こくり、こくり。
彼女が一定のリズムで頭を垂れる。
数回揺れた後、大きく揺れた彼女は、自分がうとうとしていたことに気づく。
どうにか起きようと努力をしているみたいだけど、まだまだ瞳はとろんとしている。

「大丈夫?」
「あ、はい…すいません」
「珍しいね、若葉がうたた寝なんて」

真面目を絵に描いたような少女、それが若葉だ。
他人の前で居眠りをするなんて…いや、責めてるわけじゃない。
寧ろ、いつも拝むことの出来ない若葉の眠そうな表情を見られるなんてレアだ。

「ちょっと…試験範囲で分からないところがあって」
「それで徹夜?」
「ちゃんと睡眠はとったんですが、足りてないみたいで」

なんとか欠伸をかみころす若葉。
うん、やっぱり可愛いな。

「若葉が分からないところか…どこ?」
「…教えて頂けるんですか?」
「僕が分かる範囲なら」
「それじゃあ…」

ごそごそと鞄から教科書を取り出す若葉。
まさか持ち歩いているとは…勉強熱心にも程がある。

「この証明がどうしてこうなるか分からなくて」
「ああこれね、これは此処と此処が一緒なのは分かる?」
「はい」
「ん、で、此処が一緒だと此処と此処も一緒になるんだ」
「…あ!」
「見えてきた?」
「はい…すごい、教科書を何回読んでもわからなかったのに…」
「教科書には大方の流れしか載ってないからね、この問題はこの定義とこの定義を二つ合わせて、それを応用する」
「・・・」

僕の顔をじっと見る若葉。
うん、なんとなく言いたいことはわかるよ。
皆に言われるもの。

「意外と勉強出来るんだって思ったでしょ」
「いえ…その、凄いなと」
「言わなかったっけ?僕って器用なんだよ」
「器用というだけじゃこうならないと思いますが…」
「うーん、要領がいいって言うのかな?すんなり内容が入って来るんだ、だから試験勉強もあんまりしない」
「…それって凄く羨ましいです」
「でも、分からないものが分からないままだよ?若葉の方が凄いよ」
「私は…ついていくので精一杯ですから」
「そんな謙遜しないの、若葉は凄い、この僕がそう言うんだから」
「…なんか根拠のない自信のような気がしますが、それでも松野さんにそう言って頂けると心強いです」

ふわりと微笑む、この笑顔が好きだったりする。
なんだか机を挟んでいるのがもったいなくて、手を伸ばしてぎゅっと抱きしめる。
机に乗りかかるようにしていると、「松野さん、お行儀悪いです」と注意される。
マナーだなんだ言ってたら若葉逃げちゃいそうだもん。
届くうちにいっぱい触れておかなきゃ。
これ、僕ルール。

「またわからないところあったら聞きなよ?僕以外に聞いちゃ駄目だからね」
「…はい、その時はよろしくお願いいたします」
「うん、よろしい」

そう偉そうに言ってみれば、くすりと耳元で若葉が笑う声がした。



ゆるやかなカルム
(君の体温と君と居る時間が僕の幸せ)