「あ…こんにちは、風丸さん」
「ん?ああ、若葉か、こんにちは」
空は快晴。
部活も休みということで、久しぶりに走ってみようと河川敷をランニングしていた。
ふと前から見覚えのある人影がと思えば、それは若葉で、腕に提げている袋を見れば、きっと買出し中なんだろうなんて容易に予想がつく。
「おつかいか?」
「あ、はい…ちょっと遠出してみようと思いまして」
「なるほどな」
「風丸さんは…ロードワーク中ですか?」
「まあ、そんなところだ」
頬を流れる汗をタオルで拭い、若葉に微笑みかける。
口で言うには恥ずかしいが、出会った頃から惹かれている。
世に言う一目惚れって奴だろうか。
若葉を見ると少し余裕が無くなる自分が居る。
最も、そういうのは俺だけで、若葉は全然そんな風に見てくれていないだろう。
「あ、風丸さん」
「どうした?」
「まだ…此処で練習されますか?」
「ん、まあもう少し走ろうかなとは思ってるけど」
「ご迷惑じゃなければ、待っていて頂きたいんですが」
「暇だしな、分かった」
俺が了解すると、「それでは」と若葉が走って行く。
何なんだろうと疑問に思いつつも、俺はランニングを再開した。
日も傾き、俺は河川敷に腰を下ろし、空を見つめていた。
ふと、遠くから俺の名前を呼ぶ声。
視線を送れば、それは若葉で、先程会った時とは別の袋を持っていた。
肩を上下させる若葉に「大丈夫か」と問えば、「大丈夫です」と言って、呼吸を整える為に深呼吸をする。
そして、袋からタッパーを取り出すと、それをぱかりと開ける。
中にはスライスされた檸檬が入っていて、何であるかスポーツマンの俺にはすぐに理解出来た。
「すいません、やっぱり商店街まで戻ったら時間がかかってしまって…」
「わざわざ、俺の為に?」
「はい」
少しだけ微笑む若葉に、俺は自惚れても罰は当たらないんじゃないかと思う。
だって、好きな子が俺の為にわざわざ家まで走って差し入れを持ってきてくれるんだ。
期待しない奴は絶対に居ない。
「これ…若葉が作ったのか?」
「はい…あの、まずくはないと思うんですけど…」
「食べてみてもいいか?」
「どうぞ、風丸さんの為に持ってきたんですから」
その言葉に胸が高鳴る。
ああ、本当に期待してしまうからやめてくれないか、いや、やめないでくれ。
なんて胸の中で二つの想いが戦い始める。
檸檬を一切れ取り、口に含めば、甘酸っぱい味が広がる。
「うん、上手いよこれ」
「あ、よかったです…」
若葉は安堵したのか、優しく微笑んだ。
ああもう本当に可愛い、馬鹿って言われてもいい、本当のことだ。
「風丸さん…良かったらこれどうぞ」
「え、いいのか?」
「はい、元々風丸さんに渡すつもりで作りましたし」
「え?」
今、何て言った?
「風丸さん」
「な、なんだ?」
「私、風丸さんの走ってる姿…凄く綺麗で好きです」
「若葉?」
「部活頑張って下さいね、迷惑じゃなければそれを作ってまた応援に行きます」
トントンと先程俺が渡されたタッパーを二度指で弾き、若葉は普段見せない笑みを浮かべる。
そして、「それでは」と言ってつばを返す。
ぼーっとしてしまっていた俺ははっと気づいて「タッパー、洗って返すから…!」とその一言しか言えなかった。
そんな俺に、若葉は振り向くと「じゃあ今度ロードワークの時に声を掛けて下さい」と微笑んだ。
出会った瞬間に負け
(いつもあいつの方が上手じゃないか…)