chapter1ー18『故に、傲慢』

終末アリス【改定版】



 
 一方で、実の妹である少女と騎士の美しい主従関係とはまったく無関係に目を覚ました引きこもりことスペードの王は、不機嫌そうにベッドから起き上がる。
 ジャックの姿を無駄に探してみるが、あのいい加減な男が常に自分の傍らに居た事など皆無なのだから、一応の確認だ。そして案の定、あのヘタレた面は見当たらない。
「……チッ」
 役立たずがと吐き捨てるように呟いた一人言に返事は返ってこない。騎士といっても厳密に言うなら、役持ちと騎士との関係など曖昧なものであって当たり前なのだ。
 他はどうだか知らないが、少なくともジャックと王にとってはそれが条件だったのだから異例とも言える。
 とはいえ、ジャックが王に逆らう事はしないし、王とて必要がなければ命じもしないから楽といえば楽。
 しかしながら、こうも主の側を頻繁に離れて好き勝手な行動も苛立つものだ。四六時中、とは言わないがせめて1日の二、三時間くらいは側を離れるなと言いたい。
 ましてや、兄妹喧嘩(という域を逸脱してやり過ぎたとは思ってないけれど)の後なのだから、尚更だろう。
「……ふん。まさか、あんな所で会うとは、な」
 そこまで考えたところで王はあの、張り付いた笑顔を浮かべる猫を思い出す。
 何度見ても不愉快で、懐かしい。もう二度と見たくもなかったというのに。
 陰鬱だと表情を曇らせた王は近くのマントを羽織り、埃を被っていた剣を手にして扉を開ける。
 昨日今日と続けて部屋から出るという異常な行動をした王を出迎えたのは、待ち構えたように居た芋虫。
「……珍しい事もあるものね、まさか引きこもりの貴方が出てくるなんて。明日は世界が崩壊するのかしら」
「俺を厄災のように例える無礼は許す。世界が崩壊とはまた大規模な揶揄だなダイヤ」
「それほどアナタが部屋から出るのが珍しいのよ。引きこもりは飽きたの?」
 その問いに王は気晴らしだと答え、「何か問題でもあるのか」と不遜に笑う。
 芋虫はいろいろあるけれど。と小さく溜め息をついて静かに王を見返した。
「ジャックなら今は居ないわよ。城の外まで任務に行ってるわ」
「……任務? あの男がか。嘘ならもっとマシな嘘をつくんだな」
「……信用ないわねぇ。この場合、アタシが信用されてないのか、ジャックが信用ないのか…」
 苦笑いを浮かべる芋虫を一瞥した王は、ハッ! と馬鹿にしたような口調で「俺の騎士に決まっているだろう」と断言した。それはそれでどうかとも思うけど。
「あの男が、わざわざ出向く任務など俺の命令か或いはどうしようもない何かがあった緊急事態くらいのものだ。…ふん。それでも貴様の言葉を信用するなら――大方あの異世界の女が唆(そそのか)したのだろう?」
 かつてのジョーカーを唆したように。そう言って王は不愉快で仕方がないと呟き、ツカツカと歩みを進めた。
「アレは俺の騎士で俺のモノだ。奪われるなどあってなるものか。場所は……何となく見当はつくが……蜥蜴の屋敷か?」
「えぇ。行くの?」
「何なら、貴様も共に来るか。スペードの王にして俺の護衛という光栄を受け入れろ」
 冗談みたいに傲慢な台詞を吐いた王に芋虫は首を振って、遠慮しておくわと誘いを断った。
 王はそうかと短く告げて、近くを通りかかったメイドに馬を出せと偉そうに告げた。

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 そして視点はアリス達に戻る。
 合流したアリスとジャック、三月ウサギを認識し、もう一人を見た白兎は間髪入れずにちょっと待ちやがれと制止する。
「何だか一人増えてやがる気がするのは俺の気の所為でやがりますかね三月」
 警戒しながらまず三月ウサギに確認を取る白兎にあぁ。と頷いた三月ウサギは淡々と経緯を説明した。
「――そんな訳で成り行きだ」
「成り行きってさぁ、アンタ達の敵だろ。ラスボスだろ? 何で受け入れてんだよ有り得ねーだろ」
 簡単に締め括った三月ウサギにダムがうんざりしたように声を上げ、それに対して本人であるナナシは無表情のまま「うるさい」と言った。
「私は別に仲間とか友達になった訳じゃないし、敵意もない。ただ、アイツから逃げる為につるんでるの」
「はぁ? 逃げるぅ? お前これで何度目だよ。いい加減諦めて大人しくしろよ。お前が他に行ける場所なんてないのは分かりきってんだろーが」
 呆れたように目をすがめたダムの言葉で、彼女の脱走がこれまでに何回か行われていた事実が明らかになる。
「……頼んでもいないのに世話を焼く変態の側に居続けたらそれこそ頭が痛くなるわ」
 さらりと返すナナシにアリスはよっぽど嫌なんだなぁと思って。その他の面々はそれぞれが微妙そうな表情で二人のやり取りを横目に状況の確認をする。
「……まぁ、無益な争いは避けるに越した事はないな。何か収穫はあったか?」
 そう切り出した時計屋に三月ウサギは特になかったなと答えた。
「無駄足だったって事でやがりますか。実質的に振り出し……いや。この女が手掛かりと気休め程度に考えれば全くの無駄足だったとは言い切れねぇですが」
「んじゃ、とりあえずお城に戻る? 僕もしろたんも疲れちゃったし☆」
「あー、賛成。オレも疲れたー」
 白兎にべったりと引っ付いた帽子屋の意見にジャックは同意し、「アリスちゃんとアンタもそれで良いよな」とアリスとナナシに言う。特に異論はない。
「さて、じゃあレッツゴー☆」
「って……待てよ。何っで…、ぼく達まで行かなきゃなんないんだよ! はなせっつーの」
「……もう、どうでもいい……」
 ハイテンションな帽子屋を先頭に、鞭で縛られたまま文句を言うトゥイードル兄弟と無言でそれを引っ張る白兎。
 戸惑いながら続くアリスの隣に並んで歩くナナシと、帰れるーっと上機嫌な声で時計屋に絡むジャック。遅れて三月ウサギの順で、来た道を戻る。
 元の世界に戻る為の方法は分からなかったけれど、何もなかった訳ではない。アリスは前向きに考える事にした。
「ところで、ナナシ…さんは、その。一体誰から逃げているの?」
 道中。騒がしい面々の中で無言のまま歩くナナシにふと気になっていた事を問いかけてみた。
 ナナシは変わらない表情のままでアリスの方を向くと、「言ってなかったかしら」と無関心そうに口を開く。
「トカゲのビル、だったかしらね。名前なんて呼ばないから結構うろ覚えだ」
「トカゲ、って」
「あら。あのヒステリックな女から聞いてない? 私を裏切った不届き者よとか何とか」
 ヒステリックかどうかはさておき、アリスが聞いたのは裁判で彼がアリスというか、ナナシ。彼女と共に姿を消してしまったという話だ。
 今更ながらに彼女が指している人物がその蜥蜴のビルだという事実を認識し、ナナシが彼から逃げているという現状をぼんやりと考える。
「……どうしてナナシさんは、トカゲさんから逃げようと?」
「同じ事を何度も言うのは嫌いだけど、まぁ良いわ。アイツが鬱陶しいから」
 それは初耳な気もしたが敢えては突っ込むまい。二人の間に何があったのかは、アリスが検索すべきではない事情なのだから。
「そんな事より、貴女。随分と能天気で気楽なようだけど、本当に元の世界とやらに戻りたいと思ってる?」
「え、それは勿論だけど……じゃなければわざわざこんな所まで足を運ばないし、みんなを巻き込んだりしない」
 そう。アリスの目的はあくまでも元の世界に帰る事。だからこそ話を聞き、あちらこちらへと移動しているのだ。
 なのに、ナナシにはそう見えなかったらしい。そうとだけ短く告げて、嘲笑うように小さく笑う。
「気付かないのはある意味で幸せよね」
「?」
 どういう意味なのだろうか。アリスは首を傾げ、ナナシにその意味を聞こうとした。が、それは視界に入った人物によって止まる。
「……ハッ! ……蟻のようにゾロゾロと楽しそうだな、」
 低く吐き捨てられた声音。そして、黒馬に乗りながら見下す冷ややかな紅い瞳――スペードの王が、そこに居た。
「……王様、何で、」
 驚きを隠せないまま、帽子屋が警戒の体勢で聞き返す。王は無言でジャックに視線を移すと不愉快そうに舌打ちをした。
「チッ……少しは俺の騎士だという自覚を持て、何をしている」
「何をって。見りゃ分かるだろ? 楽しい仲間との触れ合いぶらり旅ですよ。別に離れるな、なんて命令は聞いてませんし」
 ジャックは薄っぺらいヘラヘラとした笑みを浮かべて告げる。
「そうではなかろう。お前は一体、何の為の騎士だ」
 王は眉をしかめ、ジャックからアリスとその隣に居るナナシに侮蔑の視線を向けたまま、言葉を連ねた。
「俺を守り、俺の敵を排除し、一生を俺に尽くすべき存在だろう。それが、俺の敵であり嫌悪する異世界の異端と仲良く肩を並べているとは、何事だと聞いている」
「お言葉ですが、王。ジャックは私の――」「時計屋、ちょっと。…黙っててくれよ」
 余りの物言いに、時計屋が言い返そうとしたのをジャックは静かに遮った。いつものヘラヘラした表情のままで王に視線を向けて。
「これは、オレと王の問題だから」
 王はジャックの台詞に僅かに眉をしかめたが、何も言わない。
「……っても、納得はしてくんないだろうけど。王も王で、何でオレが戻るまで待てなかったかなぁ、そんなに執着してくれるのは騎士として冥利に尽きますがね。三月と帽子屋じゃあるまいし、男同士でべったり、なんて気持ち悪いんで遠慮したいっす」
 ジャックの揶揄に三月ウサギが淡々と告げ、帽子屋がテンション高く続く。
「そんなにべったりしてたつもりはなかったけどな。」
「えぇー、みっつんだって何だかんだでボクの事を大好きな癖に!」
 こんなシリアスな展開でもノリの変わらない帽子屋と三月ウサギはある意味で良いコンビだ。王はそんな主従を一瞥もせず、鼻を鳴らした。
「……ふん。俺とて、貴様との関係で妹の妄想の餌食になる気はない。だが、俺はお前の主だ。大人しく俺の言葉だけに従え」
「……あぁ、うん。何かオレ、最近こんなんばっかじゃない? やだなー」
 傲慢な王に、やる気のない騎士。対照的な二人を黙って見ているしかないアリスはどうしたものかと周りを窺(うかが)った。
 白兎はトゥイードル兄弟を拘束している為に動けないし、時計屋は苦々しい顔で様子を見ている。
 帽子屋は止めようと思ってるんだろうけど、三月ウサギはいつも通り読めない。そして、隣に居るナナシは相変わらずの無表情で無関心そうに眺めていた。
(どうしよう、ここは様子を見守った方が良いのかな、)
 それでも、いつジャックがあの時のように剣を振りかざすか分からないので警戒だけは緩めない。
 重い沈黙が数分続いて、それを破ったのは拘束されてはいるものの話す事は可能なダムの罵声だった。
「あのさぁ、なぁんかゴチャゴチャんなってシリアスなとこ悪いんだけど。アンタ達に構ってる暇、ないんだよね。ぼく達は変態ドSに拘束されてっから一刻も早く解放されてーし、」
 本人にしてみれば最もな意見に続き、第一さぁ。とダムは王を見据え、せせら笑う。
「てめえじゃ何にも出来ねぇ癖に、殺せだの排除しろだのって、すっげぇ格好悪ぃぜ? なぁ」
「……確かに、みっともないね。何様だよ。あ、王様だっけ?」
 可愛らしい顔とは正反対な口の悪さで告げたダムに、ディーが拍車をかけるように嘲笑う。
 何て凶悪な双子だろうとアリスは思いながらも内心同意だった。
「それから、黒髪の女はともかくアリスは殺せないだろうね。何せ、蜥蜴(トカゲ)のお気に入りなんだもん」
「……蜥蜴」
 続けられたディーの言葉に、王は怒るでもなく、ただ。蜥蜴にだけ反応を示す。
「トカゲのビル、か。…成る程…どうやら不愉快な異端がきっかけで現れたか」
 あの、母を裏切った男が。と呟いた王は何が可笑しいのか。クックッと喉を鳴らした。
「面白い。ならば望み通りに俺が手ずから殺してやろう。穢(けが)らわしい返り血が付着するのは堪らなく不快だが。あの『裏切り者』を誘き出せるというならば良しとするか」
 赤い瞳が、明確な殺意と共にアリスとナナシに向けられ、漆黒の髪をした傲慢な王はゆっくりとした動作で剣を鞘から抜く。
 アリスは咄嗟にナナシを庇うように動き、彼女の手を引いて逃げようとしたのだが、ナナシは不思議そうな、不可解そうな表情でアリスを見返したまま動かない。
「ナナシさん…ッ」
「……貴女、何を慌てているの? 殺せやしないわ。むしろ、殺せるものなら殺してごらんなさいなと格好良くキメルところだと思わない?」
「思わない!」
 何て人だ。あんな殺意のこもった目を向けられて平然とそんな台詞を吐けるとは。
「とりあえず、逃げましょう…ケガしちゃいますよ」
「……逃げたければ一人で逃げれば自分は助かるのに、随分と非効率な真似をするものね」
「言ってる場合じゃないよ、それに例え誰だろうと目の前で危ない目に合うって分かってたら助けるのが普通でしょう?!」
 ガキン、と直後に金属音がして。アリスが振り返ればそこには王が振りかざした剣を刀で受け止めた時計屋の姿があった。
「……全く、きみは危なっかしいな…」
 ギチギチと嫌な音と、苦笑い気味に告げられた時計屋の言葉に、アリスは何も言えなかった。
「……時計屋。刀を引け。俺とて大事な騎士の友人を傷つけるのは好ましくない」
「俺が傷ついて、妹の友人を守れるなら引けないのでね」
 王はそんな時計屋にそうかと馬鹿にしたように鼻で笑い、ならば無理矢理退かしてやろうと剣を横凪ぎに振るう。
 止めていた刀が弾かれる。時計屋は息を詰めて、もう片方の刀を抜刀した。
 二人共に細身の体型でよくもまぁ、重そうな剣や刀を我が身のように振るえるものだ。
「……みっつん、珍しく止めないね?」
 帽子屋はタイミングを見計らいながら、アリスとナナシを助ける為に腰を落とし、聞いた。
 三月ウサギは時計屋と王に目を向けず、立ったまま動かないジャックに視線を止めたまま薄く笑い返す。
「時計屋はお前に任せるぜ、相棒。俺はアイツが妙な真似をしないか気になるからな」
「わぉ☆ 期待されちゃあ応えないとね! オッケー、みっつんの大事なトッキーは僕の友達でもあるから。任せな」
 そして。そんなやり取りに呼応するかのように、事態は急変する。まるで嘲笑うかのように。


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