閑話番外ー04『三月ウサギの理由』

終末アリス【改定版】



 
 きっとお前は覚えてなんかないんだろうけど。
 あの時、お前だけが俺にとって唯一の奴だったから、だからこそ。
 これは一方通行の感情。一方的な執着なんだと自覚はしてる。


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 三月ウサギというのは、別に珍しい名前でもない。
 ただ、お約束のように、三月と名のつくウサギは気が狂っているように。決まってどこか頭のネジが外れている――らしい。
 とはいえ家族も居なければ友人も居ない存在に家系がある訳もないのに三月ウサギという名前がそういった意味で知られているのは、それが分かりやすい記号だからで終わる。
 親も兄弟も分からない孤児院で育てられ、自分がそういう存在だと知ったのは六歳ぐらいだったか。
 役割が振られたら、自然となるのがこの世界の理だからまぁ、そんなもんだろうとあっさり納得した。
 実際、常に淡々としている性質は不気味だったようで、誰も必要な時以外は話しかけてこない。
 一人で生きて一人で死ぬならそういう運命だったと割りきったし、風邪をひこうが怪我をしようが、別段心配されないならなんて気が楽な存在か。
 ここで寂しがる所かあっさりと考える辺りが狂いなのだと誰かに言われた気がする。
 けど、生まれてからこれまでの人生で育ててもらった恩義はあれど、その誰にも心配されたりだとか、必要とされたりという経験がしなかったので寂しいという感情が分からない。
 寂しがるとか。無意味な感傷に酔う程に自分自身を好きな訳でもない。
 なら、構わない方が良い。居心地は良くもなく、悪くもなく。適当に生きていく分には困らない。

 ――なのに、物好きというのは居るもので。
 ソイツは俺がどうして一人で居るのかとか、三月と名のつくウサギだからとかそんな先入観をすっ飛ばして、話しかけてきた。
 それも挨拶とかそんなんじゃなく、たまたまその前日についた傷を見るなり「大丈夫か、」と。逆にお前が大丈夫かと思った。
 普通の知り合いが怪我をしてて心配するならまだしも、見ず知らずの通りすがりに対して、何を言い出す。
 多分、端から見て分かる位には驚いてただろうな。次いで、俺が返したのは沈黙。黙ったまま、薄く笑う事だけだ。
 俺に構うなんて頭の可笑しい野郎のする事なんだと大概の奴はそれで引く。
「……少し待ってろ、消毒して薬を塗らなきゃ化膿する」
 なのに、無頓着にも傷の具合を確認していくのはとても不可解でしかない。いや。あのさ、気付けよ。
「……お前、バカなのか」
 思わず発していた言葉。その言葉に怒るでもなく、何だ話せるじゃないかと普通に返したソイツが時計屋だと知ったのは同期
――いつもヘラヘラと笑う顔が印象に残っていたジャックの声で、俺と時計屋の組み合わせを見るなりきょとんとしていた。
「時計屋……、と。あれ、三月? に、何してんの時計屋」
「手当てだ。」
「……ふぅん? 因みに三月がつくウサギだよ、ソイツ」
「?……それがどうした」
 恐らく、その時のジャックと俺の心境は同じだったに違いない。ただ単に時計屋が無頓着過ぎるだけなのかも知れないが。
「……どうも」
 一応、これでも礼節はわきまえてるつもりなので礼は言う。手当てをされた傷は確かにマシになっていて、三月と知らぬ事とはいえ時計屋に感謝はしたんだ。
 どうせこれきり関わる事もないにしても。
「あぁ、気にするな。俺が勝手にした事だ」
「お人好しっつーか、優しいよなぁ。相変わらず」
 確かにな。ジャックに同意して苦笑う。そのまま帰ろうと立ち上がった俺に、何を思ったか。
「……待て。お前、名前は?」
「……は?」
 いや。話を聞いてないのかアンタ。知らないままならともかく、知っても関わろうとするのはただの馬鹿だ。
 現に同期のジャックとは互いを認識していても会話すらしていなかった。互いに関わらず、話さない。それが普通でそれが当たり前の反応だ。
「……三月ウサギ。ってソイツから聞いただろ」
「コイツからは聞いてもお前からは聞いていない。それから俺は時計屋だ」
 確認してから、自分自身も名乗っていないと気付いたらしく、自己紹介まで続けて言った時計屋は不可解だった。
 周囲の評価や、人の目なんて気にしていない。頓着していない。よもや知らない訳ではないだろうと尋ねてもみた。
「……三月の意味、知ってる?」
「あぁ、ここでは頭のネジが外れている。春の前触れ。あと、三日月か。他にも様々な意味があるがそれがどうした」
 あぁ、バカなんだ。そう判断した俺は生まれてから初めて、楽しい意味合いで笑った。
「……時計屋、な。覚えとくよ。それから改めて三月ウサギだ。他人に名乗るのはこれが初めてで、ついでに知っても構わず話しかけてきたのも、お前が初めてだ」
 この恩は忘れないし、生まれてから初めての興味対象はこの時点で時計屋になった。
「よろしく」
 そう告げて差し伸べた手を、時計屋は不思議そうに見た後、あぁ、と握り返した。
 拒む最後のチャンスだったのに、本当にバカだと笑った。

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 似た者同士。類は友を呼ぶ、とはよく言ったもので、時計屋と会ってからの俺はしつこい位に時計屋に話しかけ、反応を楽しんでいた。
 それを面白くないと思ったのはそれまで時計屋の傍らに居たジャックだ。ヘラヘラした素振りで俺を見る時の瞳といったら!
 何度となく会話を交わしても、それは義務的なものでしかなく、それが逆に面白く思えた。
 メアーリンは寧ろ、時計屋と同じで本気で時計屋が拒まない限りは普通に話すのに、ジャックはあからさま過ぎる。
 気に食わないと、近付くなと。笑顔でいながら視線は敵意に満ちている。なのに気付いてるのは俺だけだ。
 その敵意も、俺にとっては退屈凌ぎでしかない。
 一番の興味対象が時計屋だから、自然と近くに居るジャックの事も知っていく。気付いた点は似た者同士だという事だ。
 剣を握る時の表情が素なんだなと以前一度だけ聞いた事がある。答えはいつものヘラヘラした笑顔だけだったけど、否定も肯定もなかった。

「……三月さぁ、オレの事が嫌いっしょ?」
 たまに話しかけてきたかと思えば、こんな質問だ。嫌いな奴には会話すら交わさない性格なんだが。
「別に」と返せば「ふぅん」と笑い、寧ろお前が俺を嫌いだろうと言いたかった。
 帽子屋と会ったのはそれから暫くしてからの事だ。
 白兎の事が大好きで、好き過ぎて妙なアタックを繰り返す有名人だろうが何だろうが俺には然程関係も関わりもなかったが。
 切っ掛けは、ジャックと時計屋とメアーリン。俺はいつものように時計屋にちょっかいを掛ける為に利用しただけ。

 それから誰とでも仲良くなろうとする帽子屋とも話すようになった。
 ジャックも何だかんだで帽子屋と気が合ってよく一緒に居るのを見掛けたし、帽子屋もジャックの事を気に入ってたようだ。
 あぁ。このまま帽子屋はジャックを騎士にして、ジャックはクローバーの騎士になるんだろうと思ってたんだ。他人事ながら。
 それが何でかは知らないけど、ジャックが帽子屋の騎士ではなくスペードの騎士になったと聞いた時は少しばかり驚いた。
 てっきり帽子屋の騎士になるものだとばかり思っていたから、思わずジャック本人に聞いてみた。
「へ? 何でオレが帽子屋の騎士じゃないのか、って……三月さぁ、帽子屋の白兎大好き病知ってるだろ。帽子屋が白兎以外を側に置くわけないじゃん」
 だそうで。コイツ、案外鈍いよなと心底思う。現在進行形で。それからついでに帽子屋の騎士になった経緯は成り行き。
 ジャックを騎士にしたかった帽子屋はさぞ沈んでるんだろうと様子を見に行ったんだよな。ところがどっこい。
 沈むっていうか、やけ食いの真っ最中。甘い甘いお菓子に囲まれて幸せなんだかジャックに振られて切ないんだか。
「もうこうなったら三月くんで良いや! 僕の騎士になってよ」
 半ば自棄になった帽子屋はきっと誰でも良かったんだろう。別段、俺も本気だった訳でもなかったんだけど、
「いいぜ」
 と、答えた言葉がいつの間にか本気で騎士になってたと気付いたのはそれから一年後。
 だから成り行きとしか言いようがないものの、仕方ないか。今じゃすっかり帽子屋の扱いに慣れたし息も合う。
 半年間の甘味尽くしにはかなり苦戦したけど、これに関しては思い出したくもない。

 俺の最上は時計屋で帽子屋の最上は白兎。
 互いが一番じゃないからこそ妥協は出来るし、これはこれで悪くはなかった。

 それでも。それでも、だ。やっぱりジャックは俺が嫌いで、信頼でも友愛でも絆でもなく唯一の時計屋と帽子屋だけが間にあるから。
 俺はアイツを見捨てられないし、アイツは俺を殺せない。だから、俺はアイツを嫌いではないと思うけど、好きでもないんだよな。
 ぶっちゃけ、面倒臭い。面と向かって言ったら更に反抗するから言わないけど。

 似た者同士だとは思っていたし、同族嫌悪だとも思っているが、実際は似てるようで正反対なんだよ、お前。
 ひねくれてる癖に素直で、誰かを信頼してるようでしていない。ヘラヘラしてる表情の裏では、きっと俺と変わらない位には平然としてるんだろ?
 半面、俺が気に食わないとか言うけど。だったら気にしなきゃ良いのに。本当に、面倒だ。

 だから、いい加減に認めちまえ。俺もお前も結局は変わらない同じ穴のムジナだってさ。
 狂った世界にゃ、狂った俺やお前が居てこそ丁度良い。そういう世界でそういう摂理だ。
 あぁ、でも。
 何だかんだで俺がこうして気にしてるのは、案外お前が好きだったりするからなのかもな。
 言葉に出したらまた不愉快そうに否定するのは目に見えて分かってる事だけど。それもまた、一興。


今のところは好きでもないお前との係。終。


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