鍵盤を弾けば音がなり、私を満たしていく。温かな雰囲気に酔いながら、思いつくまま指を動かしていく。音が音を呼び、それが音楽になる。音符の一つ一つが一つの曲となり、楽器や歌によって外に飛び出して行く。その過程を見ているのが堪らなく好き。
それに、こうして音楽と触れあっていれば…。私がピアノを弾き終わると同時に背後で拍手。驚いて振り向けば聖川くんが居た。ああ、もうそんな時間か。

「いい曲だった」
「本当?今度の新曲、珍しくしっとりしたの歌いたいんだって、まだ譜面に起こしてないからちょっと待って貰える?」
「構わない、少し早めに来たからな」

そう言って私が譜面起こしをしている間、聖川くんはずっと待っていてくれた。うん、これ以上は悪いから、後でゆっくり手直ししよう。

「お待たせ、じゃあ始めようか」
「ああ」

まず発声から。規則正しいピアノの音と共に、単音だったり音の連なりだったり、彼の綺麗な声が響く。て、発声から魅せられててどうするんだ、反省。

「大丈夫そう?」
「ああ、問題ない」
「じゃあまずワンコーラス歌ってもらいます、それから苦手なとこ重点的にいこうか」
「わかった」

私がイントロを弾けば、聖川くんが一呼吸する。Aメロからサビまで、ピアノの音と綺麗に共鳴する。この人の声はピアノととても相性がいいんだろう、お互いに邪魔し過ぎず、一つの音楽になる。

「はいOK、特に悪いとこはないんだけど、Bメロの中盤辺り…テンポアップするところ、少し苦しそうな感じがするかな」
「そこか…少し苦手だな、どうも引いたようになる」
「そんなに目立つわけじゃないから大丈夫…と言いたいけど、頑張って練習しようか」

にこりと笑って見せれば、聖川くんも微笑み返す。聖川くんが譜面にメモをしている間、手持ちぶさたになった私はピアノを弾く。その曲を聴いて、ふいに聖川くんが顔をあげる。

「その曲は…」
「懐かしいでしょ、聖川くんのデビュー曲」
「ああ」
「私この曲好きなんだ、聖川くんの雰囲気を上手くだしてて、聴いててとっても穏やかな気持ちになるの」
「お前にそう言って貰えると嬉しい」
「まあ歌詞がね、ダムは駄目だよ聖川くん」
「むっ…俺のあの時の気持ちを全部注いだんだ、間違いなんて」
「はいはいごめんなさい、ちょっと羨ましかったからからかってみただけ」
「羨ましい?」
「…こんな曲を作れる彼女が」

私と聖川くんは早乙女学園の同期。どうして知り合ったかというと、私のパートナーだった神宮寺レンが事ある毎に聖川くんに突っかかっていたから。その度に私と聖川くんのパートナーは付き合わされて…まあ楽しい学園生活を送った。そして聖川くんたちは卒業オーディションで優勝してCDデビュー、私とレンは優勝は逃したがシャイニング事務所の一員としてプロのアイドル、作曲家となった。思えばあの頃からだ、レンの隣から聖川くんを見つめるのが好きだった。毅然と振る舞っていてもどこか危なっかしくて、そして優しくて…。レンから言い当てられた時は正直肝が冷えた。たまにはあいつばっか見てないで俺も見ればいいのに、なんてふざけて。

「デビューして残念だったんじゃない?新人同士だから一緒になかなか組まないし、彼女は別のアイドルに楽曲提供、貴方はライバルだった奴のパートナーの曲
を歌う」
「俺たちはプロだ、そんなこといちいち気にしない」
「本当に?本心じゃ彼女の曲を他の奴に歌わせたくないくせに」

図星。分かりやすいったらありゃしない。でも八つ当たりだなんて私も最低だわ。

「ごめんごめん、あまりにも貴方たちが仲がいいからちょっとヤキモチ焼いちゃった」
「…俺は、お前の曲も好きだ」
「彼女の曲よりも?」
「…」
「冗談よ、彼女は特別だもんね」

そう、彼女は特別なんだ。聖川くんにとって、彼女も、彼女が作る音楽も。彼は私の曲が好きだと言ってくれた、じゃあ私は?なんて、聞くだけ野暮か。こういう時にレンや私みたいな本心をなかなか言わない連中は損をする。何だかんだで私たちは似てたんだ。

「さあ、続き始めようか、せっかく二人オフで練習してるんだから日向先生たちをビックリさせなきゃ」
「ああ」

曲を奏でればそれまでの気まずい雰囲気が飛んでいく。これでいいんだ、私たちは。どれだけ頑張ったって私は彼女になれない、彼女の音楽は作れない。だから私は私の音楽で、彼に出来る限り想いを伝える。伝わることなんか、伝えることなんかできないこの想いを。


ユニゾンしない音色
(どうすればあの子の曲を超えられるの)
(なんて、超えたところで意味なんかないのに)


とりあえずキャラソンの歌詞にふいたって言いたかっただけ