chapter1ー14『双子の門番』

終末アリス【改定版】



 
 トカゲのビルの屋敷という目的地へと赴くため、アリスと白兎はまず時計屋の元へ行き、事の経緯を説明した上で同行を求めた。
 時計屋は少しだけ悩んだ素振りをしたが、彼としても興味はあるらしく頷いてくれた。
「別に構わないが、……それより君。チェシャ猫は一緒じゃなかったのか?」
「チェシャ、猫」
 あの時、別れたきり会っていない名前を言われて、アリスは僅かに眉をしかめた。
 たった数時間なのに、もう何日も会っていないような気分だ。
「ごめんなさい、分からないわ」
 気まずいながらも正直に知らないと首を左右に振る。
 時計屋は少しだけ何か言いたそうにアリスを見返したけれど、そうか。とだけ呟いてそれ以上は何も聞かないままで居てくれた。
 白兎に促され、次に事情を説明したのは三月ウサギ。どうでも良さそうに、
「まぁ、帽子屋の許可が出れば付き合ってもいーけど」
 と例の如く淡々と告げて、帽子屋はといえばこれまた例の如く白兎に激しく猛烈なアタックと共にOKを出した。
 その辺りはアリス的には忘れたいので割愛するとして。次はベッドに繋がれたままのジャックの元へ。
 丁度手錠と格闘中だったようで、白兎の姿を認めるなり変わらない態度で「やっぱ無理なんだけど、マジで外してくれない訳?」と言った。
「さっきも言いましたがね。鍵は無くした。従ってテメェのソレを外すには壊すしかねぇんですよ」
「壊すったって、これ割りと頑丈だし。両手が塞がってちゃ剣だって振り回せねーし……って、わお。時計屋に帽子屋じゃん」
 手錠に夢中になっていたジャックは今さら二人に気付いたようで、驚いた素振りで時計屋と帽子屋に笑いかけた。
 三月ウサギも居るのだけれど、どうして彼の名前だけ呼ばなかったのだろうか。
「何だ、そのザマは」「あははははっ! ジャックくんてば、何それ間抜けー☆」
 時計屋は呆れた様に。帽子屋は明らかに楽しそうに告げて、繋がれたジャックを眺めた。
「言っとくけどオレの趣味じゃないからね。白兎だからね」
 弁解して、ジャックはため息をつく。まったく反省の色が見えないが、アリスとしてはジャックをこのまま放置しておくのもどうかと思う。
「あの、ジャック。手錠、外して欲しい?」
「…まぁ、そりゃあ、ね。トイレに行けないとか辛いし。外してくれるならある程度は何でもするよ?」
「それじゃあ、付き合ってくれないかな。トカゲのビルって人の手がかりがあるところまで」
 ジャックの顔を真っ直ぐ見据えて、アリスは言った。その言葉に何故かジャックは目を見開いて、怪訝そうに口を開く。
「……それだけで、いーの?」
「え、……うん。だって、守ってくれるでしょ?」
 当たり前のようにジャックを見返すアリスの返答は意外だった。手錠を外すだけならまぁ、確かにその位は妥当なのかも知れないが。
「……どんだけお人好しなんだよ……あーあ。オーケー、了解。とりあえず、元の世界に戻る手がかりまでオレはアリスちゃんの騎士って事で、それだけは誓いますよ」
 どこか不満そうなジャックの言葉にアリスはうん。と頷いて、三月ウサギにお願いしますと言った。
 三月ウサギは欠伸を噛み殺しながら銃を構え、ジャックの手錠に向ける。
「…………」「…………」
 しかし、三月ウサギは引き金を引かず、ジャックを静かに見下ろしたまま動かない。
 見兼ねた帽子屋が「みっつん?」と声をかけたところで漸く三月ウサギが口を開く。
「……信用出来るとは思えないな。本当に連れていくのか? アンタ」
「うん。ダメ、かな?」
「三月。ジャックは確かにいろいろとアレな男だが、信用は出来る」
 三月ウサギの呟きにアリスと時計屋がフォローを入れた。それでようやく三月ウサギはジャックに視線を移して淡々と言葉を続ける。
「……まぁ、そうだな。お願いします、くらいは言って欲しい所なんだけど……なぁ、ジャック」
「…………」
 薄く笑んだままの三月ウサギの言葉に、ジャックの笑みが僅かにひきつった気がする。
 この二人の仲は悪かっただろうか。思い返してもそんな記憶がないだけにアリスとしては不思議でならない。
「無駄な時間が過ぎるなら最悪ヘタレは置いとくという選択肢が発生しやがりますが、放置プレイなお望みでやがりますか、騎士サマ?」
 白兎が半ば本気の口調でジャックに向かって告げた瞬間。ジャックは小さく「オネガイシマス三月サン」と思い切り棒読みの片言で黙っていた口を開いた。
 何故だろう。アリスが三月ウサギの立場ならイラつくと思う。
「言葉がなってないな。お願いします、オレ、何でもしますから。位は言って楽しませてくれないと」
 なのに、嫌そうなジャックの姿にドS心をくすぐられたのか。そう言って微笑む三月ウサギの笑顔はとても意地の悪い笑顔。
「それともアレか、俺に苛められたくてわざと言ってんの? 手錠嵌められて動けない状況で苛められたいなんて案外いやらしい変態なんだな、アンタ」
「…………」
「睨まれても苛められたくて潤んでるようにしか見えないな。無理矢理言いたくなるようにして欲しいのならそうねだれよ。望み通り可愛がってやる」
「……ッ…気色悪ぃんだけど」
「なら早く言えよ。お願いしますって」
 淡々と続けられる嫌みに耐えきれず、ジャックは思い切り嫌そうな低い声で吐き捨てた。それでも構わず三月ウサギは楽しそうに嫌みを続ける。
 そして数秒後。背に腹は変えられないと判断したジャックはその言葉をあからさまに嫌な表情で告げ、解放されてから暫く時計屋にべったりしている姿があった。
 確かに「…ッお願いします、三月、オレの手錠を外してくれたら何でもしますから…っ」と言ったジャックには少しばかり思う何かはあったけれど。
(…うん、とりあえず考えない事にしよう)
 そう思いながら、揃った面々と共に元の世界に戻る手がかりを見つける為、以前トカゲのビルが住んでいたという屋敷まで移動するのだった。

xxx

 深い森を抜け、芋虫から貰った地図通りに進んだところに、その建物は建っていた。
 長年放置されていた様で(まぁ、住んでいる人間が居ないのだから当然といえば当然だが)壁や門に伸びた蔓が絡まっている。
 この古い洋館にトカゲのビルが住んでいたのかとアリスは息を飲み、門に手を触れた。
 その直後、何故か一気に後ろに引っ張られ、次いでいきなり目の前に降り下ろされた巨大な斧に固まる。
 何があったのかを理解するより先に、白兎の「馬鹿ですかテメェは」と呆れた声が聞こえた。
 ただ門に手を伸ばしただけで何故そこまで言われなければならないのかと意を込めて白兎を見返す。
 しかし、そんな白兎の行動に帽子屋が口を挟んだ。
「素直に大丈夫かって言えないそんなしろたん萌えーっ!!」
「成る程、遠回しに心配しただろと言ってる訳か」
「いやいや、なかなかナイスなナイトっぷりだねぇしろたん」「しろたん言うなヘタレ」
 帽子屋の言葉に納得した時計屋が頷いて、からかう気満々なジャックがケラケラと笑った直後に白兎が冷ややかに突っ込んだ。
 そんな漫才コントみたいな彼等のやり取りに構わず三月ウサギは冷静な声で「次、来るぞ」と上空に向けて銃を発砲する。
 ガキン、という金属音がしたかと思えば、三月ウサギが放った弾丸をその手にした斧で弾いたらしい少女の姿。
 とん、と軽やかに地面に足をついた少女は重そうな両刃状の斧を持ったままでピュウ♪と口笛を吹いた。
「相変わらず冷静かつ的確だよなぁ。気狂い。かっこよすぎて惚れちゃうぜ? ひゃはっ!」
 可愛らしい外見に見合わぬ口調で告げた後、次いでアリスに目を向ける。
 思わず見惚れてしまいそうな笑顔で少女はその白いヒラヒラとしたスカートの端を摘み、軽くお辞儀をした。
「そしてようこそ、トカゲの変人の屋敷へと」
「ぼく達としては、すぐに引き返す事を推奨するけどね」
 まるで芝居がかった仕草で少女が告げた後に、もう一人の少女が姿を見せる。こちらの少女もまた似つかわしくない武器を担いでいた。
 白と黒。赤と青。しかし、その顔は見分けがつかない程にそっくり同じだった。
 好戦的な赤い髪の少女は白を基調とした女の子らしいワンピースとカーディガンという服装で、両刃の斧を。
 億劫そうな青い髪の少女は黒を基調としたボーイッシュなタンクトップにゴシック風の上着に短パンという服装で、身の丈よりも長い斧を。
 格好こそは対称的だけれど、彼女達は双子なのだろうとだけアリスは認識する。
 青髪の少女の言葉に返したのは何故か赤髪の少女で、やはり外見に似合わない乱雑な口調だった。
「おいおい、折角久しぶりに来たお客様を追い返すようなコト言うなよ。人生は退屈しのぎが主だぜ」
「退屈しのぎ所か、三月とジャックを相手に五体満足で居られると思うお前の神経を疑うよ死ね」
「可愛い面して辛辣だよなぁ。ぼくと同じ面じゃなきゃバラしてるトコだぜ」
 そして、いがみあう双子は仲が宜しくないようだ。余りの濃いキャラの突然の登場にうっかり目的を忘れかけていたアリスは恐る恐る白兎を見た。
 ここはスルーして行くべきなのか、それともこの双子の少女に関わらなければいけないのか。白兎はアリスと合った視線を外して深い息をつく。
 明らかに面倒だといった表情から察するにやはり避けては通れないんだろう。
「ふぅん。暫く姿を見掛けないと思ってたら、こんな所で門番かい? トゥイードル兄弟」
 気がつけば白兎を庇うように帽子屋がそう言って愛用の細長い針を構えていた。
 表情は変わらず笑顔だが、あのお茶らけた帽子屋が警戒している。自然とアリスも油断しないように双子を注意深く見つめた。
「……おやおやおやぁ? やる気ですか、旦那。無理すんなよいくら《役持ち》でも戦闘能力低いアンタじゃ役不足ってもんだ」
「そう考えると不思議なのはジャックだよね。引きこもりの子守りはどうしたんだい? まぁ、同じく白兎にも言える事だけど」
 先程の仲の悪さが嘘のように同時に臨戦体制に入った双子の片方は挑発。片方は怪訝そうに訊ねた。
 白兎は吐き捨てるように「俺は成り行き。ヘタレは自業自得でやがりますよ」と簡潔に述べる。
「……自業自得、って……オレ無理矢理強制させられた気がすんだけどなー」小さく小声でジャックは抗議していたけれど。
「まぁ、理由なんてぶっちゃけどうだっていーけどね。切り刻めればっ♪」
「同じく理由はどうだってよいとは思わないけど。一応門番だしね、許可なく入るつもりなら問答無用で切り潰す」
 その言葉をきっかけに、この世界に来てから何度目かになるバトルが開始される。
 というか、皆揃って血気盛ん過ぎるんじゃないだろうかとアリスは遠巻きにそれを眺めて突っ込みを入れてみる。止まらないけど。

「あーぁ、ガキ相手にあんまりやる気ないんだけどなぁ」
「ガキだと思って手加減してくれる訳ぇ? いやん、やっさしーいぃ♪」
「手加減? まさか。手加減出来ないから言ってんだよ。オレの通り名くらいは知ってんだろ」
 やる気のないジャックは白い少女の過激な攻撃を剣の鞘で軽くいなしながら笑う。少女もまたこれは序の口と言った笑顔で彼の通り名を口にする。
「もちろん知ってるよ。スペードのエース、だろ」「…残念。」
 斧を振り上げた状況で告げた少女にジャックは口角を上げた。
「戦闘狂いのキチガイだよ」
 その言葉と共に少女は正面からジャックの剣の餌食となる。しかし、すんでの所で致命傷を避け、舌打ちをした少女は距離を取り無惨に裂かれた洋服に眉をしかめた。
「最ッ悪! 割りと気に入ってたんだぜこの服」
 服より先に斬られた胸の傷を心配すべきではないのかと思ったが、少女にとってはそんな事より裂かれた服の方がショックだったようだ。
「服より自分の心配した方が良いんじゃないかな? 君の相手はジャックくんだけじゃなくボクも居るって忘れてもらっちゃあ困るな☆」
 その隙を逃さず帽子屋が背後から襲いかかる。咄嗟に少女は斧を横凪ぎに帽子屋に向けて振るったが、それより先にジャックが首元へ剣を押し当てて勝負はついた。
「……ぐっ……2対1とか大人の癖に卑怯じゃね」
「失敬な。立派な頭脳戦だからね!」「服は諦めろよ潔く」
 少女の文句に帽子屋とジャックは笑って流した。

 一方でもう一人の少女は静かに捕らえられた片割れを横目に、時計屋に攻撃をしながら三月ウサギの弾丸を交わすという器用さで素早く動く。
「ネチネチとしつこいな。しつこい男は嫌われるよ」
「それに関しては同感だが、俺も含まれているのか」
 少女の呟きに同意しながら時計屋が言い、どうだろうねと薄く微笑む。
「アナタ達は的確かつ正確だから分かりやすくて助かるよ。急所を狙うし、適度な連携をつくる。だからこそ解せないんだよね」
 目を細めた少女は軽やかに斧を軸に時計屋を蹴り上げた。一瞬の不意を突かれた時計屋は体勢を整えようとするが少女は間髪入れず第二撃目を加える。
「理性的で合理主義な癖に、どうしてこんな所まで来るかなぁ。解せない。アナタ達が来るとは思わなかった」
「……ッ」
 三撃目は踵落としのように首に入れて、ミシと骨が軋んだ音を確認した少女は驕ることのないまま時計屋の手から日本刀を遠ざけた。
 三月ウサギへの警戒は解かない状態で、「これ以上ぼくに弾丸を撃つなら斧でコイツの首を切り潰すよ」と告げる。
「そしてもう一度忠告しようか。許可なくこの屋敷へ入るつもりなら問答無用で切り潰す」
「へぇ。ヤれるモンならヤってみろよ」
「安い挑発だね。三月。動揺も油断もしないよ。これは取引だ」
 少女は冷静に、そして脅しの意味を含めた斧で時計屋の首筋に傷をつけた。
 殺気がない状態で平然と。まるで人形の手足をもぐ気軽さで少女は躊躇いなく時計屋の首を落とすつもりだ。
「……取引? 笑える話だ。応じようと応じまいと時計屋を殺すつもりだろ。お前」
「……嫌だなあ。勢い余って手を滑らせてしまうかも知れないけれど、それは悲しい事故というモノさ」
 誰も動けない。少女のまるで天気でも語るような台詞に寒気と嫌悪が襲った。三月ウサギは僅かに眉をしかめて帽子屋に視線を向ける。
「みっつん…?」「悪いな。俺は、お前の騎士を止める」
 淡々と、いつもの様に告げられた言葉に信じられないと帽子屋は固まる。アリスもまた、信じられなかった。
 それでは、まるで。三月ウサギが、これから先、帽子屋の側に居られないみたいじゃないか。
「……ッ三、月」
「他の奴に殺される位なら俺が殺す。他の奴に傷つけられる位なら俺が傷つける。時計屋は俺のモンだ……気安く手ェ出してんじゃねーよ」
 薄く、底冷えするような笑みを浮かべた三月ウサギは愛用の銃を少女に向けて投げつけた。
「意味が分からない。やっぱりアナタも狂った住人って訳か……残念、ッ」
 少女の顔が強張った。投げつけられた銃。それが意味する所は、無差別な暴発。
 ドコにどう放たれるか分からない正に無謀な真似だった。
「ッつあああああ――」
 弾丸は咄嗟に本能として動いた少女の足を貫き、利き腕の右肩を貫いた。
 他の弾丸はそれぞれアリスの横を横切ったり、帽子屋の帽子に穴を開け、ジャックの頬を裂いたのだけど、まるで計算していたかのように見事に傷を負ったのは少女のみ。
「俺は頭がイカれてるんだ、多少の犠牲はどうでもいい奴だって覚えとけ」
 ニィと初めて見たその笑みは、本当に愉しそうなそれでいて冷ややかな、目的以外はどうでもいい笑みで。
 三月ウサギが狂っているという理由を垣間見た気がした。気がしたっていうか、身を持って知った。
「……敵味方問わずなんて……、怖すぎる」
 幸い、アリスに怪我はなかったけれど、ジャックは掠り傷を拭いながら笑顔で三月ウサギを睨んでいるし、帽子屋に至ってはお気に入りの帽子がああああと頭を抱えている。
 そんな雑音を気にした様子もなく三月ウサギは時計屋に近付いて首の骨が折れていないかと確認をしていた。
「……の、馬鹿が」
「……助けてやったのに、その態度はないんじゃね?」
 時計屋は動けないながらも眉をしかめて三月ウサギを睨み、三月ウサギはそれを確認すると安心したように苦笑いを返した。


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