静まり返った校舎の中、一人ぽつりと教室から見える夕日を前にして大きく息を吸う。
聞きなれた旋律に合わせ、ハミングすれば歌になる。
いつも放課後になると校舎内に響き渡るピアノの音は、今では知らない者が居ないくらい有名なもの。
私はこのピアノの音色が好きで、こうして好き勝手に発生の練習に使わせてもらっている。
ふと、ピアノの音色が停止する。
いつもならこんなところで終わらずに最後まで弾き続けるのに、どうしたんだろう。
なんだか曲が途絶えたことがすごく寂しくて、切なくて。
早く続きを聞かせて欲しいという気持ちが募る。
今ではこのピアノの音色で歌うことが楽しくて、いつも練習している課題曲では物足りなくなってきている。
ねえ、聞かせてよ。
私は貴方じゃないと歌えないのだから。
ふと、誰も居ない筈の校舎に誰かの足音が響く。
その足音はどんどん此方に近づいてきて、教室の前で停止する。
そして、ガラリと勢いよくドアが開けられれば、不機嫌そうな表情の彼。

「おい」
「…なんですか」
「お前が窪塚か」
「…そうですけど」

まさか自分のことを知られているなんて知らなかった。
私は彼のことを知っていた、けど、それは一方通行だって思ってた。
だってそうでしょう?
私と彼は一度も言葉なんて交わしたことがないし、学年だって違う。

「なんでこんなところで練習しているんだ」
「一人で集中している方が落ち着くので…設楽先輩こそ、練習、いいんですか」
「誰かさんが勝手に発声練習に使うんでな、気になって仕方ない」
「…すいません」

まさか聞こえていたなんて。
ピアノを弾いてるんだから気づいていないと思ったのに。
わざわざ言いに来るくらい気が散るんだったらもうやめよう。
先輩の邪魔はしたくないし。

「お前、今度ソロでコンクールに出るんだろ?」
「そうですけど」
「その楽譜持ってるか?」
「もちろん持ってますけど…」
「よし、それ持って音楽室に来い」
「は?」

何を言っているんだろうこの人は。
音楽室に来い?
たった今邪魔になるって言ったんじゃなかったの?
一人じゃないと集中できないとかじゃないの?

「なんだよ、人がせっかく練習に付き合ってやるって言ってるのに」
「えっと…どういうことですか?」
「言っただろう、勝手に使われるのが気になるんだ、だからこの際目の前で練習してもらう」
「え?!でも先輩の邪魔になるんじゃ…」
「俺がいいって言ってるんだ、それに、しっかり俺の練習にも付き合ってもらう、いいな」
「…はあ」
「わかったらさっさと来い、時間がもったいない」

そう言って私の鞄を持つと、スタスタ歩いていく。
荷物を取られた私に拒否権はない訳で、必死に先輩の背を追う。
いまいち状況が呑み込めないけど、先輩のピアノを間近で聞きながら歌えるなんて、なんだか心がワクワクした。




ディーバと奏者のバラード
(お前の歌が傍で聞きたいなんて、口が裂けても言えないだろ)
(先輩のピアノとそれを引く姿に惹かれてましたなんて、恥ずかしくて言えない)

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -