閑話番外ー03『帽子屋と白兎(前編)』

終末アリス【改定版】



――01――


 物心ついたときには、もうそばにいて。
 しろくてきれいなきみに僕はひとめぼれをした。


xx純愛セレナーデxx


 僕と彼は俗にいう幼なじみで、昔はよく一緒に遊んで泣いて笑っていた。
 それがだんだんとなくなって僕が《役持ち》のクローバーになった12歳の日を境に突然、彼は僕を避けるようになった。
 呼び掛けても、抱き締めても、冷たい視線を返されて理由も何も分からないままひどく悲しくなってしまう。
 こんなに僕は君がすきでたまらないのに、どうして。
「……ッ加減、ウザってぇんですけどね。どうしたらテメェは俺に構わなくなるんです?」
 ある日しつこく問いかけたら可愛い顔で吐き捨てる様に告げられた。
「ッ…しろたん変だよ! あんなに仲良しだったのに何でそんな事いうんだよ」
 溜まっていた憤り。つられて叫んでしまった言葉は、大好きな彼の表情を曇らせてしまう。
 そんな表情をさせたいわけじゃないのに。以前の様に、笑ってほしいだけなのに。
「…しろたん…ごめんね? でも…っきみを苦しませるつもりはないんだ。
ただ、僕は――しろたんが大好きで側に居たいと思っているだけなんだっ!!」
 抱きついて叫んだら鞭でしばかれて閉め出された。 ひどいと思う。 たまたま通りがかった茶髪の兵士くんが何でか大爆笑してたけど、それでもひどいと思う。
 こんなにも大好きで仕方ないのに、しろたんは僕がキライなのかなぁなんて悲しくなっていると、黒くて短い髪にピョコンと茶色いウサギ耳の生えた同い年くらいの少年と目があった。
「…何してんだ、アンタ。そんなトコで座り込まれると邪魔なんだけどな」
 だったら避ければいいのにと思った。道はさほど狭くもないのだから、いくらでも通れるだろうに。
「何様のつもりだよ? 避ければ良いだろ。僕が何をしてようが僕の勝手だ」
 睨み付ければ彼はきょとんとこちらを見返す。
「…まぁ、確かにそうだけどな。アンタが何をしてようがアンタの勝手だし、俺には直接関係ないけど、邪魔なもんは邪魔だ。他に与える迷惑も考えろよ」
 ………正論だ。
でももっと他に言い方って言うものがあると思うんだよね。
「…躾(しつけ)がなってないウサギだね。僕が《役持ち》だと知ってもそんな口を聞けるか?」
 ムカついたから見下す様に言ってやった。
大体、こんな風に偉そうな奴に限ってそういう肩書きに弱いんだよ。ひざまずいて謝れ。
しろたんに冷たくされた八つ当たりも込めて僕は言った。なのに
「知ってるよ。アンタがクローバーの帽子屋だろ?」
 ……………知っていてそんな態度を取る奴を僕は初めて見た。もしかしてこの少年も《役持ち》かと思ったが
「白兎を口説くキチガイだって、兵士の間で有名だしな。嫌でも目に入る。
……因みに俺はただの一般兵の1人に過ぎないからな」
 あっさりと消したきゃ消せよと静かに告げた。虚勢を張っている訳でも、無気力な訳でもなく、何でもない事の様に。
「変な奴だね。君は。……死は怖くないの?」
「へぇ。殺すつもりだったのか。 まぁ…消したきゃ消せよって言ったけどな」
 曖昧に言葉を切って少年は笑んでいた。
 その手には兵士が扱う『剣』ではなく、銀色に鈍く光る『銃』があって。
武器を出す隙もないまま胸元に押し当てられていた。
「出来るモンならやってみろっていう事を前提で、な。 生憎と大人しく従う程、飼いやすいウサギじゃねーんだ」
 ………相変わらず表情は変わらないし、淡々とした話し方のまま彼は指を引き金にかける。
 殺される?
 僕が、こんな簡単に。しかも、役持ちでも通称を持つでもないただの一般兵士に?!
 なんて天変地異だよ。有り得ないし嘘みたいだ。思わず少年を見つめたら、不意に見知らぬ声が聞こえた。
「……ッなにをしているんですか?! 三月さんっ!!」
見れば、可愛い女の子が血相を抱えて驚愕に目を見開いていた。
「………メアーリンか。見たら分かるだろ?」
「分かるも何も分かりたくないですっ!! あぁあ、もう、大丈夫ですか? 見知らぬ人」
 ととと、と走り寄って即座に救急セットを鞄から出した女の子が心配そうに僕を覗き込む。
「怪我はないですか?」
「…え、あ、うん。大丈夫」
 あれ? 不覚にもトキメイた。優しさに弱いのかな僕。
「…退けよメアーリン。アンタを傷付けるつもりはないし、ただ単に痛い目見せるだけだから」
 冷静そうに見えて意外と粘着質らしい奴は未だ狙いを定めたまま告げた。
「性格悪ッ!」
 思わず口に出してしまった突っ込み。聞いた少年の耳がぴくんと動いた。
「そりゃ、どうも」
 お互い様だなという呟きと共に引かれた引き金。思わず目を瞑って女の子を庇った。
 銃声が聞こえて耳鳴りがする。
 硝煙の匂いが鼻について数秒間の間、僕は固まったまま動けずにいた。


――02――


 例えばきみが、なにかに囚われているのだとすれば、
ぼくはきっとどんなことをしてでも、きみをたすけにいくと、この胸にちかうよ。

xxx

 痛みはない。外傷を受けた様子もない。
恐る恐る振り返れば、誰かの背中があって、庇った女の子が小さくお兄ちゃんと呟いた。
「大丈夫か…? メアーリン。
それから礼を言う。帽子屋――ありがとう」
 多分、女の子に向けられた笑顔でそのままお礼を言ったんだろう。兄妹共にトキメイた僕は浮気者でしょうか、しろたん。
「危ないな…飛び出してくるなよ時計屋。死んだらどうするんだ」
「妹を見殺しにする位なら死ぬ。 それから、覚悟は出来ているんだろうな三月ウサギ」
 時計屋と呼ばれた漆黒の髪の少年は腰に携えていた刀を鞘から抜いて、三月ウサギと呼んだ少年に向けた。
「もちろん。アンタが来るのが見えたからな。こうするだろうと思って」
 ニッと三月ウサギが楽しそうに笑った。
 ………もしかして、僕、利用された?
「ッ……ふざけるなよ三月。俺が狙いなら俺だけにしろ…メアーリンを巻き込むな!!」
 シスコンですかお兄ちゃん。でも激しく同意見だよ。
「んー…でも こんな茶番じみた事でもしないと、その面見られないだろ?」
 ……茶番って、本気で殺すつもりはなかったと? ふざけるなよ。いくら温厚な僕でも怒るよ。
「…まぁ、悪かったよ。正直、見捨てて逃げる口先だけの奴だろうと思ってた事は訂正するよクローバー」
 時計屋の攻撃を避けながら、酷く綺麗な笑顔で三月ウサギに言われて ちょっと揺らいだ。
 容姿が整っているって卑怯だと思う。
それに、よくよく見れば三月ウサギが手にしていた銃はいつの間にかしまわれていて、ただ避けるだけに徹している。
(時計屋くんに構われたくて、した事だって言うのは本当みたいだ。)
 刀を振り回されて睨まれてるのに愉しくて堪らないって表情をしている。 なんとなく三月ウサギの気持ちが分かって、僕の怒りは静まった。
 しろたんに冷たくされたって、構ってもらえるなら怒ってても殺されそうでも嬉しい。だって、その時だけは自分の事だけ考えて自分だけを見ているのだから。
 そんな考えを巡らせていると、青い隊服を着た兵士がいつの間にか隣に立っていた事に気付いた。
「あ、さっき白兎を口説いてた人じゃん。巻き込まれたんだ? 災難だね〜」
 へらへらと笑って言う兵士に見覚えはない。むしろ、しろたん以外眼中にない。
「その顔は覚えてなさげ? ははっオレって印象薄いんだなー、っても 話はしてないから当然か」
 爽やかな見た目にノリの軽い口調。何だかキャラが被る。
まぁ、僕の方が格好良いけどねっ!!
「ここで鉢合わせたのも何かの縁だし、自己紹介しとくな? オレはジャック。今年入ってきたばっかの新参者。
で、アンタの下にいるメアリーの幼馴染み」
 言われて彼女の存在を思い出す。見れば顔を真っ赤にしてこちらを見上げていた。
「…ごめんねっ☆」「いえっ、気にしないで下さい!」
 素早く離れて謝ったらメアーリンちゃんはふるふると首を左右に振る。
可愛いなぁもう。
「んで、あっちの刀振り回してんのが同じく幼馴染みの時計屋と、ストーカーの三月」
 気にせずにジャックくんが説明して、どうしよっかなーと呟いた。止める方法を考えているんだろうか。
 自然な動作で一般兵士に支給される剣に手をかける。 僕が絶句したのは言うまでもなく。
 一気にのんびりとした爽やかな印象が成りを潜め、狂気のソレに変化したジャックくんは飛び込んでいった。
「あ…の、馬鹿が! あれ程剣を抜くなと―」
 焦る時計屋くんの声。
「あー…面倒臭いな…」
 だるそうな三月ウサギの声。
「……あーァ、避けられちゃったぁ〜 綺麗な血が見れると思ったのに。つっまんねー」
 柄が違いすぎるジャックくんの声。
 ……うん。つーかキャラが違いすぎませんか。
「……三月。一時休戦だ。この馬鹿を止めるぞ」「了解」
 二人とも溜め息を吐いてまるで打ち合わせでもしていたかの様に動いた。
 そして数分間の攻防の後、ジャックくんの剣を銃で三月ウサギが弾き飛ばして、時計屋くんのキッツイ蹴りがジャックくんに入った。
 ぅわぁ。いったそー。
土埃にまみれたジャックくんが気の抜けた声を上げて起き上がる。
「ッ〜〜痛ぅ!! 時計屋、ちょっとは手加減してよ〜」
「知るか。自業自得だ」
 情けない表情のジャックくんを時計屋くんが冷たく突き放す。三月ウサギは興味が失せた様で欠伸を噛み殺していた。
 もしかして日常茶飯事なんだろうか。 明らかに個性的過ぎる面々に僕が引いたのは分かって欲しい。
「…ごめんなさい。びっくりしましたか?」
 眉を八の字にしてメアーリンちゃんが申し訳なさそうに僕を見ている。
「びっくりしたけど大丈夫☆ 君に罪はないよっ!」
 悪いのはアイツ等だから。 確実に。
「良かった…お兄ちゃん達、ああやって喧嘩ばっかりするけど、優しくて良い人だから…その…仲良くしてあげると嬉しい…です」
 なにこの可愛い生き物。ごめんしろたん。僕 浮気しちゃいそうです☆
 抱き締めようとした時、時計屋くんが素早くメアーリンちゃんを引き寄せて、僕を見た。
「巻き込んだ事に関しては謝るが、メアーリンには触るな」
 ………睨まれてるんだけど何となく可愛いゾ♪ その独占欲。
「りょーうかい〜☆ 代わりに君に抱きついちゃう♪」
 ふざけて時計屋くんの頬にキスをして抱きついてみた。メアーリンちゃんが悲鳴にならない声を上げてジャックくんが口笛を吹いた。
 次いで三月ウサギの痛い視線を感じて、時計屋くんの視線が呆れに変わる。
「…お前は白兎にしか興味がないと聞いていたが。男なら誰でも良いのか?」
 いや、まさか。気に入った人限定だよっ☆
「一番はしろたんです。でも、トッキーも気に入っちゃったからつい♪」
 微笑みながら言ったら時計屋くんの表情が不服そうになる。
「……何だそのトッキーっていうのは」
 突っ込み所はそっちですか。そして新鮮で楽しいんですが襲っちゃって構いませんか?
 腰に手を回して更に密着してみたら意外と抵抗はなくて、じっと見つめていたら無表情で見つめ返される。
 あれ?これは唇を奪っちゃっても構わないって意味かな? わぁい☆ それじゃあイタダキマ――ごりっ。
 ……冷たい金属がヒヤリと頭皮に触れて押し付けられた。
「死ぬ覚悟があるなら、続けろよ帽子屋。その瞬間アンタの脳髄が飛び散る羽目になるけどな」
 静かに低い声で囁く三月ウサギの声。あはは☆ごめんなさい。すっごく嫌です。
 即座に時計屋くんから離れてキスは潔く諦めた。 そんな事がきっかけで僕はいつしか彼等と仲良くなっていって。
 しろたんが、僕の知らない間にいつの間にか女王様の側近になっていたと知るのはもう少し後の話だった。


――03――


 きみはひとりで。 いつもひとりで。
ぜんぶ抱え込んでしまうから、ぼくはきみの苦しみを少しでも分かちたいとおもうんです。

xxx


「聞いてないよ」
 ある日ある時ある場所で僕は小さく呟いた。 隣で話をしていたジャックくんが「へ?」と間の抜けた声を出して僕の方を向いたけど、構ってる余裕はない。
「しろたんが女王様に忠誠を誓ったなんて、聞いてないよ…」
「…あのさ。帽子屋? いまオレがそれを言ったんだけど、聞いてないってどういう意味?」
 だって、しろたんは僕が騎士に誘った時、《役持ち》に仕(つか)えるつもりはないとハッキリ言っていた。
なのに、同じ《役持ち》であるハートの女王に仕え忠誠を誓うなんて、
「シカト?……新手のイジメ? てか、嫉妬してるならお門違いってヤツだぜ。クローバーとハートじゃ格が違う。
同じ《役持ち》でもお前と女王じゃ重みが違い過ぎるんだよ」
 あぁ、そうだよ。分かってる。女王の命令は絶対で逆らうなんて出来ないって事くらいは僕だって知っている。
 嫌だと思ったのは、そうじゃなくて、
 僕に何の相談も報告もしてくれなかった事。義務なんてないけど、話して欲しかった。何も出来なかったかもしれないけど、何かを出来る限り出来たかもしれないのに。
「しろたんにとって、僕は――その辺りに居る奴と変わらないのかなぁ」
 ずっと側に居たのに気付かなかった。話してもらえなかった。悲しい。苦しい。悔しい。
しろたんにとって、そんな価値もない自分が悔しくて情けなくて仕方なく思う。
「…んー、かもな。違うって言えば 他の奴より鬱陶しい位だと思う」
「ジャックくんは平気? もし時計屋くんが君に何の相談も報告もなく 知らない間に誰かに仕えると知ったら」
適当なジャックくんの言葉を聞き流して僕は問い掛けた。
「別にオレが止める権利はないし、時計屋のする事は間違いじゃないから」
 良いんじゃないの。と答えが返ってきた。表情は変わらず笑っていて、羨ましいと思った。
「帽子屋は難しく考え過ぎなんだよ。
白兎に嫌われてるのは目に見えて分かってる現実だし、一応『クローバー』なんだから」
 自分の役を見失うなよ。
釘を刺されてしまった。あぁ見えてジャックくんは 意外と鋭いから 嘘をつきにくいんだよね。
 結局、僕は何も出来ないままその事実を受け入れる事しか出来なかった。

xxx

 月日は過ぎて、相変わらず僕はしろたんと擦れ違いの日々。
 ジャックくんと何気なく話すのも楽しかったけど、しろたんと話は出来なくて募る想いは増すばかり。
「暗いなぁ〜。そんなに会いたきゃ会いにいけば良いじゃん。方法はいくらでもあるのに、行動しないのは逃げてるだけだろ」
ジャックくんにしては珍しく強気で それから面倒臭そうに言われた。
「……ジャックくんさぁ、繊細って言葉を知ってる? まるで僕を責めるみたいに言わないでよ、傷つくんだからねっ!」
「どこのツンデレだよ」
 ヘラリと笑って突っ込まれる。意外と馬が合うんだよね。でも、騎士になってとは言い出しにくかった。
(ジャックくんさえ良ければ、僕の騎士になってくれないかな。良いパートナーになれそうなんだけど)
 なんて考えながら見つめていると、名前を呼ばれた。
「帽子屋の騎士はまだ決まってないんだよな? やっぱ、愛しのしろたんに操立ててんの?」
からかうように問われて言葉に詰まった。心の中を読まれた気分だ。
「………したいなぁって人は居るよ」
 微かに期待を込めて、思わせ振りに答える。素直に君だなんて言ったら何か負けた気分になるからだ。
「…ふぅん。誰かな〜♪ 帽子屋が騎士にしたいと思う奴……」
 不意に、ジャックくんの表情が止まった。いや 正確には口元に笑みを残したまま固まったと言った方が良いかもしれない。
同じく視線を向ければ、そこに居たのは三月ウサギ。
「…あぁ、ジャックと帽子屋か。相変わらず仲が良いんだなアンタ達」
 たった今気付いたみたいで三月ウサギがこっちを見て言った。
あれから何度か会って時計屋くんと同じ位には仲良くなったんだけど、何を考えてるのか分からない部分があって少し苦手。
「………うん。仲良しなんだよな〜オレ達! で こんなところに何の用なんだ?三月」
驚いていたジャックくんはいつもの調子で三月ウサギと話をする。
「…散歩だよ。まさか先客が居るとは思わなかったけどな。あぁ、でも。
アンタが居ないなら時計屋の処にでも行けば良かったかな」
 挑発するように三月ウサギが笑う。ジャックくんは嫌だなぁと笑いながら立ち上がる。
「どーして三月はそうやって、意地悪を言うんだよ。オレの事、キライ?」
「さぁな。少なくとも嫌いな奴には必要最低限、話し掛けない主義だけど」
 二人の間には何かがあるらしく、僕は口を挟めないまま見守る。
 この後、結局のところ騎士の話は出来ないまま二人と別れて。僕は、思いもよらない形でしろたんと再開する事になる。


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