chapter1ー08『薔薇の番人』

終末アリス【改定版】



 
「彼女は女王の薔薇を護る番人で、時計屋とジャックの幼馴染みなんだよ。可愛い顔して結構強いから女王に気に入られて抜擢されたんだ」
 迷子になりそうな薔薇の迷路の中。
 入り組んだ細い道を迷いなく通りながらチェシャ猫が先頭を歩く少女の説明をアリスに告げていく。
「チェシャ猫さん。恥ずかしいから 止めてくれませんか その分析…っ」
 少女は耳まで真っ赤に染めて訴えるが、チェシャ猫はなんで? と聞き返した。
 恥ずかしいからと言っていたのに、チェシャ猫にとってソレは止める理由にはならないらしい。
「まぁ、いつもの事だし便利で良いじゃん。メアリーは気にしすぎなんだよ軽く行こうぜ、軽く」
 ジャックはやや上機嫌で笑い、その後ろで時計屋は背後を警戒しながら突っ込みを入れる。
「お前は何も考えなさすぎるだけだ。もっと自分をコントロールする努力をしろ」
 最もな突っ込みにジャックはヘラヘラとした笑いで誤魔化す。
「相変わらず時計屋ってば厳しいな〜…お母さんみた―」「このまま薔薇に血の一滴まで吸いとられたいなら続けろ」
 ジャキン とジャックの首元に刀を当てながら時計屋は言った。そんなやり取りを見て少女はくすくすと笑う。
「相変わらず仲が良いんだね、ジャックさんと時計屋さんは」
 仲が良いと、捉える辺り良い子なんだなぁとアリスは思いながら少女に話しかけてみた。
「えっと、メアリー…ちゃん…だったよね? 私はアリス。ここで会ったのも何かの縁だし、よろしくね」
 差し出されたアリスの手を暫し見つめ、少女は嬉しそうにはいと握り返した。
「嬉しいですっ! 同じ年くらいの女の子って少ないから、仲良くしたいなって思ってたんですよっ」
 少女の笑顔につられてアリスも微笑んだ。この世界に来てから初めての友達になれそうな気がする。
「……仲良くするのは構わないけど。俺はアリスと離れないからそのつもりでねメアーリン」
「…さっきから気になってたんだけど、チェシャ猫。メアリーちゃんの事をメアーリンって呼ぶのね?」
 抱きつかれたアリスはじっといつもと変わらない笑みのチェシャ猫を見て聞いた。
 チェシャ猫はうん? と一旦小首を傾げてあぁと声を上げた。
「メアーリンが彼女の名前。ジャックが呼ぶのは愛称だよ。三月ウサギで言えば帽子屋の『みっつん』みたいなモノだと思えば分かりやすい」
 なるほど、とアリスが納得したのを確認して不意にチェシャ猫は少女ことメアーリンに向かって、まだ城には着かないのかい? と問いかけた。
「ここの薔薇園を抜ければもうすぐですよ。先程、女王様に連絡を取ったら謁見が可能という事だったのですぐに女王の間に行ける筈です」
 メアーリンはにっこりと微笑んで帽子屋と三月ウサギがもう既に着いていると補足した。
 それに対して時計屋が一気に嫌な顔をしてジャックが苦笑いをしながら慰める。
「やっぱり人選ミスだったね」
 チェシャ猫だけがぽつりと呟いて、アリスは何とも言えないまま黙り込んだ。


 そして数分後。咲き誇っていた薔薇園が開けると、目の前に大きなお城が現れた。
「ここがハートの女王様のおられるお城です。引き続きご案内しますから、どうぞついてきて下さい」
 一旦、立ち止まり説明したメアーリンは息切れ一つしないまま平然と先を進む。
 かなりの距離を歩いたのにとアリスは疲れた身体に鞭を打って続こうとした、その数秒後。
 ふわりと身体が浮いて、以前にも三月ウサギにされた様に抱き抱えられたアリスは「え?」と声を上げた。
 訳の分からないまま見上げれば、意外にもそれは時計屋で、アリスはかぁぁっと顔が紅くなる。
「と ととと、時計屋さんっ! な、何ですか? 急に…」
 慌てながらも問い掛ければ時計屋は至極平然としたままアリスを見る。
「いや、疲れた表情をしていたから少しでも楽になるかと思ったんだが…嫌か?」
 いえ、むしろ別の意味で疲れますとは言えず。アリスは固まったままどうすべきかとチェシャ猫を見た。
「抱っこしてもらっておきなよアリス。時計屋でも一応男だからアリス一人位連れて歩けるよ」
「そ、そうじゃなくて重いからっ、それにまだ歩けますし――って、ちょ、聞いてます?」
 チェシャ猫はいつも通りの笑みで尻尾を揺らし。羞恥心から何とか下ろしてもらおうとするアリスを無視して時計屋はメアーリンの後に続いて歩き出す。
「気にするな。女王の間に着くまでの距離だ」
 微かに微笑みながら時計屋に告げられたアリスはもう何も言えなくなって、無駄な抵抗を諦めた。
(…もういい。三月ウサギといいこの人といい、意識すると下手に疲れるだけだわ…)
 そう思った時、時計屋の隣を歩くジャックと目が合った。
「…どうかしたんですか?」
「ん? …あ、ごめんごめん。ちょ〜っと考え事してただけ」
 話し掛けたら、ジャックは不思議そうな顔をする。見ている様に見えたが違ったらしい。
 そして。それから更に数分後、長い廊下を歩き続けて初めて兵士らしき人が二人立っている大きな扉の前に着く。
「ここが女王の間――謁見する部屋になります。皆様、ここからは粗相のないようにご注意下さいね」
 柔らかでありながら凛とした口調に変わって静かにメアーリンが告げた。

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「失礼します。女王様――薔薇の番人メアーリン様。ジャック様・時計屋様・チェシャ猫様、及びその同行人である少女が到着されました」
 うやうやしく頭を下げた兵士が報告をする。女王はわぁい♪と無邪気に笑い「待ちくたびれたよぅ」と言った。
 そんな女王を横目に白兎は無言で未だ開かない扉へ向かって歩いていく。
 その白兎を三月ウサギは面白そうに眺め、帽子屋は女王の手前、抱きつきたい衝動を抑えるのに必死で気付かない。
 そして兵士が通していいかどうかの確認をしようとした時、バン と音を立てて扉が開かれた。
「え」
 兵士は何だと戸惑いながら後ろを振り返り、まだ同意を得ていないのに扉が開いているのを見て一気に青ざめた。
 白兎はそんな兵士の反応を気に留めず、急に扉が開いてびっくりしたまま固まるアリスに目を止める。
「時計屋に抱かれて来るなんざ、随分と可愛がられてるじゃねェですか。たった3日足らずでどうやって《役持ち》をたらしこみやがったんです? お嬢さん」
 笑いもしないまま微かに眉を潜めた白兎は、時計屋に姫抱っこされたままの状態のアリスの顎を掴んで囁いた。
 まさかここで白兎に会うとは思っていなかったアリスは戸惑いながら言葉を探す。
 て、いうか顔近い。とかどうでもいい事しか浮かばなくて頭の中が真っ白だ。
「…久しいな白兎。とりあえず、これは俺が勝手にした事だ。彼女の本意じゃない。離れろ」
 時計屋が白兎の手を掴んでアリスから剥がすと静かにと告げた。白兎は掴まれた手首を見つめ、時計屋の方を向く。
「アンタがそれ程に興味を持つ魅力がこのお嬢さんにあるんですか時計屋。ますます気に食わねェんですが」
 会話の隙に時計屋の腕から下りたアリスはジャックに庇われる様に背後に引っ張られた。
「気ィつけろよ、アリスちゃん。白兎、鞭使うから当たると痛い」
 へらへらと緊張感なく告げたジャックの言葉通り、白兎は素早く出した手に白い鞭を持って時計屋の動きを封じた。
「……っ…」
 武器を構えようとするも遅く、音を立てて抜き損ねた刀が床に転がる。
「あァ、駄目じゃねぇですか。愛刀を床に落とすなんざ、好きにしてくれと言ったも同然ですよ」
 喉の奥で笑いながら白兎は転がった日本刀を鞘から抜いて、時計屋の衣服に引っ掻けた。
「……チェ、チェシャ猫? 白兎って あんなキャラだったかしら…」
 ドSっぷりにかなり引いてアリスは後退る。チェシャ猫はその様を眺めながら動じずに答えた。
「女王にサービス+気に入ってるが故のいじめ込み。アリスを庇った時計屋がムカついたのは事実だと思うよ」
 話している間にもビリビリとシャツが破れていく音がする。あれが一体何のサービスだと言うのだろう。
「…も、もう我慢できないっっ!! しろたんっ☆ 僕もいぢめて〜っっ」
 耐えていた帽子屋だったがついに暴走して白兎に抱きついた。
 ザシュ。手元が狂って白兎は無表情のまま時計屋の首筋を掠める。
「あ」
 声を出して舌打ちした白兎は刀を放り投げて時計屋に顔を寄せた。
「手元が狂ったじゃねぇですか。このキチガイ帽子屋が…。悪ィですね時計屋。傷をつけずいたぶるつもりだったんですが」
 言いながら白兎はおもむろに時計屋の首筋についた傷を舌で舐めた。
「――っ痛……白兎、逆に痛いから止めろ…ッおい? わざとか」
 時計屋は痛みに顔を歪め、引き剥がそうとするが白兎は更に丁寧に舐めて傷口に舌を這わせる。
「ぃいやぁああああっトッキー、ズルいぃぃ!! しろたんっ僕もなめてっ☆乱して良いから!」
「…っお前は黙れキチガイ帽子屋!! 卑猥に聞こえるんだよっお前の言い方はっ」
 叫ぶ帽子屋に時計屋が突っ込みを入れる。確かにちょっと妖しく聞こえるのは否めない。
 意外にも三月ウサギは涼しい顔をして眺めていて、ジャックとチェシャ猫に至っては面白そうに高みの見物を決め込んでいる。
 兵士達はアリス同様に止められる訳もなく、呆然とするしかない。
 ふと、メアーリンはどうしてるだろうと気になって視線を見やれば、いつの間にか最初に会った時手にしていた巨大なハサミを持っていて。
 あれ? と思えば目が笑っていない。何やら呟いていた。一瞬メアーリンと視線がかち合う。
 ものすごく可愛らしい笑顔で微笑みを返されたアリスは背中に冷や汗が伝うのを感じた。
 笑顔が恐いと思った初めての感覚。ヤバいと察したアリスは白兎達を止めようとしたが、それより早くメアーリンが動いた。
「いくら仕える主だろうと、例え立場が上の役持ちだろうと、私のお兄ちゃんに手を出すならばその身体を八つ裂きにしても文句は言わせませんわ…よっっ」
 ブゥン!! 突風が巻き起こり上着が捲れるのも構わず巨大なハサミを振り回しながら叫ぶメアーリン。
 そして、一気に降り下ろそうとした時――不意に突風が収まりハサミが止まる。メアーリンはその体制のまま止まったハサミを見上げた。
「…っ芋虫様?」
 ハサミを止めた人物―芋虫の名を呼んだメアーリンは我に返った。
「…話がそろそろ終わった頃かしらと思って来てみれば、一体何をしているのあなた達は……」
 芋虫は静かにハサミを床に下ろして、しんと静まり返った面々に呆れた表情で告げる。
 メアーリンの暴走は収まり、止まったアリス達を引き戻したのは女王だった。
「うん。ナイスよ♪ いーちゃん、惚れ直しちゃう☆」
「お褒めに預かり光栄…かしら? ご機嫌は聞くまでもなく良さそうで何よりだわ。女王」
 凛とよく通る声で告げられた口調はアリスの予想していたのとは違っていて、言うまで女王だと気付けなかった。
 寧ろ、お姫さまと呼ぶ方が正しい様に思える。
(この女の子が…女王様なの…?)
 半ば信じられない気持ちでアリスはまじまじと目の前で玉座に座る少女を見つめる。
 同じように見返され、数秒、目を逸らせなかった。先に視線を外したのは女王で、順番に白兎と時計屋に微笑んだ。
「白兎ってばそんなに時計屋を組み強いてたい? 私は構わないけれどまたメアリーをキレさせたいの?」
 嫌みっぽく言われた白兎は押し倒している時計屋を見て息を吐いた。
「いえ。これ以上怒らせると後が面倒臭いんで、名残惜しく離れますよ」
 全然そうは見えない表情で白兎は離れた。白兎につけられた傷に触りつつ日本刀を鞘に戻してから時計屋も起き上がり女王の方を向く。
「…失礼した。すぐに退室する」
「相変わらず真面目だねぇ〜時計屋ってば♪ 気にしてないから三月ウサギの隣で待機☆ 『めいれい』だよ〜」
 踵を返し、来た道を戻ろうとする時計屋を引き留めて女王は告げた。
「…………嫌だと言えば」
「うん? 聴こえないなぁ♪ほら早く早く!」
 反抗を見せた時計屋だったが有無を言わさぬ笑顔で返されて渋々三月ウサギの隣に移動した。
 それを見届けた女王は次にメアーリンとジャックを呼ぶ。
「メアリーはあたしの隣だよ♪ ジャックはいーちゃんの隣に移動」
 びしっと扇で場所を指し示す女王の傍に慌ててメアーリンが向かい、芋虫の隣と聞いたジャックが衝撃を受ける。
「ええ? ちょ、何か怒ってるっしょ女王様! ダイヤの隣って…嫌なんスけど?」
 どうやら芋虫が苦手らしいジャックは苦笑いしながら一歩後退った。
「じゃあ…白兎の隣でも良いよ?」
 その辺りはどうでも良かったらしく女王は妥協する。これで中央にはアリスとチェシャ猫だけ。
 そこで女王はようやく立ち上がる。


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