惨めなんかじゃない、滑稽なんかじゃない。



episode25、希望







「赤也」



階段を下りていると、名前を呼ばれる。

声の主を探ってみると、黄色いジャージに身を包んだ幸村部長。

あれ、今練習中じゃ…。



「幸村部長、練習は…」

「今は真田たちに任せてる」

「…そうっすか…」



俺は階段を下りきると、幸村部長の正面に立つ。



「部長、俺…全部、じゃないっすけど…嬉沙に伝えました」

「…そっか」



部長がくすくす笑う。

多分分かっているんだろう、俺が”俺の想い”は伝えてないことくらい。

まあ、このタイミングで伝えるなんて…俺は絶対しねえけど。



「どうだったかい?嬉沙は」

「…結構取り乱してましたね、そして泣いたっぽいっす」

「ぽい?」

「俺が確認した訳じゃないっすから」



正確には嗚咽は聞こえて気になったけど、もう一度あの場に戻ることなんて出来なくて。

あとから来た米倉が「きっと嬉沙ちゃん泣いてるね」なんて困ったように笑ってたからなんだけど。



「でも、赤也の想いは絶対嬉沙に伝わったよ」

「そうだといいんですけど…」

「やけに自信が無いね?」

「俺、ちゃんと悪役になれたか不安で」



嬉沙じゃねえけど自分可愛さに手を抜いて無いだろうか。

いや、全力でぶつかったつもりだけど。



「赤也なら大丈夫だよ、いつも全力だろ?」

「そうっすね…あ、幸村部長…」

「ん?なんだい?」

「すいませんでしたっ!」



ばっと頭を下げる。

そんな俺の頭上から「赤也?」なんて疑問系で名前を呼ばれる。

いや、でもこれは一応謝っておかないと。



「その…嬉沙の目を覚ます為とはいえ…頬ぶったたいちゃって…」

「赤也が?嬉沙の?」

「はいっす…!だから俺の頬も嬉沙の代わりにぶってやって下さい…!」

「…ぷっ」



あははと幸村部長が笑い出す。

ば、爆笑…?

このタイミングで…?



「赤也って、意外と律儀なんだね」

「いや、だって」

「…謝らなくていいよ、嬉沙の目を覚ます為に仕方なくやったことなら、それは本当に仕方ないことだし」

「幸村部長…」

「それに…俺の方こそすまなかった」



部長の表情が暗くなる。

こんな部長は今まで見たこと無かったから、少々、いや、かなり戸惑った。



「直接の原因を作ったのは俺だし、これでも肉親なのに…嬉沙のこと、赤也に任せてしまって」

「部長…?」

「本当は兄である俺の仕事なんだろうけどね、こればっかりは無理だった」



幸村部長でも無理なことってあるんだ。

なんて思った。

だってこの人は、いつだって完璧で、誰からも憧れられる人で…。



「俺は完璧じゃないよ、赤也…人間に完璧な人なんて居ない」

「でも、俺じゃなくても部長だって」

「いや、今回のことは赤也にしか出来なかった…俺が偉そうに言えることじゃないけど、俺でも米倉さんでもなく、赤也だったから出来たんだ」



俺だから出来た。

なんだかその言葉が、酷く嬉しく感じた。





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