帽子屋とお茶会

『出会いと始まり』



まず最初に訪問者に気付いたのはテーブルの真ん中に座っているシルクハットの形をした帽子を被った人。

飾りなのだろうか、帽子にはリボン?にクローバーをあしらったトランプが刺さっている。
奇抜な格好なのに不思議と違和感がないのは、似合っているからなんだろう。

黄緑を基調としたスーツを着ているこの人物がチェシャ猫の言っていた帽子屋という人なのかと尋ねようとしたアリスは次いで、固まった。

先程まで隣に居たハズのチェシャ猫の姿が見えない。
慌てて左右前後を確認しながらあの印象的な姿を探すけれど一向に彼の姿は見えない。

「…え…あれ、チェシャ猫!?」
「いらっしゃいお嬢さん。この帽子屋に何の用向きかな〜?」

焦るアリスがたまらずチェシャ猫を呼んだ直後、見かねたのか帽子を被った人がその整った顔立ちに似合わない間延びした声で話しかける。
しかし混乱するアリスは今、それどころではない。
チェシャ猫が居なくなると困る。凄く困る。

「…っ…チェシャ猫、知りませんか?さっきまで私の隣に…」

気付けばアリスは焦った様子で聞いていた。
そんなアリスを暫し眺めて帽子屋はまぁまぁ、とたしなめる。

「とりあえずは座りなよ。チェシャ猫くんなら、その内またふらりと姿を現すだろうから☆それより君もお茶飲んで落ち着こ〜」

コポコポとカップに紅茶を注ぎ帽子屋はアリスに差し出す。
にこにことすすめられては、断りにくい。そしてそれも一理あると考えたアリスは折角なのでいただく事にした。

「お砂糖は何個入れる〜?ホットミルクでミルクティー☆とか?」
「えっと…じゃあ砂糖さん―」
「無しでそのまま飲みな」

三個と言う間もなく低い声が遮る。
声のした方を向けば、茶色い立派なウサギ耳が生えた黒い短髪の青年が居て。
美味しそうなチョコケーキを頬張りながらアリスと帽子屋を見つつ、言葉を続けた。

「忠告だよ。ソイツ重度の甘党だから、そのポットに入ってるのが丁度良いんだよ」

甘党…と言われても甘さ控えめな紅茶に砂糖は必要だと思うのだけれど。

アリスがそう言おうとした時、茶色いウサギ耳の人物の言葉に帽子屋が不満そうな声を上げた。

「えぇ〜っ?!みっつんが甘いの苦手なだけだって〜☆砂糖は最低25個はいるよ!!」

いやそれは入れすぎだと思う。

「…じゃあ聞くけど。例えば熱いホットミルクにたっぷり砂糖をブチ込んで、その上に生クリームトッピングして更に練乳かけてそれだけじゃ飽きたらずハチミツまで入れたモノを飲まされてもみろ。苦手にもなるわ。つか、いい加減に異常味覚だと気付け」

淡々と笑いながら言うその人の話を聞いてアリスは引いた。
甘ったる過ぎるを通り越して多分それは、ある意味で兵器だ。

「…やっぱり砂糖無しでいいです」

今の話を聞く限りこのままで充分だと分かるので、アリスは両手にカップを持って口に運んだ。
淹れてもらった紅茶は砂糖を入れなくても充分に美味しい。

ふと、気になってさりげなく帽子屋の方に目を向ければ、おかわりしたカップに溶けきれない砂糖をガバッと入れた上、更に金平糖(こんぺいとう)を浮かべて何故かご満悦。
まさか、本気でアレを飲むのだろうか……。

「失敬だな〜みっつんは。ちゃんと甘さ控えめにしたのを出したのに」

…………続く恐ろしい台詞が聞こえたのは気の所為にしておこうと思った。
とりあえず帽子屋の変人っぷりはよく分かったので慣れるしかないとアリスは判断する。

「ところでアンタ、何の用があって来たんだ?」

はぐ とケーキを咀嚼して、茶色い兎耳の生えた人が改めて聞いてきた。
…話しても大丈夫だろうか…チェシャ猫には不思議とスラスラ話せたけれど。

「みっつん、まずは自己紹介しないとっ☆君は相変わらずデリカシーがないなぁ〜」

迷っていると帽子屋が言ってアリスに向き直る。

「チェシャ猫くんが珍しく誰かを連れて来たんだ。興味あるのは分かるけど あんまりがっつくと時計屋くんみたいに嫌われるよ〜☆ね?」

ね?と小首を傾げて同意を求められても。…あえてノーコメントにしておこう。
アリスはさりげなくスルーして自ら名乗った。
今更な気もしたがこの帽子屋の軽口に付き合う程、暇ではないのだ。

「…えと、改めて。乙戯アリス、です」
「アリス?…へぇ…変わった名前だな。俺は三月ウサギ。判ってるとは思うけど、アンタの隣に居る変人の甘党が帽子屋。…それから反対側で寝こけてるのが、眠りネズミ」

言われて順番に視線を移すと、眠っているネズミの耳が生えた女の子が隣に居た。水色の長いストレートヘアーで青い帽子を被っている。
すやすやと寝息を立てる女の子を見たアリスは思わず暖かい気持ちになった。
あぁ…何だろう。とても癒される。
衝動的に眠る少女を抱き締めていた。

「ぽぇ?」

眠そうな声を出して抱きつかれた眠りネズミはぼんやりとアリスを見返す。
無言で眠りネズミを抱き締めたアリスからは小さな呟きが聞こえた。

「……っ…か」
「「か?」」

帽子屋と眠りネズミの声が重なり、次いでアリスがキラキラとした瞳で眠りネズミに頬擦りする。

「可愛い…っふにふにっ…癒される…」

ぎゅううっと眠りネズミを更に強く抱き締めるアリスに帽子屋が一歩引いた。

「えぇえ!?なに、壊れちゃった〜?」
「かわ?…ネムが…っ!?」

眠りネズミは驚き、目を覚まして頬を染める。パクパクと口を開きはするが何も言えずされるがまま。

そして、三月ウサギだけは平然と紅茶をすすり事の成り行きを見物していた。

xxx

「…成る程。アンタはあの白兎に巻き込まれて気付いたらこの世界に居た。で、チェシャ猫に会ってここまで来たのか」

正気に戻ったアリスから話を聞き終えた三月ウサギは淡々とまとめた。

…まるで何事も無かったかのように。

アリスは頷きながらいたたまれなくなる。よもや己が暴走してしまうなんて生き恥だ。
視線を隣に移せば、可愛がって甘やかしてずっと抱き締めていたい程に可愛い子が居る。

(だって…可愛いかったんだもの…)

心の中で言い訳しながらアリスは三月ウサギに視線を戻した。

「まぁ 別に寝泊まりする位は構わないんじゃねーか?」

三月ウサギの問いに帽子屋は「ん〜」と間延びした声を出した。何だろう。妙な感じだ。

「うん。僕もね、構わないっちゃあ、構わないんだけど〜アリスちゃんは白兎が嫌いなんだよね?」

顔は笑っているが何となく怖い気がするのは、多分気の所為じゃない。

「…何ですか…?…嫌いだとしたら問題でも…?」

「大有りだから〜っ!!しろたん嫌いな人は僕、殺したくなるんだ☆だから」

ジャキ
帽子屋は服の袖から長い針を出す。そして、躊躇いもなくその針をアリスに向けた。

「君が彼を嫌いだったら〜、もれなく僕が寝てる所を襲っちゃうぞ♪って訳」

「…………っ」

そんなに明るい口調で言う事だろうか。アリスは後退りしてふるふると首をふった。



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