chapter1ー15『些細な違和感』

終末アリス【改定版】



 
 三月ウサギが時計屋の無事を確認した傍ら。青い髪の少女は信じられないと小さな声でぼやいた。
「……っううう、あり得ない、あり得ないよこんなの。何で、何が悪かったんだ? あんな手でこのぼくが、負けた?」
 怪我をした肩と足を庇いながら納得いかないと呟く片割れを見つめ、赤い髪の少女はやれやれとばかりに降参の意思を示す。
「……ぼく達の負けだよ。畜生、分かったよ。通りなよ。最悪だぜ、お気に入りの服は切り裂かれるわ相方は再起不能にされるわ。こんなザマじゃアリスに笑われちまうぜ」
 何気なく告げられた名前にアリスは名前を名乗っただろうかと考え、次いでこの少女が言うアリスに違和感を感じた。
「アリス? …どうして私の名前を知ってるの、というか笑わないよ?」
 少女の言葉に振り返り、首を傾げれば少女は思い切り驚いた目を向ける。
「はぁ? アンタがアリス? 何を言ってんだか、アリスなんてワガママな女は一人で充分、」
 少女は途中で自分が余計な事を喋ってしまった事に気付き、三月ウサギが当たりだと白兎に言う。
「……どうやらコイツ、もう一人のアリスの事を知ってるみたいだな」
 白兎は少女を鞭で縛り上げると短く「話せ」と告げた。
「いでっ……ちょっ……待てよ、白兎! こぉんな可愛い子を鞭で縛り上げるとか絵的にヤバイぞこのロリコン」
「やかましいですよこの変態。大体テメェ等、男なんだから服がどうの可愛い面だのと女々しい発言してんじゃねぇですよ」
「男女差別してんじゃねーよ鬼畜眼鏡が! 男だって可愛いけりゃ正義だぜ? むしろ最近ハヤリの男の娘――」
 ぎゃいぎゃいと騒がしく白兎と少女の会話が続く中でアリスは混乱した。男だと、聞こえたのは気のせいであって欲しい。
 あんな可愛い男の子が存在して良いのか。いや、むしろ、おとこのこ? どこか通常とは微妙にニュアンスが違った気がする。
「おー、混乱してんなアリスちゃん」
 ぐるぐると悩むアリスに笑いながらジャックがその疑問に答えを示してくれた。
「アイツ等はトゥイードル兄弟って言って二人とも男だよ。白くて生意気なのがダムで黒くて根暗がディー。何であんな格好してんのかは知んないけど」
「確かに昔は普通に無難なパンク系の格好だったよねー。行方不明になってた間に何があったんだろう、あー、でもしろたんに鞭で縛り上げられるならボクもフリフリの可愛い服着るよ☆」
「視覚暴力だ、止めやがれ」
 とりあえず帽子のショックから脱したらしい帽子屋の発言に心底止めろと青ざめる白兎の突っ込みが入った。
「何で!? しろたんの為なら僕はどんなマニアックな格好だって出来るよっ☆」
「……寧ろ俺がそんなマニアックな格好を好むと考えてんじゃねぇと突っ込むべきか、テメェのそんな格好なんざ見たくねぇんですがと釘を刺すべきか。とりあえず死ねとまでは言わねぇから黙れ」
「そんな優しさに溢れたしろたんが大好きだ☆」
 感激する帽子屋が抱きつこうとしたところで白兎は無言のまま使えない鞭の代わりに蹴りを入れる。
 そんなやり取りに耳を傾けていた時計屋が埒が明かないなと判断し、「とりあえず」と言葉を発した。
「手がかりはこれで増えた訳だ。俺の意見としては二手に別れて話を聞く方と、念の為に屋敷を探索する方とで行動するのが効率的だと思うが」
 それに対する異論はなかった。双子担当は白兎とやっぱり帽子屋で、時計屋はもう少し休むという事で残る。
 しかしそうなると探索出来るのは三月ウサギとジャック。そしてアリスになる訳なのだけど。
(…どうしてかしら…今、猛烈にチェシャ猫が恋しい…)
 行く先に不安を感じながら、アリスは屋敷に足を踏み入れたのだった。

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 トカゲの屋敷内廊下。
 玄関から順番に部屋をみて回りながら、微妙な空気のジャックと三月ウサギに何とも言えない心境でアリスは間を歩いていた。
「三月さぁ、気持ち悪いんだけど。何さっきの。時計屋はお前の所有物じゃないし、っつーかオレお前の銃で掠り傷受けたんだけど」
「助かったんだから良いだろ。掠り傷じゃ足りなかったなら一生消えない傷をつけてやろうか?」
「いらねーし。むしろ何でオレとお前しか動けないんだよ畜生。アリスちゃんを一人に出来ない以上は仕方ないけどさー」
「別に俺はお前と一緒でも構わないけどな」
「……いや、止めてくんない? 妙なフラグ立てんの止めてくんない? 嬉しくない」
「……嬉しくない、なぁ。じゃあ、お前が好きとか言ったらどうすんのお前」
「剣の錆にしちゃうかなぁ。あっはっはっはっは」
 ジャックの笑い声と三月ウサギの喉の奥でクッと笑う声を聞きながらアリスは黙々と部屋を調べていく。
 とりあえず、この二人の会話は深く考えずに聞き流しておいた方が良い。
「それにしても殺風景な部屋だよなぁ。あの人らしいっちゃらしいけど」
 適当にキョロキョロと見回しながらジャックが言う。一応、調べていたのは調べていたらしく、飾ってあった絵画の裏を覗いていた。
「俺にしてみれば殺風景過ぎる気もするけどな。世界の拷問器具図鑑は興味深かった」
「……それ、一体何の目的で?」
「好奇心じゃないか、多分。何でも読む人だったからな」
 まぁ、幾らか譲ってトカゲのビルが何でも読むのが事実だとしても。何故それを三月ウサギが知っているのか。
「興味深かった、って事は三月ウサギはそれを読んだの?」
「あぁ、貸してくれたな。快く」
 何でも読む人から借りた本がそんなおどろおどろしい本だという事実が怖い。そもそも何の為にそれを読もうと思うに至ったかが気になる。
「オレが知ってる限りじゃ、堅苦しそうな奴ばっかだったけど」
「へぇ。俺は逆に官能小説とか不健全な本が多かったけどな」
「……マジかよ、」
「マジだよ。アンタが好きそうなバイオレンス系もあったけど、知らなかったんだ。ふーん」
「……いや、そもそも小説自体に興味ねーから。」
 三月ウサギとジャックがそれぞれ違う本を見ていた事について雑談を交わしていく。
 本当に何でも読むらしいというのはアリスにも分かったが、同時にますますトカゲのビルという人物が分からなくなる。
「けど確かに、あれだけ毎日違う本読んでて、部屋に一冊もないってのは不自然だな……まぁ他の部屋に書庫とかあんのかもしんないけど」
 ジャックは適当に調べ終えると一人でさっさと別の部屋に移動してしまい、アリスはそのあまりの自然さについ引き止め損ねた。自由だ。
「………」
 ふと三月ウサギを振り返れば、特に気にした様子もなく。いつものアリスが知る限りの涼しい顔で「ん?」と薄く笑う。
 こうして見ると冷静沈着で穏やかな人に見えるのに、時計屋に対する執着とそれ以外はどうでもいいと告げたさっきの彼が同一人物だとは思えない。
 それは同じくジャックにも言える事だけれど。
(…この二人を見ていると白兎や帽子屋がまともに見えてくる不思議だわ)
 どっちもどっちだとは思うが。今は関係ない話だとアリスは割りきって次の部屋へと進む。三月ウサギは何も言わずにアリスの後に続いた。

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「なぁ、アンタ」と、三月ウサギに呼ばれたのは、これが最後の部屋だというところ。
 数ある部屋を調べるのには流石に骨が折れたけれど、何の手がかりもないままここを調べれば終わる。
 そんな矢先に何の用かと怪訝に思った。
「チェシャはどうした」
 問われた言葉は、今更ながらに今更過ぎる質問で。逆にそれはアリスが聞きたい位の質問だった。
「……昨日から、会ってないわ」
 そう。あれきりチェシャ猫は姿を現さない。
 半ば諦めていたのも事実で、あんな酷く自分勝手な八つ当たりをしてしまったのだからと自責の念に瞼を閉じる。
「ふぅん。会ってない、か……あぁ。気にするな、別にアンタを責めてる訳じゃない。ただの興味本意だ」
「……好奇心旺盛だね」
「退屈だからな。自然とそうなるさ。だから、アンタにも興味は少なからずあるんだ。
チェシャ猫が、帽子屋が、芋虫が、ハートの女王が。白兎が、ジャックが、この俺が、時計屋が、そしてあのビルが」
 どうして何の変鉄もないただ異世界から来てしまっただけのアンタに興味を持つんだろうな? と。
 喉の奥で笑いながら三月ウサギはアリスを見つめる。
「違和感を感じるんだよ、この世界の全員は頭のネジが何本か欠落しちまった奴等ばっかだ。
昨日今日会ったばかりの他人にここまでする義務も義理もない。だから、ずっと不思議なんだよ」
 違和感。それは、アリスも確かに薄々気付いてはいた。けれど、それは深く考えずにいたかった。
 素直に親切心からの行動だと思いたかった。何も言えないアリスに三月ウサギは静かに一歩詰め寄る。
「最初からさっきまで。どうしてアンタ、死なないんだ? 帽子屋は確かに気まぐれだ。ジャックは時計屋とメアーリン以外は躊躇いなく殺せる筈だった。
まぁあの状況じゃ仕方ないと言えなくもないが、問題はさっき。あの時アンタは両腕を斬り落とされたって可笑しくはなかった。それも白兎のお陰で無事に無傷。
俺が仕掛けた銃の暴発だって運の問題とはいえ、掠り傷の一つくらいはあったって不可抗力だろ? …偶然か?」
 なぁ? と低い声が響く。そんな事を聞かれてもアリスには分からない。何の力も持たないただの小娘に過ぎないのだから。
 偶然にも助かり、幸運にも怪我をしなかっただけだ。
「どうして、そんな事を聞くの……?」
「質問に質問で返すか、アンタも大概、肝が座ってるよな。言っただろ。ただの好奇心かつ興味本意だ」
「……なら、分からない、で納得してくれるのかな」
 淡々と返す三月ウサギに負けじと見返したアリスは掌の汗ばんだ感触をスカートで拭って、息を落ち着かせた。
「私は、白兎の所為でここに来てチェシャ猫に案内されるがまま帽子屋さんに会った。芋虫さんの勧めで時計屋さんに会って、お城で女王様の話を聞いた。
元の世界に戻りたいから、こんな所まで来てる。確かに、付き合ってもらっているのは心苦しいけれど、私は、誰かに頼らなきゃ生きられない弱い生き物なの」
 そう。弱い。斬られれば痛いし理不尽だと思えば年甲斐もなく怒る。弱くて普通のどこにでもいるような一般人だ。
そんなアリスに一体何があると言うのか。
「……あァ、成る程」
 三月ウサギは僅かに眉をしかめた後、クックッと笑い始めた。
「成る程、そういう事か。だからこそ、アンタは放っとけないのか。面白い、あぁ、一応バカにしてる訳じゃない。俺なりの褒め言葉だ」
 そうかそうかと一人で勝手に納得してしまったらしい三月ウサギは険悪な空気を一変させて最後の部屋の扉を開ける。
 訳の分からない状況でアリスは一体何だったのかと聞き返す気力もなく、黙ってその後に続いたのだった。


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 アリスと三月ウサギが最後の部屋を調べ始めた頃、尋問になかなか口を割らないトゥイードル兄弟に苛立ちも露にした白兎はいっそ殺すかと物騒な思考を巡らせていた。
「加減してやってんですが……いい加減に面倒ですね。指を一本ずつ斬り落とす拷問に切り替えても構わねぇですか。構わねぇですよね。つーか、ぶっちゃけ殺してぇ気分なんですが」
「しろたんの思うがままにやっちゃえば良いと思うな☆ 僕はしろたんの為なら証拠隠滅から処理まで何だって協力しちゃうよっ☆」
「……鼻血出てるよこのド変態。つーか、良い大人がぼく達みたいな幼い子供に尋問とか拷問とか頭可笑しいんじゃないですか。死ねばいいのに」
 白兎の冗談に聞こえない発言に、興奮ぎみで同意する帽子屋。それを見て思い切り引いたディーは吐き捨てる。
「ちっ……調子に乗りやがって! アリスの居場所なんざ知らねぇって! ぼく達だってたまたま偶然会ったってだけだし。何回言えばいいんだよ、知ってんだろぉが、ぼくの口の軽さは!」
「ああ、よく知っている。苦し紛れにウソをつくよな。お前は」
 自慢にならない言葉を自慢気に告げたダムに時計屋が冷静に突っ込みを入れる。それが事実なだけにダムは言葉に詰まって舌打ちをした。
「なぁんで時計屋は細けぇ事まで覚えてるかなぁ? ひょっとしてぼくの事を好きだったりすんの」
「好きだが」
 数秒の間。白兎は思わず時計屋を二度見して、マジで言ってやがんですかと引いた。
 帽子屋はオーバーリアクションで片足を上げ、両腕を中途半端に固まらせた体制でええええええーとこちらも引いた声を上げる。
「なっなななななぁあ!? ばっばっかじゃねぇの、そんなカミングアウトなんざいらねぇんだよ! 確かにぼくは可愛い顔だし、男の娘なキャラ付けで遊んでたから分からなくもないけど…っ」
「……? ……何を驚いている。別に愛の告白のつもりはなかったが、勘違いをさせる言い方をしたか?」
「……っっ!」
 天然と早とちり。とても真面目な表情でダムを見返した時計屋は静かに訂正し、早とちりをしたダムのみならず白兎と帽子屋も黙り込んだ。
「あぁ、うん。そういう奴だよねトッキーは」
「…あァ、そういう野郎でしたね」
 意図せずして誤解させる天然な鈍感を前に、遠い目をして帽子屋と白兎はしみじみと呟いた。


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