閑話番外ー03『帽子屋と白兎(後編)』
終末アリス【改定版】
――04――
しろたん。
ぼくは、いっしょう きみをひとりぼっちにしないと【やくそく】します。
だから、どうか。なかないで。
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一人ぼっちのお茶会で僕は深く深くため息をついた。甘いお菓子も紅茶も 食べきれない程あるけれど、一人ぼっちじゃ美味しくない。
使用人たちを誘うけど、とんでもない。と断られるし、父親や母親は忙しい人だから居ても居ないようなもの。
いつもなら時計屋くんやメアリーちゃん、ジャックくんを誘うんだけど三人共、大事な用事があるとかで来られないらしい。
つまりは暇だ。
つくづく交遊関係が狭いなぁと実感する。家に居ても無駄に時間を過ごすだけだと思い、僕は退屈しのぎに散歩に行く事にした。
深い深い森を抜けて、今まで来たことのない場所に出た。とは言っても、ほとんど家とお城の往復位しかしないので当然といえば当然だけど。
少し歩いていると、不意に視界に森の緑にそぐわない赤い色が映って、目を奪われた。
ぼんやりと笑みを浮かべて道の真ん中に立ち尽くす真っ赤な髪と服装に身を包んだ黒い猫耳と尻尾の生えた少年が僕に気付いて感情がない声で告げた。
「……どうしたんだい。迷子? 16にもなって迷子なんて、クローバーの名が泣くよ。帽子屋」
名前を名乗ったこともなければ、初対面の筈の少年に名前を呼ばれて驚く。
「…えっ…と、きみは?」
一度会えば忘れない筈の容姿に覚えがない為、聞き返したら少年はきょとんと小首をかしげ、あぁと手を叩く。
「そういえば会うのは初めてだったね。はじめまして。俺はチェシャ猫」
口元は常に笑んだままチェシャ猫と名乗った少年はふぁと欠伸を噛み殺して、こちらを向いた。
「ここから先は芋虫の家とそこからずーーっと行った所に時計塔があるだけで、君にとって面白いモノはないと思うよ」
時計塔? …もしかして時計屋くんとメアリーちゃんの家だろうか。
で……いもむし?
全く聞いた事のない名前に僕は思いっきり怪訝な表情をしたんだろう。チェシャ猫くんが君と同じ役持ちの一人だよ。と補足する。
「そういえば、まだ役持ちは全員顔合わせをしてないんだっけ? 忘れてたよ」
確かに、顔合わせも含めてのパーティーは行われていない。本来ならもう済んでいても可笑しくはなかった。
(まぁ、今の女王さまじゃ当分は先送りになるだろうな)
チェシャ猫くんの言葉に苦笑いしながら僕はふと、聞いてみた。
「きみも《役持ち》? それとも、騎士かい?」
詳しい事情を知っているから、そのどちらかだと思った。けれど、ゆるりと首を左右に振って否定されたものだから驚いた。
「え、じゃあ、きみは 何?」
「俺はただのなぞなぞ好きの野良猫だよ。役持ちでもなければそれを護る騎士でもない」
きっぱりと言い切って、チェシャ猫くんは尻尾を揺らす。
「…そう、なんだ?」
信じがたいが、役持ちではないとわざわざ嘘をつく理由もないので渋々ながらも納得する。
「うん…一緒に来る? 俺はこれからお城に戻るけど、暇なら」
暇潰しに。と呟かれ、僕は戸惑いながらも頷いた。ちょうど暇だったし1人で過ごすよりはずっと良いと思ったから。
お城につくと、そこは何やら騒がしかった。どうしたんだろうと見ればそこに居たのはしろたんで。
駆け寄ろうと思ったのに出来なかった。無言でチェシャ猫くんが僕を止めたからだ。
「なに? 離してよっ…しろたんが」「白兎はきみと関わりたくないんだよ帽子屋。
ここできみが行ったらますます白兎が不利になるだけだよ」
? 一体何の話をしているんだろうか。僕はただ、しろたんに話し掛けようとしただけなのに。
「……心配しなくて良い。白兎は女王の騎士だから、民の不満を代わりに聞いているだけだ」
不意に、チェシャ猫くんとは別の無機質な声が聞こえて。その声のした方を見れば、いつの間に居たのか。
森に紛れてしまいそうな深緑の髪でノンフレームの眼鏡をした背の高い人物が立っていた。
目が合うと、ザワリとした。何ていうか、観察されている様な冷たい目だと思う。
「君が新しい役持ちになった帽子屋か。初めまして。
私はトカゲのビル、それから役はジョーカーだ」
それだけ告げて、トカゲのビルという人はしろたんの方へと静かに足を運ぶ。
…何をするつもりなんだろう。
そう思った時、しろたんに何かを言っていた人達はその人を見てその人に今度は何かを訴えている様だった。
しろたんは驚いた表情を浮かべ、次いでトカゲのビルを睨み付ける。
だが 何を言うでもなく僕と目が合うとしろたんは思い切り嫌そうな顔をした。
……ひどいよ しろたん。そう思いながら放せと意味を込めてチェシャ猫くんを見れば何の事はないとばかりにあっさり離れた。
「良いよ。もう大丈夫だろうから気のすむまでお話しなよ。ただし――」
さっきの事は聞いちゃダメだよ。なんて 釘を差された。ぼくは複雑な心境で 意を決してしろたんを呼び止めたんだ。
――05――
壊れそうなのはきみが居ないから。
泣き出しそうなのは 手に入らないから。
セレナーデみたいに綺麗な感情にはなれない現実と夢みたいな甘さにぼく達は、愕然とするんだろう。
いつだって。
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少し、痩せた。久しぶりに見るしろたんはあんまり寝てないんじゃないかって位に疲れた表情をしていて。
「…何か用でもありやがるんですか帽子屋。だったら手短に言え」
……でも口は相変わらず悪かった。チェシャ猫くんにさっき言われた事を思い出す。
聞いちゃダメだよなんて言われたら余計に気になる。でも、何か嫌な予感がするのもあって。
「しろたん…あの、トカゲのビルって人と知り合い?」
なんて、半ば間抜けな質問をしてしまったんだけど。本当に聞きたいのはそんな事じゃないのに。
僕の質問にしろたんは眉をしかめて、だるそうに頭を掻いた。
「知り合いって程でもねぇですが……なんつーか、女王の腹心みてぇな野郎ですよ」
僕の背後に居たチェシャ猫くんに目を留めたしろたんは一旦言葉を止めて
「………奴の事が知りてぇならアイツに聞いた方が手っ取り早い」
と言った。チェシャ猫くんは相変わらず何を考えているのか分からない笑みのまま、矛先を向けられきょとんと首を傾げた。
…何だかはぐらかされてる気がするよしろたん。僕はついチェシャ猫くんを呼ぼうとしたしろたんの腕を無意識に引いていた。
「…ッ」
ばしっ。
しろたんが一瞬で僕の腕を振り払って。驚いた表情で 僕を見る。
…え、なにそれ?
振り払われたと理解するのに時間がかかって、行き場をなくした手を、ただみっともなく宙に浮かせたまま僕も驚いた。
拒絶されるのも冷たくあしらわれるのもいつもの事なのに、痛かった。
「え…あ… ご、ごめ…ッ驚かせた、かな。あ…あはは」
泣いてしまいそうになって慌てる。笑おう。しろたんが気にしない様に。
いつもみたいに、やだなぁって言って!!
「…ッ…」「あれ? 白兎と帽子屋じゃん。何してんだ?」
しろたんが何かを言おうと口を開いた時。タイミング悪くジャックくんが話しかけてきた。
「…っ…な、何でもない…よ☆」
わざとらしすぎると自分でも思う微妙な返答しか出来なくて。 あああ…もう、ジャックくんのタイミングの悪さを呪う。
むしろ何で此処に居るんだよと思いつつ、しろたんを見れば呆れたようにジャックくんを眺めていた。
「……何か用でも?」
「ん? 用がなきゃ知り合いに声をかけちゃいけないのかよ?」
へらりといつもと何ら変わりなく笑うジャックくん。空気読めないのが難点だけど、それはそれで気に入ってはいるから良いんだけどね。
「で、何でジャックくんが此処に? 用事があったんじゃなかったっけ?」
「え。言わなかったっけ? 城で騎士のセレモニーがあるからそれに参加するって。白兎もさっき出てたよな」
初耳だし言われてないしむしろ僕がしろたんLoveな事を知っていて何故黙ってたよこの野郎。
「言うなっつっただろうがヘタレ兵士が。コイツに知られるとうるさくて仕方ねぇんですから」
……僕の不満は数秒で理由が明かされて凹んだ。しろたん。口止めしてまで僕を来させたくなかったの。
「あはは、まぁ良いじゃん☆ 終わったんだし、流石に時間は巻き戻せないだろ。
――あぁ そういえばビルさんだっけ?あの人さぁ、」
急に話を変えて、視界に移ったのだろう彼を見てジャックくんが呟いた。
「女に興味ないらしいぜ。好みは確か10代〜30代までの男子だって意外だよな」
…………………………。
「ジャックくん。僕は君が割りと好きだけどさ、ムカつかない訳じゃあないんだよね♪」
シャキ。久方ぶりに握る針を手に僕はにっこり微笑んだ。
「…何ならテメェが慰み者にでもなってやったらどうですかねジャック。
テメェも一応10代男子でやがりますしね」
しろたんは手早く鞭でジャックくんを拘束すると更に手首を縛り上げる。
「へ…ぅわッ!? ちょ…マジで止めてえええ!!」
必死に叫ぶけど 自業自得ってヤツだよジャックくん。諦めろ。
そして僕としろたんはジャックくんの素晴らしく縛られた姿を放置してその場を後にした。
「ふっ…久しぶりに気が晴れやがりました。たまにはヘタレも役にたちやがりますね」
喉の奥で黒い笑い方をしながらしろたんは軽く伸びた。
「…うん、だね☆」
僕は正直、ジャックくんなんかよりしろたんが笑っている事が嬉しくて。普通に話している事が楽しくて。
そういう意味ではジャックくんに感謝していた。
不意に 会話が途切れ。少しの沈黙。
「…さっきは、悪かったですね。
……別にテメェが触ったからじゃなく、ただ単に驚いたんですよ」
切り出された謝罪に一瞬なんの事か分からなくて記憶を巡る。もしかして、ジャックくんが来る直前に言いかけてたのは
「…大丈夫だよ、しろたん。僕はきみが大好きだから嫌いになったりしないよ」
そう告げたら珍しく殴られなくて。驚いた表情でしろたんは僕を見つめていた。
「……相変わらずしつこい野郎ですねテメェは…………まぁ、好きでいたいなら好きなだけ俺を好きでいやがっても構わねぇですよ帽子屋」
呆れたような、でもどこか照れたように返したしろたんに僕は思わず抱きついて。
今度は間違いなくいつも通り 冷たくあしらわれた。
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しろたん。ぼくは一生きみを好きでいます。
だから、きみはそうやってたまにでいいから笑ってください。
それだけでぼくは 満足だから。
純愛セレナーデ。終。