chapter1ー13『芋虫と蜥蜴の関係』

終末アリス【改定版】



 
 元の世界に戻る為のヒントがトカゲのビルにある。そう告げて薄く笑みを浮かべるジャックを見返したアリスは戸惑った。
 殺されかけた時の恐怖はまだあって、信じられる確証も何もないのに、何故か嘘だとは思えない。
「…どう、いう…意味?」
 聞き返した声はみっともなく震えていたけれど、聞かずにはいられない。
 女王や時計屋。芋虫ですら知り得ない手掛かりを何故、ジャックが知っていて、どうしてこのタイミングで言ったのか。
 仮に本当だとして、どうして二年前の話に出てきた元《役持ち》が関係してくるのか。訳が分からない。
「…チッ…説明しやがれジャック…」
 力づくでも聞き出そうと白兎が鞭をしならせて低くうめいた。
「説明、…うーん。どっから?」
「要点のみを短くかつ分かりやすくだ」
 特に抵抗も逃げる事もなく、ジャックは白兎の鞭に縛られながらも言う。間髪入れずに告げた白兎にハイハイと返すと、アリスに視線を向けた。
「アリスちゃんも聞きたい?」「………っ…」
 関わるなと理性は警報を鳴らす。けれど聞かなければならない気がして、アリスは意を決して頷いた。
 それを確認したジャックはよいしょ、と縛られたままの状態でその場に座り込んで話をしかけたのだけど、こんな所に座り込むなみっともねぇと白兎に引っ張られる。
「…じゃあ場所移すか、この鞭ほどいてよ白兎」
「…場所を移しますか。引きこもりに見つかったらまた面倒になりやがりますしね」
 床に置いていたジャックの剣を拾った白兎はズルズルとジャックを引っ張って行き、アリスもそれに続く。
 そして、着いた場所は殺風景な窓とベッドがあるだけの部屋だった。
 白兎は部屋に鍵をかけ、乱暴にジャックをベッドの上に放り投げると、近くの引き出しから手錠を取り出す。
 何をするつもりなんだろうとアリスは座れと言われた椅子に座り、それを見つめた。
 白兎はベッドの柵に片方の手錠を嵌めて、もう片方をジャックの左手に嵌める。
「…………あの、しろたーん?」
 ガチャガチャと手錠を嵌められた手を確認しながら触り、ジャックは白兎を呼んだ。
「テメェは油断ならねぇですからね。鞭は保険だ。ちょっとでも妙な真似しやがったら調教ですからそのつもりで」
 ニヤリと笑む白兎を見たアリスはとりあえず白兎を怒らせるとマズイのだなとぼんやり思った。

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「……あーっと、なんつーか、とりあえずオレが何でそんな事を言ったかって言うと…話は二年前に遡る訳ですが」
 冗談だろ? と挑発したジャックが数分前、身をもって冗談ではないと知った経緯は割愛するが、妙な敬語はそれに起因する。
 ちなみにその間アリスは目隠しと同時に耳を塞げと言われたので何をされたかは知らないが、何故かジャックの服がはだけているのを見ない事にしておいた。
 世の中には知らない方がいい世界もある。とりあえずジャックも大人しく続きを話してくれているのだから細かい事は後回しでいい。
「女王と芋虫から二年前の話は聞いたよな……で、その時オレはビルさんに会ってるんだよ」
「!! …テメェ、何で今まで黙ってやがりました!?」
「ちょ、落ち着けって…仕方ないだろ口止めされたんだし」
 掴みかかろうとした白兎にジャックが眉をしかめて言った。
「口止め…って、誰に?」
 アリスが続きを促す様に聞けば、ジャックは王だよと返した。何で王がと思う間もなくジャックが話を続ける。
「今日見た事は話すな忘れろってね。だから、正直アリスちゃんに会うまでは忘れてたぜ?」
 ケラケラと笑うジャックに何でそれを話す気になったのかと気になったものの、アリスは続きを待つ。
「……確信したのはついさっき。ビルさんはアリスちゃんが来る事をまるで予想していたみたいだった」
「予想していた? ……あの野郎の差し金だってんですか」
 白兎の苛立った様な呟きにさぁね、とジャックは軽く流した。
「あの人が何を考えてるのかなんて知らねーけど、少なくとも唯一何か知ってるんだろうって事は言える。前のアリスも多分、一緒だよ」
「……なんで、それを教えてくれるの?」
 意図が分からなくて聞いてみれば、ジャックは何でかな。と自分でもよく分からないように呟く。
「何か理由が必要なら、そーだな。アンタの前髪を幾らか斬っちゃった詫びってことで、勘弁してくんない?」
 さら、と前髪に触られて、アリスは思った以上に優しげなジャックに驚いた。
「そんなことで……許さないよ……前髪はもう仕方ないけど、謝るならメアーリンちゃんと女王様に謝って」
 自分の事より、アリスはあの二人に謝る方が筋だと返す。ジャックは苦笑い、後でなと呟いて、アリスの髪をくしゃりと撫でた。
「……で? 肝心のテメェが何でそれを知ったのかが聞けてねェ訳ですが」
 白兎は不機嫌そうに呟いて、早く言えとばかりにジャックを睨み付ける。
「あぁ、そーだっけ? つか、要点のみって言ったの白兎―」「言え」
「…はい」
 半ば強制的に脅し、順を追って話を聞いた白兎は納得したような、何ともいえない表情で考え込んでいた。
 端で聞いていたアリスには何が何やらといった様子なのだけど、簡単にまとめるなら。
 ジャックはその日、裁判が行われている場所の近くに迷い込み、たまたま《アリス》と出会ったのだという。
 会話は一言、二言といった感じでアリスを迎えに来たらしいビルと会った。
 何でこんな所に? とそう疑問に思ったジャックはビルに話かけた。その時にビルが言った言葉が「もう一人のアリスにも宜しくとお伝え下さい」だったという、それだけの会話。
「……でも、私はトカゲのビルなんて知らないし……ワンダーランドに来たのだってたまたまなのに……」
 どうしてその人は、自分が来るのを知っていたかのように言ったのだろう。
 考えれば考える程、分からなくなる。
「だからさ、ビルさんと一番親しかったのはダイヤだし、ダイヤに聞けば何か分かるんじゃない? っていうアドバイスだって」
 話終えたジャックは白兎に早く手錠外してよと訴えながら言った。
「……とりあえずは芋虫に会いに行きますか。あと、鍵無くした。自力で脱出しやがれ。一応、剣は置いといてやりますから」
 無情にも白兎はそう言い放つとアリスを連れて部屋を後にする。えええええ! とジャックが情けない声を上げたけれど、アリスは聞かなかった事にしようと思った。
 ちょっとは反省すればいいんだ。アリスがここに来て初めて白兎と気が合った瞬間だった。


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 通りすがりのメイドさんに芋虫の居場所を聞いたアリスと白兎はその部屋の扉を開ける。
「…あら? 白兎にアリス。珍しい組み合わせねぇ……別に入るのは構わないけれどノックくらいはしなさいな」
 お風呂上がりだったらしく、腰にタオルを巻いたまま髪をかき上げた芋虫からアリスは目を逸らす。
 対して、白兎はだるそうに目を細め、構わず質問に答えやがってくれませんかねと単刀直入に聞いている。
「質問、ね。答えられる範囲なら良いわよ。とりあえず、服を着るから一旦出なさいな……見たいのなら話は別だけど」
 呆れたように芋虫が告げると、白兎は舌打ちをして一旦部屋から出る事にしたらしい。慌ててアリスも続いて出る事、数分後。
 どうやら部屋の中に居たらしい眠りネズミがアリス達を呼びに来た。
「……おはなし、いーよって芋虫が――」「っかわ……かわいいいい!!」
「え、ちょ……、落ち着きやがれですよ女!」
 おやすみモードに羊の着ぐるみを着用した眠りネズミに思わずアリスが抱きついて暴走した。ぎょっとした白兎が焦って止める。
「だって、こんなにかわいいのにっ!! 思わず頬擦りして抱き締めてなでなで可愛がりしたいくらいかわい―」
「……あぁ、確かに可愛いな。可愛いから落ち着けっつーか黙れ。幼女愛好家ですかアンタは」
 アリスの暴走っぷりにかなり引きながら、白兎は何だかよく分からない突っ込みをした。
 そんな三人にくすくすと笑って、芋虫は若いわねぇ等と傍観を決め込んでいる。
「っ……テメ……止めやがれってんですよこのオカマ!」
「相変わらず口の悪い子ねぇ……まぁ、このままだと話がすすまないのは確かだから」
 白兎の暴言を軽く流した芋虫はアリスと眠りネズミの頭を撫でて、にっこりと微笑んだ。
「お話をしに来たのよね? ネムとは後でゆっくり遊ぶ事にしてお茶でも飲みながら話しましょう?」
 ほんわかとした空気に我に返ったアリスは頷くと大人しく椅子に座る。
「う〜。はずかしい?」「…うん、かなり恥ずかしい」
 眠りネズミに小首を傾げて聞かれたアリスは俯いて呟くものの、白兎にとってはほんのちょっぴりトラウマになった出来事となった。
「それで? 聞きたい事っていうのは何かしら」
 手際よく用意したお菓子とお茶を並べながら、芋虫は聞いた。
「…あ…えと、」
 今更だがアリスは迷った。聞かなければならないのは分かっていても、芋虫にとってのトカゲのビルという人物は気軽に話題にしてはならない雰囲気だったからだ。
「……あの、芋虫さんは」「トカゲの野郎について、知ってる事を全部教えて欲しいんですよ」
 アリスより先に、白兎が尋ね、芋虫はきょとんとした様子で白兎をまじまじと見つめた。
「……何でソレを、アタシに聞くのかしら、ねぇ。確かにアイツとは同期だけど別段仲が良かった訳でもないし、知ってる事なんてたかが知れてるわよ」
 物腰が柔らかい言い方だけれど、ほんの少し空気が冷えたように感じる。
「ヘタレがトカゲに女の元の世界に戻る為のヒントがあるとか抜かしやがったモンですからね。文句ならヘタレに言いやがって下さい」
「ヘタレ、……あぁ。ジャックの事ね。ふぅん? 興味深い話ではあるわね」
 二人の間でヘタレ=ジャックという認識に、アリスは少しだけ妙な気持ちになった。
 最初に会った時の印象が強くて、いまいち彼をヘタレとは思えないのだが、今は関係ない話だ。
「まぁ、良いでしょう。ビルに関しての話で貴女が元に戻る為の手がかりになるなら、話さないって選択はないものね」
 やれやれと溜め息をついた芋虫はトカゲのビルについて、話す事を決めたらしい。
 アリスと白兎は無意識に気を引き締めて、彼の言葉に耳を傾けるのだった。
「アイツとアタシの関係を一言で表すなら知り合い以下、って所かしら。同じ時期に役持ちになったって事以外はてんで気が合わなかったし、正に正反対だったわ」
 淡々と、僅かに眉をしかめながら告げる芋虫の表情から察するによほど気が合わなかったんだろう。言葉の通り。
「正直、アタシ、役持ちなんて柄じゃなかったのよ。忠誠も、覚悟もどうでも良かったし当時は遊べればそれで良いとさえ思っていた最低な奴だったの。恥ずかしながらね」
 それはとても意外だ。チラリとアリスが白兎を見れば彼も初耳だったらしく、驚いた表情で芋虫を見ていた。きっと想像出来ないんだろう。
「それに比べて、トカゲのビルは真面目だったわ。仕事はきっちりこなすし、怒りもしない。
アタシ、アイツが感情を乱した所なんて一度たりとも見たことがなかったもの。
正に理想的な役持ちだったと言えるわね。女王にとっても、世界にとっても。
……裏切るまでは、」
 苦々しく吐き捨てるように芋虫は告げた。裏切るまでは。つまり例の裁判でアリスと共に居なくなった二年前のその日まで、トカゲのビルは少なくとも役持ちとしての務めを果たしていたのだろう。だからこそ、
「どうしてアイツが、あんな真似をしたのか。それが分からないからこそ、アタシはこうもアイツが気に食わないのかしらね」
「いや、アンタの語り口から察するに、充分最初から嫌いだったってのは分かりました」
 溜め息をついて呟かれた台詞に白兎は冷静に突っ込んだ。相当にトカゲのビルが嫌いらしい。現在進行形で。
 それにしても話に聞く限りでは悪い人物とはとても思えない。確かに謎めいてはいるけれど、本当に彼は裏切ったのだろうか。
「……本当に、嫌味な位に嫌な奴だったけど認めてたのよ。実力は」
 そこで、ようやく合点がいった。
 アリスは芋虫の苦々しさを押し殺した態度が本当に嫌な奴だからではなく、認めていたからこその憤りなんだと気付く。そして、分からなくなる。
「…どうして、その人は」
 女王を、芋虫を、向けられていた期待と信頼を裏切る形になってまで『アリス』に味方したのだろうか。
「……そうね。それが納得出来る理由なら、多少はアイツが理解出来るかもしれないけど……何せ絶賛行方不明ですもの。話を聞くにせよ、捜すにしたって手掛かりが無いんじゃ難しいと思うわ」
 芋虫はもうこれ以上話す事はないと言って、無駄だとは思うけれど――と以前トカゲのビルが住んでいた屋敷を教えてくれた。
「散々、兵士が調べ尽くしてあるから何もないとは思うけど、行かないよりはマシでしょ。白兎はしっかりこの子を守ってあげなさいよ?」
「……気が向けば。まぁ、一応あのヘタレも強制して連れてくんで何かあれば盾にでもしますよ」
 芋虫の言葉に白兎は面倒そうだとばかりに告げて、妙案だと言いたげにジャックを強制連行する事に決めたらしい。
 確かに、ジャックは強いけどいろいろ不安になるのはアリスだけなんだろうか。
「あの、出来れば時計屋さんとか三月ウサギも一緒だと心強いかな……なんて」
 ダメ元で言ってみれば、白兎と芋虫はあぁ、と顔を見合わせる。
「そうね。確かにジャック一人より、時計屋と三月が居れば下手にバカな真似は出来ないわね」
「……意外とよく見てやがりますね。時計屋が居れば必然的にジャックも三月も協力せざるを得ないでしょうし……あぁ、オマケはこの際仕方ない事として早速行きますよ女」
 クスクスと笑う芋虫と納得した様子の白兎にアリスは少しだけ戸惑いながら頷いた。
 ただ単にアリスが一緒だと心強いなぁと思う名前を上げたに過ぎないのだけれど、偶然にもベストな組み合わせだったようだ。


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