閑話番外ー02『ジャックと三月の会話』
終末アリス【改定版】
ワンダーランド。狂った秩序と狂った住人の住むオレの世界。
少なくともオレにはそうとしか思えないし、異世界から来たっていうアリスちゃんを見てもそれがハッキリ分かってしまう。
全員、何かしら狂った歪みを持ち合わせている。
特に《役持ち》やオレみたいなそれに近い《通称》と呼ばれる2つ名をもっている者。
みんなどっか可笑しいけど、別にソレを不幸とは思わないし、抗うだけ無駄な咎だからオレはそんなどっか歪んだ今のみんなが好きだと思う。
女王は変な趣味だけど器広いし、王は引きこもりだけどオレを縛らない。白兎は口悪いけど本当は優しいし、帽子屋は味覚破壊だけどノリは嫌いじゃない。
チェシャ猫は無関心だけどすごいと思うし、メアリーはブラコンだけど可愛い。門番は口煩いけど仕方ない。
芋虫は…ちょっと苦手かもしんないけど料理美味いし、眠りネズミは無害だ。時計屋は言うまでもなく親友で幼馴染み。オレが一番好きな相手。でも 例外は居る。
唯一嫌いだと自覚して、とても簡単に殺意が芽生えるのが三月ウサギ。
時計屋が嫌ってるって(いうよりは付きまとわれてる?)のもあるけど、それだけじゃない。
『まとも』な振りをするのが、たまらなく嫌いだ。表面上誰に対しても淡々として嘘をつかない。
狂った世界で、歪んだ面々の中でいつも冷静に冷めた目で回りを見て、アンタはそうやって『まとも』に見えるから。
「オレさぁ、三月の本音を知りたいんだよねー、いつも冷静で淡々としてさ。その冷めた面を歪めたくて仕方ないんだよ」
二人っきり。人気のない城内で狭い奥の行き止まりまで来てからオレは切り出した。
顔? もちろんいつもと変わんないよ。三月ウサギもこんな事言われたのにへぇ。みたいに反応薄いし。
「お前が俺をそこまで好きだったとは思わなかったな。本音も何も変わらないぜ 俺は」
早く終わりたいみたいだけど、本気で三月ウサギと二人になれるのなんて滅多にない。だから逃がさないよ。
オレは腰の馴染んだ剣を鞘から抜いてそのまま三月ウサギの真横に突き立てた。
慌てるでも驚くでもなく何のつもりだとばかりにオレを見るその目ときたら! 本当に不愉快極まりない。
「あはは♪ やっぱ オレ、お前が嫌いみたいだわ」
笑って三月ウサギの首に指を這わせた。首を締めたら流石に焦るかな? なんて、当たり前の事を期待する。
「……だろうな。お前たまに殺意込めて話し掛けるだろ。知ってるよ」
「知ってる? ふぅん、知ってて二人になるなんて無防備過ぎ。騎士にあるまじき行動じゃね?」
何もかも見透かしたような目に苛立ちが募る。多分、殺すのは簡単だ。だけど、殺せない理由があるからオレのこの不満は解消されない。
ハートの女王に白兎しかりスペードの王にオレしかり。ダイヤの芋虫に眠りネズミでクローバーの帽子屋に三月ウサギ。
《役持ち》の盾となり剣となる存在が欠ければ狂った世界が更に狂ってしまう。
別にそんな事はオレに関係ないけどさ。
何だかんだ言いつつ時計屋がコイツをどっかで――無自覚だけど――大切だと思ってたりもするから下手に手を出せないのが一番の理由。
動かないオレに面倒臭いとばかりに息を吐く三月ウサギの顔が見えた。
「確かに俺は帽子屋の騎士だけどな。肩書きに縛られる気もなければ、お前みたいに適当やるつもりもない」
淡々と告げられる静かな低い声。微かに笑んでオレを見据える目はいつもと全く変わらない。
背筋がざわつく。
コイツだけは本当のオレを知っているみたいで、いうなれば同族嫌悪に近いモノ。
「あー。どうしたらいい? オレは殺したい位にまでお前を意識してるのに 三月は興味がない訳?」
三月ウサギの言葉は事実だから、特に否定はしない。出した言葉はまるで口説いてるみたいな台詞になった。
『殺したい』なんて、ある意味究極の愛情表現みたいだ。まぁ、愛と憎しみは表裏一体っていうし?
「……興味? ……そうだな。あるにはある。ただ、示さないだけだ。」
うん。それを興味がないっていうんじゃね?
「ははっ♪ナニソレ。喧嘩売ってる?」
言いながらオレは突き立てていた剣を首筋にまで移動させた。カッ斬ってやろうかと思ったのに避けられる。
再度狙って不意討ちしたのに逆に蹴り飛ばされた。
「…痛! ひっでぇな〜三月。ただのお茶目じゃん☆」
壁に思い切りぶつかってヒリヒリする背中の熱を感じながらぼやいたら間髪入れずにこめかみに銃を押し当てられた。
わぉ! ひょっとして死亡フラグ立っちゃった?
「お茶目? なら、俺がこのままブチ抜いてもお茶目の範囲だよな。ジャック」
怒りは見た目じゃ分かんないけど本気で撃たれるっぽいな。過激な面もちゃんと向けられるんじゃん。
「…いいよ。撃てば? 多分、正当防衛だし。オレの代わりは幾らでも居るからね」
撃てないのは分かってるから言う。仮に本気で撃たれたとしても、死なない程度だ。
むしろ、マジで殺してくんないかな。
笑いながら三月ウサギを見上げれば、静かにオレを見つめていた。何かリアクションしてくんないと何も言えないんスけど?
数秒間が数分間に感じる感覚を味わって、不意に三月ウサギが銃をしまう。
「代わりが居るわけねーだろボケ。お前が殺したがりのサイコ野郎だろうと俺が嫌いだろうと構わねぇ。ただ、お前が居なくなったら誰が悲しむか考えろ」
ガツンと小突かれて酷く正常な意見を述べられた。まぁ、そうなんだけどさ歯向かいたくなるんだよ。お前のそれに。
無限ループ。多分、一生相容れないし多分、これからも嫌いだ。どっか認めながら、どっか認めたくない。矛盾だらけのオレだけど。
「仕方ないから、そういう事にしておくよ。綺麗事、ご苦労様♪ でも、そんな三月が大好きだ」
にっこり笑いながら言ったら、冷めた笑顔のまま『嘘つき』って切り捨てられた。
世界で一番嫌いなアイツ。終。