chapter1ー09『女王と役持ち』

終末アリス【改定版】



 
「はじめまして♪ あたしはこのワンダーランドの女王。あなたの名前を聞いても良いかしら? 異世界の迷い人さん」
 軽くお辞儀をして女王は告げ。まるでアリスがここに来た理由を分かっているみたいに微笑む。
「乙戯…アリス…です。お会いできて嬉しいです女王様」
 息を呑んでアリスは答え、そんなアリスを見て女王はうんうんと頷いた。
「アリス、ね♪ 素敵な名前だわ。あたしも会えて嬉しいよぉ〜っ」
 微笑みながら女王は言い、用件はなにかしら? と促した。女王のインパクトで本来の目的を忘れかけていたアリスは我に返る。
「私、 元の世界に帰りたいんです。その方法を知っていたら教えて下さい!」
 本当は名残惜しいけれど、やっぱり元の世界に帰りたい気持ちは薄れていない。アリスはすがる様に女王を見据えて問いかけた。
「………知らないなぁ。以前の《アリス》はこの国の裁判をメチャクチャにして勝手に消えちゃったみたいだけど♪」
 告げられた女王の言葉にアリスは停止した。以前の アリス? ――自分じゃない同じ名前の人物が居たのだろうか?
 隣に居るチェシャ猫を見れば、相変わらず笑んだままそれ以上の反応はなかった。
「…そんな話は初耳だ、女王。どういう事だ」
 怪訝そうに時計屋が聞き返す。彼が調べた資料の中には過去に同じ事例はなかった筈なのだ。
 それに対する女王は返事はあっさりとしていて、変わらない微笑みのまま答える。
「だって、国家機密だもの。この話は一部の人物と《役持ち》しか知らされない極秘事項なの」
「…良いんですか女王様。先代の下らねぇプライドに触りますよ」
 そんな極秘事項をさらっと告げる女王に白兎が息を吐いた。心なしか棒読みに聞こえるのは気の所為じゃないと思う。
「ふふっ♪ お母様の自尊心なんて、たった1人の少女に翻弄されたって事が公になったら面目丸潰れ〜でしょ? 構わないわ」
 何の迷いもなく言う女王にアリスはただ凄いと思った。幼く見えようと彼女は紛れもなく女王なのだと再認識する。
(先代とお母様って事は、今の女王様は前の女王様の娘なのかな?)
 何となく先代女王様に会いたいと考えたけれど今は自分ではない『アリス』が気になる。
「…あの、良ければそのアリスの話を聞かせてもらって良いですか?」
 元の世界に帰る方法が分からないなら、せめて話を聞きたかった。自分と同じ様にこの世界に来たというもう1人のアリスの話を――
 その言葉に嫌な顔一つせず女王は微笑んだ。
「それじゃ立ち話もなんだし、食事でもしながらお話しようか? お腹も空いたし」
 そう言ってアリスの手を引いて歩き出す。
「1人より大勢で食べる方が美味しいものだからね♪ 白兎と時計屋。強制参加だよ?」
 次いで女王は振り返らず釘をさした。
 白兎は不機嫌そうに、「何で俺と時計屋名指ししやがるんですか」とぼやきながら抱きついている帽子屋を引き剥がす。
「だって、トッキーとしろたんてばノリ悪いもん☆ 妬けちゃう位に二人って気が合うよねぇ〜」
 引き剥がされて頬を膨らませた帽子屋は懲りずに腕を組んで白兎に引っ付きながら言う。
「…そうですね。確かに時計屋とは気が合いやがりますが…いっそ付き合いますか? 時計屋。毎日毎日苛めて泣かしてあげますよ?」
 もちろん 別の意味でもと帽子屋に見えるように耳打ちして白兎は笑う。
「……冗談も度が過ぎると殺したくなる。口説き文句は三月ウサギで事足りているんだ。お前まで言うな」
「へぇ。時計屋、それは口説いても構わないって意味?」
 冷めた表情で流した時計屋に三月ウサギがわざとらしく時計屋の腰を抱いて耳元で囁いた。どことなく嬉しそうだ。
 両サイドに挟まれた時計屋は背後からメアーリンと帽子屋の痛い視線を受けていて。それをジャックは面白そうに眺めている。
「…………」
 そんな状況で時計屋は不意に立ち止まり、背後で恨みがましく見ていた帽子屋を引き寄せた。
「ぅわ☆ なに!? トッキー、言い訳なら聞きたくないよ!! 僕のみっつんとしろたんに口説かれてれば良いじゃん☆ 良くないけどっ!」
「帽子屋…拗ねるな。俺が構ってやる。白兎と三月ウサギは忘れろ」
 かなりご立腹な帽子屋に時計屋は構わずまるで拗ねる恋人をあやす様に呼ぶ。
 ささやかな逆襲なんだろうか。時計屋の予想外の行動に帽子屋は固まって顔を赤くした。
 ジャックが意図に気付いて爆笑し、メアーリンが肩を震わせて泣きそうになり、白兎は興味深そうにそれを眺め、三月ウサギに至っては何だか怖い笑顔を張り付けている。
 何故別の場所へ移動するだけなのにこんな騒ぎになるんだろうとアリスはしみじみ思った。
 ふと、女王を見れば何だかキラキラした瞳で「帽子屋と時計屋の組み合わせも悪くないわね」と呟いていたけれど、どういう意味なのかは考えない方が良いのかも知れない。
「そういえば、アリス。メアーリンの説明がまだ途中だったよね」
 そんな中で思い出したように唐突にチェシャ猫が告げた。アリスとしてはあれで充分だと思っていただけに「へ?」と聞き返す。
 と、いうよりこの状況で何故急に話し出すのか。相変わらずチェシャ猫は読めない。
「さっき、メアーリンが言った事は覚えているかい?」
 問われて自然とアリスは記憶を巡る。そういえば確かに引っ掛かった言葉があったような……
「……ふぅん。俺より帽子屋を選びやがりますか。じゃあメアーリンを口説いて構わねぇですかね」
 記憶を巡るアリスの耳に冷めた白兎の声が聞こえた。
「…何故そうなる」「何でそうなるんですか」
 不機嫌そうに時計屋とメアーリンがハモって突っ込んだ。確かにそれは気になる疑問だ。
「上司命令で力ずくってのも悪くねぇですね。最低ですが」
 白兎が告げた言葉で、アリスは思い出す。上司。
『いくら仕える主だろうと、例え立場が上の役持ちだろうと、私のお兄ちゃんに手を出すならば』
 メアーリンの告げた言葉の意味を深く考えてみた。
 あの状況での《役持ち》は帽子屋だけで、消去法で仕える主とは白兎の様に思える。
「……メアリーちゃんの主が女王様と白兎、で…時計屋さんとメアリーちゃんが……兄妹?なの?」
 推測し行き着いた答えを口に出したアリスはチェシャ猫を見た。
「当たり。でも、ここに居る俺達しか知らない内緒話だから秘密だよ」
 にんまりといつもの様に笑っていうチェシャ猫にアリスは絶句する。
(普通そういう話は本人から聞くのが筋なんじゃないかしら……確かに気になったけど)
 何となく複雑な心境のままメアーリンを見ると眉を下げて白兎を見ながらジャックの後ろに隠れていた。
 うん。白兎に愛の告白を受ける事ほど怖いものはないと思う。
 そういえば、まだ白兎を一発殴っていなかった事に気付いたアリスは歩みを止めた。
「どうしたの?忘れ物?」
 女王は止まったアリスを見て問い、アリスは「はい」と頷いて白兎を睨んだ。
 自分なりに素早く動いて、その涼しい横顔を目掛け平手打ちをしようとしたのだが。
「…何してやがるんですかアンタは」
 身長差故に手が届かず、する直前に気付かれた為、失敗に終わる。
「う……」「…どうせ殴ろうとしたんでしょうが、残念でしたね」
 ニヤリと嫌な笑みで言われて、アリスは悔しさと恥ずかしさで赤くなる。
「っっっチェシャ猫〜〜っ」
 即座にUターンしたアリスはチェシャ猫に抱きついた。ムカつくのに反撃出来ない自分が悲しい。
 抱きついたアリスをよしよしとチェシャ猫が慰めるように頭を撫でて、それを白兎は冷ややかに眺める。
 そんな白兎に薄く笑んだまま三月ウサギが淡々とした口調で声を掛けた。
「あーぁ。酷いな白兎。大人しく殴られてやるのも優しさだぜ?」
「知らねェですよ。あの女が勝手に来て挫折しただけの話で俺は悪くない」
 三月ウサギの言葉に、きっぱりと返した白兎は面倒臭そうに溜め息をつく。
 そんな傍若無人な態度ですら帽子屋にとっては大好きなしろたんであるらしく、思い切りテンションが上がった状態でアピールをした。
「僕はそんな冷たいしろたんも大好きだよ☆ …ってか、いい加減に離れてくんないかな。トッキー☆ 君も好きだけど一番はハニーなんだよっ!!」
 しかし、がっちり抱きついたままの時計屋に唇を尖らせて不満そうに告げる。
 それに対する時計屋は変わらない表情のまま静かに呟いた。
「…ただで放すのは勿体ないと思わないか帽子屋」
「わー☆ トッキー…鬼畜な顔ー…」
 そんな言葉にやや引いて、帽子屋は苦笑う。
 それを横目に怒れないメアーリンを慰めながらジャックは帽子屋に絡む時計屋に溜め息をついた。
 確かに自分からああやって絡むのは珍しいけど、意味がない訳じゃないし。
 それに構っていたら話が進まないと判断したジャックは先頭を歩く女王に話し掛ける。
「つか、早く行かないッスか女王様〜。時計屋と帽子屋だったら放っておいても大丈夫っしょ?」
 そう言ったジャックを帽子屋は驚いた表情で見たが、構わずジャックは女王の返答を待つ。
 ジャックの提案に数秒悩んだ女王はやれやれとばかりに帽子屋と時計屋を見つめる。
「…仕方ないなぁ。…このまんまじゃ折角の料理も冷めちゃうし、…うん! じゃあ話が着いたら後から来る事♪ 先に行ってるから頑張ってね、時計屋に帽子屋☆」
 切り替えの早い決断にえぇ!? と叫んだ帽子屋をスルーした女王は再度アリスの手を引いて歩き出した。
 メアーリンは戸惑い、潤んだ瞳で時計屋を見ていたけれど最終的に女王の後へ続き、芋虫は呆れた表情をしながら苦笑う。
 チェシャ猫は言うまでもなくアリスの傍で、半ば予想通りの展開にジャックは内心で爆笑した。
「ちょ、酷っ!! みんなっ僕がトッキーにあんなことやこんなことされても良いのぉぉっ!?」
 半分見捨てられた心境で叫んだ帽子屋に白兎が嘲笑う。
「へぇ。良いじゃねぇですかソレ、身も心も時計屋のモノになってしまえば、もう俺に構わねぇでしょう。
じゃあ俺も行きますよ。見たくねぇですしね、そんなの」
 きっぱりはっきり楽しそうに告げて白兎も行ってしまい、鬼畜だなぁとジャックは無言で歩き出す三月ウサギの肩を掴んで引き留めた。
「良いの? 三月。」
 息が軽く当たる位にまで近寄って耳元で囁けば、帽子屋の奇声が聞こえる。
「!! ちょ!、ジャックくん!? 僕のみっつんに何し…」
「黙らないか帽子屋。とりあえず場所を移すぞ」
 喚く帽子屋を引きずって時計屋と共に何処かへ行ったのを見送ったジャックは、少しだけ帽子屋をかわいそーだなと思いつつ、三月ウサギに向き直る。
「…で、何が」
 気にせずに歩きながら聞き返す三月ウサギに合わせてジャックも歩きながら続けた。
「え? いやぁ、だって三月さ、仮にも一応、帽子屋の騎士じゃん。離れちゃっていーのかな? って思って。マジで時計屋にあんなことやこんなことされても良い訳? …っと」
 からかう様に笑ったら三月ウサギが急に歩みを止めた。つられてガクッとバランスを崩したが、持ち前の運動神経でこけるのを回避する。
「城の中で何が起こるっていうんだ? 別に平気だろ。時計屋も一緒なんだし」
「…ふぅん? そうやって、言い聞かせてんだ。本当は傍に居たい癖に。ムカついてんじゃない?」
 分かりやすいくらいに安い挑発をするジャックを三月ウサギは息をついて見返した。
「別に。それよりお前こそこんなに長く持ち場を離れていて良いのか? スペードのエースだろ」
「あはは! いや〜、それ言われちゃうと弱いんだけどね〜
――まぁ、引きこもり相手に側に居て護れってのがそもそも無理な話っしょ」
 逆に淡々と問い詰められてジャックは苦笑う。城内。
 誰が聞いているとも知れぬ場所、しかも王直属の騎士である筈の彼はさらりと告げた。
 声を潜める訳でなく普通に喋っているのと変わらない音量で。
「少なくとも、オレにはアンタみたいな忠誠心なんて 持ち合わせてないんだよ。残念ながら」
「…随分と大胆な発言だな。ヘタレは表面上の仮面だったとは知らなかった。
――それで、用件は終わりか?」
 別段驚いた様子も、非難する素振りもなく三月ウサギは言った。
 ジャックは心外だとばかりにへらへらとした笑みを返す。
「や、一応オレはいつもと同じだぜ。ただメアリーと時計屋が居ないんなら、いい機会だし二人でお話したいな〜と」
 話? 今更何の話をするんだと三月ウサギは冷静にジャックを見据えた。
「…普段は近寄りもしない癖に珍しいな。別に話くらい構わないけど、女王命令は良いのか。減給されるぜ」
「ん〜。それはちょっと困るか……じゃあ手短に済ませるからさ、付き合ってよ みっつん♪」
 三月ウサギの言葉にジャックは考える素振りで、あえて帽子屋の真似事をしながら言ってみた。反応は特になかった。
「…手短にな」
 念を押すように息を吐いて告げた三月ウサギに、ジャックはいつもの笑顔を浮かべながら「なるべくね」と返すのだった。


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