追い駆けて、追い駆けて追い駆けて。
episode23、真実
放課後、俺は屋上で嬉沙を待っていた。
部活は幸村部長に訳を話して休ませて貰っている。
俺の決意を聞いた幸村部長は静かに微笑んで「頑張れ」と背中を押してくれた。
他の先輩たちも、笑って送り出してくれた。
もう回り道なんて出来ない。
俺はもう、嬉沙をあのままにしておけない。
少し待っていると、キィと音を立てて、屋上の扉が開かれる。
勿論姿を現したのは嬉沙で、俺を見て複雑な顔をする。
「…ずっとそうやって待ってたの」
「まあな、来ないかと思ったぜ」
「…呼び出されたんだ、流石にしかとはしないわよ」
あくまで俺と目を合わせようとしない嬉沙。
やっぱり、いつもと様子が違う。
いつものあいつなら、絶対に俺から目を逸らさない。
「昨日、どうしたんだ」
「ああごめん…ちょっと気分が悪くなっちゃって」
「違うだろ?本当のこと話せよ」
「だから、気分が悪かったって言ってるじゃない」
「不二の顔を見てか?それは不二に失礼だろ」
”不二”という名を呼べば、嬉沙が驚いたような表情をする。
何で知ってるんだ、とでも言いたげな顔。
「全部見てたんだよ、お前が不二から逃げ出すとこも」
「…趣味わる」
「お前になんて言われようと構わない…ただ、不二に言われた」
「…なんて?」
「”あいつは、兄貴と同じことをしたいんだ”ってな」
嬉沙の顔から血の気が引くような、そんな感じ。
冷静さを保っているようだけど、明らかに動揺していた。
「正直俺、自分で気づきたかったよ」
お前が本当はテニスをしたかったんだって。
あの表情を見た時に、気づくべきだったんだ。
気づいてやれなくてごめん、でもその分今から、お前の想い、全部受け止めるから。
「何馬鹿言ってんのよ…勝手な想像しないで」
「想像なんかじゃない、お前も自分で分かってるだろ」
「また言わせるの?あたしはテニスが嫌いって言ったでしょう?」
「じゃあこの間、何であんなに寂しそうにラケットを見ていたか、言ってみろよ…それだけ嫌いって言ってたテニスを、どうして見に来ようとまで思ったんだよ」
「…っ」
嬉沙の顔が歪んでいく。
自分と葛藤しているような…ああ、今こいつは迷ってるんだよな。
下手なプライドが、こいつの本音を邪魔してる。
こいつを楽にさせる為に、今から俺が悪者になればいいんだ。
「なあ、何でそんなにテニスが嫌いなんだよ?」
「…話したくない」
「俺はもうそれじゃ納得出来ない」
「あんたの都合なんて聞いて無いわ」
「お前の都合も聞いてねえよ」
お互いにこんな性格じゃなきゃ、もっと前に進めたんだろう。
もし俺が幸村部長だったら、もっと上手くやれたんだろう。
でも俺は幸村部長じゃない、こいつの大好きな、兄さんじゃない。
「話してみろよ…その訳に納得出来たら、俺は今後一切お前に関わらない」
「…え?」
「お前が俺と居ることで悩んでることぐらい、流石の俺でも気づくよ…辛いんだろ本当は、俺と居るのが」
「そんな訳…」
「俺と一緒に居ると決意が鈍る…違うか?」
「・・・」
図星、それはそれで傷つくんだけど…まあ、鈍ってくれるのはいいことか。
硬く閉ざされていた嬉沙の口元が少しずつ緩んで、風に紛れてしまいそうな声で呟く。
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