すうっと深呼吸。

真っ直ぐに視線を的に向け、弓に手をかける。

力いっぱい、ピンと弦が張り、気持ちが引き締まる。

精神を集中させ、手を離せば、矢は綺麗に的の中心に収まった。

ふう、と思わず息が漏れる。



「相変わらず、綺麗な射形ですね」

「梓くん」



ひょっこりと顔を出す後輩。

綺麗な射形…未だに言われると照れてしまう。

でも、私の射形が綺麗なら、梓くんの射形はもっと綺麗。

こうなんだろう…閃光が走る感じ。



「ただ、会の時に少し体の軸がぶれている気がします」

「あ、やっぱり?なんか体が揺れている感じがしてたんだ」

「それさえ克服出来れば、もっとよくなると思いますよ」



にこりと微笑まれる。

本当に、人懐っこいというか、なんというか。

そうだ、猫、梓くんって猫みたい。



「ん?何考えてるんですか先輩」

「ううん、なーにも」

「嘘、何か考えてたでしょう?」

「梓くんの気のせいだよ」

「うっそだあ」

「おいっ、そこの二人!」

「あ、ごめんなさい…」

「すいませーん」



宮地くんの声で我に戻る。

そうだ、まだ練習中だった。

打つ準備をしようと列に並ぼうとする私の腕を、梓くんが掴む。

そして、耳元でそっと呟いた。



「今日、一緒に帰りましょうね、先輩」

「木ノ瀬っ!」

「はいはい」



ぱっと私から手を離す梓くん。

思わず私は耳に手を当てて、急いで梓くんから離れる。

…もう、これじゃあ練習に集中出来ないじゃない。









帰り道、学校から寮までの短い道のりを、梓くんと歩いていた。



「あ、先輩!忘れ物です!」

「え、本当?」



何を忘れたんだろう。

とりあえず弓道場に戻ろう。

そうした私を「違いますよ」と笑う梓くん。

そして、手を差し出す。



「えっと…」

「はい、忘れ物です」

「梓くん…?」

「恋人同士手を繋いで帰るのが当たり前でしょう?」

「え、あ、う、うん?」

「いいから、はい、手」



半ば強引に繋がれる手。

でも、弓道をやって少しだけ硬くなっている手を握るのが、私は好きだ。



「何だか嬉しそうですね、先輩」

「そりゃあ、今梓くんとこうして一緒に居られるからね」

「…そんな可愛いこと言わないで下さいよ」

「か、可愛くないよ…あ、一番星!」



何だか恥ずかしくなって空を見上げる。

そこには、一つ綺麗な光を放つ星が。



「なんかいいことありそうだな…」

「あはは、先輩らしい」

「どういうっ」



何だかまた恥ずかしくなって振り向く。

すると、すぐに梓くんの顔があって、紡ごうとした言葉を封じられる。

キスされた、と気づくまでに少しかかった。



「…奪っちゃった」

「…いつのCMよそれ…」

「一度やってみたかったんです、あ、先輩赤くなって可愛い」

「も、もう!先輩をからかわないの!」

「先輩である前に、僕の可愛い彼女だからいいじゃないですか」

「…梓くんの馬鹿」



こんなにスラスラと、本当にどこから出て来るんだか。

でも、その一つ一つの言葉が嬉しいなんて…。

私って単純だなあ。



「さ、暗くならないうちに帰りましょうか」

「…うん」



歩き出そうとする梓くん。

何だか先輩なのにって悔しくて、私は少し歩調を速めて梓くんの頬に唇を落とす。

慌てて振り向く梓くんは、少しだけ頬が赤くなっていて。

「不意打ちなんてずるいです」なんて、少しいじげながら言うのだった。









(先輩がそういうことするなら、考えがあります)
(どうぞ、やれるものなら)
(…どうして今日に限ってそんなに強気なんですか)


title by Aコース
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