謁見の間を退室した。

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 さて、どうしようかとアリスは考え込んだ。白兎は三月ウサギと共に双子を門番の元へ。
 メアーリンはナナシを部屋まで案内して行ったし、時計屋は医務室か、或いはもう時計塔に戻っているかもしれない。
 帽子屋はジャックと一緒に扉の前で別れたし、女王はいろいろ疲れているだろう。
(…そうだ、芋虫さんは)
 何となく芋虫と話がしたくなったアリスは兵士に話し掛けて、芋虫が居る部屋まで案内してもらう事にした。
 部屋をノックすればきょとんとした表情で眠りネズミが「うにゅ?」とアリスを出迎える。
 その仕草に思わず我を忘れて抱きついてなでなでして思う存分可愛がる体制になったところで芋虫の「何をしてるのよ、アナタは」と苦笑いが交ざった声で我に返った。
「……すいません、本当に、何度見ても可愛くて可愛くてもう本当に可愛いからお嫁に欲しいくらいっていうかむしろお嫁に迎えては駄目でしょうか」
「……たった4日足らずで随分と帽子屋の変態が伝染してるわねぇ、仮にそうでなかったとしても一応答えておくならごめんなさいね。
こう見えてアタシの大事な騎士で、頭から爪先までアタシが愛してるから、相手が誰でも譲れないの」
 まぁ、折角だから座りなさいなと穏やかに芋虫は告げて、お茶の準備をし始めた。
「それで? 何かしらの収穫はあったかしら」
「あ…、結局元の世界に戻る為の手掛かりはなかったんですけど、トカゲのビルって人に関係してるアリス――えぇと、前に来たアリスことナナシさんと、屋敷を守っていた門番……トゥイードル兄弟に会いました」
「……そう。姿が見えなくなったと思っていたらビルとつるんでた訳ね。他には何も?」
「はい、後は―」
 ナナシがビルから逃げる為に城まで同行した経緯。王とのやり取りを手短に話したアリスに、聞き終えた芋虫はそう、と息を吐いた。
「全く、あの子も強情よねぇ。後で様子を見に行くとして、屋敷にそれだけの重要人物が居たって事は……アイツも居た可能性が高いわね」
「え、でも私と三月さんはナナシさんには会ったけど、別行動してたジャックは何もなかったって言っていたから……」
「ジャックの言葉を信じるなら、確かにいなかったと考えるのが妥当だでしょうけど、ジャックがもし仮にアイツに会っていた上でアナタ達と合流した先のナナシ――という娘を見て黙ってしまった事も有り得る男よ。
理由としたらあぁ、喋ったら面倒な事になるなー。まぁ多分そんな重要な訳でもないし良いか。そんなところでしょ」
「……………」
 否定どころかとても納得してしまえる辺りが、もういろいろ駄目な気がした。
 あの読めないヘラヘラした笑顔の裏と、凶悪な程無邪気に剣を振り回す内心は実に適当で軽すぎる。
「……いく?」
 芋虫の膝の上で微睡んでいた眠りネズミがぼんやりと芋虫に問いかけた。確かめに行く? という意味なんだろうか。
「そうねぇ。けど、わざわざアイツの屋敷まで出向かなきゃいけないのが癪よね……」
 眠りネズミの頭を優しく撫でながら、芋虫は憂鬱そうに溜め息をつく。
「まぁ、アイツの事はおいおい考えるとして。大変だったわね。大丈夫? 今日のところは早めに休んでまた明日、ゆっくり考えた方が精神的にも楽よ」
「……あ、はい。ありがとうございます、このお茶を頂いたらすぐに戻って眠ります。話を聞いてもらって大分落ち着きました」
 気遣いが嬉しくてつい顔が綻んでしまった。
「こちらこそ、状況が把握出来て良かったわ。またいつでも来てくれて構わないわよ」
 はい、と返事をしてもう一度礼を告げたアリスはしばらく他愛のない会話を交わし、数分後。
 扉の近くで待っていてくれた兵士に空いている部屋まで案内を頼むのだった。

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 謁見の間。誰もいない場所を眺めて、女王はゆっくりと瞼を閉じる。
 二年前の状況とはまるで異なりながら、符号したように現れたもう一人のアリス。
 聞いていた話によれば、先代にして母であるハートの女王のやり方に異を唱えたという。
 実際、女王自身は話を聞いていただけに過ぎない。だから嫌いだと思っていたし、会ったとしてもそんな独善的な人間を好きになれる訳もない。
 しかし、今日。初めて顔を合わせたナナシがアリスだというのなら。
(……嫌いだと思う事すらなかったでしょうね。)
 母を発狂させたという仇だという気持ちも少なからずあった。けれど、関わりたくないなんて思ってしまう位には異端な少女だ。
 消えそうな儚さ。見ているようで見ていない。無関心。成る程、あの母が気に入らなかったのは無理からぬ話ではあるけれど。
「……お兄様はどう思われました?」
「……何がだ」
 女王は誰も居ない筈の部屋で兄を呼び、その呼び掛けにいつから居たのか。王は不機嫌そうに返す。
 彼女が座る位置からも、彼女の前に誰かが居たとしても見えない場所。
 もし女王の近くに居れば、王が女王の座る玉座の椅子の後ろに居るのだと分かっただろうが。
「聞いていたのでしょう? そして、実際に対峙し、そのような不様を晒して戻ってこられたのでしょう。
お兄様が異なる世界から来た人間を毛嫌いし嫌悪する理由が私には分からなかったけれど、ナナシさんと会って初めて気持ちが分かるような気もしたので」
「……俺とて興味すらなかった。お前と変わらず話を聞いてそれまでの見解だ。ただ、お前がそれを聞いた印象と俺の印象が違っただけでな。
とはいえ、あながち間違いではなかろう? 俺は、異端の女が現れた所為で蜥蜴が裏切り、母が発狂した。そう思ったから排除しようとしたまで」
「けれど、アリスは違います」
「は……、何を根拠に!」
 兄の蔑みにも似た呆れた声に女王は僅かに眉をしかめ、ありませんと述べる。そう、根拠はないのだ。
「根拠にならない、不確かなのは否めないことですけれど、私は帽子屋やメアーリンを信頼しています。元の世界に戻りたいというアリスが仮に何らかの悪影響を与える人物ならば、私に会わせようとはしないと判断しました」
「……ふん。誰がいつ、いつぞやのジョーカーのように裏切る可能性もあるというのにか?」
「そうなったら、馬鹿な妹だと嘲って下さって構わないですわ、お兄様」
 そう言って女王は微笑み、それを聞いた王は何も言わずに暗い天井を見上げた――数秒後。
「……おい」「何ですか、お兄様」
「血が滲んできた。頭がくらくらする」
 王の言葉に顔を青くした女王は、慌てて玉座の椅子から降りると背後の兄の姿を確認する。
 その腹からは確かに服の上からでも分かるくらいに血が滲んでいて、怒鳴り付けてしまった。
「手当ても受けずに何を格好つけてるのっ! 死にたいんですかこのバカ兄っ!」
 キャラが崩れる程に取り乱し、それでも突っ込みは忘れないまま即座に兵士と医者を呼び、治療を受ける実兄に女王が小言を言う光景が見られたという。


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